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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第一部 第十五章
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失意の先に ~それでも前を向いて~ Ⅱ

 それからクリス達は衣服を買って着替えてから王都に戻ってくる。

 まず第一にエリオットが始めたのは、クリスが槍の呪いによって水晶にしてしまった人々を元に戻すこと。

 ダインの呪いを解くことが出来たライトにも看て貰ったが、彼のディビーナが『入り込む』ことが出来るような傷の無い、水晶の呪いではうまくいかなかった。


 もしニールが壊れていなければ精霊自身に元に戻して貰えたかも知れないけれど、今はそれも適わない。

 とにかくソレを戻せるとレクチェに言われたエリオットが、兵によって集められた水晶の目の前でしばらく唸って頑張っていた。

 数時間後、一人目の呪いの解除……と呼べるのだろうか。

 どちらかと言えばまるで外部構造そのものを創り直して(・・・・・)いたようにクリスには見える。

 とにかく一つ終えると、後は時間をかけつつも少しずつエリオットが直していった。


 結局全ての人々を戻すのに一週間以上かかったが、彼の民からの評判はこれによって一気に跳ね上がる。

 病気という名目でしばらく外に出てきていなかった王子は、今や奇跡の人扱い。

 皮肉なものだ……クリスがやって、エリオットが直す。

 それで彼は英雄。

 真実を知っていれば茶番でしか無かった。

 だがレイアにもアレがクリスのせいだとは言っていないし知られていない。

 更に、女神の遺産に関することは国の機密事項であるため、全てを不可思議な自然現象(ス プ リ ガ ン)の仕業として押し付けて、クリス達は今の立場を守っている。


 次にレクチェについて。

 クリスがエリオットから聞いたところどうやらレクチェは結局あの後『多分死んだ』らしい。

 そしてその遺体をセオリーに奪われる前にルフィーナがどこかへ飛ばした、と。

 もしあの時クリス達が気を緩めていなければ起こり得なかった悲劇に、クリスもエリオットも、ローズのこと以上に自分達の不手際に悔やむ。


 ルフィーナはと言うと、気付くと消えていて、あれから誰も姿を見ていなかった。

 結局彼女に降りかかるかも知れなかった危険は何だったのか。

 そもそもそれが過ぎ去ったのかどうかも分からず仕舞い。

 最終的にクリスが退けると聞いていた厄を、クリスは退けた記憶が全く無いからだ。

 気がかりだが、彼女の行方が分からない今ではクリスにどうすることも出来ず、流れが変わっていて、それらがもう無いものとされていることだけを少女は祈る。




 そして……王都の復興は流石に早い。

 エリオットが水晶になった人々を全て元に戻し終わる頃には、一番酷い惨状だった地区も大方人が過ごせるようになっていた。

 ここで悩むのが今後のクリスの身の振り方。

 当初の目的を失ってしまったものの、未だセオリーとその背後に居る者達は暗躍しているはずである。

 これらに首を突っ込むか否か、この子供は悩んでいた。


「放っておけよ」


 ここは城の、エリオットの部屋。

 随分と使っていなかったらしいが、今ようやく主が帰ってきたこの部屋。

 クリスが以前借りていた部屋なんて比べ物にならない広さと、家具各々の大きさで、ベッドなんて頑張れば十人眠れそう。

 色調は、白と、金、赤がメインで、全く以って落ち着かない部屋である。

 エリオットが続いて理由を話す。


「あいつらの目的は別に関係の無い誰かに大きな迷惑をかけるものじゃないだろ? レクチェももう居ないし、そもそも研究とやらが進むのかも怪しいじゃないか。もしお前を狙ってきたら、その時にでも相手してやればいいさ」


 先手ではなく後手に出ろ、と彼は言う。


「それはそうですけど……」


 蟠りが残るまま、それらを放置することに若干の抵抗があるクリスは渋る。

 対面に座っているエリオットを、俯いて上目遣いに見た。


「どうせ他にやること無いって思ってんだろ」

「はい……」

「俺を手伝え」

「はい!?」


 一瞬何を言われたか分からず、目を丸くして驚くクリス。

 把握した後も、その意図は全く想像がつかない。


「まだ俺、やることあるんだよ。暇ならついてこい。食いっ逸れはしないぜ?」

「な、何をする気なんですか? っていうかそれってまた追われる日々になったりしませんよね?」


 恐る恐ると、一番の不安を尋ねる。


「大丈夫だ。期間は五年、表向きの公務と、それを毎月城に戻って報告、以上の制約付きだが父上の許可は取って来た」


 相変わらずの手際の良さに、クリスは感心を通り越して呆れてしまう。

 そこまでして城の外に出たいようだ。


「で、一体何をするんです?」

「とある遺物の回収、だな」


 遺物と聞いて、跳ね上がるクリスの心臓の音。


「せ、精霊武器でも集めるんですか!?」

「馬鹿、そんなのどう考えてもセオリーとぶつかるじゃねえか。……とは言ってもぶつかる可能性はゼロじゃない。だからお前にも来て欲しい」


 それは暇なら来いと言いつつ結局クリスありきの旅では無いだろうか。

 クリスは思わず吹き出しそうになるのを堪えて、口を手で覆った。


「ローズは様々な女神の遺産を盗むなりしていたが、今度は持ち主がいる物ならば買い集めることになると思う。俺は公務と言う名目で各街を訪問し、全ての地域をしらみ潰しに探していくつもりだ」

「姉さんが集めていた、続き、ってことですか?」

「その通り。集めてどうなるかは分からんけどな」


 少女の胸が高鳴る。

 エリオットの言う目的が、クリスは今から楽しみで仕方ないのだ。

 姉の足取りを追えるかも知れない、そう思うと嬉しくて顔が綻んでしまう。


「実は女神の遺産は元々城が管理していた物なんだ。けれど盗まれたり、その遺物の価値が分からず掘り起こされて城に収容されることが無かったりで、実際は各地にバラバラ。精霊武器もその一つみたいなんだが、そっちは危険が伴うからパス」


 そう言い、最後にエリオットがにんまりと口角を上げて、クリスに右手を差し出して問いかけた。


「さ、返事はどうだ?」


   ◇◇◇   ◇◇◇


 クリス達が新しい目的に向かって動き出していた頃。


「奇跡の王子、ですか。よくもまぁ言ったものです」


 新聞を片手に白緑の髪の青年が、木の椅子に座りながら机の上に置かれたカップに口をつける。

 そこはじっとりと湿った地下の牢の中。

 だが彼が囚われているわけでは無い。

 この牢の住人は、壁に鉄の鎖で繋がれた女性。

 薄汚れた東雲色の髪に生気の無くなった赤い瞳は、その新聞に書かれている王子の師、その人であった。


「そろそろ協力してくれませんかね、してくれないと貴方が嫌がることを次々としていかなくてはなりません」


 少しずれた丸眼鏡を右手中指で直すと、彼はすっくと立ち上がり彼女の傍による。


「酷いことはフィクサーが止めてくれる、とでもお思いですか? 彼はコレを知りませんからそれは有り得ませんよ」


 そして、ルフィーナの首を掴んで、ゆっくり、ゆっくりと締めた。


「……か、はっ」


 ただ耐える彼女を、冷たく優しい目で彼は見つめる。

 セオリーには情が無いわけではない、ただそれが歪んでいるだけのこと。

 辛うじて息が出来る程度に首をじんわり締めたまま、彼は彼女の長い耳に噛り付いた。


「ッ!!」


 悲鳴も上げられず、力無かった目を見開いてその痛みに驚くルフィーナ。

 僅かだが示した反応を愉快そうに横目で見ながら、歯を離して噛んだ部分をぺろりと舐める。


「この耳も丸くしてさしあげましょうか?」


 種族を変えるという意味ではなく、噛み千切るという意味で……耳元で優しく丁寧に呟くセオリー。

 だがその言葉にルフィーナからの反応は無い。


「ふむ、やはりこの程度では屈しませんか。かと言ってあまりやり過ぎると彼にバレてしまいますからねぇ……」


 首から手を離して、彼は次に彼女の太腿に手を伸ばした。

 そしてそのまま黒く短いスカートの中に滑り込ませる。

 その動きにぴくり、と反応する彼女の耳と足。


「あまりこの方法は気が進みませんが、多分お嬢はコレが一番効くでしょう?」


 ルフィーナが履いているストッキングをぐりぐりと下ろして、下着に少しだけ指を引っ掛けたセオリーは、その状態のまま告げる。


「本当に孕めなくなっているのか試してみるのも一興、ですね」

「ゃ……」


 身体をよじらせてその手から逃れようとする彼女を見れば、この方法がてっとり早いのは明らかであった。


「言う、から……それだけは……」


 レクチェを失い、元より生きる気力も尽きている。

 苦痛による拷問ならば死ぬまで耐えるつもりだった彼女が、ついに口を割った。


「まとめた研究書類は、城内の機密書室に保管されているわ……」

「そうですか、では貴方の見解もついでに聞かせてください」


 彼女がぼそぼそと小さく呟いた言葉を聞いて、セオリーが薄く笑う。

 下着に掛けていた手を外し、彼女を繋いでいた錠をも解いた。


「好きに逃げて構いませんが他言はしないように。その時は問答無用で今の続きをしますよ」


 完全なる脅しの言葉だけを残して、彼は鍵をかけずに牢から出る。

 ずるり、と壁に持たれかかったまま、ルフィーナはその場から動かない。

 長い間鉄の腕輪に繋がれていた手首は、酷い内出血を起こして黒くなっていた。

 彼女の首には、クリスから貰ったネックレスはもう掛かっていない。




 戻ってきたセオリーの報告に、困った顔をしているのはフィクサー。

 昔は長かったその黒髪も、今では肩程度に落ち着いている。


「城内は面倒だな」


 とある小さな一室で、三人が佇んでいた。

 黒髪の青年はいつもの大きい椅子に腰を掛け、残りの二人は机越しに対面する形で立っている。

 彼らにしては珍しく正式な立ち位置だ。


「いつだったか潜り込んだ時は、入ってすぐに警報が鳴りましたからね。盗むこと自体は楽ですが、それを隠し通すことは出来ないでしょう。そしてそれが盗まれたと知られれば間違いなく彼に(・・)警戒されてしまいます」


 セオリーの発言に、ゆっくりとフィクサーが頷いた。


「多少の時間はかかりそうだけど、いいさ。あれが手に入ったからには女神の末裔ですら必要も無い。今までを考えれば一気に事は進む」

「えぇ、お任せください」


 セオリーの隣で立っていた、顔に大きな火傷の痕を残す黒髪の麗人が、スッと前に出て右腕を胸の前で構える。

 彼女の首にはあの琥珀のネックレスが、そして左腕には妖しく光る剣が携えられていた。


   ◇◇◇   ◇◇◇


【第一部第十五章 失意の先に ~それでも前を向いて~ 完】

章末 オマケ四コマ↓

挿絵(By みてみん)

上画像をクリックしてみてみんに移動し、

そちらでもう1度画像をクリックすると原寸まで見やすく拡大されます。

長いにも関わらずここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。


第一部が終了し、悪役もようやく悪役らしくなってきました。

また、この作品はちょいちょい様々な神話を絡めて作ってあります。

ただ名前を使っているだけでなく、きちんと意味も重ねているので

コレってあの神話のアレだよね、って考えるとストーリーの先が見えてくるかも知れません。

名前を出さずとも、描写だけを神話のソレとして書いてある物もあるので、

そういうものが好きな人は是非探してみてくだされば幸いです。


この後、キャラクターまとめを挟んでから第二部となります。

今後もお付き合いして頂けるよう頑張ります!

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