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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第四章
48/138

決闘 ~愛は強くして死の如く~ Ⅰ

挿絵(By みてみん)

   ◇◇◇   ◇◇◇


 数分前。

 レイアをクリスに追わせた後、しばらく重たい空気が流れていた機密書室周辺で、一番最初にアクションを起こしたのはクラッサだった。


「職務に戻らせて頂きます」


 エリオットの横を通り過ぎて書室を出ると、彼女はまたいつもの無表情で颯爽と立ち去っていく。

 さっきまでの喧騒も情事も全て彼女の気には留まらないらしい。

 エリオットは、奥の部屋に置いてきていた上着を持ってきて軽く着直してから、部屋の外に残った男と目を合わせた。

 額のもう一つの目が印象的な、青褐の髪の青年。


「てめぇが余計なこと口走るからこうなったんだぞ、フォウ」


 恨み言をぶつけてやると、フォウは半眼になって言う。


「いやどう考えても自己責任でしょ」

「ゴメンナサイ」


 それは自覚していたので素直に謝罪。

 フォウはあっさりと謝る王子に面食らった顔を見せたが、すぐに気を取り直したようで、廊下の壁に寄り掛かって座り直してから話を再開させた。


「……折角来たのに何かもう聞く気も萎えちゃったよ」


 頭を掻いて、溜め息一つ。

 ただ挨拶に来たわけではなさそうな口ぶりに、エリオットも同じようにドアを背もたれ代わりにして腰掛け、問いかける。


挿絵(By みてみん)


「何か聞きたかったのか?」

「まぁ、ね。でもこんな人に聞くのも馬鹿らしい」

「来るなり失礼な奴だな!」


 王子が少しだけ声のトーンを上げて叫ぶと、表情は呆れ顔のまま肩だけを竦めるルドラの青年。


「クリスのことを聞きたかったんだ」

「何だ? あいつのスリーサイズは興味が湧かないから把握してないぞ?」

「そんなことじゃないから!! って言うか興味が湧くと調べるの!?」


 エリオットは腕を組み大きく頷いてやった。

 大きく溜め息を吐くとフォウは、口にするのも憚られると言った表情でそれでも口を開く。


「王子様は……クリスをどうするつもりなのかなーって」

「どうって、どういうこっちゃ」


 何となく察せているが、ここは敢えて気付かぬ振りで問い返した。

 ライトやレイアもそうだが、クリスを気に掛けている人間はこぞってエリオットの、クリスの扱いに疑問を抱くらしい。

 エリオットは単純にローズの遺言があっての行動なのだが、それを彼らに伝えていなかったのだから仕方ない。


「分かってるんでしょ? 一番大事な時期に血生臭そうなことばかりさせて、他の普通のことを見る機会も与えてあげてないだなんて酷いよ。何なのさ竜殺しって」

「それを言われると反論出来ないな」


 どうやらフォウの耳にも既に、大型竜の件の噂は届いていたようだ。

 フォウの言う通り、昔とあまり見た目は変わってないとはいえ、普通ならば青春真っ只中のはずの少女にさせることではない。

 クリスの外見はともかくとして、中身の成長までもが驚くほどしていないのは、環境のせいと言っても過言では無いだろう。

 反論は出来ないがそれももうすぐ終わるかも知れないし、終わるまでは目的を中断することも出来ないので、エリオットはただ黙した。


「クリスがちょっと他と違うのは分かるよ。けれど普通の女の子に戻ることだって出来るはずなんだ。別に戦うことに生きがいを感じてるってタイプじゃ無さそうだし、今日だって劇を本当に嬉しそうに観てたんだから」

「劇ね……アイツ何でも素直に楽しみそうだしな」


 そしてその点も確かに、エリオットの配慮不足である。

 クリスはこの四年、ライトの家と、エリオットの公務との往復しかしていない。

 私生活と呼べる時間も勿論あるが、自ら積極的に外に出て他人と触れ合う性分なわけではない少女の世界は、とても狭かった。

 更に、当時の彼女の年齢を考えたなら、それは保護者であるエリオットがその世界を広げる機会を与えてやるべきだ。

 そこから視野を広げられるかどうかは本人次第だが、きっかけを与えるのは保護者の役割だろう。

 何故クリスはフォウと劇を観ていたのか、という疑問には触れず、エリオットは一つだけ訂正する。


「でも、アイツはまだ普通には戻れない」


 何故なら、クリスに施されたチェンジリングはまだ解除出来ていない。

 それが終わってから、初めてクリスは本来の自分に戻ることが出来るのだ。

 エリオットの言っていることの意図が汲み取れないようで、フォウは少しだけ首を傾げる。


「……一人で何抱えてるの?」

「クリスの姉の遺言なんだ。クリスの中で混在している……多分、精霊。それを直せとな」

「!!」


 フォウが驚いて目を丸くする。

 そしてその後口元に手をあてて、何か考え込むような仕草で黙ってしまう。

 コイツなら何か視えていたのかも知れない、とエリオットはそのまましばらく、フォウが次に口を開くのを待った。

 そして、青年の唇は疑問を紡ぐ。


「王子様が言っているのは、どの精霊のこと?」

「ど、どの!?」


 エリオットは精霊が複数居るだなんて聞いていない。


「実は昨日ライト先生達と一緒に、不安定だった二体の精霊は剥離させたんだ」


 自分に何も言わずにそんな大それたことをやるのは酷くないか、と思った王子。

 だが彼は彼で、周囲に言わずに同じようなことをやろうとしていたわけだが。

 とにかく、既にチェンジリングを解除出来たと言うのならば、色々と話が変わってくる。

 けれど、フォウは渋い顔で続けた。


「けどね、その二体の精霊は出てきてから『もう一人居た』って言うんだ。でも俺にもライト先生達にも、そのもう一人は存在すら感じ取れなくて何もやりようが無い状態なワケ」

「……全部で三体居たのか……」


 そんなこと、エリオットの知る由も無い。


「一応聞くが……剥離させた二体の精霊ってのはどうなってるんだ? 言ってた、ってことは会話が出来る状態で居るんだろ?」

「ねずみの中に入れたよ」

「ぶはっ」


 想定外の返答に吹き出さずには居られなかった。

 右手の甲で口元を拭うと、唾だけでなく血でも手の甲が汚れる。

 が、後で治せばいいだけの怪我には構わず会話の先を急ぐ王子。


「もう一つ聞くが、その精霊の口調とかそういうの分かるか?」


 不安定な二体と、感じ取ることすら出来ない残りの一体。

 エリオットは少なくとも前者の二体には心当たりがあった。


「口調? うーん……一人はぶっきら棒な感じで、もう一人は無邪気って言うか子供って言うか、そんな感じ。ぶっきら棒な方は先生達と面識があったみたいだよ」

「アイツら、クリスの中に居たのか……」


 武具が折れることで居場所が無くなったのか。

 どうして入っていたのかはともかく、それに気付いて取り出そうとするライトの行動力にエリオットは恐れ入る。

 いや、ライトのことだ。

 ただ単にやりたかっただけかも知れない。

 そして、エリオットのその想像は大体当たっている。


「気付いてなかったってことは、王子様が言ってる精霊と今回剥離させた精霊は別物?」

「あぁそうだな。俺がやろうとしているのはソッチじゃなくてもっと昔からクリスの中に居る方」

「昔から……」


 そう、少なくともローズがクリスと一緒に居た頃から居るはずだ。

 それより後だとすると彼女が知る機会は無いのだから。


「今俺はそれを解除する為に行動している。だからぶっちゃけるとそれが終わるまではクリスを適当な理由で傍に置いておきたかったんだ」


 けれど、それは周囲からはあまり良く見られなかったのだろう。

 レイアも、ライトも、そしてフォウも、世間ですらも。

 年端も行かない子供を公務にまで連れ歩くエリオットの姿は異様なものだったに違いない。

 飛び交う噂がそれを物語っている。

 フォウは少し困ったような顔をしてエリオットから目を逸らすと、


「性格いいのか悪いのか、どっちかにしてよ……」


 ぼそりと、あまり前後の言葉と繋がらないことを呟いた。


「この俺が性格悪いわけが無いだろ?」

「昼間っからサボってイチャコラして、お姉さん泣かせてたような人がよく言うねぇ!?」


 突然激しく捲くし立てるフォウに少しビビってエリオットは後じさる。

 それに、その言葉の中に含まれる事柄にも少し驚いて。


「……泣いてたか」

「うん、部屋出て行く時に少し見えた」


 クラッサが相手ではショックも大きかったのだ。

 流石にエリオットも悪いことをしたと思うがそれ以上に、泣くくらいならもう少し別の怒り方があるだろうに、と不器用過ぎる幼馴染に不満が湧き出た。


「大人しく身を固めればいいだけなのに。いつまでも遊んでないで自分の立場くらい考えたら?」

「言ってくれるじゃねえかこのクソガキが」


 不機嫌になってきていたところにカチンとくる台詞。

 ゆらりと立ち上がって、部屋の外のルドラの青年を睨む。

 フォウも、文句でもあるのかと言わんばかりに立って彼の視線を真っ向から受け止めていた。

 今にでもお互いに掴み掛かる寸前の空気になっていたところへ、階段の方から上って来る足音が聞こえ、気を取り直したエリオットは書室から顔を出してそちらを見る。


「……遅かったじゃないか」


 そこにはクリスがレイアをおぶって来ていた。


「レイアさん、説得しても辞めるって聞かないから気絶させて連れてきちゃいました」

「相変わらず思い切りがいいね、クリス……」


 思い切りがいい、と言うよりは無茶をやりおる、とエリオットなら言いたい。

 准将を気絶させて運ぶとか、恐ろしくて普通はやらない。

 学校等に通わせなかった弊害が、常識知らずという面でこんなところにも出ていた。

 クリスはエリオットに寄ってきて、背負っているレイアを向ける。


「早く持ってください。命令通り止めましたけど、ここからはエリオットさんのお仕事でしょう」


 伸びているレイアを受け取って書室の外に出ると、エリオットはポケットの中から鍵である魔法石を扉の隣にある装置に押し当てた。

 自動的に扉は閉まり、機密書室は密室空間となる。

 ちなみに閉めている状態で中に人が居ると、書室の内部は自動的に燃える仕組みになっている為、間違って人が残っているのに閉めてしまうなんて事態が起こらない為にも入室管理が厳しいのだ。


「他に何か話すことはあるのか?」

「無いよ。お仕事頑張って」


 フォウは本当にクリスのことを聞くだけの為に来たらしい。

 頑張れと言われてもてめえのせいでバレたんだよ、と思うとエリオットは素直に受け取れなかった。

 そして、


「えっ、お話終わっちゃったんですか!?」


 話題の中心であったはずの当人だけが……今も何も知らない。




 クリス達と別れた後、解けていた髪を縛り直してからエリオットはなるべく人目を避けつつ自分の部屋に戻っていた。

 無論どうしても途中で姿を人に見られてしまい、腫れた顔か、それともぐったりしているレイアか、どちらを見て思ったのかは定かではないが皆驚きの表情を二人に向ける。

 痣は今から治せばいいが、見られてしまったものが大臣やらの耳に届いては色々と面倒だ。

 エリオットの顔を誰が殴ったのか犯人探しなどされてしまったら、レイアのことだ、名乗り出るに決まっている。


 とりあえず部屋の鍵を閉めてベッドにレイアを寝かせると、床にチョークで陣を描いて傷の治療をしようと魔術を発動させた。

 エリオットは魔術ではなくレクチェのように魔力で治すことも出来るのだが、そちらはあまり使わずに結局普段は魔術を使っている。

 ある程度傷が回復したのを確認してから、すぐに陣を消して、コレで証拠隠滅完了。


「はぁ……」


 一つの過ちがここまで大きくなろうとは。

 据え膳食わぬは男の恥、と言うが、食ったことの代償を考えると溜め息も出てしまうものだ。


「うぅ」


 ようやく意識を取り戻したレイアが、後頭部を擦りながら起き上がる。


「お目覚めか、罪人さんよ」

「お、王子!」


 自分の置かれている状況に気付いたのだろう。

 レイアは驚いて一瞬逃げようとするがそれもすぐに諦めてまたベッドに腰掛けた。


「俺なぁ、まだローズのこと忘れられないから結婚は嫌なんだ」

「……知っています」

「でも何つーの、たまにはそういうことしたい時ってのもあるじゃないか」


 どうにかレイアに分かって貰おうと、エリオットは優しく訴えかける作戦に出る。


「……たまに、と言うには頻度が高すぎやしませんか」

「城に戻って来るのなんか月一だけで、それも滞在は大体一週間だろ? 高くないって」


 そう、高くない。

 出先では警護の名の下にクリスが四六時中見張っているのだから、帰ってきた時くらい羽を伸ばしたいのだ。

 女の人のやーらかい体にもふもふしたいのだ。

 驚くほど覇気の無いレイアに少し不安になりながらも、出来る限りの笑顔を作って笑いかけて場を和まそうとするエリオット。


「だったら……」


 深く俯いたまま、レイアは何やら妥協案があるような前置きをしてきた。


「だったら?」


 どこまで許してくれるのだろう、とドキドキしながらその続きを待つ。


「私でしてください……他の女性とそういうことをして欲しくないのです」


 エリオットは、ドキドキを通り越して体が石になるかと思うくらい固まった。

 別に内容に驚いているわけではない。

 レイアが自分に敬愛以上の感情を抱いていることくらいは分かっていた。

 けれど、彼女がそれを口にしたという事実に驚いているのだ。

 立場を重んじて、きっと一生伝えてくることは無いだろうと思っていたから。

 エリオットも答えること無く終わるだろうと考えていただけに、彼女に言うべき言葉がすぐに見つからない。


「む、無理だ」


 辛うじて絞り出される、拒絶の言葉。


「好みでは無いからですか?」

「そういう問題じゃなくて……」


 一言目からバッサリ切ってしまったのが拙かったのだろう。

 俯いたままぽたぽたと彼女の膝に落ちる滴。


「本気の相手と遊べるほど、図太い神経してないっつーんだよ……」


 十年以上あーだこーだと言い合って喧嘩して、気持ちのずれが生じつつもどうにか保ってきた関係が簡単に壊れた瞬間だった。

 黙っておけばいいものを口にしたレイアと、全く気遣わずにそれをさせるまで追い詰めたエリオット。

 もはや修復の効かない状況に、どうすれば最善を取れるのかどれだけ頭を捻っても思いつかない。


「諦められるくらい嫌な人で居てくれればいいのに、変なところで情を掛けて優しくしてくる……」


 レイアはそう呟いた後に立ち上がって、腰に携えていた長剣を抜く。


「王子も剣をお取りください。今から本気で行きます」

「はぁ!?」

「私が負けたら王子の命令に従いましょう。私情を挟むなと命じて軍に残すもよし、牢にぶち込むもよし。私が勝ったら……縁談相手と結婚を決めてください」


 その琥珀の瞳は真剣な眼差しでエリオットを見つめていた。

 本当に超が付くくらい不器用な幼馴染。

 こんな事でしか感情にケリをつけられないのだから。

 だがエリオットも人のことは言えない。

 ローズが死んだおかげで自分で自分の気持ちにケリをつけられず、未だに縛られたまま。


「……似た者同士だな」


 付き合ってやろう。

 エリオットは部屋の壁に掛けてあった飾り物のサーベルを手に取った。

 デザイン重視の宝剣に近い物だが、それでも王子の部屋に飾るくらいなので悪い物ではない。

 お互いに切っ先を向けて静かに片手で構える。

 しかし正直な話エリオットは、剣だけでは常に鍛錬しているレイアに勝てるとは思えなかった。


「体術も使っていいか?」

「剣技だけでは私に分がありすぎますから構いません。魔法は私が使えませんので無しでお願いします」

「分かってるよ」


 単純な武術での実力差は、剣ならばレイアが上。

 体術ならばエリオットの方が上だろう。

 それらを交えて戦うならば、結果は正直エリオットには予想がつかない。

 本気の手合わせだなんて何年ぶりになるか。

 先に仕掛けてきたのはレイア。

 右足を擦るように低くも勢い良く出して踏み込むと、体をエリオットに対して垂直に向けてそれと一線になるように剣を振り下ろす。

 薙ぎ払った後の反撃をやりにくくさせる綺麗な構えだ。

 だがスタンダードのフォームで彼女は終わらない。

 エリオットが刃を受けることを見越した上で一撃目の振りは弱かった。

 即座に剣を引いて、今度は振り下ろすのではなく、突く。

 エリオットは体に剣先が当たる前に急いでそれを下から上へ払うが、一瞬だけ空いた彼の体の左側をめがけてレイアが横払い。

 逃げるように体だけを後ろに引いて、自然とレイアと同じようにエリオットの体と剣の線が対面から見て縦一直線となった。


 そう易々と体術を使えるくらいの距離には入らせないらしい。

 王子は息をするのも忘れるくらい、目の前の女剣士だけを見つめていた。

 一瞬でも気を抜けば負ける、そして近づかなくては勝てない。

 低く構えて彼女の腰くらいの位置を横一線に剣を振るう。

 受け止めにくい位置だが斜めに刃をうまく当てて剣戟を止められた。

 とはいえエリオットもそれは相手の力量を見越してのこと。

 そのまま払おうとする力に沿って、自身の剣刃も動かしてやる。

 刃が重なったままそこに力を入れて押し、間合いを縮めたところで大きく薙ぎ払った。

 そこへ右から回し蹴りを入れるが肘打ちでそれを止められる。

 しかし肘打ちの瞬間はレイアの体勢もどうしても崩れてしまうので、それを狙って、


「ぐっ!」


 レイアの右太腿をエリオットのサーベルが浅く突いた。

 痛みに、低く短く漏れる声。

 エリオットの右足も肘を落とされて鈍く痛みを感じるが、どちらの方のダメージがでかいかは明らかである。


「まだやるのか?」

「自分で負けを認めるなら死んだ方がマシです」


 うまく踏み出せなくなった右足で、全ての攻撃の踏み込みが鈍るレイア。

 この分なら勝てるだろう、と一瞬気が緩んだ瞬間だった。

 攻防の最中にレイアは左腕を、エリオットの刃を受けることに使ったのだ。


「!?」


 斬り落とせと言わんばかりに割って入ってきたその左腕に、慌てて剣を引く。

 そんな無駄な動きをしたエリオットの右手から、レイアの剣は無情にもサーベルを払い落とした。

 カラン、と床に落ちるサーベル。

 その切っ先は、右足と左腕とで二度も彼女の血を吸っている。


「私の……勝ちです」


 左腕を肩からだらんと下げながら、エリオットの首筋にそっと長剣をあてる。

 彼女はうまく、エリオットに大きな傷を負わせること無く勝利したのだ。

 この流れ全てが策略だったかどうかはエリオットには分からないが、もしかしてそうなんじゃないかと勘繰ってしまうくらい出来すぎた筋書き。


「卑怯だぞ……」


 後で治療すればいいとしても、レイアの腕を意識して斬り落とせるわけが無い。


「卑怯ではありません。勝負に徹することが出来なかった貴方が悪い。私は勝つ為ならばこの場で腕を落とすくらい耐えられると考えただけです」


 想いの差が勝敗を分けた、ということか。

 レイアの出した勝利後の条件は、レイア自身の気持ちを整理させるだけでなく、エリオットの気持ちをも無理やり整理せざるを得ないものだった。


「け、結婚……」


 しなくてはいけなくなった。

 口約束とは言え、これを破れるほどエリオットは嫌な奴になれない。

 どんなにその条件を飲むのが辛くても、真剣勝負の約束を反故にするなど出来ないだろう。


「あぁ、さっさと結婚してしまえ!!」


 敗北により突きつけられた現実に呆然とするエリオットを見て、レイアは敬語を使うのも忘れて高らかに叫び、笑っていた。

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