誤解 ~節穴が六つ~ Ⅰ
クリス達はエリオット抜きで宿内にて食事を済ませると、再び部屋まで足を運ぶ。
ちなみにレクチェはクリスと部屋を交代しため、駄犬の居る部屋へ一人で行ってしまった。
いつも散々なことをエリオットに言ってエロテロリスト扱いしているくせに、いざこういう流れになると肝が据わったようになる。
本当に何も無いと思っているのか、それとも何かがあってもいいと思っているのか。
大人の男でも読み間違える、女性特有の心理。
その真意を汲み取れるほど、クリスは大人ではなかった。
石橋を叩き割りたいタイプのクリスとしては、こんな決断は考えられない。
『大丈夫』の根拠がどこにあるのか教えて欲しくて、ルフィーナに視線を向ける。
「心配しなくても平気よ。今までの様子なら本気で何かしたりしないってば」
ルフィーナがグラスにアルコールを注ぎつつ、駄犬のフォローを入れた。
「しかし、私のせいで何かあったとなっては困りますので……」
「ないない! どんなに強がってても根っこはぬるいお坊ちゃんよあの子」
手をぱたぱたと振って笑い飛ばす彼女。
ルフィーナは以前実際に迫られた経験があり、その時のやり取りから考えれば、情けない懇願はしてきても強要はしてこないと思うのだろう。
まだクリスは楽観視出来ていなかったが、これ以上心配していても胃の壁が磨り減るだけで無駄なことは分かる。
折角ルフィーナと二人きりになれたのだ、と今のうちに渡す物を渡しておくことにした。
座っていた椅子を少し後ろに引いてテーブルとの距離を取り、腰のポーチを開けて中から取り出したのは、例の琥珀のネックレス。
室内照明の光をじんわり吸い込むように浴びて光るそれは、不思議とクリスの心を落ち着かせる。
「あら、それなぁに?」
早速反応し、ネックレスを横から覗き込んできた。
セオリーが知っていたのだからルフィーナも知っていておかしくないのだが、どうやらこの様子だと、このネックレスが何なのか彼女は知らないらしい。
「お守りです」
そう言ってクリスは彼女の首に手を回してネックレスを着ける。
キョトン、とした顔でルフィーナがそれを受け入れた。
否、抵抗するところまで意識がいかなかった、というのが正解か。
彼女はゆっくりと自分の胸元を見下ろして、それが間違いなく自分の首に着けられたことを確認すると、また顔を上げてクリスに視線を戻す。
「え?」
未だ何が起こったのか把握出来ていないらしい。
「プレゼントですよ、肌身離さず着けてくださいね。出来たら服の中に仕舞って見えないように着けてくれると嬉しいです」
クリスは至極丁寧に説明した。
見えないように着けて欲しいのは、セオリー対策だ。
持っているのがルフィーナだとバレると今度は彼女から奪おうとするかも知れないからである。
彼女は再度自分の胸元に視線を下げ、それを手に取りじっと見つめた。
「よく分からないけど、好意は素直に頂くわ」
いそいそとネックレスを襟元から服下に仕舞うと、目の前の子供を見てにっこり笑う。
これでクリスは伝えるべきことは伝え、渡す物は渡した。
「ありがとうございます、出来たら今後は私と一緒に居てくださいね」
あとは自分が頑張るだけ。
何となく、よしっ! と膝の上に置いていた右手の拳にぎゅっと力を入れて握るクリス。
そんな風に意気込みが出ている様子を目の当たりにしたルフィーナは静かにこう呟いた。
「……クリスが本気なら、私は受け止める覚悟があるわよ?」
「な、何のことですか……?」
「クリスはそういうの興味無いと思ってたんだけど……だんだん芽生えてくる年頃だしね」
「年、頃?」
クリスとしては、フォウから聞いた事実を見透かされての言葉かと思ったのだが、会話を進めるうちにもはや何のことだかさっぱり分からなくなった。
よほどその疑問が顔に出ていたのだろう。
ルフィーナは首を傾げてクリスに真意を尋ねてきた。
「あれ? クリス、お姉さんと大人の階段登りたいんじゃなくて?」
「ごめんなさいよくわかりませんのぼりません」
固まっているクリスをしばし観察した後、ルフィーナはふぅ、と息を吐いて話し始めた。
「半分くらい冗談だったんだけど、冗談かどうかも分からないくらい興味無いのね」
「えっ、冗談ですか?」
予想だにしない言葉に、クリスは聞き返す。
「やだー! 冗談よもう!」
よく分からないけれど冗談だったらしく、そう答えて明るく笑い飛ばすエルフ。
小さな疑問は残るもののとりあえずはやるべきことを終えたクリスは、彼女と一緒に笑っておいた。
◇◇◇ ◇◇◇
一方、クリスとルフィーナが明るく笑い飛ばしていた頃、笑い飛ばせない状況に置かれている男がいた。
「それで、壊れたお鍋を帽子代わりにしているオジさんがステテコ失くして困っていたんですよっ」
エリオットは「本日の情報収集内容」という名目の世間話を聞きながら、現在の状況を必死に把握している真っ最中。
クリスの魔法を受けて意識が飛んで、その後クリスが何やら喚いていたのは覚えているが、そこでまたふらふらして記憶が飛んでいる。
次に目を覚ました時には、レクチェが部屋の備え付けの物と思われる宿内限定で着るようなラフな服を着て、近くの椅子に座ってお茶を飲んでいた。
多分これも部屋に常備されている安いお茶。
そして何故か彼女はエリオットが目を覚ましたことに気が付くなり、お喋りを始めている。
どこで相槌を打っていいかも分からないくらいどうでもいい、女特有の話を。
「ワンちゃんがハサミを持った女性に追いかけられているのを見た時は本当にびっくりしましたっ」
はは、とだけ相槌代わりに笑って返すエリオット。
クリスの行方が気になるものの、レクチェがわざわざここに居るということは、どうせルフィーナと何か秘密話でもする為にレクチェを追い出して、二人で話しているか何かだろう……と考えをまとめた。
ベッドに腰掛けたまま、しばらくレクチェの話を流し聞くが、そのいつまでも止まらない口にエリオットは驚愕している。
流石にたまらず、彼女の話に割り込んだ。
「ところでレクチェ、夕飯どうするとか聞いてる?」
既に外は暗かった。
何時かは知らないが外の雰囲気的に夕飯のピークは過ぎているように思う。
この状況を打破するべくエリオットは一番食いついてくれそうな食事の話題に誘ったのだが、
「もう食べましたよー、宿の中に食堂があったんでそこでっ」
「食べた!? 俺抜きで!?」
暴力を振るった挙句に、その被害者を転がしたまま夕飯を済ませると言う扱いに叫ばずにはいられない。
やった張本人はクリスだが、それを疑問にも思わず皆で食べに行けてしまうあたりがルフィーナもレクチェも同類だと、彼は思った。
「お風呂も入っちゃいましたし、後は寝るだけ! エリオットさんも早く食べてきた方がいいですよっ」
「あ、あぁ……」
食べ終わって戻ってくる頃には、きっとクリス達の話も終わって戻ってくるだろう。
エリオットは上着やマントを脱いですごすごと一人寂しく食堂へ向かった。
しかし彼の予想を裏切り、食事を終えて戻ってきた後も彼女はまだ部屋にいた。
二つ並んだベッドの片方でごろごろ転がっている。
まるで今日はそのベッドで寝る、と言わんばかりに。
実際寝るつもりなのだが、エリオットはまだその事実を知らない。
「あいつらの話、まだ終わんねーの?」
レクチェが寝転がっていない方のベッドに腰掛けて問いかける。
すると彼女が顔と体をコロンと彼に向けて、屈託のない笑顔で言い放つ。
「話? 何ですかそれ?」
ベッドに流れるように揺蕩う金の髪。
綿で織られた質素で羽織り巻くだけの簡単な服は、彼女のその豊満な体を隠しきれてはおらず、無防備に転がったことでほんのりと桜色に染まった胸元がエリオットの視界に入ってしまった。
感情だけシャットアウトして、その眼福を冷静なフリして頂いておく。
「あっちで込み入った話があるから、レクチェがこっちに追い出されて来てるんだと思ってたんだけど」
彼は一人で必死に状況を想像した末の結論を彼女に提示した。
「追い出された……ってのも確かに近いですけど、お話って言うよりはクリスさんがルフィーナさんと一緒に寝たいみたいなんですよー」
「何ソレ面白い!!」
出した結論以上の出来事が起こっていると知り、声が上擦る。
が、すぐに彼の思考はそこから繋がる事実へと巡った。
クリスとルフィーナが同室で寝ると言うのなら、それによってレクチェがこの部屋に居るのは……
その予想が合っているのか、合っていて欲しいか欲しくないのか、ゴクリと唾を飲んで、その先を口に出した。
「もしかして、レクチェ今夜ここで寝る気……?」
彼の躊躇いがちな言葉に、彼女はさして気にした様子も無くぱたぱたと足を揺らして、
「喋ることいっぱいあるんで、寝かせないですよっ」
暗にそれを肯定した。
今夜コレとずっと一緒にいなくてはいけないのかと思うと途端に目眩がして、エリオットは片手で頭を抱える。
喜んでもいいところなのだが、我慢し続けなくてはいけないのならもはや苦痛でしかない。
「参ったな……」
レクチェに聞こえないように、ぼやいた。
普段の扱いから考えれば分かる通り、自分はスケベ男の烙印を押されている、とエリオットは思っている。
にも関わらず何でこんなに無防備なことをするのか。
この間キスくらいでギャーギャー喚いて人を引っ叩いていたと言うのに、それでもまだ男と二人きりになるということに危機感を持つことが出来ない娘に、半ば呆れるほどだった。
勿論、手を出して良い相手と悪い相手、どこまでやって良い悪い、くらいはエリオットも弁えているつもりだ。
だからと言って、別にそういう感情が芽生えないわけではなく、単に素晴らしい理性が頑張ってくださっているからこそのモノであり……
つまり、一晩生殺しとか本当に勘弁して頂きたいのである。
クリスにおっさん扱いされてはいるが、エリオットは一応まだ若い部類に入る。
一般的にはおっさんではなく、お兄さんと呼べる年齢だろう。
しかもここしばらくは禁欲生活中。
今この状況で目の前に美味しそうなおっぱいが転がっていたら、ただでさえ頼りない彼の素敵な理性さんはオーバーヒートしてしまう可能性も否定できない。
外からは笛とリュートの音色が聞こえており、レクチェはそれに静かに耳を傾けていたが、彼の視線に気が付くとにっこりと笑って言った。
「お風呂入ったらどうです?」
この状況で同室の男に入浴をすすめるとは、普通の男女の流れならもうソレはむしろ「早く入って来てよベッドで待ってる☆」みたいなものであった。
そんなことを微塵も考えていないことを知っているので踏みとどまるエリオットだが、妄想だけは一瞬でベッドインにまで張り巡らされる。
彼は理性を保とうと、わざと叩かれるようなことを言ってみた。
「レクチェももう一回入ろうぜ、俺と一緒に」
言うなり顔に飛んでくるのは枕。
「入るわけないですから!」
ぼすり、とエリオットのベッドにレクチェの枕が落ちる。
枕が当たってじんじんする顔をさすりながら彼は思った。
そう、こういうノリになってくれないと落ち着かない、嫌がられているくらいが丁度いい、と。
エリオットは、城に居た頃を思い出す。
王子である自分に見初められようと必死に擦り寄ってくる者、嫌々ながらも命令に従いその肌を晒す者、どちらにしても気分の良いものではなかった。
怒られることが好き、などと言ってしまうと、傍からはマゾっ気でもあるように聞こえるかも知れないが、素直に怒って貰えることがとても素晴らしいことだと、この王子は城の外に出てみて思う。
怒りだけは、他の感情に比べて偽りである可能性が低いから、偽りだらけの環境で育った彼としては、嫌いでは無いのだ。
「仕方ないなぁ、一人で入ってくるから服脱いで待ってろよ」
「もー! そんなことばっかり言って!!」
レクチェの怒声を笑って聞き流しながら、エリオットは部屋の浴室へそそくさと歩いて行った。
脱衣所でライトから貰った服を丁寧に脱ぎ畳みながら、あぁせめてもう一着服が無いと不便だな、と思いつつ明日買う予定を脳内で立てる。
先ほど昔のことを思い出してしまったせいか、ぼーっと湯を浴びながら、ローズのことを考える。
――最初はその美貌に目を奪われた。
触れれば砕けてしまいそうな繊細な容姿に、真っ白な羽根を背に広げ、月も無い夜に輝く。
しかし美しいだけではない、彼女の瞳には強さがあった。
言うなればまるで君臨する者。
全てを踏み躙ってでも一人屍の上に立ち、何かを掴み取る覚悟。
それは城の女には無いものだった。
強く美しい女、と言うならばレイアも当てはまるとエリオットは思うが、種類が全く違う強さだろう。
実際、居場所を探し当てて傍に居させて貰うことを願った時、ローズは別にエリオットを好いて近くに居ることを許したわけではない。
女王が忠実な手駒を手に入れた、そのようなもの。
彼女の盗賊稼業の相方に納まり、男女の関係になろうとも、それは変わっていない。
エリオットとしては、きっとこれからも変わらないと思っている。
それはいつまでも手に入ることは無いのだから、いつまでも追い続け、虜になったまま縛られ続けることを示していた。
不思議と、それを嫌だとは感じていないが。
「でも今の追い方は嫌だよなぁ……」
不満げに浴室に響く、低いフォルマントのテノールボイス。
中身が違うのならば追っていても少しも面白くない。
自分は、自分の為に、ローズを元に戻す。
エリオットは、それが傲慢であることを知っていた。
さて、一通り洗って、一通り拭き終わる。
レクチェは明らかに私服ではなく、宿の借り物の寝巻きを着ていた。
そのような服はどこに置いてあるのだろうか。
脱衣所を漁り、タオルの置かれていた棚の上の戸を開けると、それが出てきた。
二枚。
ということはレクチェはルフィーナ達の部屋の物を着ていることになる。
サイズは男女共用なのだろう、大きくもなく小さくもなく。
申し訳程度についているボタンを留めると辛うじて肌が見えなくなるくらい。
少し乱れればすぐに肌が見えてしまう。
そのまま脱衣所で歯を磨いて、寝る準備万端でベッドのある部屋へ戻ると……そこには既に寝息を立てているレクチェ。
「おいおいマジか……」
枕も使わずにうつ伏せになって布団の上に転がっており、胸がよく見えない代わりに、薄い服の下のお尻のラインが綺麗に見える。
再度の眼福。
エリオットは彼女のすぐ傍に腰掛けると、容赦なく視姦してやった。
触るのはダメでもこれくらいならバチも当たるまい。
だが彼はその後に起こる事態を想定していなかったのだ。
こういう展開ならお約束の、ポロリというやつを。
しばらく邪な気持ちを一切捨て、ただただ目の保養にそれを眺めていた。
しかしその時、
「う、ん」
少しだけ声を出して、うつ伏せになっていた体を動かすレクチェ。
体は仰向けになり、意識無く体勢を変えた結果、彼女の着衣は見事なまでに乱れて前がほぼ全開となる。
見てはいけないものが見えて、ぶぁっ、と汗が出たが、視線は完全に当人の意思とは別に本能で動く。
目を背けるだなんてとんでもない。
これを見ずして、何が目ん玉か。
眼球の風上にも置けぬ。
以前初めて会った時に一度視界の隅には入っていたがあの時はクリスが牽制していた為、しっかりと彼女の裸を見るのはコレが初めてのエリオット。
いっつぱーふぇくと。
詳細を伝えるのは年齢制限的な意味でやめておくが、細いにも関わらずつくべきところに肉がついていて大変美味しそうにエリオットには見えた。
いろんないみで、おいしそう。
筋肉質が目立つ部分が無いので、必死にプロポーションを維持しようとしている美とは違う、本当に天然の柔らかい女性的なスタイルだった。
どんな生活をしたらこう育つのか聞きたいくらいに。
そこで、エリオットは気付く。
自分が、コレを目の前に置きつつ我慢して寝なくてはいけないと言う、酷な状況におかれていることに。
「ありえねえぇぇぇぇ……」
まともに眠れるわけが無い。
彼は必死にこの状況を打開する案を練る。
いくつか出た案から、エリオットが選んだのはコレだった。
「起きろーレクチェー」
露になっているその両胸を大胆に鷲掴みにして、揉む。
そう、エリオットは、揉んで起こして殴られることを選んだのだ。
我慢もしないがその後殴られることもあえて受け入れる。
そしてレクチェが警戒しながら寝てくれれば自身も諦めて眠れる。
何て素晴らしい案なのか、とエリオットは自画自賛しながらもにゅもにゅと一心不乱に揉んだ。
揉んだ。
揉んだはいいが……
まさかの展開、彼女はそれくらいでは起きなかった。
今日一日歩き疲れていたのかも知れない、予想以上に眠りが深い。
揉まれたことに敏感に反応して、寝つつも性的に感じ喘ぐ……なんて言う色めきたつようなことも無い。
完全にエリオットの行為は無かったことにされて、熟睡ならぬ爆睡している。
大変まずい。
ただエリオットの両手が幸せになったことで終わったこの案は、どう考えても失敗であった。
ここまで全く反応しないんならナニしても起きないんじゃね? と悪魔の囁きが頭に直接響いてくるような気がしているエリオット。
それは悪魔の囁きなどではなくあくまで当人の心の声なのだが、それを指摘する者は誰もいない。
彼の手は、レクチェの胸から離れない。
その行為の先に進む根性も無いのに、手を離して諦めることも出来ず、ただ何となく揉んでいると急に部屋のドアが開いた。
「まだ起きてます? 備え付けの服だけ取らせてくだ、さ……」
入ってきたのはクリス。
最高で、最悪の、招かれざる客だった。
エリオットが何をしているのか把握したクリスは、すぐにツカツカと彼へ歩み寄って行った。
その目は、蚊を見つけて、それを叩き潰す直前のような目。
腸煮えくり返るほど憎い相手を倒す時の、ソレ。
「ほんとゴメンナサイ」
エリオットは心から謝った。
この状況は一応、彼の本意では無いのだ。
その瞬間、エリオットの目の前に星が飛ぶ。
実際に星が飛んだわけではなく、エリオットの視界がおかしなことになっただけ。
顔面にクリスお得意の回し蹴りが入ったことを、一瞬の間をおいてエリオットは把握した。
ベッドとベッドの合間に転げ落ち、痛む鼻を抑えながらチカチカする目でその手を見る。
赤い色が、目に入った。
先ほどの蹴りの本気度が伺える。
クリスは未だに起きないレクチェを一瞥してから、エリオットの足を何度も踏みつける。
「いだっ、いだい、ちょ、やめっ!」
「や、め、な、い!!」
……しばらくエリオットをぼっこぼこに踏み続け、蹴り続けた後、クリスはその騒ぎでも一向に起きる気配の無いレクチェの着衣を整えてからおんぶしてルフィーナの部屋に連れて行った。
つまり、結局元通りの部屋割りとなる。
もしあの時クリスが来なければどうなっていたか。
考えるのも悍ましい。
「反省してくださいね」
クリスは布団に入って上半身だけ起こした状態で、隣で伸びている男に促す。
「はい……」
布団も被らずぐったりとベッドの上に倒れている彼だが、毎度ながら同情の余地も無い。
そこへもぞりとエリオットが顔だけクリスに向けて恨めしそうに言い放った。
「……でもさぁ、俺そんなに悪くなくね?」
「どの口が言うんですかッ!!」
クリスは激しい剣幕で彼を怒る。
だが彼はそれでも言い訳を続けた。
「キャーキャー言う割に、ガードが緩いってどうかと思うワケ。あ、いや、今回はキャーキャー言われてすら無いんだけど」
ガードが緩い。
それは確かにレクチェを送り出す直前に、クリスも少し感じていた部分ではある。
ルフィーナもだが、どうせ何もして来ないなどとどうして思えるのか。
少なくとも二人とも、とても女性らしく、綺麗な部類だとクリスは思う。
それだけに不思議でならない。
しかし、
「それは一理ありますが、手を出していい理由にはなりません」
バッサリと彼の言い訳を切っておく。
如何に相手に隙があろうと、それを突いていいかと言ったら別問題だろう。
「お前もそのうちこの気持ちが分かる時が来る! その時俺に『すみませんでしたエリオットさん!』って言うんだ!!」
「はいはい」
何やら感情の昂ぶった面持ちで訴えてくるが、クリスはそこで話半分にして体を倒して肩まで布団を被った。