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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第三章
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嫉妬 ~堅くして陰府にひとし~ Ⅰ

挿絵(By みてみん)

 これだけ大きな惨事があったのだ。

 エリオットの訪問も一旦延期になってすぐに王都へ戻ったクリス達は、それぞれの対応に追われることとなる。

 と言ってもクリスは怪我の療養。

 普段王都に帰ってきた時と変わりなく、ライトのところに世話になっていた。

 そしてあれから二週間ほどが経過した頃。


「お口に合いますでしょうか~?」


 ベッドで食事を食べるという行為は、普通に健康的な生活をしているならば、なかなか新鮮なことだろう。

 クリスは無言でこくこく頷いて、目の前の雑炊を口の中に必死に運んでいた。

 生薬の効いたそれは、お腹まで届くとほこほこ体を温めてくれる。

 少女の食べる様子を金の瞳で満足げに見てから、レフトはお代わりの入った土鍋をベッドの横に置いて部屋から出て行った。

 療養中とは思えないほどの食欲で、クリスはお代わり分も全て平らげてから体を横に倒し、ふぅ、と一息吐いてまたぼーっと体を休める時間を再開させる。

 毎日毎日、クリスはかなり暇だった。

 そこへ、その暇な時間を一転させる人物が尋ねてくる。

 先程出て行ったばかりのレフトがバタンと戸を開けて戻ってきて、相変わらずののんびりフェイスでこう言った。


「クリスさん、お知り合いの方が訪ねて来てますわ~。どうします~?」

「ん、誰でしょうね。通してください」

「わかりました~」


 とてとて、と慌ただしいようで慌ただしくなく去って行くレフト。

 少ししてから今度はちゃんとノックの後に部屋のドアが開く。

 見覚えの無い容姿の青年に、クリスは一瞬固まった。

 けれど、一つの大きな特徴だけが、少女に彼の名前を思い出させてくれる。


「えっと、フォウさん……ですよね?」

「良かった、名前覚えててくれたんだ」


 にこっと笑ったその顔は、かつての面影は……あると言えばあるのだけれど、体格のせいかすぐには分からなかった。

 彼の額にもう一つの目が無ければ、間違いなくクリスは「どなたですか」と聞いてしまっていただろう。


「随分身長、伸びましたね」


 当時はクリスと変わらないくらいだったのに、今室内で立っている彼はエリオットと同じくらいの背丈がある。

 顔立ちも完全に大人のそれ。

 幼さは残っていない、男の子ではなく、男の人になっていた。


「そうだね、でもクリスは全然変わってないや」


 ははは、とクリスが気にしていることをあっさり言うフォウ。

 突然の訪問者に少しだけ体を起こして対応する。


「お久しぶりですね、どうしたんです?」

「特別な用は無いよ。よく噂を聞いてるし王都に来たついでに城を訪ねてみたら、ここに居るって言われてお見舞いに」


 そう言って、またにこっと笑う。

 屈託の無いその笑顔は、悪戯っ子だったあの頃と全く一致しない好青年のものだった。


「噂、そんなに聞くんですか……」


 クリスは思っていたよりも有名らしい。


「そりゃもう」


 にこにこしたまま、肯定する彼。


「各地で話を聞くよ。大抵はあの性悪王子様が可愛い少年を連れている、ってね。特徴を聞くとクリスっぽかったから、おかしかったなぁ」


 思い出したようにくすくす笑う。

 失礼な内容のはずなのだけれど、何故か厭味な印象を受けないのは、彼の笑い方がエリオットとは違ってとても綺麗だからかも知れない。

 こんな風に人は成長するものなのか、と全く成長していないクリスはびっくりしてしまう。


「それはさておき」


 笑っていた顔をぴたりと真剣なものに変えて、フォウがじっとクリスを見つめた。


「な、何でしょう?」

「一体何があったらそんなことになるのかな」


 どれを指しているのかいまいち分からないが、とりあえず今一番の状態を言っているのだろうと判断する。


「この怪我ですか? ちょっと大きい竜と格闘しまして……」


 言いかけたクリスを遮って、またフォウが少し強く言う。


「違うよ、外じゃなくて中身。大丈夫? 何か凄いんだけど」

「中身が凄いって……特に怪我以外に何も無いですよ私」


 大人になっても相変わらず不思議なことを言う人物だった。

 彼の目には一体何が見えているのか。

 中身と言われたのでぺたぺたとお腹の傷のあたりを触って確認するが、やはりクリスには怪我以外に何も分からない。

 フォウはベッドの横にある椅子を少し引いて腰掛けると、その整った顔を渋い表情にして、何か考えながらクリスの体を見つめていた。


「うーん、食べられるかなぁ」

「な、何を食べる気で……?」


 恐る恐る尋ねると、フォウは首を傾げて昔よりもほんの少しだけ伸ばされた青褐の髪をさらりと動かす。

 その動きは疑問からくるものではなく、視線を穏やかに流すような自然なもの。


「クリスは天然の魔術紋様、きっと無いよね」

「え、えぇ、それが?」

「無いのに無理やり力を溜め込んじゃってるんだ。中身がどろどろしてる。だからコレを食べられないかなーって見てた」


 そう言って、クリスの体を指差す。

 と言うことは、彼はクリスの体の中身を食べる気なのか。

 ふっと、あのネックレスを取り込もうとした場景が少女の脳裏に過ぎる。

 あれはまさにそのまま食べる仕草だった。

 つまり自分も美味しくもぐもぐと食べられ……


「私のお腹、そんな食べるほどの贅肉なんてありませんよ!?」


 ついでに言うと、胸にも無い。


「いやいやいや」


 クリスの訴えに、ぶんぶんと手を振って否定するフォウ。

 想像したら怖くてちょっぴり涙目になっているクリスに苦笑しながらその後も続けた。


「今のところ体に異常が無いなら無理して食べないよ。それにこの場合は本当に直接食べたりもしないって」

「そ、それならいいんですけど……」


 体に入っていた力をゆっくり抜いて、ほっと胸を撫で下ろす。

 そんなクリスの返答を聞いてから、フォウはスッと椅子から立ち上がって大きく背伸びをした。

 自然と、高くなった身長が強調される。

 その後に彼はまたクリスと視線を合わせて言う。


「本当はクリスが元気なら城下街を案内して欲しかったんだけど……怪我してるしあんまりお邪魔しちゃ悪いからもう行くね。またの機会があったら、よろしく頼むよ」


 とはいえ、またの機会がいつあるのかも分からない。

 何しろ今日の再会自体が四年ぶりなのだから。

 とても名残惜しそうに言うその姿に、何となく昔の彼の背中が重なった。

 決して愛想が悪いわけではないのに、何か一つ大きな壁があって一歩踏み込むことを躊躇う彼の背中が。

 具体的なことはクリスに分からないけれど、以前彼自身が言っていたようにその特異な力のせいなのだろう。

 クリスも彼と同じように特異な人間であるが故、ぼんやりとだが感じ取れた。


「案内しましょうか?」

「ええぇ!?」


 三つの目を丸くして、驚く彼。


「歩くくらいなら全然平気ですよ、スポーツとかはちょっと無理ですけど。毎日こうして寝てると体も鈍りますし、丁度動きたかったんで」


 よっこらしょ、とベッドから足を下ろすとクリスは自然に立ち上がってとことこ歩いてやる。

 その様子をフォウは真剣な目で見て、


「嘘の色は無い……ほんとに大丈夫みたいだね。じゃあお願いしようかな!」


 にこっと嬉しそうにクリスに向けられた笑顔は、少しだけ以前のように幼く見えた。

 クリスとしてもフォウとはもう少し話したかった、と言うのも実はある。

 彼との約束を守れなかったことをどう伝えようか、クリスは考えていた。


「一応外出許可貰ってきますね」

「一緒に行くよ」


 そして廊下へ出て二つ離れた部屋に向かってノックを二回。

 返事はライトはいつもしないので、それを待たずにドアを開けると床でトトトトーッと何か白い物が走っていったのがクリス達の視界に入る。


「ああああああああ」


 間違いなくライトの声なのだが、彼がこんな風に叫ぶのは珍しい。


「ご、ごめんなさい、お邪魔でしたか?」

「いや……いい。捕まえてくれれば」

「えっ?」


 その言葉の意味をうまく理解出来なかったクリスは疑問符を投げかけた。

 が、フォウがそれにさらっと返答する。


「コレだね? とりあえず掴んだけど」


挿絵(By みてみん)


 彼のその手には、白くふわふわした小さなねずみ。

 これはまさか動物実験中とかそういうアレだったのだろうか。

 フォウはクリスより先にライトの部屋に入って、そのねずみを彼に手渡した。


「助かった」


 一言簡潔な礼を述べて、ライトはそのねずみを、先住のねずみが既に一匹いる籠に仕舞う。


「随分いじってあるねずみだけど、何に使うの?」

「! 分かるのか」


 フォウの問いかけに驚くライト。

 やはり動物実験のようだ。

 この男は診療もせずにこんなことばかりしている。

 ライトは少し黙っていたが、意を決したように話し出した。


「丁度いいからクリスも聞け。俺はこのねずみに精霊を宿らせようと思っている」


 衝撃の一言。

 聞き間違えでは無いのか。

 彼は何と言った?

 呆気に取られているクリスに、何故か二人の視線が集まる。


「このねずみの細胞の一部はクリス、お前から拝借している。そのままではうまくいかなかったから最終的に以前抽出した精霊由来の『呪い』を繋ぎとして使っているがな」

「な、何それ……」


 ではそのねずみは、クリスの弟分みたいなものになるのだろうか。

 何と言ったらいいのか分からずおろおろするクリスを、フォウは穏やかに見下ろした後、ライトに視線を向ける。


「精霊……ってのは、この中身のこと?」

「当たりだ」


 その言葉に、先程以上の衝撃がクリスに走った。

 クリスの中に、精霊が居る。

 彼らはそう言っているのだ。

 四年前のあの時のことを当時伝えた時、ライトはクリスに何も言わなかったのに。


「お前も『天然持ち』か。取り込むのは無理だぞ、意志のある精霊だ。俺達の体には来たがらない」

「……試したような口ぶりなんだけど」

「試した」


 ライトの短い返答に、ぐっと押し黙るフォウ。

 それで何やら話が完結してしまった。

 ただ、二人の雰囲気があまり良くないことと会話の内容から、試したことに対してフォウが怒っているのが分かる。

 天然の魔術紋様を持つ人間が物から力を得る際には、何か難しい工程が必要なのかも知れない。


「あ、あの、分かるように説明を……」


 切り出したクリスに、ライトは無表情を向け淡々と言う。


「精霊武器が折れた時、多分お前の体には行き場を失った精霊が流れ込んでいる。しかしそれは安定していない。だからお前の代わりをこうやって作って、精霊を移そうと考えたんだ。俺に精霊武器は造れないからな」

「ほ、ほえええええ」


 マッドサイエンティストの考えることは、本当に数歩先を行っているとクリスは思った。

 ぽかんと口を開けて、気の抜けた声を出してしまう。


「そうだな、丁度手伝いが出来そうな奴が増えたことだし、今やるか。レフトを呼んでこよう」


 すたすたと部屋を出て行ってしまうライト。

 部屋にはクリスとフォウ、そしてねずみが二匹。


「有無を言わさず手伝わされることになっちゃいましたね……」


 フォウは手伝うだなんて言っていないのに。

 力なく笑いかけると、彼は少し不機嫌そうな顔で顔を背けてしまう。


「もう少し、人を警戒したほうがいいよ」


 そうクリスに忠告した彼の表情は、クリスからはもう見えなかった。

 その後しばらくしてレフトが部屋に入ってきて、もふーんと圧し掛かるようにクリスを後ろから抱きしめる。

 何だか安心するなぁ、と抵抗せずにそれを受け入れていると、


「ちょっとおやすみして頂きますわ~」


 耳元で呟かれる一言。

 首にちくっとした感覚がしたのを最後に、クリスの意識は途絶えた。




 目が覚めるとベッドの上。

 クリスは普段自分が借りている部屋に一人寝かされていた。

 いきなり麻酔を打つだなんて、やることが急過ぎる。

 確かに慣れ親しんだ相手でも多少警戒しておかないと、こうやってあっさりやられてしまうのかも知れない。

 フォウの忠告をクリスは即、実感した。

 すると、誰もいないはずの部屋で、クリスのものではない小さな声が聞こえる。


「起きたかご主人」


 何だろう、と聞こえたほうに顔を向けると、そこには小さな小さな少年の獣人が居た。

 手の平サイズのその獣人は、肌も短い髪も白く、熊かねずみのような丸い耳が頭から出ていて可愛らしい。


「あ……」


 これはきっとさっきのねずみだ、クリスはそう思った。

 それが人型になって自分を主人と呼んでいる。

 それは、つまり、


「ニール?」

「そうだ」


挿絵(By みてみん)


 見た目も声も、全然違う。

 かつてのクリスの半身が、姿を変えてここに居た。


「おかえりなさい」


 にっこりと笑いかけて、彼の頬を指先でぐりぐりしてやる。

 小さな彼の体はたったそれだけでも大変なようで、その指の動きに翻弄されていた。


「やっ、やめてもらえないかっ」

「可愛いですね」


 このサイズは、反則だ。

 潰してしまわないように大事に彼を握って、頬擦りで愛情表現をしていると、廊下でどたばたと走る音と叫び声が聞こえてくる。


「さっさと捕まえろ!」

「人遣いが荒い!?」


 クリスにその様子は見えないが、ライトがフォウに命令している模様。

 既に上下関係が出来ているようだ。

 流石はライト。

 いや、フォウがちょっとそういうキャラなのかも知れない。

 エリオットにもいい様に扱われていたことを思い出す。


「廊下で何をやっているんでしょうねぇ」


 ニールを握ったまま呟くと、彼はげんなりとしながらも答える。


「多分、ダインが遊んでいるのだろう」

「!!」


 そう、あの時折れた精霊武器は二本。

 ダインもクリスの中に入っていたことになる。

 そしてねずみもちゃんと二匹用意されていた。

 騒がしく走る音がドアの前でぴたりと止まったかと思うと、急にドアのど真ん中に小さな穴があいて白い生き物が飛び出してくる。

 白くて小さい生き物はそのままベッドの下にすばしっこく走って隠れた。


「あのちっこいのまたドア蹴破ったんだけど!!」

「別に後で塞げばいい話だ、いいから捕まえろ」

「多分塞がされるの俺だよねぇ!?」


 そしてバタンと開くドア。

 入ってきたフォウと、クリスの目が合う。


「あ、クリス起きてる!」

「お、おはようございます……」


 しかしその瞬間、すぐに白い物体がベッドの下からちょろっと這い出て、ダインと思われる小さなねずみの獣人はまた走って部屋を出て行ってしまった。


「っと、待て!!」


 それを追って慌ただしく部屋を出て行くフォウと、すれ違いにライトが部屋に入ってくる。

 フォウにダインを追わせながら自分は手伝わないとか、酷すぎる医者だ。

 彼はクリスを見てにやりと笑う。


「この通り、実験は成功だ」

「じ、実験って言っちゃいますか……」


 ライトの場合はクリスの為と言うよりは、やってみたかった、と言うのが正解かも知れない。


「ただ、以前のように外側へ力を発することは出来ないらしい。憑依しているのが武具ではなく生き物だからかも知れないな」


 ライトが少し補足して、それに対して少し不満そうにニールが小さな体で小さく話す。


「そういうことだご主人。力は出せないが、特に周囲に害を与えることも無くなった。私達はただそこに居るだけの存在になっている」


 サイズのおかげか、その小さな声を聞き取るのは結構大変で、近くに居てやっとだった。

 元大男の首根っこをライトはひょいと親指と人差し指で摘み、そんな小さい小さいねずみの獣人になってしまったニールに話しかける。


「きちんと生きてみるのも悪くないだろう。お前達が斬り捨ててきた命というものを実感するがいいさ」


 それは、動物実験なんてしていても彼はやはり本質的には医者なのだ、と思わせる言葉だった。

 エリオットなどの患者に対してもそうだ。

 ライトは命というものを、彼なりの視点から重んじている。

 死ぬなとも殺すなとも言わないが、意味の無い死を嫌っているようで。

 ライトの言葉を聞きながらニールはじっと摘まれている。


「……そうだな、それもいい」


 精霊の小さな呟きに、ライトは満足げに口端を上げた。

 そこへぜえぜえと息を荒げながら入ってくるフォウ。

 手にはニールの今の姿とよく似た白いねずみの獣人。


「つ、捕まえたよ……」

「ご苦労」


 それを受け取ると二人まとめて右手に掴んで、ライトは去って行った。

 籠にでも容れるのだろうか。

 それでは本当にペットだ。


「クリス、具合はどう?」

「特に変わりありません。ありがとうございました」


 急なことにも関わらず手伝ってくれていたのであろうフォウに、深々と礼。


「いいよ、その代わりにちゃんと街を案内してよね!」


 その件をすっかり忘れていたクリスだったが、そのことは言わずに元気よく返事をする。


「えぇ、勿論!」

「……忘れてたでしょ」


 フォウに隠し事は通用しない。

 あははと誤魔化すように笑うと、フォウも一緒にあははと笑った。

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