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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第一部 第十三章
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リチェルカーレ ~只今逃走中~ Ⅱ

 ショックを隠せないクリスとエリオットに、獣人の女性がにっこりと微笑む。


「とりあえず、中へどうぞ!」


 少なくとも婦人の警戒は解けているようである。

 クリス達は緊張しながら家の中へ招かれた。

 中もやはり田舎の割には綺麗な御宅で、むしろ都会にありそうな整った室内。

 お城や豪邸と比較しては劣るが、家具も高そうな物ばかりで花瓶などは高級感が漂っている。

 どうもこの家の主は、ただの農家ではなさそうだ。


「お掛けになってくださいな」


 女性が上機嫌で着席を促した。

 ワンピースをふわりと揺らして彼女はキッチンへ歩いていく。

 そして軽やかに振り返ると、


「珈琲と紅茶、どちらがよろしいでしょう?」


 フフ、と愛想を振りまいて飲み物を尋ねてきた。


「珈琲でお願いします」


 相変わらず余所行きの顔を張り付けたままのエリオットが答えると、ご機嫌でお湯を沸かし始めた奥さん。

 クリスはひそひそとエリオットに話しかけた。


「王子だって分かったのにすんなり入れてくれるだなんて怪しくないですか?」

「美人に悪い人は居ない」

「そんなワケがありますか」


 あくまで小声でツッコんでいる。

 エリオットは何かあっても後で暴れたらいいと思っているのかも知れないが、クリスとしては流石に一般家庭相手ともなると穏便に進めたい。

 こんな罠みたいな状況を疑いもせずに受け入れていいのか心配していたものの、それは杞憂となる。

 珈琲を二つ用意してくれた獣人の女性は、向かいに座って笑顔を絶やすことなく話し始めた。


「わたくし、王子様の成人の式典に王都まで観に行かせて頂いておりまして。随分大きくなられましたけれども、すぐに分かりましたわ!」


 嬉しそうに話す婦人のその表情からは、少しの自己顕示と高慢さが見え隠れする。


「それは遠路遥々ありがとうございます」


 エリオットはというと、こちらも同じような感じで、下心の見え隠れする綺麗な笑顔でそれに対応していた。


「もう四年ほど前でしょうか? よく覚えております。娘が十才の時で、それはもうその華やかな式典に大喜びしていましたもの!」


 始まった世間話を、クリスは出された珈琲を飲んで聞き流す。

 何というか、こんな田舎には不釣合いな雰囲気の婦人だった。

 そう、言うなれば貴族や商人みたいな現金に直接縁のありそうな……家の雰囲気からしても、今不在であるこの家の主はそれなりの稼ぎをもつ商人等なのかも知れない。

 エリオットは猫を被ったまま、でっち上げの事情説明をする。

 とりあえずクリス達は、誰の差し金かは不明の暗殺者から逃げている王子とその御付きの者ということになった。

 よくある王族のトラブル内容に、疑いもせず信じる彼女。

 勿論それを信じてしまえるのは、目の前に見知った王子が居るという事実があるからだろう。


「分かりました、誰が来ても知らぬ存ぜぬを通しましょう」


 王子に直接恩を売るだなんて機会、逃すはずも無い。

 先に礼金として出された金貨に目の色を変え、二つ返事で婦人は了承した。


「夫の部屋で申し訳ありませんが、こちらが空いておりますのでご自由にお使いになってくださいな」


 残念ながらベッドは一つ。

 クリスは御付きの者という設定なのだから床で寝るしか無い。

 食事を貰い、風呂も借りて汚れを落としたところでいい時間になってきたので、さっさと寝ることにする。

 と、そこへ部屋の前で小さな足音が聞こえた。

 音の軽さからして大人では無い。

 ある程度予想はしているが一応確認の為扉を開けると、部屋の前にはエリオットが首を絞めた女の子が居た。

 いや、先程の母親の言葉を聞く限り、この少女はクリスよりも年上で間違いない。

 しかも二つも。


「ちょっと入ってもいーい? 家来さん」

「えぇ、構いませんよ」


 身長は長い耳を除けばクリスよりも随分小さい。

 しかしその体は小さくとも出るところが出ていて、将来はきっとお母さんのように美人になるのだろう。

 羨ましくなんか無い、とクリスはその点から目を背ける。

 獣人の少女は手にアルバムを持って部屋の中に入ってきた。


「ココ、小さいけど王子様が入るように私を撮った写真なの」


 そこに写るのは満面の笑みでVサインを手で作る女の子と、その遠く後ろの壇上で手を振っているエリオット。

 写真を撮る魔術道具はとても高くて一般人には手が出ない代物なので、先ほど受けた印象通りこの家庭は裕福なことが伺える。

 四年前ともなるとエリオットが流石に若くて、何だか笑えてくるクリス。

 成人の式典、ということは当時十六歳のエリオットがそこに映っているのだ。

 逆算して彼の現在の年齢もクリスは把握した。

 そして「やはりおじさんだ」と一人思ったことをそのまま心の中に仕舞いこむ。

 今は従者という設定なのだから、彼女の前でおじさんなどと呼ぶわけにはいかないのだ。


「王子様が実は性格悪いってのは秘密にしてあげるから、ココにサインちょーだいよ!」

「ガキってのはどうしてこうもまぁ要らん一言ばっかり言うんだろうな」


 ベッドの上であぐらをかきながら、おじさんがぼやいた。

 手渡されたアルバムを、エリオットはパラパラ捲る。

 一緒に覗くと三ページ丸々が式典の写真で埋まっていた。

 沢山の人を背景にして少女が写っている写真達は、どれも極彩色。

 式典がそれほど華やかなものであったことをその絵が物語っている。

 少女の指定した一枚に借りたペンでさらりとサインを済ませると、彼はアルバムを閉じた。

 そしてそれを待ちわびていたかのようにすぐ様あがる声。


「これで皆に自慢出来るー!!」

「っておい、俺達のことは喋んなよ!?」


 母親からまだ口止めされていないのか、獣人の少女は大喜びでアルバムを手に取る。

 エリオットが叫んだものの、話を聞かずにさっさと部屋を飛び出して行ってしまった。


「どうするんです? あれ」


 クリスの小さな声に、彼は溜め息を吐いて顔に手を当てる。

 指の隙間から見える目は半眼で気の抜けた様子。


「後でもっかい忠告しといてやってくれ……」


 それだけ言って布団を被る。

 が、何か思い立ったように彼はすぐに布団から体を起こし、こちらに眠そうな顔を向けて口を開いた。


「可哀想だからベッド半分使わせてやってもいいぞ」


 一応クリスが座っている床には薄い布だけ敷かれているが、それでも寝心地が悪いのは間違いない。

 他に意図があるわけでもなく、単純に眠りにくかろうとクリスに提案したのはその何も考えていなさそうな表情からも明白だ。

 けれど、


「お気遣いありがとうございます、それは嫌です」

「すんげームカつくけど、眠いから相手なんてしてやらねーよ!」


 そんな捨て台詞だけ残して、エリオットは再度布団を被った。




 そして朝。

 外の光が瞼の中を刺激して、クリスは目が覚める。

 硬い床でもよく眠れたものだ、と思ったがクリスは自分の下に柔らかさと生温かさを感じて、何でだろう? と目を擦りよく見た。

 どうやらふかふかの布団の上で寝ていたらしい。

 布団の中、ではなくあくまで上。

 床に敷いていたはずの布を被って、布団の上で一晩過ごしたようだった。

 クリスに全く記憶は無いが、やはり眠りにくくて移動したのかも知れない。

 そう、エリオットの布団の上へ。

 何度も言うが、上である。

 中では無い。


 一晩潰されていたのかも知れないエリオットはというと、布団の中で苦しそうな表情をしたままでまだ眠っていた。

 彼が起きる前にここから退かなくてはいけない。

 クリスは体を起こそうと腕に力を入れる。


「ぅぐえっ」


 すると、カエルの潰れたような鳴き声が部屋に響いた。

 クリスが手をついた場所が悪かったのだろう、寝ていて力の抜けている腹を押されて呻くエリオット。


「あ、ごめんなさい!」


 慌ててついていた手を離すと、上半身を起こしたクリスの体重は大体お尻のあたりに偏る。

 クリスのお尻は大体エリオットの下腹部あたりに乗っていた。


「うっ、ぐ……」


 またしても呻き声。

 苦しそうな表情でようやく目を薄らと開く彼。

 その目と目が合ってしまい、クリスは思わず目を逸らしてカーテンの隙間の空を見る。


「いっ、いい天気ですねぇ」

「どうでもいいから、そこをどけぃ!!」




「娘にはきちんと申しておきました、失礼をお許しください」


 場所は移って、今は獣人の母親の部屋。

 婦人はそう言ってクリスに服を出してくれた。

 昨晩の口止め話をした際ついでにもう少しお金を手渡して、寝巻きな上にそれすらも背中のあたりがびりびりに破けている可哀想なクリスに、服を売って貰ったのだ。

 クリスの身長はこの家の婦人と大体同じくらいなので、服も婦人の持ち物と思われる物を手渡される。

 子供の物では無いが、クリスは年の割に顔立ちが大人びているため、その点はそこまで気にすることも無いだろう。

 とはいえ渡されたのは、スカート部分に明るい緑の花柄が描かれ、バストの部分にはシャーリングが施されている、ふわふわした白いシフォンワンピース。


「ほ、他に何かありませんか……」


 単純に、こんな女性らしい衣類を着るのは憚られて、思わず聞く。

 クリスは大人びてはいるが、決して女性らしく大人びているわけでは無い。


「控えめなデザインのほうなのですが、もっと鮮やかな物がお好みですか?」

「いや! これでいいです!」


 クリスは諦めてそれを着ることにした。

 宿を飛び出した時にそのまま履いてきていた、城で貰った可愛いサンダルに似合うのは不幸中の幸いか。

 着替えてから婦人の部屋を出ると、傍の階段の影から兎耳の少女が言った。


「悪い奴らに気付かれないように、変装して出るんだ!?」

「正解だぞ、頭がいいじゃないか!」


 何故か少女と仲良くなっているエリオットが、その後ろからにやにやしながら答える。


「何が正解ですか、嘘を教えないでください」

「まぁまぁ、その格好ならまず気付かれないぜ。髪を染めればもっと良さそうだな」

「そうですわね、では染め粉も用意しましょうか!」


 こうしてクリスは着実に変装をさせられていった。

 されるがまま、その髪は菖蒲のような淡い紫に染まる。

 この家の主人の白髪染め用だと言う明るい薄紅の染め粉を使った結果、クリスの水色の髪はこのような色に染まってしまったのだ。

 髪型も少し整えて貰って、鏡を見ても自分だとは思えないクリス。

 あの尋ね人の張り紙が隣にあっても、流石に同一人物だと気付かれることは無さそうだ。

 同じように染め粉を使って緑の髪を染めたエリオットは、少し赤みがかかって濃くなったくらい。

 大きな色の変化はそれほど無いが、それでもパッと見た印象は随分変わっている。


「違和感やべー」

「これなら街を歩いていても大丈夫そうですわ!」


 婦人がやや大袈裟に拍手をしながら太鼓判を押した。


「クリスは間違いなくバレなさそうだな」

「ううっ、スースーする……」


 最初は変装などではなく、単に着る服を貰うだけだったというのに。

 しかし逃げているのだから、変装しておいて損は無い。

 我慢我慢、と自分に言い聞かせて、クリスは丸めていた背をグッと伸ばした。

 他愛も無いやり取りを少し交わした後、クリス達は早々と出発することにする。

 見送ってくれている兎の獣人達は、エリオットという王子の存在もあってか、最後まで愛想が良かった。

 ただ唯一あまりクリス達と打ち解けられていない子息は、もう少し離れた位置で皆を眺めていたので、


「夜はあんまり出歩かないようにしましょうね」


 クリスは少しそちらに近寄って声を掛ける。


「うん……お兄ちゃんも頑張って……」


 全く頑張れる気がしない応援を頂いたクリスであった。




 さて、どうしたものか。

 まだ太陽はそこまで高くない。

 この時間から動ければどこへ行くにしても余裕がありそうだ。


「これからどうします?」


 スカスカして落ち着かない足元を気にしながらクリスはエリオットに問いかける。

 ルフィーナ達と合流する手立ては、哀しいことにクリスには思いつかない。


「そうだな……」


 彼は少し考えて、ふと立ち止まる。


「王都へ戻るか」

「ええっ!?」


 全く予想だにしていない行き先に思わず叫んだ。


「レクチェは狙われるかも知れないんだろ? 今襲われたら手が足りずに不利だし、俺なら人に紛れ易い場所に移動する。ってことで王都」

「で、でもそんな、王都に戻ったらエリオットさん見つかっちゃうんじゃ……」

「いやー、王都に居ると逆に見つからないんだぜ? でもそれまでにもっとキチンと変装出来るような物を買わないとな!」


 アッハッハ、と大笑い。

 そんな変装程度でどうにかなるのかとクリスは不安で仕方が無いが、リャーマから逃げたばかりだと言うのに城のすぐ近くに戻って来るとは普通思わない。

 アリかも知れない。


「エリオットさんに似合うスカート、ありますかねぇ」

「女装は無理だぜ!?」


 断固拒否する構えのエリオットの背中を、ぽんぽんと叩いてクリスは優しく言ってやった。


「私でも出来たんです、大丈夫ですよ」


 にっこり笑って、有無を言わさぬ表情で。


「ほんと、無理だから……ね?」


 人の困った顔は、意外と面白いものだ。

 クリスはにやけてしまった顔を彼に見せないように、背を向けて歩き出す。


【第一部第十三章 リチェルカーレ ~只今逃走中~ 完】

章末 オマケ四コマ↓

挿絵(By みてみん)

上画像をクリックしてみてみんに移動し、

そちらでもう1度画像をクリックすると原寸まで見やすく拡大されます。

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