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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第一部 第十二章
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晴れない心 ~噛み合わない歯車~ Ⅰ

挿絵(By みてみん)

 しばらく地底湖を堪能してから、クリス達は来た道を戻って無事に地上へと出て来た。

 既に深夜を回っており、流石に街の明かりも随分と少なくなっている。

 人気の無い通りをいそいそ歩き、ようやく着いた宿でいつも通り、二人部屋を二つ取った。

 クリスを男だと勘違いしていたエリオットだが、女だと分かっても特に部屋割りを含む普段の扱いに変わりは無く、部屋に着くなり着替えもせずに手前のベッドにどさりと倒れこむ彼。

 そのまま動かない。

 クリスも同じように寝てしまいたいが、地下で色々と汚れてしまったので服や体を洗ったりしなくてはいけない。

 眠い目を擦りつつそれらをこなした。

 一通りの作業が終わってようやく眠れる、と言いたいところだけれど……


「お腹が空いたのでご飯注文していいですか?」


 時間的に大した物は注文出来なさそうだが、それでもクリスは何か腹に入れてから寝たいらしい。

 うつ伏せだったエリオットがごろりと仰向けになり、大の字に体を開く。


「俺にも何か適当に注文してくれ……」

「分かりました」


 やがて食事が届くと、ごろごろしていたエリオットも重い体を起こしてテーブルについた。

 クリスは教会であった出来事を彼に伝えるべきか悩みながら、特に会話もなく黙々と食べていると、気付けばエリオットの皿はほぼ綺麗になっている。

 デザートの果物を口に運んでいる彼が就寝するのは時間の問題だろう。

 早く伝えないと言う機会が無いので、思い切って話すことにした。


「エリオットさん、いいですか?」

「ん?」


 果物に向けられていたその翠の瞳が、クリスを映す。


「レクチェさんの記憶のことなんですけど……実は変なことがあったんです」

「うぃ、言ってみろ」

「昨晩行った小屋の隣に教会があったでしょう?」

「あったな」

「そこで急に指輪が降って来て、それを填めたら記憶が戻ったようなんです」


 エリオットはそこまで聞いたところで相槌を打つのをやめて、何も言わずに果物を食べ終えた。

 じれったいところを耐えて、彼の返事を待ちながらクリスも野菜の甘みが溶けたスープを飲み干す。


「……昨晩ルフィーナが言っていたように、だ」


 俯きつつ、彼が再度言葉を紡ぎだす。


「記憶をいじる魔術式は、エルムの枝みたいな凄く面倒なものしか無いんだ。そもそも記憶中枢に働きかける、という大層なことをやれる魔術自体少ない」

「そうでしょうね……」

「降って来たという点も充分謎だが、それは誰かがやったと仮定しよう。だがそれを仮定したところで、その、記憶を戻せた指輪、という物がもう俺の知識の中には無い」

「じゃ、結局エリオットさんにも分からないってことですかね……」


 彼女の記憶が元に戻ったのは喜ばしいことだが、新たな謎にクリスは不安を抱いてしまう。

 食べ終えたエリオットは席を立って、部屋のカーテンと窓を開けた。

 空気の入れ替えだろうか、食べ物の匂いでいっぱいになっていた部屋に綺麗な風が流れ込む。

 窓際で立ち、夜空を見ながら彼は言った。


「結局レクチェは何なんだ?」

「えっ」

「お前の種族の敵、とは聞いたが曖昧すぎる」


 そういえば状況が状況だけに、ルフィーナはそのように説明していたかも知れない。

 彼女が口を割った今なら、以前聞いた話を彼に話してもいいだろうとクリスは判断する。


「レクチェさん、神様の使いなんですって」


 それを聞いた瞬間のエリオットの顔と言ったらおかしいことこの上無い。

 何を言っているんだこいつ、と馬鹿にしたような顔でクリスを見る。

 だがクリスは至って真面目な顔を彼に向けた。


「呼び名はビフレスト、だったと思います。神様の意志を世界に伝達しているとか何とか。で、私はその神様じゃない別の女神様の末裔なんだそうです」


 多分こんなものだったと思うが、一度聞いただけなので自信が無い。

 ちょっと違ったらどうしよう、とクリスは内心ぷるぷるしていた。


「……俺、そういうの信じてないって言わなかったっけ」

「そう言われましても、ルフィーナさんから聞いた内容を言っているまでですよ」


 彼はポリポリと頭を掻いて、返答に困っているようだった。


「ルフィーナのレクチェへのあの執着は、宗教信者と言えば説明はつくけどな……」

「違います、お友達って言ってました」

「友達ねぇ」


 壁にもたれかかり、腕を組んで大きく溜め息。


「じゃあセオリーも宗教団体の一員って事でいいのか」

「いや、だから」

「不思議な力を持ってる女の子を捕まえて、信仰対象にでも持ち上げようとしているっとな」


 全く信じる様子も無く、宗教という方向で話を捲くし立てるエリオットにクリスはだんだん苛立ってきた。


「真面目に考えてくださいよ!」

「大真面目だよコッチは」


 怒鳴ったクリスを、冷めた目で見るエリオット。


「宗教にはまともな理論なんて通じないからな。妄信している人間が一番やっかいなのさ。ルフィーナが俺に話そうとしなかったのも、その虚像を否定されるのがオチだったからじゃないか?」


 そう言っておどけたように彼は笑った。


「レクチェを研究して、その力をもし自分達に取り込めれば、自分達がレクチェに代わって信仰対象として立ち上がることも出来る。辻褄は合うぞ」

「合いません、合いませんよ……」


 クリスは、言葉に詰まりながらもそれを否定する。

 もしエリオットの言う通り宗教絡みだったとするならば、では何故クリスとレクチェは本能的な部分で相容れないのか。


「私は、出会った時からずっとレクチェさんが恐ろしいんです……」

「何?」


 引かれるのを覚悟で、ずっと言えなかった心の内を彼に打ち明ける。

 そうしなければ、信じて貰えないような気がして。


「彼女の近くに居ると首を絞めたくなります。触れると憎悪に近い感情が湧きあがります。凄く優しくていい人だと頭で分かっているのに、体がいつも落ち着かないんです。少なくとも彼女と私が相容れない種族だというのは間違いありません」


 彼女を見て首を絞めたくなるなど、自分の他に誰がいるのか聞きたいくらいだ。

 自分のことでも気持ちが悪いのだ、他人からみればもっとだろう……

 そう思って震える少女の告白に、王子の考えは多少なり揺り動かされたようだった。


「普通に接してるように見えてた俺の目が、節穴だったってことか」


 壁にもたれかかっていた体を真っ直ぐ起こし、エリオットがクリスのほうに歩いていく。

 そしてテーブルに手をついて、彼は正面からクリスに顔をずいっと近づけた。


「……俺は?」


 息がかかるくらいの距離に、思わずクリスは椅子の上で出来る限り顔を離す。


「えっ、どういうことです?」

「俺の首も絞めたいか?」

「はい!? いや常日頃思っているといえば思っていますが、そういうのとは違うんですよ。エリオットさんは単にその行動に腹が立つから蹴っているだけで、レクチェさんに感じるのはもっと本能的な感覚なんです。彼女の言葉も態度も、私は好きですから」


 その答えを聞いてエリオットは、のめりこむように近づかせていた顔と体を離して、テーブルの対になる位置に普通に立った。


「じゃあ大丈夫なんじゃねえの」


 そう言って彼は右の手先から光を発して、自らの左手の指をスッとなぞる。


「ちょっ……」


 どうやら魔力で自分の皮膚を切ったらしい。

 結構深くまで切ったようで、その指から真っ赤な血がぽたぽたと流れ出す。

 彼の血を見るとあの時の光景が頭に浮かんできて、クリスは意識がくらりとするのを感じた。

 けれどその指は、彼が再度右手でなぞると、綺麗に血が止まる。


「!?」


 エリオットは血を舐め、指をしっかり見せてくる。

 その指に、傷跡などもうどこにも無い。

 ……それは数刻前にレクチェが行った治療と同じく、特殊な紋様を用いることで発動する魔術ではなく、魔力自体を根源とする魔法のように行われた。


「レクチェの力を間近で見た時、俺にも出来るような感じだったから地下で暇だった時間に練習してみたんだ。で、これくらいの傷ならとりあえず出来た。どういうことか分かるな?」

「エリオットさんとレクチェさんは、同じ種族、だと?」

「いや、それだと俺のところの王族皆同じになるだろう。こんな魔力を持っているのは兄弟の中でも俺だけだ」


 ということは……


「種族に関係なく、そういう力を持って生まれてくることがある、ですか?」

「分からんが、種族という言葉では括れないことになる」


 切ったはずの指を眺めながら、彼は椅子に腰掛けた。

 少なくともエリオットとレクチェは、同じ種族とは思えない。

 何故ならエリオットは大国の王子であり、間違いなく生まれが確実な人間だからだ。

 エリオットが養子だという説は、彼とエリザのそっくり度を考えると否定されることだろう。

 つまり、クリスはレクチェに対し本能的な不快感を感じているが、それは種族という括りによるものではない、とエリオットは言っているのだ。

 エリオットにはレクチェと同じような力があるが、エリオットの家族にその力は無いのだから。

 ……とはいえ、その結論は更に謎を呼ぶものでしかないのだが。


「俺としては神だの宗教だの以前に、精霊のほうがよっぽど怪しいね」


 ギィ、と椅子が鳴る。

 エリオットの視線は指に向けられているが、言葉はクリスに突き刺さるように響いた。


「お前はそこの槍がお気に入りのようだからこれ以上は言わないけどな」


 両手を頭の後ろで組んで背伸びをしながら、暗にクリスに自分で考えろ、と彼は言う。

 壁に立てかけてあるニールは、この会話も聞こえているのだろうか。

 クリスは何気なく槍に目をやった。

 エリオットも一緒にその視線の先を見る。

 ローズがあのようなことになっている元凶の剣と同じ、精霊の宿った不思議な槍。

 クリスはニールから聞いている内容とルフィーナの話が大筋一致していたのですんなり信じていたが、片側、しかもクリスという間を介して話を聞いているエリオットからすれば、信じられないのも無理は無いかも知れない。


「ローズさえ元に戻れば、神とか宗教だとか連中の都合だとか、そんなのどうでもいいさ」


 エリオットは目的が迷走しかかっているクリスに、再度念を押すようにそう付け加えた。

 そしてふらふらとベッドへ移動し、部屋に来た時同様、彼は力が抜けたようにその上へと倒れ込む。


「気になるならとりあえず、後でレクチェにでも、聞けば……」


 その後の言葉はもう期待できない。

 どうやら歯も磨かずに寝てしまったようだ。

 クリスは溜め息ひとつだけついて、歯を磨いてからカーテンで光を遮った暗い部屋で落ち着いて就寝する。

 ゆっくりと泥に沈むような感覚は、すぐに消えていった。




 ――姉さん、姉さんは何故そんな場所に居るのですか?

 どうしてそんなことをなさっているのです?

 あの時姉さんを止められれば、追うことが出来れば、違ったのでしょうか?

 返事をしてくれない姉の体は、溶けて赤い水溜りを作る――


「……っ!!」


 夢を見た。

 自分の弱さがそのまま出たような、そんな夢。

 折角疲れをとるべく眠っていたというのに、起き抜けから凄く体がだるく、逆にもっと疲れたような気分に苛まされる。

 少し汗ばんだ肌に、クリスはぱたぱたと服を動かして風を送った。

 隣のベッドのエリオットは、そんな弱さが馬鹿らしくなるくらい気持ち良さそうに寝ている。

 自分も少しはこの人のこういう所を見習っておきたいものだとクリスは思った。

 そういえば、今は何時なのか。

 カーテンの隙間から光が漏れているので昼間なのは確かだが、ルフィーナとレクチェはまだ寝ているのやら、いないのやら。


「ちょっと、あっちの部屋に行ってきますね」


 聞いているか分からないが一応声だけ掛けておく。

 すると、すぐに目だけスッと開けてエリオットがクリスを止めた。


「一人で行くな」

「えっ?」


 熟睡していたと思いきや、眠りは浅かったらしい。

 あまりに自然に目を開けて返事をするのでクリスは少しビックリする。


「……行くなら俺も行く」


 体を起こし、背伸びして大欠伸。

 少し赤くなった頬には、シーツの皺がそのまま刻まれていた。

 それだけ見れば気の抜けるものだが、彼の目は笑っていない。

 それはエリオットが彼女達をまだ信用していない、と思わせるような表情であった。

 まさか今後は毎度毎度こんな調子で後を着いてこられるのかも知れないと思うとちょっと萎えるクリス。


「心配ならどうぞ」


 半眼で彼を流し見て、先に部屋を出た。




 コンコン、とルフィーナとレクチェがいるはずの隣の部屋をノックする。

 バニッシュの塗られた木のドアの奥からは、返答は無い。


「まだ寝てますかねぇ」


 入るのを諦めようとしたクリスの呟きをエリオットが無視して押しのけ、ドアノブを回すとそのノブはカチャリと回る。


「……寝てるのに、鍵が開いてるか?」

「そんなまさか……」


 バンッ!! と勢いよくドアを押し開けると、二つあるベッドの片方にはルフィーナがすやすやと小さな寝息を立てて寝ていた。

 そして、もう片方のベッドには……


「レクチェが居ねぇじゃねぇか!」


 険しい表情でエリオットが叫び、その声に驚いてルフィーナが飛び起きる。


「なっ、何!?」


 細い目を最大限に開いて、彼女は周囲を慌てて見回し状況把握をしようとした。


「おい、レクチェどこ行ったんだよ!」

「え、は? 居ないの?」

「気ぃ抜き過ぎだ馬鹿女!!」


 話についていけないルフィーナに悪態を吐いてから、彼は部屋の入り口から踵を返して廊下を走り去って行った。

 多分、レクチェを探すのだろう。

 もしこっそり居なくなったのだとしたら今更探しても無駄な気がするので、クリスは追うことはせずに目をぱちくりさせているルフィーナに説明をした。


「えっと……レクチェさん、居ないみたいです」

「あらまぁ」


 元々彼女は記憶が無いからクリス達に着いてきていただけなので、いつ去ってもおかしくは無い。

 クリスも、きっとルフィーナも、ある程度覚悟はしていたので彼女の失踪発覚にも関わらず落ち着き払っている。


「色々聞きたいことがあったんですけど、居なくなっちゃったんじゃ仕方ないですね」

「何か聞きたかったの?」

「えぇ、色々疑問がありますからね。ルフィーナさんが以前レクチェさんは神様の使いみたいなこと言ってたでしょう? 記憶が戻ったなら神様とお話とか出来るんじゃないかなーって。そしたら全部分かるじゃないですか」


 しかしルフィーナはクリスの言葉に、少し頬を掻いて困ったような顔をした。


「聞いて答えてくれるなら苦労しないのよねぇ……」


 彼女はベッドから足だけを下ろし、少し乱れた着衣を整えてからまた口を開く。

 少しクセッ毛の彼女の髪は、寝起きだと更にも増してハネていて普段よりも若干若く見えた。


「レクチェが素直に何でも答えてくれていたなら、今頃こんなことにはなっていないのよ」

「うっ」


 正論、というか至極当然のことを言われてしまう。

 クリスは自分の楽観的過ぎる考えに恥じて顔が熱くなった。

 ルフィーナは、少し困った顔をしながら改めて問いかける。


「で、何が聞きたかったのかしら?」


 これはルフィーナが出来る限りならば答える、という意味で聞かれていると判断していいのだろうか。

 少し控えめなトーンでクリスは答えた。


「レクチェさんって、神様の命令で動いているのならどうやって神様と連絡を取っているのかなー、って……」


 彼女は記憶を取り戻したのだ。

 今後は本来の目的……神様の命令通りの行動に移ると考えるのが普通である。

 となれば、その命令の内容や受け方がクリスとしては気になった。

 長い耳を少しピクンと上げて、ルフィーナはにんまりと口端を吊り上げる。


「クリスが神様から言葉を受けようと思ったら、どうする?」

「ふぇっ?」


 答えが返って来ない代わりに質問を投げかけられて少し戸惑ったが、しばし考えてから、


「私なら教会へ行ってお祈りとかするしか……ってまさか」

「過去の偉人が『神示が降りてきたから動いた』だの言うのは全部とは言わずとも、中には真実だったものもあるかも知れないわよね」


 もしレクチェの神様との通信手段がチャネリングによるものだとすると、そんなことを言えばますますエリオットは胡散臭いと信じなくなってしまいそうだ。

 服を着替え始めるルフィーナを視界の隅に置きながら、クリスは考え込む。

 この問いの答えだけでは確証が全く得られない。


「じゃあ、レクチェさんが神の使いだ、と思った理由って何なんですか?」


 声をかけると服を持っていた彼女の手が止まる。


「……見て、聞いてしまったからよ」


 その声は細くかすれるように紡ぎだされた。

 何故かは知らないが恨み言でも言うかのように彼女は俯き、目の前を睨む。

 その形相にクリスは相槌すら打てずに、思わず息を呑んだ。


「レクチェは人間同士の争いには基本干渉してこないわ。彼女自身はそういう思想を持っているから。だから彼女は、女神の末裔とその遺産による『世界への干渉』を修正することしかしない。そして、その修正の様子を見てしまったのがそもそもの始まりなの」


 女神サイドの干渉、というのは以前精霊から聞いたようにこの世界の破壊が主な内容だろう。

 それを修正している様子を見てしまったと言うが、それだけではどうにも具体的に想像が出来ない。


「どんな風に修正していたんです?」

「前に少し見たことがあると思うけど、あの光を使っていたらしいわ」

「ん」


 引っ掛かりを覚える言葉にクリスは少し首をかしげた。

 その言い方ではまるで、自分では見ていないようではないか。

 クリスのこの仕草に、ルフィーナは渋々答える。


「最初にその光景を見たのはセオリーの上の人物、計画の主導者よ。彼は元々私と同じエルフで、今でこそレクチェの……ビフレストの行いだと分かっているけれど、当時は不可解な事象だったその『修正』の謎の確認を任務として行っていたの」

「確かに壊れていたものが突然あのように自然に還っていたら不思議ですよね……」


 遠くを見つめるようにその目を細めて、静かにルフィーナは頷く。

 どれくらい前の話なのかは、クリスには想像もつかない。


「そして現場を目撃した彼は、そのままレクチェを通して、彼女に降りた神と接触したそうよ」

「それは何故レクチェさんじゃなくて神様だと判断出来たんですか?」

「……そうね。私は見たわけじゃないから聞いたまま言うわ。その時彼が接触した直後、別人が降りたようにレクチェは急に性格が変わったらしいの。でも確かにレクチェが二重人格だという説も捨てきれない。だから彼女を捕らえて、ずっと研究し続けていたのよ」

「そういうことなんですね……」


 ――神に接触するために、神の使いであるレクチェを研究する。

 言いたいことは分かるが、その研究によってレクチェの記憶が飛んでしまう、ということがずっとクリスは腑に落ちていなかった。

 一体どういう研究をしたらそうなるのか、と。

 てっきりレクチェを拷問していたのかと思っていたのだが、これでようやく合点がいく。

 ルフィーナの所属していた機関の主導者は、結論からいって『レクチェの内にあった神のような別人格』しか確認していないのだ。

 別人のようではあったが、別人かどうかは分からない。

 だからこそ、まずそこから研究をする必要があった。

 別人でも別人ではなくても、どちらであろうともとにかく、その神のような存在と再度接触するために。

 それはレクチェの精神に関与する部分であり、研究の際に障害が起きてもおかしくないだろう。


 クリスの納得した表情を受け、ルフィーナはその先を話す。


「神、と呼ぶのはあくまでその力が人間には及ばぬものだから。レクチェを神の使いとする基準は、彼女がその神と呼ぶに相応しい力を自分の意思とは別に行使するから。彼女の内にあるものが、実際に何なのかは彼女を見るだけでは分からない。ただ……あの時彼女に神として降りた人格を、彼は求めているのよ」


 ここにきて、エリオットの言い分が少しだけ正当性を帯びてきていることにクリスは妙な感覚を覚えていた。

 クリスとレクチェの相容れない感覚がある以上、ただの宗教絡みではないことは間違いない。

 けれど、レクチェの不思議な力を連中が求めているということは確かなのだ。

 エリオットにどう伝えるか悩んでいると、ルフィーナはクリスが悩んでいたその部分をあっさりとひっくり返してきた。


「彼はね、別にその神の力をどうこうしようって言うわけじゃないの。ただ、その神の力によって変えられてしまった自分の体を、元に戻したいだけなのよ」

「……え? どういうことです?」

「私と同じエルフの中でも長寿な種族だった彼はね……レクチェに降りた神と接触した際に、人間ではないモノに体を創り変えられてしまったの」


 言葉の意味は分かるが、理解が出来ない。

 どういう流れのやり取りで、彼はそんな目に遭わされたのか想像も出来ない。

 その時のクリスの思考は、一瞬だが間違いなく止まっていた。

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