繋がる糸 ~第一印象は最悪です~ Ⅱ
男は死んだように眠っているその子供を抱きかかえたまま、先に取ってあった宿に入った。
そして子供をベッドに寝かせ、荷物からロープを取り出す。
先程使用した銃に続いて特別製、力任せでは切れない上に、燃えないよう魔術も施されているロープ。
程なくして子供をきつく縛り終える。
この子供がローズを探しているのならば、男の知らない情報も持っているかも知れない。
話を聞きだしたいところだが、いつ起きるか分からないのでとりあえず飲みなおそう、と男は荷物から酒を取り出し飲んだ。
それから半日が経った頃だろうか。
…………
……ちょっと
聞いてるんですか
ねぇ
起きてくださいよ
「んん?」
聞き慣れない声に男が目を覚ますと、部屋は随分明るかった。
昨晩の記憶もあまり無く、まずは周囲に目をやる。
日差しの角度からしてもう昼過ぎ。
床に随分と散らばった酒瓶達は残念ながらどいつもこいつも中身は無いようで。
男は、手が塞がっているので足で酒瓶を蹴った。
「んんん??」
無意識に足を使ったが、よく見てみると男の手首は後ろで縛られていた。
これはどう見ても男が先刻子供を縛るために使った自前のロープだ。
記憶がハッキリしなくてワケが分からなくなっているところに、背中の方から声がする。
「いつまで寝ぼけているんですか」
縛られていて身動きが取りにくくもどうにか振り返ると、そこには水色の髪の子供。
「あー……」
昨晩の記憶が戻ってきた男は、あまりのことに頭を抱えたいが、両手は塞がっている。
精神的に頭が痛い、二日酔いで肉体的にも頭が痛い。
それはそうだろう。
時間をかければ、縄も外せないことは無い。
起きた時に敵が寝ていれば、外そうと努力する。
要するに、男が子供を縛って安心して酔い潰れている間に、見事縄抜けされて逆に縛られてしまったというわけだ。
「ちょっと、コレ外そうぜ?」
「外すわけがないでしょう」
キッパリと返答され、その通りなので大人しくする。
男は自分の阿呆さ加減に泣きたくなってきた。
「ツメが甘いにも程がありますよ。こんな馬鹿な人、見たことありません」
子供はそう言うと、一人でテーブルの上にある注文したらしき食事を黙々と食べる。
服装はほぼ白の聖職者の服なのだが、特に食事制限はしていないようで肉も魚もがつがつと。
この部屋で注文すると男の宿代に加算されるのだが、それを分かっているのかいないのか。
「馬鹿だと自分で思ってても、人に言われるとムカつくんだよっ」
「そりゃそうでしょうね」
減り続ける食事。
時々鳴る、男の腹。
刻々と過ぎる時間。
子供はようやく食事を済ませると男の方に向き直り、最後に残しておいたような野菜を手でつまんで……
「食べます?」
「いらねえよ!!」
しかし問答無用。
「鼻に入れられるのがイヤなら食べてください」
子供の嫌いな野菜ランキング上位に常駐しているであろう緑の物体を、男の口に突っ込む。
仕方なしに男が口の中の物を噛んでいると、子供はようやく本題を切り出した。
「ローズを、知っているんですね?」
当たり障りの無い、それでいて自分の素性には触れさせないような一言め。
「何だよ、他人のフリしたってダメだからな。どう考えたってお前血縁関係だろ。見た目といい、肉体変化の能力といい、似すぎてる」
男の返答に子供は一瞬不満そうな表情をした。
かと思うと、すぐに笑顔に変えてフォークを男に向ける。
「捕まっている側は貴方です、答、え、な、さ、い」
笑顔の脅しは怖いというが、その可愛らしい容姿のせいもありそこまで怖くない。
男はしばし悩んだが、自身の知る情報を明かしたところで問題は無いと判断し、素直に答えた。
「あぁ、知ってるよ」
「今、彼女はどこへ?」
「知らない」
「……聞き回っていたようですし、そうでしょうね。では、彼女のことをどこまで知っているのでしょう?」
「どこまでって言っても大した行き先は分からない。カンドラ鉱山付近で離れちまった程度だ」
男が更に答えると、子供は訝しげに尋ねる。
「離れた、ということは共に行動をしていたのでしょうか」
「恋人だからな」
ピシッ
……と、場の空気の固まる音がした。
どうやら子供が、持っていたフォークに少しヒビを入れたらしい。
普通は曲がるものをどういう力を入れたらこのようにヒビが入るのだろうか。
「もうすぐ親戚になるかも知れないんだから、この縄外そうぜ?」
「親戚になる前に亡き者にした方がよさそうですね」
今度の笑顔は少し怖いものだった。
多少なり下手に出ないと色々危ない予感がして、男は妥協案を提示すべく、まずは相手がしているであろう誤解をとくことにした。
「……親戚はともかく、だ。恋人という言葉にそんな嫌そうな反応するのを見る限り、お前は賞金稼ぎじゃないよな」
「ええ……そして貴方も違う、そうですね」
ほんの少しだけ子供の視線がやわらいだのを確認し、想像が確信に変わる。
殺すつもりかと思うほどの好戦的な子供の態度は、酒場で手配書を広げていた男を賞金稼ぎだと判断したからだ。
そして先程の反応からして、賞金稼ぎを敵視する理由は、同業者ゆえの牽制では無い。
ローズの敵を排除しようとした、そんな所だろう。
つまり、
「多分だが、お前はローズに危害を与える気は無い。それは俺も同じだ。なら俺とお前は『ローズを探している』という面において目的は同じだろ? 争うのは馬鹿馬鹿しいと思わないか」
子供の表情が、今度はしかめっ面に変わる。
「彼女は私の大切な人です。危害を加える気はありません……が、何を言いたいんです」
「休戦して、お互いちゃんと情報交換ということで」
「今の私に、それは得はありません」
「損でもないと思うんだけどな」
むむむむ、と子供が考え込む。
非情になったなら考える程の状況でも無いのだが、まだまだこの子供の価値観は「ぬるい」らしい。
交渉だけでどうにかなる、と踏んだ男は提案した。
「放してくれるなら、それなりに金を積んでも構わないが」
「いいでしょう」
金に困っているのか、即答した子供は嬉しさを隠してきれていない表情でにんまりとしながら縄に手を伸ばすと、
「嘘を吐いたら怒りますよ、もうあの銃も通用しませんからね?」
一応釘を刺して、解き始める。
「あぁ、お前が賞金稼ぎでない以上、こんな嘘を吐く必要も無いさ」
これは一応、男の本音。
するりと縄が解け、男の両手はやっと自由になった。
肩の調子が悪いのでとりあえず背伸びだけして、先程まで背もたれになっていたベッドを椅子代わりに座る。
「俺はエリオット。否定されようが事実、ローズの恋人で相方やってる……つまり今は盗賊稼業だな。後はさっきの通り、ちょっとはぐれちまったから探しているだけだ。お前は?」
「……クリスです。ローズは私の姉にあたります。というか盗賊の分際で貴族みたいな名前とか聞いてて恥ずかしいですね。ゴンザレスに改名でもしたらどうですか?」
「お前ほんっっっっとムカつくな」
それから少しエリオットとクリスは互いの疑問を埋めるように対話する。
クリスはエリオットが酒場のマスターに話を聞いた後、同じようにマスターから話を聞き、自分と同じく『ローズを探している人物』の情報をそこで得ていたらしい。
そしてその人物が賞金稼ぎであるならば、姉の害になるとしてお灸を据えてやるつもりだったらしい。
あのような攻撃が直撃すればお灸を据えるどころか人生終了になりかねないのだが、この子供にはヒトの耐久力というものを想像する力が欠落しているらしく、「あの程度じゃないですか」とエリオットの抗議は流される。
声で銃弾を落とせるクリスにとっては、きっと大した攻撃では無いに違いない。
何はともあれ、エリオットとクリスはほぼ同じような思いの下で動いていて、確かに対立する必要は一切無かったのだ。
情報交換してすぐに別れても良かったのだが、クリスとしてはエリオットから姉の全ての情報を聞き出せたわけではなく、そして現時点では何を聞けばいいのかも分からない状態だったのだろう。
分からないことが分からない、と言えばいいのか。
ので、
「しばらく貴方の近くに居たほうが、姉の情報を得られそうですね」
この子供はそんな事を言ってのける。
クリスからの情報がほぼ得られそうになかったエリオット的には何一つとして得の無い不本意な話。
「……え、それはつまり、着いて来るってことじゃないよな?」
「ダメですか?」
「俺としては金だけ払って別れるとばかり」
「だって自分で闇雲に探すより、貴方に着いて行ったほうが姉に会えそうですから」
「そりゃそうなんだが、そこは俺より早く見つけようって気概があってもいいんじゃねーの」
「貴方の言うことが確かなら、姉も貴方を探すでしょう」
「あー……」
エリオットはそこで、苦虫を噛み潰したようにその先の言葉を飲み込んだ。
結局、同行はあくまで街の行き来までとし、街に着いた後は各自動いて情報収集と言うところに落ち着く。
旅費はエリオットが全額負担。
無理やりエリオットに同行しようとしているのはこれが真の目的ではないかと思うほど、クリスはこの点を譲らなかった。
先ほどの交渉で金にあっさり飛びついてきていた通り、この子供にはほぼ手持ちの金が無いらしい。
そしてこの子供に逆らうような事をして再度戦闘になった場合……既に奥の手を出してしまったエリオットは勝てる気がしないので素直に諦める。
「とりあえず鉱山からこの山脈までは一通りあたってきたんだ」
「それで手がかりゼロですか……嫌われて避けられてるんじゃないですかね」
「断じて否定する」
エリオットとクリスは地図を片手に今後の行き先を検討中。
どうにも手がかりが無さ過ぎて、この場にまだ残るべきか先に進むべきかで悩む二人。
「そもそも何故離れてしまったんですか?」
もっともなことをクリスが聞く。
「ちょっと変な物を掘り出しちゃったんだよな。遺跡発掘とかもしてたんだけどやたらでかい古びた剣が出てきて」
「無断で発掘ですか」
じと目でクリスが突っ込んだ。
「おう。多分呪いの類が施されてたんだろうな。ローズは剣を手にした途端暴れだして俺は斬られて、気付いたらローズが居なかった」
と、エリオットが簡単にここまで説明したところでクリスの表情が固まっている。
そしてクリスの表情はみるみるうちに怒りに変わっていき……
「使えない人ですね! じゃあ今姉が無事かどうかも危ういではないですか!!」
怒鳴り散らす。
確かに姉を探しているならば、エリオットの話はクリスにとって怒りたくもなることだろう。
だが、
「いや、そんなこと言われてもだな」
そこでエリオットは服を脱ぎ始める。
「!? 何を……」
何やってるんだこの変態、と言いたげなクリスの息がすぐに止まった。
それもそのはず、エリオットが脱いでそこから見えてきたのは、包帯でグルグルになった腹部。
エリオットは、その包帯を少し解いてクリスにその中を覗かせてやる。
切り口は綺麗ではなくノコギリで切ったようにズタズタ、生きているにも関わらず腐敗が続く傷の周辺、それを止める為に焼いたと思われる痕が更にその部分を醜くしていた。
「斬られただけなんだけどな、この傷ちょっとおかしくてなかなか治らないんだ。一応今は遅らせているけど、斬られた直後に腐敗が始まってきてヤバかったんだぞ」
そう言ってエリオットはまた包帯を巻き直して服を着る。
嫌なものを見たかのようにクリスは少し顔を背けていたが、向き直して会話を続けた。
「それ、放っておくとまずくないですか」
「まぁな。でも俺じゃどうにもならないから、俺以上の術者に仰ぐ必要がある。そこらの病院や治療魔術じゃどうしようも無いぞコレ。結構めんどくさい呪術が掛かってるっぽい」
「でしょうね……」
「多少の怪我だったら追えたんだけど、流石に無理だったんだ」
そこで少し沈黙が続く。
ローズの持った剣の正体を掴まない限り、見つけたところで連れ戻すのは難しいだろう。
となると、ローズを探しながらその剣について調べる必要がある。
その為に、とエリオットは今のところの目的地としては、怪我を診つつその怪我から色々割り出せそうなマッドな友人か、自分の師匠の元へ行こうか……と思っているのだがそれを優先していいものか悩んでいた。
不本意ながら当分の旅の供となってしまった相手の優先順位は、初めて会った男の体よりも間違いなくさっさと姉探しだろう。
しかしエリオットがそんなことを考えていると、
「姉を見つけるのは確かに急ぎたいのですが、まずはその怪我を治しましょう」
クリスが重い口を開いた。
「気ぃ遣ってくれてありがとな。一応そのつもりで鉱山からこの街まで下りて来てたんだ」
「別に……効率を考えたまでです。アテはあるのですか」
気は合わないとは思うが、根はそこまで悪い子供では無いのだろう。
喋った後気まずそうに窓の外に目を逸らすその幼い顔に、エリオットは反抗期とか思春期とかそのような青い単語をいっぱい思い浮かべた。
要は、取り扱いの面倒な年頃だ。
「聞いてます?」
エリオットの返事が無いことに痺れを切らしたらしい。
見れば見るほど年上女性ウケしそうな端整な顔立ちの中の、ローズに良く似た少し小さい厚めの唇が尖る。
見とれていたとでも言うのか、返事もせずに相手の容姿を凝視していた自分を、エリオットは少しだけ恥じた。
「あぁ、一応二箇所アテはある。一つはフィルに居る俺の師匠、そこで無理なら王都に行かないとダメかな」
そして間髪入れずにクリスの突っ込み。
「貴方の師匠と聞いた時点で今からテンションが下がりますね」
「お前、一言多いんだよ」
やはり気は合いそうに無いようだ。
何にせよ、行き先はエリオットの当初の予定通りとなる。
彼らは荷物を整え、田舎街を後にしたのだった。
【第一部第一章 繋がる糸 ~第一印象は最悪です~ 完】