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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第一部 第八章
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告白 ~神に疎まれし種族~ Ⅱ

   ◇◇◇   ◇◇◇


 エルフの集落は、今が雪深い季節というのもあるが村中が静寂に包まれていた。

 先程ルフィーナに家を追い出されたエリオットは、レクチェが釣竿を用意するのを待っている。

 この寒い中、家の外に用事も無しにわざわざ出てくることは無いのだろう。

 二人の他に、外には誰も立っていなかった。

 さっきの老婆も居ないところを見ると、ご近所にでも遊びに行ったのかも知れない。

 ツィバルドで買った上着のポケットに手を突っ込みながらしばらく待つこと二、三分。

 彼の元へと、木のバケツ一つと竹の釣竿と小さな折り畳み椅子二つを手にレクチェが家の裏から歩いてきた。


「お待たせしましたー」


 ほわほわとした表情でファーコートを揺らしながらの登場。

 エリオットと同じように、耳まで覆える毛糸帽子も被っている。

 あぁ、これはデートだ。

 そういうことにしておこう。

 彼女の可愛らしさを前に、エリオットは取り合えずそう思うことで追い出された怒りを静めた。

 レクチェの手からバケツと椅子二個、釣竿一本を受け取って、エリオットは湖のほうへ歩き出す。

 続いてレクチェも後を追い、隣に並ぶ。


「……無事で、よかったです」


 ほっとした様子で、その思いを述べるレクチェ。

 大方、詳しい説明は何もされずにルフィーナに連れ回されていたのだろう。

 長い付き合いではないが互いの身を案じる程度の関係ではあったはずだ。

 さぞかし心配だったに違いない。


「この通り、何とかな」


 エリオットは死ぬほどの大怪我をしていたことは言わずに、それだけ答えた。

 が、彼女の歩き方を見て自分からも話し掛けなければいけない話題に気が付き、それに触れる。


「レクチェ、足は大丈夫か?」


 他の誰でもない、エリオットが撃った足。


「大丈夫です、魔術できちんと手当てもして貰ったので今は随分良くなりました」

「ならいいんだけどさ……」


 村は狭く、すぐに分厚い氷の張った湖に着いた。

 先程までいた釣り人はもう居ないようで、穴がいくつか点々と開いたままなのでそのままそこで釣らせて貰う。

 椅子を立てて、穴の傍にどかりと座る。

 レクチェは何度か氷上釣りをしたのだろう、慣れた手つきで釣り糸を垂らす。

 けれど彼女は釣りにはどうも集中出来ないらしい。


「あの……」


 彼女はおどおどとした様子で何かを話したそうにしていた。


「どうした?」


 あの、の後が続いてこないのでエリオットは、俯いたレクチェの顔を少しだけ覗き込むような素振りをして彼女に問いかける。


「その、エリオットさんって私が意識がなくなっていた時のこと、全部見ていたんですよね……」

「いや、全部は見ていないな。いつからレクチェの意識が無かったのかも俺は知らない」

「そうですか……」


 エリオットの答えが悩みを解決するものでは無かったのだと思われ、竿が引かれていることにも気付かずに彼女はまた俯く。

 エリオットは黙ったままレクチェの竿に手を添えてクイッと引き上げた。


「あっ、すいません!」


 氷上に魚がびちびちと横たわる。

 レクチェは上手に魚を糸から外してバケツに入れると、また穴に釣り糸を垂らした。

 ちなみにエリオットのほうにはアタリは来ない。


 やはりあの時レクチェには意識が無かったことを、エリオットは知る。

 雰囲気も表情もいつもと違ったことからそうだろうとは思っていたが、当人に言葉という形にして貰って聞くことで、改めてその事実を確認することが出来た。

 今更エリオットに聞いて来るくらいなのだから、ルフィーナは例によって説明もしてやっていない、と言うことになる。

 あの師のことだから敢えて言わないのであろうが、目の前の娘の心境を考えると、それは少し辛いのでは、とエリオットは思う。

 無論ルフィーナから言わせれば、話したらもっと辛い事実がそこにあるわけで、彼女が話そうとしないのも無理は無いのだが。


「綺麗だったぜー」


 へらっと笑って、そう言ってやる。


「ええっ?」


 彼の言葉にレクチェは驚いて、その翠の目を見た。


「何かよく分からないけど、花がいっぱい咲いて、レクチェが光ってた。俺が見たのはそれだけだよ。綺麗だった」

「そ、そうなんだ……そっか……」


 それを聞いて何やら安堵の色を浮かべるレクチェ。

 クリスがあの光に飲まれそうになった時、何故だか危険な感覚がしてレクチェを撃ってしまったエリオットだったが、事実上彼が見たのはとにかく光って花が咲いていた、これだけだ。


「早く自分のことが分かるといいな」


 多分知っても良いことなど無いだろう、エリオットはそう思っていながらも逆を口にした。


「どんな力か知らねーけど、花屋にでもなれば元手無しで稼げるんじゃねーの」


 そして軽く冗談を言って、レクチェに笑いかける。

 レクチェは釣られたように少し笑って、


「花屋さん、いいな」


 と、きっと心から出たのであろう……願いのような一言を呟いたのだった。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 日がどっぷりと沈んだ頃エリオットとレクチェはバケツ一杯の魚を持って戻ってきた。


「結構釣れるもんだから、ついつい長居しちまった」


 ドン、とバケツをキッチンのほうに置くとエリオットはルフィーナのほうに振り返り尋ねる。


「おいルフィーナ、さっきの婆さんが飯でも作ってくれるのか?」

「一応長老なんだから婆さん呼ばわりするのは失礼よー。ベッドも足りなくなるし多分今晩は戻ってこないんじゃないかしら」

「じゃあ俺が作るか」


 と言って、上着とマントを脱いで腕捲くり。

 キッチンの脇に掛けられたエプロンを勝手に取って着用すると、彼は器具や調味料の位置を探りながらも手際良く調理を始めた。

 戻ってきたレクチェは、冷えたのだろう、暖炉の前でぬくぬくしている。

 その表情はまさに至福そのもの。

 それと、どこか憑き物が落ちたようにすっきりとした様子だった。

 ルフィーナはというと、鼻歌を歌いながら読書を再開している。

 クリスは聞いたことの無いメロディだったが、釣られたのだろうかレクチェも暖を取りながらそのメロディに合わせて歌う。

 クリスはそんな二人を見ながら物思いに耽っていた。


 ルフィーナの話の通りならば、ローズは放っておいてもレクチェを狙いにクリス達の元へやって来る気がする。

 ならば彼女を護りつつローズを解放すればいいだけなのだが、先日の感じだとまたレクチェがどう転ぶか分からない。

 何しろ少なくとも先日のレクチェは話も通じていないようだったのだから。

 ちょっと姉さん止めるまで待っててください、とクリスが言っても聞かずに何かしらをやりかねない。

 そう、エリオットが足を撃って止めようとするくらいのことを……


 あの時のことはクリスも正直覚えていなかった。

 何故ならニールの時とは違って、やはり意識が完全に飛んでいたからだ。

 僅かであろうがダインに『喰われていた』のだろう。

 けれど意識が戻った時の構図を思い出せば、一時乗っ取られていた自分とレクチェが対峙していたのは明白だ。

 もし姉との戦闘の最中に割り込まれたとしたら……正直、対応出来る気がしない。


 次に、ルフィーナが昔所属していたという研究機関。

 セオリーという人物の撃退以後、特に接触は無いけれど彼の意図も掴みかねる。

 何故レクチェをあの場に残していったのか?

 あと、先日の出現の仕方を考えるとこちらの動きは多少なり洩れているようにも思える。

 あまり考えたくないが、ルフィーナが実はスパイだという可能性も無くは無い。

 いやしかしあのセオリーとの戦闘終了後のルフィーナの『ざまあみろ』な顔は凄いモノだった。

 その線は薄い、とクリスは個人的には思う。

 あれが演技だったのならルフィーナの演技力は尋常ではない。


 しばらくクリスは時間が経つのも忘れて同じことを考えて続けていた。

 しかし結局事実確認にしかならず、何をどうしたらいいのかサッパリ思いつかない。


「何難しい顔してやがんだ」


 エリオットの声かけで、クリスの意識は現実に引き戻される。

 コト、と木のテーブルに置かれたのは柑橘類の輪切りの添えられたムニエルに、香草と巻いたフライ、マリネ。

 全てメインの食材は先程彼らが釣ってきた魚。

 器用にいくつもの皿を片手で持ちながら、彼は綺麗にそれを並べていく。


「料理、上手なんですね」


 まず、見た感想を述べるクリス。


「不味い飯なんぞ食いたくないだろ?」


 舌が肥える環境にいたのだから、そうならざるをえないのも分かる。

 彼は最後にキノコのパスタの大皿を持ってきてテーブルの中央に置いた。

 ちなみにこちらは魚は使われていないようだった。

 見た目だけではクリスには何で味付けされているのか分からなかったので、あくまでパスタ。


「わぁー、わぁー、わぁー!」


 レクチェが目を輝かせながらササッと着席。

 気付けばルフィーナがナイフとフォークを用意して、座ったままお客さん状態のクリス達の前に並べてくれた。


「どうもありがとうございます」


 クリスがお礼を言っている時には既にナイフとフォークを手にして、食べる体勢に入ったレクチェ。

 なかなかどうして、早い。

 ルフィーナと、エプロンを外したエリオットが着席すると同時に、クリスも食べ始める。

 各々が目の前の手料理を食べ進めて、その味を堪能していた。

 見た目も良いが味も……悔しいが苦手なキノコですら、クリスにはとても美味しく感じられて。


「料理の腕は性格からじゃ分かりませんねぇ」

「分かるわけねーだろ!!」




 食事を済ませた後は、風呂。

 ルフィーナの家の風呂を使わせて貰えることになり、エリオットが一番風呂にルフィーナから指定される。

 色々な思惑がそこにはありそうだが、どうでもいいことなので敢えて触れないでおこう。


 風呂は家の中には無く、家の裏に大人の背丈くらいの囲いがあって、その内側に横から焚き木をくべることの出来る釜戸と風呂釜があった。

 少し長く入っているとこの北方では冷えてしまうようなので、常に適温に調節するにはもう一人が横にいなければならず、要は長風呂は推奨されていないのだろう。

 聞いたことはあるが、クリスはこのタイプの風呂は初めて。

 長風呂をしたいエリオットの我侭でクリスが火の番をすることになる。

 そもそも一番手なのだから他を待たせずにすぐに出ればいいものを、流石は悪い意味で王子。

 図々しい。


「めんどくさ」

「黙って俺のために働け! ハハハハハ!」


 湯船に浸かりながら高笑いするエリオット。

 寒いこの地域では相当芯から温まらないと外に出た時点ですぐ冷えて風邪を引いてしまいそうで、確かに誰かに居て貰ってゆっくり入ったほうが体にはよいだろう。

 入ってる本人には良くとも、付き合う方は堪ったものではないが。

 クリスが寒さに震えながら渋々と火の番を続けていると、


「……ルフィーナに何を聞いたんだ?」


 高笑いを終えたエリオットが急に話を切り出してきた。


「言いませんよ、秘密です」

「何だよ言えよ」

「約束ですから」


 とにかく突っぱねるクリスに、不満そうに口を尖らせる彼。


「お堅いねぇ」

「……確かにルフィーナさんの行動は悪くはなかった、とだけ言っておきます」


 これなら当たり障り無いはずだ、と、彼のルフィーナへの誤解を少しだけでも解ければいいと思い、内容ではなくクリス自身の感想を口にした。

 でもそれだけでは解けなかったようで。


「オイオイ、もう懐柔されてんのか? 信じるなよあの女を」


 これだけ弟子に信用されていない師もなかなか無いのではないか。

 二人の関係はやはりクリスにはよく分からない。


「私だって全部信じているわけではありません、今は様子見ですよ」

「それならいいけど、っと」


 話を終えると彼が上半身を湯船から出す。

 入る時にもちらりとクリス視界に入った腹の傷跡は生々しい。

 他にも精霊武器を持った時に出来たのだと思われる切り傷が沢山あるが、こちらは腕以外ならば時間が経てば消えるだろう。


「熱い、上がる!」

「はいどうぞ」


 子供みたいなことを言うエリオットに、かごに持ってきていた大き目のタオルを差し出す。


「じゃ、先に家に行ってますね」


 クリスはそれより下のモノなど間違っても見たく無いのでさっさと戻ろうと、風呂の囲いから出ようとする。

 が、


「ん? お前入らねーの?」


 と、止められてしまった。


「最後に頂くつもりですが」

「ここまで来てるんだから入ればいいだろーが」


 そう言って彼が完全にこの寒空にその身を出してしまうので、クリスはとりあえず顔だけ背けて視線を宙にやる。

 そして、言わんとしていることは分かるので、その提案を受け入れた。


「それも、そうですかね」


 クリスの返答に満足したようで、彼は体を拭き終え服を着ると無造作に置かれていた薪を釜戸に放り投げる。


「アツアツにしてやんよ!」

「勘弁してくださいよ、もう……」


 どうやら、火の番をしてもらったお礼がわりに、エリオットもクリスの火の番をしてやるつもりらしい。

 クリスはとりあえず下着だけになるまで一枚ずつ脱いでいく。

 震えながらも残りの二枚をさっさと脱いで、若干の羞恥心により前だけは小さめのタオルで隠してから、不穏なまでに次々と薪をくべていくエリオットの後ろを通って、風呂に入るための小さな階段を登った。

 そしておそるおそる湯船に足をつけると、


「あっつ! ……さっむ……」


 つけた足は熱く、驚いてすぐにお湯から離す。

 だが勿論お湯に入れないクリスの顔は、湯船の外の寒さに歪んだ。


「うわははははは!!」


 エリオットは腹を抱えながら大爆笑。


「最低です! ほんと最低です!!」


 クリスは怒りに任せてその手の熱さを我慢しながら湯をバシャバシャとエリオットにかけてやる。

 タオルを持ったまま胸元で冷えている左手とは対照的に、湯をかけるために犠牲にした右手は熱で裂けるように痛くて。


「だっ、ちょ、やめっ」


 それほどの熱湯をかけられ、悲鳴を上げるエリオット。 


「やめるわけないですよねぇぇぇぇ!!」


 お湯が冷めるまで、クリス達はコレを続けたのだった。




 何やら色々騒がしかったとは思うが、無事に風呂を済ませた二人が家に戻ってくるとルフィーナが彼らの惨状を見て怪訝な顔をする。


「……エリ君は服着たままお風呂入ったの?」

「いや、違うけど……」


 コートをぐっしょり濡らして室内に水を滴らせる彼は、どう説明したものかと言葉を詰まらせた。

 絞ると形が悪くなってしまうからか、仕方なくそれをそのままハンガーにかけて暖炉の傍で乾かし始める。

 流石にコートの下までは濡れていないようで、あとは髪の毛だけ乾かせばよさそうだった。

 言葉の濁し具合に何やら察した様子のルフィーナは、コートと髪の毛を乾かし始めるエリオットを見ながら溜め息一つ。


「自分から言わないって事は原因はエリ君で、それに怒ったクリスにお湯かけられたってところかしらね」

「正解です」


 クリスは一言返事をして、使い終わったタオルを一まとめにしてカゴに入れておいた。

 クリスの髪も濡れてはいるがきちんと拭いているので、少し待てば乾くだろう。

 エリオットの場合は、拭いた後に濡らされたからあの状態なのである。

 ルフィーナは髪を乾かすエリオットを何故かじーっと見たまま風呂に行く足を止め、レクチェがそんなルフィーナに声を掛けた。


「私達もお風呂行きましょうかっ」


 声を掛けられハッとした表情になるルフィーナ。


「どうかしたんですか?」


 思わず聞いてしまうクリスに、彼女は笑いながら答える。


「いや、ね。エリ君って髪濡れてると二番目のお兄さんにそっくりなのよー。おかしくておかしくて」

「濡れてるとそっくり、ですか。あー……」


 クリスはエリオットの兄を見たことは無いが、今のエリオットは普段の緩やかな緑のクセッ毛が濡れて真っ直ぐになっている。

 宿屋ではよく見ていたし乾くとすぐ戻るので気にしていなかったが、確かに髪を濡らすと彼の雰囲気は変わっていた。


「アイツは無駄に髪を矯正してたからな。無、駄、に」

「私濡れてる方が好きかもです」

「何だって!?」


 レクチェの反応からするとクセッ毛の矯正は無駄ではないかも知れなくて、エリオットはその好反応に驚愕する。


「いつもより若く見えますよっ」

「……俺そこまで老けてないんだけど……」


 苦笑いをしながら彼は軽く髪を乾かし終えた。

 まだ芯まで乾いてはいないのか、いつも通りのクセッ毛にまでは戻っていない。

 ほんのり髪が伸びたような感じになっている。


「多分発言や態度が親父臭いから老けてみえるんでしょうね」

「俺のどこが親父臭いんだよ!!」

「セクハラ発言や視線が、恥を捨て始めた中年っぽいです」

「うぐぎぎぎぎ」


 反論も肯定の言葉も出なくなったところで、


「さ、お風呂行こうかしらね。覗いたらブチ殺すわよー」


 悶えているエリオットにそれだけ言い残して、ルフィーナとレクチェは風呂へ向かった。

 クリスは風呂で騒いだせいかやや眠いので、ベッドの方が気になって見てみる。

 食事などをしたテーブルがある位置より少し端にカーテンで仕切られていたスペースがあり、その内側は予想通り簡素なベッドが置いてあった。

 ベッドは丁度四つで、これは確かにクリス達が増えては長老が出るしかない。

 追い出して良かったのかと心配にもなるが、ルフィーナが気に留めている様子が無いのでここは甘えておくことにするクリス。

 端のベッドに腰を掛け、そのまま毛布を掛けずに枕に頭を乗せた。


「もう寝るのか?」


 カーテンを少し引いて様子を伺っているのはエリオット。


「少し、眠いです」

「何だよお前が先に寝たら誰が俺を見張るんだ」

「何の為に!?」


 眠いクリスは全身全霊でうざい気持ちを露にしたが、それを気にする様子などこれっぽっちもなく彼は続ける。


「風呂もそうだけど、この通り同じ部屋で寝るなんて滅多に無いからなぁ。ちょっと他のベッドに入りたくなるよな!」

「なりません」

「声を押し殺して他に気付かれないように、ってのもそそるものがあると思うんだよ」

「思いません」

「お前は男のロマンってヤツが分からんのか!」

「分かりません」


 クリスの即答に何やら悔しそうな顔をしつつ、それ以後は会話は続かなかった。

 チッ、とつまらなそうに舌打ちをしてクリスの隣のベッドに寝転がり、反対方向に顔を向けて横になる。


「……明日からどうするのか決まってるのか」


 背を向けたまま、エリオットはぼんやりと問いかけた。


「私に聞くんですか?」

「そりゃそうだろ、俺はルフィーナから説明を受けてないんだぜ」


 確かにこれでは、クリスは彼の問いかけに答えなくてはいけない。

 いつもは何となく流されるように歩んできたクリスだったが、これからは自身が決めねばならないということ。


 しばらくクリスは黙って考えていた。

 姉を探すのは勿論だが、こちらにはレクチェというルアーのような存在もいる。

 そして探しながらも常になるべく周囲に被害が及ばないように旅をしなければいけない。

 人里から離れるのが難しくなる都会には寄り付かないほうがいいだろう。

 なるべくなら今現在のようにどこかの街や村で泊まるというのも避けたほうがいいかも知れない。


「とにかく当てもなく姉さんを探すだけですねぇ。あと、戦闘になった時に迷惑がかからないようになるべく街に長期滞在はしない方がいいかも知れません」

「ほとんど今まで通りじゃねーか」


 何も変わらない状況に、不満そうにエリオットは言う。


「ルフィーナさんから話を聞いても現状打破に繋がる有益な情報は無かった、ってことですよ。とにかく今度こそ、剣から姉さんを離したら縛っておくなりしないといけませんね」

「ま、あのミスさえなければどうにかなったもんな」


 ――それは違う。そんなことしたって姉はもう元に戻せない。

 精霊の支配が無くなったらローズが具体的にどうなるのかは分からないが、今のローズはただ精霊を滅するだけではどうにもならないのだ。

 エリオットにそれを話すに話せないもどかしさに耐えながら、クリスは天井を向いて小さく呟いた。


「もしも」

「ん?」


 エリオットが声のほうへ振り返る。


「……もしも、神様に会えたら……一発殴らずには居られませんね」

「何だよ、信仰心はどうしたんだ。法衣を脱いだ途端に無宗教者か?」


 そう、横で鼻で笑う。

 クリスはエリオットのほうに顔を向けて彼としっかり目を合わせると、低く静かに告げた。


「都合が良い時は崇められ、悪い時は罵られる、そういうものですよ。それに私は存在はまだ信じています……憎悪の対象としてですがね」


 目は逸らさない。

 返事も無い。

 彼はそんなクリスをじっと観察していたが、やがて諦めたように天井を仰いで大の字になった。


「俺は無宗教だから理解出来ねぇわ」

「それでいいですよ」


 神と女神を恨むなど、この世界に不要な存在である自分だけで充分だ。

 その黒く穢れた身に相応しい感情を胸に抱きながら、クリスは静かに目を閉じた。


【第八章 告白 ~神に疎まれし種族~ 完】

章末 オマケ四コマ↓

挿絵(By みてみん)

上画像をクリックしてみてみんに移動し、

そちらでもう1度画像をクリックすると原寸まで見やすく拡大されます。

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