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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第一部 第二章
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女神の遺産 ~凸凹な二人の素性~ Ⅰ

挿絵(By みてみん)

 酒場のあった田舎町スーベラから、少し都会のフィルまではのんびり歩いて三日程で着いた。

 不安要素が満載の二人旅は、クリスのブラックジョークにエリオットが時々緑髪を振り乱して激昂する程度で、それ以外は役割もうまくこなしながら進んでいたようだった。

 フィルは、彼らが居る大陸西の地域では一番エルヴァン――王都に近い街となる。

 なのでそれなりの規模の、物流も悪くない住み心地の良い街と言えるだろう。

 街に着いてからまずエリオットは案内の看板を見て目的地を見つけると、その中性的ではあるがどちらかといえば男らしい淡白な顔を、少し幼く見せるような笑顔に変えてその場所を指した。


「ここだぜ」


 その指の先には、『フィル王立図書館』の文字が書かれていた。




 見上げると首が痛くなるくらいの建物を前に、圧倒されてしまうクリス。

 その建物は壁の端から端まで見事な彫絵の装飾がなされ、観光客ならばいつまでも見てしまいそうなほどの豪華な外観だ。

 図書館にぶつかり吹き上がる風が駆けてゆく先の空は、不安を掻き立てるような素色に淀んでいた。

 ちなみにクリスの目下の不安は、その師匠とやらの人間性だと思われる。

 エリオットの師匠なのだから、エリオットが斜め上に悪化したような卑猥な性格の可能性も否定出来ない。

 恐ろしいことだ。

 けれど取りあえず、目の前の建物から察するに……


「エリオットさんの師匠という方は、盗賊の師匠では無いのですね」

「流石に俺にはそんなものの師匠は居ないな」


 エリオットはゆるいウェーブがかかった前髪を少し掻きあげながらそう言い、重そうな図書館の扉を押し開ける。

 中に入ると、膨大な量の本と人。

 クリスはどちらかと言えば田舎の出なので、この質量には少し目眩を覚えた。

 広々とした館内の床には渋めの赤の絨毯が敷き詰められ、どこかのお屋敷なのではと思ってしまうような内装だ。


「どっかで本漁ってるんじゃないかとは思うんだけどなー……」


 そう言ってその翡翠色の瞳に辺りを隈なく映させた後、諦めてエリオットは係員に聞いていた。

 彼は貴金属やマントを身に纏っていてパッと見だけは育ちが良さそうには見えるので、この豪勢な図書館にいても違和感がすることは無かった。

 細部を見ると実は薄汚れて解れたりしている法衣を着ているクリスとしては、その差が少し恥ずかしく、正直な所ここは居心地が悪い。


 そこで、エリオットが一旦係員との話を終える。

 探し人は非公開の書庫に居るらしい。

 案内をして貰い、館の奥まで進む。

 係員が扉にノックをしながら少し強く声を出した。


「ルフィーナさーん、お客様ですがお通しても宜しいでしょうかー?」

「んー誰かしらー?」


 どうやらエリオットの師匠は女性らしい。

 扉の奥、少し遠めからハスキーな声がした。

 男だとばかり思っていたクリスの顔が、その複雑な心境から歪む。

 そしてエリオットはと言うと、


「あー、俺だ俺ー! いいから開けろー!!」


 扉越しにとんでもなく失礼な内容の声を響かせる。

 エリオットはその師匠とは違って中音域のソフトな声質だが、喋り方が雑でぶっきら棒のため印象の悪い呼び声になっていた。

 敬うべき師匠相手とは思えない。


「俺じゃわかんないわよー!」


 当然過ぎる「師匠」の返答を聞き、見かねた係員がおそるおそる声をかけた。


「申し訳ございませんお客様、お名前をお教え頂いても構いませんか?」


 しかし、クリスと係員はこの後自身の耳を疑う言葉を聞くことになる。


「いやだ!」


 周囲の開いた口が塞がらない。


「さっさと開けろババァー!!」


 何を言っているのだこの男は。

 呆気に取られているクリスの視線などお構い無しに、エリオットはドアを叩き続ける。

 程なくして、バタンと勢いよく扉が開いた。

 同時に飛んでくるぶ厚い本。

 それはエリオットの頭に直撃し、避けようとしなかったエリオットは痛みに耐えながら、扉の中から出てきた女性に改めて挨拶をした。


「よう」


 片手をあげるだけの、とてもフランクな挨拶。

 やはり、師匠相手とは思えない。

 けれどそれを特に不服としていないような女性は、ごく自然に会話を進め始める。


「あら、エリ君じゃないの。百年ぶりくらいかしら?」

「ゼロが一つ多いっつーの」


 怒って本を投げた事すら無かったかのように、コロッと態度を変えるその女性。

 そしてエリオットも本など当たっていないかのように、爽やかに突っ込みを入れた。

 師弟関係であるはずなのだが、二人の言葉遣いはどことなく対等な印象をクリスに抱かせる。

 それは師弟としては一般的ではなく、かと言ってその疑問を解消するには情報が足りない。

 クリスは諦めて二人の様子を眺めることにした。


「あぁ、知り合いだからいいわ。席をはずして頂戴」

「かしこまりました」


 少しクセっ毛の、腰より少し上くらいまである東雲色の長い髪を揺らして、赤い瞳のエルフの女性は手をひらひらさせながら係員を外へやる。

 ババァなどと呼ばれていた割には若い。

 ヒトで言えば二十代後半くらいの女盛りそうな女性だ。

 エルフなのだから確かにエリオットからすれば十分老いているのかも知れないが。

 着ている白いブラウスには品の良いフリルがついており、グレーの短いタイトスカートの下は、履いているか分からないくらい肌理の細かい肌色のストッキングに黒いフォーマル靴。

 いかにも図書館にいそうなお姉様ルックである。

 予想外の相手と予想外の態度に圧倒されているクリスに、エリオットが声をかけた。


「あぁ、コレが俺の師匠だ。ルフィーナって言う。エルフの中でも特に長寿な種族の出だからこう見えてもすんげーババァなんだぜ」

「あ、よろしくお願いします、クリスと言います」


 そして慌ててお辞儀をする。

 エリオットの師匠はクリスの予想に反し、見た目にも、そして種族としても知的な人物であった。

 主に寒い北方に集落を構えるエルフがこのような大陸の中央付近に暮らしていることはとても珍しいのだが、クリスはその知識自体を持っていないので特に気にせず受け入れる。

 わぁ、エルフの師匠だなんて何となくカッコイイ。

 そんなことしか、この子供は思っていなかった。

 あまり頭が足りているほうでは無いようだ。


「えぇ、よろしく。可愛いわね貴方」


 言うなりずずいっとクリスに近寄るルフィーナ。

 予想とのギャップに良い意味で気を緩めていたクリスは、いきなり褒められたこととその距離に思わず一歩引く。

 そんな様子を見てエリオットが溜め息まじりに一言忠告してきた。


「クリス、そいつ子供が好きなんだ。気をつけろ」


 子供好きは別に悪いことでは無いはずだが、それに気をつけろとはどういう意味か。

 彼の真意を理解し兼ねているクリスの両手を取りながら、ルフィーナはエリオットを睨む。

 その手際の良いスキンシップ及び距離の詰め方が、先日酒場で女性を口説いていた時の弟子の仕草に酷似していることに気付いて、クリスはこの人物がエリオットの師匠であることを改めて実感した。

 そんなことをクリスが思っていることなど露知らず、


「うるさいわねぇ。あんなに可愛かったのに大きくなってくれちゃってまぁ。あんたなんかもう要らないわよーだ」


 そう言うとルフィーナはいきなりクリスを、


「わあああ!?」


 思いっきり抱きしめて離さない。

 ぬいぐるみや動物を抱くように、むぎゅむぎゅと体中で体中を愛でる。


「羨ましくても、エリ君なんてもう抱っこしてあげないから」

「しなくていい」


 二人の中では、このやり取りも楽しみの一つなのだろうか。

 文句を言っている割にはとても楽しそうにしていた。

 エリオットもルフィーナも、懐かしさが相俟ってかその瞳に柔らかく互いを映し続けている。

 もしクリスが周囲も把握出来ぬほど抱き締められていなければ、彼らの様子を見て、そこに何かを感じ取るかも知れない。

 それくらい言葉に反して、二人の視線はどこか温もりを帯びたものだった。 




 それから程なく、クリスとエリオットは非公開の書庫に入れてもらえた。

 公開している本棚と違い、何やらぶっそうなタイトルの本や、とんでもなく価値のありそうな魔術書が並んでいる。


「で、行方くらましてたと思ったらいきなり、何の用かしら?」


 ルフィーナは書籍に埋もれた机を掘り出し、何とか出来たスペースに用意した紅茶を置いて本題を切り出した。


「あぁ、ちょっと傷を診てほしいんだ」

「……あたし、医者じゃないわよ」

「診れば言いたいことは伝わるさ」


 そう言うとエリオットは先日クリスに見せた時のように脱ぐ。

 何度見ても慣れそうにないその抉れた傷は、先日よりも酷くなっているようだ。

 傷を見るなり目の色を変えたルフィーナは、まじまじと見た後に小さく呟く。


「よりによってまぁ……」

「何か知ってるのか」


 エリオットがその呟きに問い返すが、ルフィーナは静かに頭を振って、


「いいえ、今の私に言えることは無いわ。とりあえずあったことを全部話しなさい」


 元々細く紅い瞳を更に細めて、エリオットに強く言った。


   ◇◇◇   ◇◇◇


「何か呼ばれている気がするのよ」 

 

 空色の髪と瞳にふくよかな胸を持て余し、その肉感的な身体にフィットした黒い服を着た女性が鉱山の洞窟の奥でぽつりと呟いた。

 隣に居る貴族のような身なりの青年が不思議そうな顔をして答える。


「とは言っても、とっくに掘りつくされた鉱山に何があるっていうのか悩むところだけどな」


 そう、ここは既に何百年も前に鉱石は掘りつくされていた。

 なのにそんな場所に来ているのは、女の勘。


「ここが気になるわ」


 そう言うと女は、何も無い壁を触りながら確かめる。

 腰巻が揺れ、何をするにしても色香が零れる女。

 男の目線は一瞬その腰にいくが、すぐに邪な考えを振り払い壁を見た。

 普通なら馬鹿馬鹿しいと言い捨てるところだが、女は普段そういう根拠の無い行動をするタイプでは無い。

 もしかすると何かあるのかも知れない、と男も一緒になって調べることにした。


「どれ……」


 壁に触れて、男は顔色を変える。

 その壁にはその場所を隠す為の魔術が掛けられた痕跡があったからだ。

 普通ならその魔術の働きの通り、ここは無意識に素通りしてしまう。

 女がどうしてすぐにコレに気付いたかは分からない。

 でもこのテの魔術は一度破れてしまえば問題は無い。

 そして、この奥には間違いなく何かがあるということ。

 男は壁に手をかざし、容易く壁を破壊する。

 力ではなく、その魔力で。


「ん、やっぱりおかしいな。壁の組織が随分こじれていた。誰かが魔術でこの壁を補強していたな」

「当たりかしらね」


 壊れた壁の奥には、鉱山跡の洞窟には似合わない研究所のような施設。

 しかしそこに生きた人は居なく、古び方からすると放棄されて百年は越えているようだった。

 女は軽い足取りで進む。


「おい、気をつけろよ! そこら中死体だらけじゃねーか」


 研究所は、何か事故でもあったのだろうか。

 そこには既に白骨化した死体と、たまに最近のものと思われる死体が転がっていた。

 崩れた施設を進むと奥にはもう既に機能していない機材。

 そして、その一室の一箇所にまたしても死体が、今度は山のように重なっている。

 こちらの死体は全て白骨化しているにも関わらず、床が見えないほど骨の数が多い。

 黴た臭いが鼻をつき、彼らの不快感を増長させる。


「この死体の下、怪しいと思うんだけど」

「どかすか」


 少しずつ死体を掘り返して行くと、そこには一本の大剣。


「何で剣に死体が乗ってなきゃいけないんだ?」


 とはいえ、男は何か気にかかる。

 このごてごてした装飾の大剣から発せられる禍々しさは、まるでこの惨事の原因は自分だと言っているようだった。


「この剣だわ」


 女が、よく分からないことを口にする。


「この剣が、呼んでいたのよ」

「お、おい……」


 男が止める間もなく、女はその剣を手にした。

 瞬間、先程までの禍々しさが一気に爆発する。

 息をするのも苦しいような重圧の中、何とか意識をしっかり持とうと男は顔を振った。

 しかしその注意が逸れたコンマ数秒で、男の腹は女によって大剣で斬り裂かれていた。


「……な」


 何でなどと聞くまでも無い。

 女の目は既に虚ろ。

 あの剣は触るべきじゃなかったのだ。

 男は痛みに耐え、さらに奥へと進もうとする女を追おうとしたが、その傷がそうはさせてくれなかった。


「嘘だろ……?」


 まだ死んでもいないのに傷口から腐敗が始まる。

 そこから、命が吸われ奪われていくように。

 どろりと落ちていく腐った肉片を手に取ると、男は自分の出来る限りの治療魔術をもって修復を試みた。

 少しは治ったが腐敗の侵食は止まらない。

 生きながら腐る痛みに意識を朦朧とさせながら、男は次に自分の腹を焼いた。

 この腐敗が大剣にかかる呪いのせいならば、それ以上の魔術で止めるしかない。

 自分の血で儀式の陣を床に描き、男は次の魔術を成功させる。

 残念ながら大剣の呪いの方が強く、呪いを遅らせる程度にしかならなかったが。


「…………」


 やるだけやって、男の意識はそこで途切れた。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 ルフィーナは顔色を変えずに聞いていた。

 クリスも詳しく聞くのは初めてで、先日は軽く掻い摘んで説明されただけだったこともあり、納得した様子を見せている。

 エリオットは喋り終えた後に少し冷めた紅茶を口につけた。

 それによってその薄い唇にほんのり色が戻るが、思い返していた過去への悔みからか、目つきは普段よりも鋭い。


「これに懲りたら、大人しく家に帰ることね」


 エリオットは返事をしない。

 ルフィーナもその長い耳を弄りながら、それ以上は深く突っ込まなかった。

 しかしこれでは収穫が無いように見える。

 入り込めない二人の雰囲気が嫌で、仕方なくクリスは自分から話を切り出すことにした。


「結局、治す術は無いのでしょうか」

「あるわよ」


 紅瞳のエルフに、あっさりと言われた。


「エリ君が家に帰れば何だってどうにかなるでしょうね。私にはどうしようも無いけど」

「ルフィーナならできると思ったから来たんだが」


 師の言葉に、弟子が不満そうに突っ込む。

 ルフィーナは一瞬顔を曇らせたがすぐに笑顔に変え、


「随分あたしのことを評価してくれてるのね、先生冥利に尽きるわ」


 ……と良いほうに受け取ったようだった。


「それならエリオットさんの家に行ったほうが早いんじゃないですか?」


 クリスはとっくに空にしてある紅茶の器をいじりながらもっともなことを聞いてみる。

 しかしエリオットは何故か知らないが、本日最高に不機嫌な顔をしていた。

 盗人なんてやっているのであれば家にはあまり帰りたくないのかも知れない。

 ルフィーナは悪戯な表情を浮かべ、その眠そうな目を更に薄くしてクリスを見る。


「その様子だと、何も聞いてないのね」

「ルフィーナ!」

「バレるよりは、自分で言った方が良いわよ何事も」


 声を荒げるエリオットを澄まして宥める彼女は、自身で発した言葉に何故か傷ついたように眉を顰めていた。

 けれどそれも一瞬。

 再びクリスの方に向き直り、


「どういう紹介をされたのかは知らないけど、嘘に付き合ってあげて頂戴ね」


 まるで母親のような優しい声で言った。

 クリスはその優しさに打たれ、笑顔でフォローを入れる。


「この人、見るからに嘘吐きなんで気にしてませんよ」

「お前それフォローになってねぇよ」


 ぶつぶつ言いながらムスッと腕と足を組み、ふてぶてしい態度でエリオットはまた無言になる。

 そんなやり取りに笑みを零し、ルフィーナは最後に一つ助言をした。


「もし何も分からず終いになったなら、その剣があった場所にもう一度行くことね。全てはまず始まりから調べなさい」


 それもまた正論の一つ。

 ただしそれは、傷を治すアテがもう一つある以上、現時点では受け入れられるはずの無いもの。

 彼の体は決して万全では無いのだから。

 にもかかわらず、あっさりとエリオットは受け入れる。


「あぁ、わかった。行ってみるよ」

「え、本当ですか?」

「また来た道を戻るハメになるが我慢しろ」


 子供扱いをされてクリスは少しふてくされたが、「またね」と手を振るルフィーナの笑顔に釣られ、笑顔で図書館を後にした。

 しかし、エリオットの態度は偽物だったらしい。

 その後のエリオットの言葉を聞き、クリスは「大人って怖いなぁ」としみじみ思うことになる。


「あの女、何か隠してるぜ」


 まだ癒えていない傷を撫でながら、エリオットは澱む宙に向かって毒を吐いた。

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