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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第一章
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待たぬ歳月 ~相変わらずな二人~ Ⅱ

 レイアに散々叱られた後、エリオットは城下に足を運ぶ。

 目的地はライトのところだ。

 いつも城への定期報告の際は、そこにクリスを預けている。

 相変わらずやる気の無い『休診』の看板をちらりと見つつ、表の玄関を素通りして裏口から建物の中へ入った。

 城と同じくらい歩き慣れているライトの家を迷うこと無く歩いて、向かう先は親友の部屋。

 クリスはあれから随分とライトに懐いていて、大抵いつもライトとのボードゲームに夢中になっているからだった。

 エリオットはノックもせずに部屋の戸を開けて、そこに居たいつも通りの面子に話しかける。


「どうだ、今日は何敗してるんだ?」


 その問いかけを聞くなり、悔しそうな顔をエリオットに向けたのはクリス。


「……まだ、四敗ですよ」


 男女の区別がつかない音域の幼い声が、か弱く漏れる。

 午前の段階で四敗、ということは朝からやっていたのだろう。

 今日プレイしているのはキャロムらしく、四角い盤にパックが散乱していた。

 これならクリスにも勝機はあると思うのだが、それでも四敗しているのかと思うと笑わずにはいられない。

 ライトが強いというよりは、クリスがとてつもなく弱いのだ。

 そのくせして何度もやりたがる。


「ちなみに四戦、だ」

「ちょっと、言わないでくださいよ!!」


 ライトの補足に、ぷくっと頬を膨らませて抗議する少年……ではなく、少女。

 クリスの種族が大体どのようなペースで育っていき、どれくらいをピークとしてどのように老いていくのかエリオットには定かでは無い。

 が、とりあえずこの四年間、クリスに主だった成長は見られなかった。


 当時は年の割には若干高かった身長もあれからほぼ伸びず、少なくとも胸は服の上からは発育しているように見えない。

 髪の毛も別に目標を持って伸ばそうとすること無く、邪魔になったら切る、を繰り返す程度なので今は前よりは少し長いくらい。

 寝起きのまま整えない髪は、相変わらず肩や耳周りで明後日の方向にハネていて、多分そろそろ邪魔になったと言い出して切る頃合だ。

 本来ヒトならばこの四年間は成長期真っ只中のはずだが、クリスはまるでエリオットと出会った当時の体が成長の限界点のように止まってしまっている。

 正直な話、エリオットがクリスのその成長に期待をしていなかったと言ったら嘘になるだろう。

 成長したクリスがローズみたいにセクシーで色っぽい感じになるのか、と淡い期待を抱いていたのだが、それはこの通り儚くも消え去っていた。


「全敗中のところ悪いんだが、話があるんだ」

「どうかしました?」


 手を止めてきょとんとするクリスと、特に話を聞いている素振りを見せずに煙草に火をつけ始めるライト。

 王子は二人を見てから続きを話す。


「次の出発は延期になって、とりあえず八日後の晩餐会に出なきゃならんことになった。クリス、お前も来いってさ」

「はー……いいぃっ!?」


 返事をしようとしたものの、その内容に驚くクリス。


「お前だけならともかく、クリスも呼ばれるだなんて何かあったのか」


 ライトの問いに、エリオットは一瞬その呼ばれた理由が頭に巡って固まる。

 が、すぐに気を取り直して答えた。


「そこは当日レイアにでも直接聞いてくれよ」

「はぁ……」


 クリスは気の無い返事をして、口を小さく開いたままぼんやりしている。

 全くそういう場所に縁の無いクリスがいきなり社交パーティーに参加させられるだなんて無理がある。

 どうせ恥を晒して縁談もパァだろう、とエリオットはこの件については投げやりだった。

 ライトは何を考えているのかよく分からない顔をしたまま、ぼーっと煙草をふかしている。

 が、まだ半分以上残っている煙草の火を灰皿で揉み消して、


「エリオット。たまには飲みに行きたい」


 と突拍子も無く、友人を飲みに誘ってきた。


「何だ、お姉ちゃんがいる店に一人で行くのは抵抗があるのか? いくらでも着いて行ってやんよ」

「そ、そんなお店に行くだなんて許しませんよ!」

「何でお前の承諾を得ないといけねーんだよ、毎回毎回……」


 この調子で、いつもどこの街に行ってもクリスは、エリオットの女遊びを制限していた。

 身内のような人間が風俗通いをするのは嫌だ、という気持ちは分からないでも無いが、エリオットにとっては正直鬱陶しい。

 どうするんだライト、と喋らずに目で訴えると、クリスを宥めるのが得意な白髪の獣人が静かに言った。


「俺はそんなところに行くだなんて言ってないだろう、第一興味も無い。普通に飲んでくるだけだから心配するな」

「……分かりました」


 懐いているせいか、ライトの話をクリスはとても素直に聞く。

 それがまた、エリオットにとっては腹立たしかった。

 傍から見たならエリオットの言葉に信用性が薄いのは自業自得なのだが、その辺りの自覚がこの王子には無いらしい。

 夜に再度待ち合わせる約束だけして、エリオットはまた城に戻って雑務をこなした。




 結局エリオットは未だにローズが何をしたかったのか分からずにいる。

 五年という約束では、大陸全土を回りつつやることをやるには短かったようで、制限期間は最後の一年を切っていた。

 とりあえずの手がかりとなる遺物を集めては照合するだけに追われ、まだそれらが何を意味しているのか全く把握出来ていないのだ。

 ルフィーナが居れば違ったのかも知れないが、あれから随分経ったにも関わらず彼女の行方は掴めないまま。

 突然居なくなった彼女を勿論心配もしているが、それ以上に刻一刻と迫る行動期限に追い詰められていて、そちらに時間を割く余裕がエリオットには無い。


 そして今回の縁談話。

 あと一年、という期限を更に意識させられてしまう。

 ローズが死ぬ間際まで執着したこと。

 今は変わり無いクリスだけれど、それを成さねば今後何が起こるのか……

 そろそろ一人でやっている場合ではないかも知れない、と弱気になり始めた時、エリオットに光明の兆しが見えた。


「失礼致します」


 自室に篭もって古文書を手に困っていたところへ、またクラッサがやってくる。


「ん、まだ何か用があったのか?」

「いえ、用件は無いのですが今朝見た時に少し気になったもので」

「?」


 何を気になったのか、エリオットは訝しげに彼女に視線を送った。

 彼女は白いトラウザーズを擦らせながら少しずつ歩み寄り、机の上の古文書に手を伸ばす。


「王子は考古学に興味がおありなのですか?」

「あぁ、まぁな」

「ですが、先程見た時……メモされていた内容が少しズレていましたよ」

「ぶはっ」


 興味があることを肯定したにも関わらず、それがにわかであることが即バレしてしまった。

 エリオットは恥ずかしくてアハハと笑って誤魔化す。


「く、クラッサは好きなのか、こういうの」


 今朝彼女が来た時には、ちらっと見る程度の機会しかなかったはずだ。

 それなのに間違いに気付けるということは半端な知識では無い。

 クラッサは特に顔色を変えず、淡々と彼の問いに答える。


「そうですね、王子の女好きに負けないくらい大好きです」


 それは恐れ入った。


「この欠片は掘られている文字の内容からしてトリスタンの竜の舌でしょう。伝承ではこれで猛毒を作れると聞きますが……見た目はただの石ですね」

「へぇ」

「これを調べていた際に開いていたページはどこでしょう?」

「あ、あぁ、多分ここ」


 エリオットが開いたページをパッと見て、すぐに目を輝かせるクラッサ。

 普段クールな彼女がそんな顔をするとは思わず、エリオットはそれに驚いてしまう。

 彼女でも子供みたいに喜ぶ顔をすることがあるんだな、と。


「あとこちらはリディル、の破片でしょうかね。心の臓を取り出す為だけに特化した呪いの紋様が……面白いです」


 古文書片手に遺物を次々と照合し、その喜びのあまりか肩を震わせて嬉々とした表情を見せるクラッサ。

 呆気に取られているエリオットにやっと気がついた彼女は、ハッとして古文書と遺物を机に置き戻す。


「失礼致しました……なので先程のメモのこの部分は、こうです」


 さらさらと近くにあった白い紙にペンで訂正内容を書き記して、王子に手渡した。

 その内容はエリオットの拙い翻訳などとは比べ物にもならないほど丁寧なもので、彼は思わず彼女の手をグッと握って引き寄せてしまう。


「?」


 掴まれた手に若干の抵抗を見せるクラッサに、エリオットは縋るように言った。


「手伝ってくれ……ッ」




「なるほど、お話は分かりました」


 エリオットは、誰にも言わなかったローズの言い残したことを全て彼女に話していた。

 今まで他の誰をも信用出来なかった……というわけではなく、困った時に現れたのがたまたま彼女だっただけのこと。

 とはいえレイア直属の部下で、信頼もおける人物であるに違いは無い。


「それで王子はいつも忙しそうだったのですね。公務以外にも随分仕事があるように見えておりましたので」

「俺に出来ることなら何でもするから、君に頼みたい」


 彼女は少し考えて、まず『ローズが当時集めていた物』を揃えるように指示をした。

 エリオットのように『分からないからとりあえず全部集めてみる』なんてことはせずに、まずは予めあった物の繋がりを見てくれるらしい。

 いや勿論エリオットだって最初はそうしようとした。

 ただ、見ても分からなかったからこうなっているだけで。


「プライウェンの盾、エポナの鬣、シャムロックの腕輪、そして極め付けがコルパンシーデの羽……ッ!」


 クラッサは品々を見て歓喜に震えていた。


「何か分かるか?」

「マナナーンの書を貸してください。多分この城になら保管されていてもおかしくないと思うのですが」

「……わ、わからん……」


 機密書室にあるだろうか。

 いや流石のエリオットでも関わりのありそうな本のタイトルくらいは覚えている。

 分からないと言うことは、多分城には無い。

 少し考えてやっぱり無いだろう、とエリオットが首を大きく横に振ると彼女は少し困った顔をした。


「まだ少し物が足りないかも知れません。あまり覚えておりませんがこれらは確かチェンジリングを解除する物だと思います」

「チェンジリング?」


 何かを交換?

 何となくしか分からない言葉の意味に、エリオットはリピートして問う。


「……伝承では妖精によるものとありますが、この場合は精霊によって、その子供は精神や肉体の一部を交換されているのでしょう」

「…………」


 思い当たる節が無いわけでは無い。

 精霊の姿に似通っている、クリスの変化した体。

 けれど何故それをローズが知っていて、彼女は必死に元に戻そうとしていたのか。

 エリオットには分からないが何か込み入った事情が幼い頃にあったのだろう。

 クラッサはわなわなと体を震わせ、少し潤んだ瞳で書物や遺物を見つめていた。


「私にもその存在すら把握出来ていなかったこれらを独自に掻き集めた、一世を風靡した女盗賊……素晴らしいです……っ」


 その様子はどこか常軌を逸しているようにも見える。

 余程考古学が好きなのだろう、で終わらせるには少し理由が足りないくらいに。

 そもそもクラッサは何故そんなにも詳しいのか。

 ここに置いていない書の内容まで、一度は読み解いているような言い草だ。

 はぁ、と艶っぽく熱の篭もった溜め息を吐いて、彼女はその身を落ち着かせるように机に手をついて俯いた。


「だ、大丈夫か?」


 少し心配になって声を掛ける。


「いえ、柄にもなく興奮してしまいました」

「そっか……で、ここからどうすればいい?」


 目的はチェンジリングの解除。

 それにローズの集めていた物は少し足りなかった、と。

 となるとエリオットが今まで集めた物の中にその目的の物はあるだろうか。

 しかしマナナーンの書とやらが無いため、結局あとどれが足りないのか分からない。

 クラッサの記憶に頼るしかない状況で、エリオットは少し急かして問いかけた。

 彼女は、王子の目は見ず、遺物に視線を注いだままで言う。


「マナナーンの書があればすぐ分かるでしょう。王子は何でもすぐに用意出来るように、今まで通り片っ端から収集するのがてっとり早いと思われます」

「なるほど」

「書は……私が用意してみせます」

「!!」


 城にも無いその書を、用意すると。

 そんなこと出来るのかと疑いたくなるが、もし彼女が過去に一度見聞しているのであれば、大体の在り処は予想出来ているのかも知れない。

 しかし彼女はここでエリオットに交換条件を出してきた。


「ただし、書を用意してその子供のチェンジリングを解くことが出来たなら……頂きたいものがございます」

「な、何だ?」


 どれだけ吹っかけられるのだろう、とエリオットはごくりと唾を飲む。


「王子のその身を、頂戴したいのです」

「はい?」


 予想外の要求に、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 いや、流石にそんな反応をしてしまうのも無理の無い話だ。

 王妃にでもなりたいのか、どんだけの野心を秘めてたんだよ、と、そんなエリオットの想像を察したのか、それを否定するようにクラッサは続ける。


「普段は好きにされていて構いません、ですが私がお願いをした時、いつでも協力して頂きたい。そういう意味です」

「何に……協力を?」

「まだ分かりませんが、きっと色々と。大丈夫です、考古学的な意味でですので、王子以外にお手は取らせません」

「あぁ、そういうことね」


 エリオットはちょっと恥ずかしい想像をしてしまった自分が情けなくなる。

 ここまでの考古学オタクなのだ、きっと国の規制などで研究も不便な思いをしてきたのだろう。


「それくらい構わない、俺でよければ何でも協力するさ」

「ありがとうございます」


 身近にこんなに頼りになる人物がいただなんて、自分の目はほんとに節穴だった。

 もっと早く彼女の存在に気付いていれば、こんなに手間取らずに済んだかも知れないのに。


「ほんっと、ありがとうな!!」


 そう思い、嬉しくてエリオットは彼女に思いっきり抱きついた。

 彼にしては珍しく、何の下心も無しに純粋に。

 けれど彼女はそんな彼に冷たく言い放つ。


「王子、これはセクハラです」

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