思い出 ~終幕への道標~ Ⅱ
◇◇◇ ◇◇◇
「いませんねぇ」
クリスとレクチェはうろうろと街の中を探した末に、結局街の端っこまで辿り着いてしまっていた。
周囲を見渡すと既に人はおらず、無論ルフィーナの姿も見えない。
街の端の墓地の先には小さな半球体の家と、その隣に随分と古びた教会が見えたので、
「教会かぁ」
クリスは思わずそちらに足を向けていた。
「クリスさんも好き?」
「えぇまぁ馴染み深いので。レクチェさんも好きなんですか?」
「うん、好きっ」
彼女は神の使いかも知れないのだ。
記憶が無くとも根から信仰心があって不思議ではない。
「これは私の気持ちなんだけどね」
レクチェが教会に視線を向け、話し出す。
「この世界が在ること自体に、私は感謝すべきだと思っているの」
「世界が在ること、自体……ですか?」
「命を与えられたら、お父さんとお母さん、そのまたお祖父ちゃんお祖母ちゃんに感謝するでしょ? そんなご先祖様が生きてきたのは、この世界がきちんとここに息吹いているからじゃないっ?」
「まぁ……そういうことになりますね」
クリスに本当の親の記憶は無いが、その理屈は何となく分かる。
そもそも、この世界が無ければ自分も含めた全ての生きとし生けるものが存在し得ない、ということが。
「草木だって、虫達だって、不必要な命なんて、どこにも無いんだよ。個人的に害を及ぼされることはあっても、全ては必ず、何かの役に立って、世界を巡ってる……そうやって息づいているこの世界が私は好きで、だからもし神様が居るのなら、感謝しなきゃって思うんだ」
そう話すレクチェは、記憶が無いとしても、間違いなくその信念は揺るぎ無いほどに神の使いなのだろう、とクリスには思えた。
誰かに吹き込まれただけでは出ない、心からの言葉がそこにあったからだ。
途中で姉探しという目的のために放り投げることになったものの、クリスは一応、聖職者……司祭見習いとして生計を立てるべく教会で育って来ていた。
けれどクリス自身にそこまでの信仰心は無い。
上辺だけのものだ。
そもそも悪魔のような別の出で立ちを持つ自分が、神を信仰など馬鹿らしい。
育ててくれた司祭に感謝はすれども、その環境は決して善いものではなく、むしろ誰かを恨んでも仕方ないくらいだったとも思っている。
だから、
記憶が無いという辛い状況を受け止め、それでいてこの世界に感謝をするレクチェが……クリスにはとても眩しく、そして美しく見えた。
そんなクリスの気持ちには気付いていないレクチェは、クリスに振り返ってにこりと笑う。
「この世界に、神様に、ありがとうってお礼を言わせて貰える場所が教会なんだよっ」
「お礼を言いたいんですか? レクチェさんは」
「ありがとうって気持ちを言葉に出せないのって、意外と辛くないかな?」
「……それは分かる気がします」
どうせ街の中でルフィーナは見つからなかったのだ、念の為教会も調べておこうとクリスは思う。
これはあくまで念の為、断じてレクチェの為では無い。
この時間であれだけ街に人が繰り出していたのに、教会からは物音一つ聞こえなかった。
人払いでもされているかのように、周辺も静まり返っている。
けれど花壇には手入れされた花がきちんと植えられており、この教会がきちんと使われていることをそれらが物語っていた。
おそるおそる大きな扉を開くと、中は至って一般的な造りの教会。
ステンドグラスの窓に、御神体のような像に続く赤い絨毯。
その脇にはミサ用の椅子がずらり。
御神体の前にはダークブラウンの壇が置かれ、
「ん?」
机の上にいきなり光る小さな物が上からコツンと落ちてくる。
目を凝らしてよく見るとそれは金色の指輪だった。
「誰のでしょうね」
近くに寄ってそれを手に取り一本ずつ指に当ててみる。
だがクリスには少し大きいようで丁度よく合う指が無かった為、レクチェに渡した。
「私はどうだろう?」
彼女が左薬指に当てると、指輪はそのままスルッと填めることが出来た。
「お、ぴったりじゃないですか」
やはり大人の女性くらいのサイズ、ということか。
何となく彼女にぴったりだったことに楽しくなり、指から彼女の顔に視線を戻して笑顔で話しかける。
が、クリスは次の瞬間その違和感に身震いすることとなる。
「ありがとう」
そう言った目の前のレクチェは先程までの無邪気で朗らかな雰囲気を全て取り払っていた。
だからと言って壊れた人形みたいに無表情なわけではない。
その金色の瞳の奥は慈愛と包容に満ち、まるで聖母のような柔らかい微笑み。
クリスの中ではこれ以上の善の笑みは存在しない。
「なっ……」
自分の考えの無さに飽きれ返る。
『誰の』という前に『どこから』と考えるべきだったのだ。
何故この教会で、何も無い上から指輪が降ってくるのだ。
とんでもなく怪しいに決まっているではないか。
「クリスさん、来て」
明らかに指輪を填める前と後で何かが変わっているレクチェが、何事も無かったようにクリスの手を引く。
「ど、どこへ……熱っ!」
繋いだ手の平が焼けるように熱くなり、クリスは彼女の手を振り払ってしまった。
――まただ、また自分と彼女の間に何かが出来る。
仲良くしたいのに仲良く出来ない、決定的な溝。
レクチェを嫌いそうになるくらい、またあの不快感がクリスの心の中で強く顔を出す……けれど、彼女を嫌いたくない。
赤くなった手の平を抑えながら苦悶の表情を浮かべるクリスに、彼女は優しく慈悲喜捨の言葉を投げかける。
「大丈夫」
彼女が天使?
女神の間違いでは無いのか。
そのたった一言でクリスの頭からつま先まで痺れるように何かが走った。
「私、自分のこと思い出させて貰えたの。勿論、記憶が無かった頃のこともそのまま覚えてる……私達、もう友達でしょう? だから大丈夫」
レクチェは何故かは知らないが記憶を取り戻したようだ。
いや、確証は無いものの、不可思議な指輪がキーアイテムとなったと考えていいだろう。
更に先の言い方からして第三者が関与しており、その相手をレクチェは把握していると思われた。
そして……全てを思い出した上で、本質として敵のはずであるクリスを友達だと言っている。
これだけ言われてどうして本能に負けることなど出来ようか?
……今ならクリスにもよく分かる、自分の種族がここまで滅びたのか。
彼女に手を掛けるなど、本能が訴えても心と理性がそれを許せるはずが無いのだ。
「私のもう一人の友達のところに、行きましょう」
今度は手を引かずに、レクチェはクリスを優しく導いた。
教会を出ると彼女は光に包まれてふわりと宙に浮く。
クリスも変化して飛ぼうとしたがレクチェがそれを遮り、彼女が左手でクリスを撫でるように円を描くと、二人ともほわんと浮いた状態になった。
北の雪原では焼けるように熱くて恐ろしかった光の力だが、この時はレクチェが気遣ってうまく操作しているのか、クリスの体を焼くことは無かった。
「私が引っ張るから、じっとしてて」
「わわわっ」
手を引かれているわけでもないのに、彼女が飛んだ先に引きずられるように飛んで行く。
クリス達は街を見下ろすくらいに大きく高く浮いた。
そして、
「ひゃあああ!?」
急降下。
自分で飛ぶ分には急降下も怖くないが、他人の力で飛んでいるとなると途端に凄く怖い。
これら全ては突然のことで、クリスは周囲に注意をすることが出来なかった。
だから……自分達が教会を出た直後に、その近くに立っていた人物を確認することも出来なかったのだ。
クリス達が飛んで行った様を地上から見上げていたその人物は、機嫌の良さそうな表情で踵を返し、立ち去る。
「面白いね。運命など信じていないのに、運命としか思えない」
被っているふわふわしたフードの下には金髪がさらりと零れており、背格好からして、子供。
その子供の呟きは誰の耳にも留まることなく、夜風に流れた。
一方、間抜けな声を上げて飛んで行ったクリスとレクチェが降り立った先は、教会とは反対側の郊外だった。
すとん、と着地だけやんわり降りて目にしたものに、クリスは自分の目を疑う。
「何をしているんですかエリオットさん!!」
二人の目の前には……セオリーとエリオットの二人がかりで地に押さえつけられているルフィーナが居た。
「またタイミング悪いところにきやがって……」
エリオットはそう呟きながら腰元を見ずに手探りでロープを取り出すと、自身の下でもがいているルフィーナの手首を縛り始める。
「ちょ、ちょっと! 何でそんなこと!!」
クリスは慌てて駆け寄ろうとしたが、エリオットにルフィーナを任せたセオリーが走り向かってきた。
迎撃するべく即座に槍を下ろして構え、距離を保つように後ろへ飛び退く。
が、いつもはそこまで攻め込んで来ないセオリーが今回は珍しくそのまま攻める。
左腰の短剣だけをすらりと抜いて、躊躇い無く横一閃。
「くっ!」
間合いが近すぎる。
槍の刃ではなく柄で受け止めて薙ぎ払うが、次々と振り下ろされるその剣撃に、防戦のみになってしまう。
「おいセオリー、クリスは傷つけるなよ」
縛り終えてルフィーナの頭に銃を突きつけている体勢でエリオットが言った。
「分かっています、こちらとしてもこの子が必要なので」
「……だとは思ってた」
最後にキィン! と高い音を立てて一番強く振り下ろされた剣。
それを受け止めきれずに少しよろめいたところで、セオリーがそれ以上攻めていかずにエリオットの方へサッと下がる。
「ところで王子、非常事態です」
「あぁ?」
手を組んでいるように見えるのだが、会話の雰囲気からは仲良くなったとも到底思えない。
ルフィーナの頭に銃が突きつけられている状態では強く動くことも出来ず、クリスは彼らを警戒しながらレクチェの傍にゆっくりと戻った。
「えーと、何故かは分かりませんが、ルフィーナ嬢がやろうとしていたことが既に行われた後のようです」
「ちょっと待て、それは俺達に都合が悪いとか言ってなかったか? つーか一体何が行われたってんだよ!」
徐々に苛立ちが募ってくるように、語尾が強くなるエリオット。
彼の問いには、他でも無いレクチェが答えた。
「私の記憶を取り戻そうとしてくれてたんだよね、ルフィーナは」
凛、と鈴の音のようにその場に響き渡る声。
誰もが遮ることなど出来ずに彼女の言葉を聞き遂げる。
「この街が好きだって言ったの、きっと覚えててくれたのかな」
ただそう言葉を紡いでいるだけなのに、先程まで苛立っていたエリオットの表情から険が取れる。
レクチェが喋るだけで目を奪われてしまうのは、クリスも同じだ。
ただこの中ではセオリーだけが鋭く彼女を睨んでいた。
「そうよ……」
縛られて銃を突きつけられた状態で、ルフィーナが重い口を開く。
「一番思い出のありそうな場所……この街のあの場所で、私はわざわざ森に戻ってまで用意した術具を使って貴方の記憶を取り戻そうとしたわ……」
それを聞いたエリオットが、不思議そうな表情でルフィーナの顔を覗き込んだ。
「エルムの枝か。あんな面倒な物をいつの間に用意したんだ?」
「頑張って作ったのよー。ふふふっ」
言葉の割には、力無く笑うルフィーナ。
それが縛られているからなのか、それとも別の何かから来るものなのか、クリスには分からない。
「でもまさかここに連れてくるだけで思い出しちゃうだなんてねぇ。もっと早く来ればよかったかしら」
実際には連れてくるだけ、というより何者かの介入があったのは確かなのだが、彼女がそれを知るはずも無く。
頬を地べたに押し付けられたまま乾いた声で呟くルフィーナを、エリオットはどこか悲しげに見下ろしていた。
「で、これがどうして俺達の弊害になる? 今までずっと黙ってたんだ、何かあるんだろ?」
そう、エリオットだけが知らない。
クリスやその姉と、レクチェとの本質的な関係を。
ルフィーナはきっと、レクチェが記憶を取り戻せばクリスとローズ、そしてエリオットとも対峙することは免れないであろうと思っていた。
だから言わなかったのだ。
クリスは伝えようとする。
もう弊害になどならない、自分とレクチェは争ったりしない、と。
が、それを口に出す前にルフィーナが言った。
「エリ君がローズって子を救う為なら私に銃を向けられるようにね、私もレクチェに害をなす相手なら殺してもいいと思ってるの」
その紅い目が鋭く光る。
眉間に皺を寄せて睨みつける先は……クリスだった。
クリスを見ながらもその先にクリスの一族全てを見ているような、その視線に思わずたじろぐ。
それほどまでに彼女の想いは強く深いのだろう。
これまでクリスはエリオットとルフィーナの関係がよく分からずにいた。
確かに二人の間に深い情は存在している。
けれど、そんな二人が二人とも、それ以上に大切な存在が心に居るのだ。
この師弟はそっくりだ。
他の大事なものを全て切り捨ててでも、一番大事なものを選び取る覚悟を二人ともが持っている。
とても強くて、とても哀しい覚悟を。
「そんな不毛な争いはやめて……」
レクチェがルフィーナを嗜める。
だがそれに対して泣きそうな顔で彼女は反論した。
「貴方はいつもそう! それで済まない人間がこの世には数え切れない程居るのに!」
ルフィーナは加害者の一員として、レクチェがクリスの一族によって捕らえられてからセオリー達によってどういうことをされてきたか見てきたはずだ。
そしてきっと酷いことをされてきたであろうにも関わらず、レクチェは一切セオリー達に手出しをしなかったとも言っていた。
本来人間を超越した力を持っているのに、抵抗しないレクチェをきっと歯がゆく思っていたのだろう。
「よく分からんがまぁ同意するぜ」
エリオットがいつもよりも低い声色でそう言った。
「邪魔者を先に排除すべきなのは、確かだからな」
「えぇ、その通りです。そして実際の王子の敵は誰なのか、ルフィーナ嬢の反応を見れば分かるでしょう」
そこへセオリーが余計な口を挟むので、クリスはついカッとなって叫んだ。
「何を言うんです! レクチェさんもルフィーナさんも敵なんかじゃありません! エリオットさんに嘘を吹き込まないでください!!」
改めて確信する。
間違いない、コイツが諸悪の根源だ。
こんな風にエリオットを誘導してルフィーナと敵対させたのだ、と。
セオリーはクリスの剣幕にあてられる様子も無く、まるで諭すかのように言葉を紡いだ。
「嘘など吐いていませんよ? まだ分からないのですか。貴方の隣にいるソレは、貴方の両親を消し去った張本人かも知れないのですよ」
それに対し、レクチェの顔が少し強張る。
そう、彼女はクリスの一族……この世界の理から外れた者を排除するのも役目の一つらしい。
セオリーの言う通り、もしかしてクリスの本当の両親は彼女によって消されたのかも知れない。
レクチェが捕らわれていた時期を考えればそうではないことは明らかなのだが、この時のクリスはそこまで頭が回っていなかったので、セオリーの言い分そのものを否定することは出来なかった。
それでも。
「過去は関係ありません、私は彼女と友達なのです。ルフィーナさんも心配しないでください、私は友達に刃を向けたりしません」
想いが伝わるようにしっかりと、言葉ひとつひとつを大事に、彼らに向けて言った。
当人達が和解しているのに、周囲がその仲を心配して揉めるだなんて何て滑稽な話なのだ。
しかしルフィーナが、クリスには答えられない質問を投げかける。
「……クリス、例え貴方が大丈夫だったとしても、お姉さんはどうなの?」
姉がどうするか、など妹が何も答えられないことを分かっていて聞いているのだろうか。
いや、むしろ今のローズの状態ではレクチェに危害を加えようとするのは間違いないのだが……
エリオットもレクチェも、クリスをじっと見て答えを待つ。
ここで彼女を納得させられる答えが出なければ、全てはきっと、狂ったまま。
クリスは大きく息を吸い、その視線を振り切るように思い切って叫んだ。
「それはそれ!!」
まさかの回答に呆気に取られている周囲を無視して続ける。
「とにかく今は敵じゃないんです! 喧嘩するかも知れないからその前にやっちまえだなんて、二人とも横暴過ぎますよ!!」
「っ、お前な……」
「そんなことするなら私が皆さんを全員やっちまいますからね! 両成敗です!!」
エリオットのツッコミが途中に入りつつも、クリスはいつも通り言いたいことを言った。
クリスは多分攻撃的な部類だろう。
そしてこの場で唯一両成敗が出来てしまう圧倒的な力も備えている。
一度エリオットに負けたとはいえ、今のクリスには精霊武器という桁違いの存在もついているのだ。
現時点のようにルフィーナを人質に捕られている状態ではなく、そのルフィーナすらも攻撃対象としてこの少女が暴れたら……魔王降臨というレベルで大惨事になるのは目に見えていた。
想像して、エリオットもルフィーナも黙るしかなくなる。
そのかわりに、
「……これだから子供は嫌いなのですよ」
ぼそりと呟いたかと思うと煙のように瞬時に掻き消えるセオリーの姿。
いつも通り突然現れて突然消える、もう慣れてしまいクリス達はここで驚くことも無い。
ふとクリスが周りを見渡すと、興が削がれたと言わんばかりにエリオットが呆れ顔でルフィーナの上から退いて、構えていた銃を下ろしている。
その表情にもう、敵意は見えなかった。
だからセオリーは退散したのだろう。
彼は、レクチェの記憶を戻しつつもクリスを生かしておきたかったのだから、この状況でその目的は既に達成されている。
「クリスさん……ううん、クリス。本当にありがとう」
レクチェがクリスを見てにっこりと笑う。
クリスの言い分は子供の癇癪に近いものだった。
要は、周囲を言いくるめられそうにないから力づくで全員ぶっ叩く、ということなのだから。
だが、清々しいほどに真っ直ぐな言葉でもあり、それが面倒臭い大人達の心を緩ませたのも確か。
決してその内に遺恨が残らなかったわけではないものの、エリオットもルフィーナも、子供にそこまで言わせておいて、それらを表に出し続けるようなしつこい性格はしていない。
この師弟は、切り替えの早さもそっくりなのだ。
「……ロープ外してよ、エリ君」
「クリスは自分で外せたぞ、縄抜けの練習だと思って自分でやりやがれ」
見慣れたその光景に、クリスはほっと胸を撫で下ろした。
解決したわけではないかも知れないが、一先ず暗雲は去った、そう感じる。
「エリオットさんの結び方はここが微妙に甘いんですよ」
「何ィ!?」
クリスが縄抜けを講義し始めると、そこにレクチェがやってきてルフィーナの頬の傷にそっと触れた。
すると、仄かに光るその指先が触れた先から、彼女の傷がみるみるうちに治っていく。
効果だけならば医療魔術と差は無いが、その方法は魔術紋様を使って発動する魔術ではなく、まるで魔法のようだった。
甘い結び目を指摘されて不貞腐れていたエリオットだが、彼はレクチェのそれを見るなり目の色が変わる。
「どうしました?」
一応聞くだけ聞いてみるが、
「何がだ?」
はぐらかされたのか、それとも本当に何も考えていなかったのか。
明らかに普通の驚き方ではなかったように思うが、クリスはその場で深く追求はしないでおく。
縄を解き終わり、擦り傷程度ではあったがそれも治癒されたルフィーナは、膝に手を突きながら立ち上がるといつもの何を考えているか読ませないような笑みは捨てて話し始めた。
「……レクチェが記憶を取り戻した今、行く必要は無いかも知れないけど、もう一度着いてきて貰っていいかしら」
それは本来クリス達が迷子になる前に連れて行くはずだった場所のことだろうか。
「ご自由に」
エリオットがぶっきら棒に返答する。
クリス達は今度こそ離れないように彼女に着いて行った。




