青い薔薇の軌跡 ~a phantom chief~ Ⅲ【完】
それから半月も経たぬうちにローズは行動に移していた。
高い城壁や堀があるとはいえこの国の城は何箇所も天を仰ぐ回廊があり、ローズが入って出る分には容易だ。
後は城内での動き次第。
城内支給されている物と同じ使用人の服で歩けば目立つことも無く、黒く長いスカートの下にいくつもの道具を忍ばせて堂々と夜の城内を闊歩してやった。
時は夕餉時。
この時間ならば居ないはずの王妃の部屋へ、本来ベッドメイクをするはずだった侍女を眠らせて代わりに入る。
一面を細かい細工で飾った、赤を基調とした床の部屋。
そこに鎮座する無駄に大きなドレッサー周辺を片っ端から漁ってみたが……流石にあれくらいの貴金属となると別に保管されている、と考えたほうが自然だったか。
舌打ちをして、ローズは予め予定していた逃走経路に向かった。
現時点では何も公になっていない。
見つかったなら暴れてやるところだったが、このままならば次に忍び込むことを考慮して静かに退却したほうがいいだろう。
ローズの目的はクリスのチェンジリングを解くこと。
これが出来なくなってしまっては、元も子も無い。
けれど、最後の最後で邪魔が入ったのだ。
少しだけ物足りなさを感じていた、そんなローズの想いを汲み取るかのように……
「そこで何を?」
入ってきた時同様に回廊の先の中庭から出ようと、噴水の裏で高い城壁を見つめながら翼を広げた時である。
後ろ、というよりは横から男の声。
声がした方向にローズが振り向くと、しっかりとその深い緑の両目で彼女を捉える青年がいた。
洗練されたラインの優雅な衣装は、青年が警備兵などではないことを示している。
国王と同じ髪と瞳の色、少し曲のある短い髪、何番目かは分からないが王子には違いない。
いや、雰囲気が比較的「普通」であるからして一番下だと推測は出来た。
上二人は、居るものの少しおかしなところがあるとローズは聞きかじっている。
変化前ならまだしも今のローズの背中にはメイド服を突き破らせた白い翼があり、服装が天女のようなら何か演技で誤魔化せたかも知れないが、この城のメイド服を着る天使がどこに居るものか。
見つかった時にはその相手を始末することを考えていたけれど、まさか王子に見つかるだなんて、と僅かに臆する気持ちが作らせた数秒の無言時間。
ローズが返事をしなかった間、彼は彼で目にしているものを考察しようとしていたらしい。
そして、言うに事欠いて、
「……メイドだってたまには羽を伸ばしたい時もある、か」
「何言ってるの馬鹿じゃないの」
一人頷きながらうまくもないことを言った青年に、ローズは本気で突っ込んでしまった。
彼の性格を鑑みれば、まだメイドだと認識していることを伝え、ローズに下手な言い訳をする機会を与えていたのだろう。
だが作って貰ったチャンスを自ら不意にするローズに、これ以上誤魔化しようが無いと言わんばかりの困り顔で、彼は深く溜め息を吐いた。
「馬鹿ですまないね、盗賊さん」
暴言に怒ることもなく素直に謝る、王子らしき男。
そしてその発言一つでどこまで把握しているかを暗にローズへ示す。
ローズは長いスカートをたくし上げて、太腿から短剣を二本取り出した。
刃物の登場に一瞬だけ眉を顰め、それでも一切足を後ろに引くことの無い彼の余裕は、王子の割には肝が据わっているとローズに思わせる。
ただ甘やかされているわけでは無いのだ、と。
青年は向けられた刃の輝きから目を逸らしていた。
明らかにわざと作られた隙に、逆にローズの出足も鈍る。
短い時ではあるが、張り詰めた空気。
いや、それはあくまでローズだけだったのかも知れない。
この王子には通常の刃物など一切通用しない為、相手がどんな武器を構えていようがお構い無しなのだから。
そんな無駄な機をローズが窺っていると、先に動いたのは王子のほう。
「記憶では窃盗を重ねるだけの小物だった気がするが……随分危ない橋を渡るんだな」
動かしたのは口だけ。
ローズをすぐ様捕まえようとするわけでもなく、何やら話しかける。
この王子はローズがどの程度の犯罪者なのかまでも覚えていたようで、軽犯罪者相手にそこまでの危機感を感じていないのか、とその時のローズは思った。
そして、そこから彼女が想像したのは……刺激の足りない城での生活に飽きていたお坊ちゃんが、珍しいものを見つけて構っている。
そんな構図。
不安要素だった彼の一貫した余裕も、そう思うとローズには本当にただの馬鹿に見えてきた。
「王妃が行事衣装と共に身に着けている大きな琥珀のネックレス」
「え?」
「あれが欲しかったの」
完全にこの王子を軽視したローズは素直に目的を伝えてみる。
すると、彼にとってローズのこの反応は予想外だったのだろう、呆気に取られて若干ペースが乱れた。
「欲しかった、と言うことは何も盗めていない?」
「小物には難しかったみたい」
恐る恐る聞く彼に自虐的な笑みを浮かべてローズが答えると、彼には理解しがたいことだったらしく不思議そうに首を傾げる。
「そんな、入る前から分かりきったことを……」
彼の言う通り、確かに今回の件は今までと違って成功するとは思えない賭けのようなもので、保守的でなくとも「やめておくべき」だった。
けれど、
「僅かな賭けに出てでも手に入れたかったのよ」
何としてでも手に入れなくてはいけない物なのだから、結局避けては通れない道だ。
そんなことよりも、噴水の裏で見にくい位置とはいえ、王子の立っている場所は廊下から丸見えである。
早めに退却させて貰いたいところを、変なことを言われてのせられた感が否めない。
誰かを呼ぶ気も捕まえる気も見えないが、何にしてもこのまま長居をするのはまずいだろう。
ローズの返答に対して彼はというと、
「そこまでして手に入れたい物が貴金属とは……」
裏にある事情を知り得なければ当然の反応を示した。
「欲しい物が何でも手に入る貴方には、そこにある想いなど理解出来ないでしょうよ」
乾いた笑いを堪えるかのような顔の動きを見せる彼へ、言い放つローズ。
その後に広げた彼女の翼に、一瞬だけ余裕をかなぐり捨てた憎悪が突き刺さる。
それはすぐに元の平静を保つべく散したが、何やら気に病んでいる部分でも掘り下げてしまったのか、視線を逸らした彼の口から不満が溢れ落ちた。
「何も知らないくせに……」
悪態を吐いている、というより何かを静かに思い返している王子。
この反応からするに、何かしらの不自由な思いはしているのだろうな、とローズも察することは出来た。
でもだから何だ、という話だ。
「それはお互い様」
そう、先に決めつけてきたのは彼のほう。
もし勘違いされたくない、知って欲しいのなら伝えたらいいだけのこと。
いつだって選択肢にあるそれを選ばないのは他でも無い自分自身。
何があったにしろ、そんな程度の浅い不満を口にしているようでは……大した人間では無い。
ローズはそう切り捨てた。
噴水の向こうに人けが無いことを確認してから高い城壁へあっという間に飛び乗った白い翼を持つメイドは、王子には届かないであろう高さから見下ろして言った。
「ここは多分見逃してくれるのよね、まぁ今更誰が来ても捕まらないけど」
「その翼があるから、か?」
「えぇ」
夜空の下で、天と地を、他人とローズを隔つのは紛れも無いこの翼だろう。
持っていた短剣を迷うこと無く王子の顔面目掛けて投げてみたが、一切身構えていなかったにも関わらず短剣は片手一本で払い落とされてしまった。
一応丸腰でありながらも刃物を怖がらないだけの実力があることが分かる。
となると、口封じするよりもやはりこの場は逃げたほうが得策だ。
ローズは決して人殺しの腕に長けているわけでは無い。
もう一本の短剣は大人しく鞘に仕舞い、
「いいでしょ、この翼」
「……とても、ね」
それがその時の最後の会話。
長いスカートの裾をつまんで軽くお辞儀し、笑顔を置き土産にローズはその場を颯爽と飛び去った。
最後に振り返ったなら彼の想いをローズはもう少し拾えたのかも知れない。
けれど、興味が無かった彼女は一度も振り向くことなく空を行き、その後、予め取ってあった近隣の町の宿部屋に窓から入って一息吐く。
再度ネックレスの在り処を調べ直すにしても、宝物庫の中を把握しているような人物を探すだけでも途方も無い作業になる。
いっそ、王妃が着けている時を狙って直接奪ったほうが早いかも知れないくらいだ。
――だが、この後ローズはそれどころでは無くなってしまう。
城に忍び込んで見つかった以上、何も盗んでいなくともあの王子が口を割れば小さくも騒ぎになるだろうとは思っていたが……予想を上回る、というか完全に想定外過ぎる展開が彼女を待っていた。
数日後、ローズの懸賞額は有り得ない額にまで上がっていたのだ。
城とはいえ、忍び込んだだけでは説明がつかない。
どういうことなのかと調べてみると、どうもローズは『何かを盗んだ』ことになっているらしい。
そこに王子の我儘も相俟って更に増額されていたのだと知るのは後の話。
とにかく現時点では大きな謎が一つ。
……自分は何も盗んでいない。
あの王子が嘘を吐いた? 何の為に?
でなければローズが忍び込んだことを聞いた他の従者がこっそり彼女のせいにして何かを盗んだか。
普通に有り得るならば、後者。
この額からすると公にされていない『盗まれた物』は相当の代物であることが伺われ、とんだ濡れ衣を着せられたローズは、目立つと自覚している容姿を更に隠し誤魔化しながら生活する羽目になっていた。
それでも休めるわけにはいかない手を汚し、闇に浸かりながら、大切な人の為にひた走る。
すると、相変わらずハズレを引かされることの多い遺物探しの合間で、調べ物をすればするほど不思議な事実が浮かび上がってきた。
「また行き着かない……」
表面上の情報は拾えるのに、ある程度掘り下げていくと途端に調べがつかなくなるのだ。
何の件かというと、女神の遺産についてである。
レヴァが言っていたように両親から聞いていたお伽噺が事実なら、女神の遺産はつまり元々女神自身。
用途の基本は殲滅に破壊、かなり物騒な代物であることが予想出来た。
ならばそれらを……妖精の呪いに近い、妹にかけた術式を壊す以外にも使えたなら便利かも知れない、と思って合間に調べている。
なのに使えそうな物の情報や所在は、発見されている以上どこかにあるはずなのに全く分からないのだ。
詳細がはっきりしない程度の情報が載っている古書の写しは見つかるが、最新の情報がとにかく見つからない。
その事実は、明らかに『女神の遺産』そのものが隠蔽されているということに繋がる。
寝る時以外はほぼ装着したままのウィッグを外し、照明を消したローズは一先ず酷使した脳を休ませるために狭い机から離れて暗がりの部屋を伝う。
倒れ込んだベッドは宿泊費相応の安い物。
安眠を誘うには物足りない寝床ではあるが、今のローズには十分過ぎるくらいだ。
うつらと瞼を閉じ、何もかもから解放されたような疑似感を得るけれど、「そんなわけが無い」と時折照らしてくる月明かりが彼女を起こして……結局その晩も熟睡は出来なかった。
そして、次の目星をつけている富豪が居る街へ向かう途中の話。
ローズは薄花の外套で体型を隠し灰青の帽子を被って、一見すると多分男にも見えなくない服装をしながら、寂びた暗い酒場で黙って考量していた。
暗躍している存在は権力があるにも関わらずそれらを完全に行使出来ていない、そのような印象をローズは受ける。
情報の隠蔽一つにしても中途半端過ぎやしないか。
していないだけなのか、それとも何か制限があって出来ないのか。
表向きこの国は平穏を保っているし、あの時の少年が言ったように理由なき無理が聞くような環境ではないのかも知れない。
本当はこれももっときちんと隠蔽したかった『事実』なのかも知れないな、とあまり表に出回ってはいない絵本を手に、ローズは酒を口につけてその紅に唇を濡らした。
見た目はただの絵本。
だが内容がローズの知るお伽噺に酷似している上に、遺物の情報がいくつか載っている為、手に入れた書類はすぐに処分するのにこれだけは手放せない。
物語だけに関してはローズの知るお伽噺のほうがずっと詳細が語られていて、この絵本は意味もよく伝わらないくらい省略されているのだが……
遺物の情報だけならまだしも、この痴話喧嘩までもを一緒に隠したい理由だなんてどこの誰にあるのだろう、とローズは不思議に思っていた。
既に物語の詳細を知っている彼女には、大人になってみて、この争い続ける二人の神が本当はとても仲が良かったのではないかと思えてしまっていた。
何故ならこの女神は他の神々とは違い、その横暴な一人の神の王に、最後の最後まで何もされなかったのだから。
意見が食い違い、揉め続けながらも、最終的に女神が自分を犠牲にすることで二人の縁は切れてしまう。
それは何だか、神同士というよりはただの男と女みたいな気が彼女にはしていた。
……馬鹿馬鹿しい。
何の足しにもならなさそうな推論は捨て、酒の席での小さな情報達に耳を傾けようとした時だった。
「変装していると思っていたが、まさかそんな格好とはな」
急に背後から男の声がして、それと同時に「何か」がローズの視界を一瞬上から下へ通り過ぎる。
一切感じていなかった気配が突然現れたこと、そして明らかに素性がバレた上で話しかけられていること。
両方に鼓動を早く打たされるローズの胸。
その胸に何か重い物が掛かるが、泳ぎそうになる視線を正面一点に見据えるだけで精一杯で、背後に居るのが誰なのかすら確認出来ないままそれでも辛うじて返答した。
「何か用?」
「いくつかね」
首の後ろを何やらいじられて非常に鬱陶しいが、意に介さぬ振りをして、聞き覚えのある声に記憶を洗い出す。
すぐに一人の人物に行きついたが……その人物がこんな場所に居るわけが無い。
でも、そんな風に思考を巡らせながら自分の胸元に手をあててそこに掛けられた「何か」を把握すると、先程の否定は打ち消された。
「何これ、プレゼント?」
随分ずっしりとしたネックレスは、その重さだけで比重の重い金属が使われているのが分かる。
中央には大きな宝石も填め込まれていた。
物自体に視線は向けていないが、きっとこの宝石は琥珀だろう。
思い当たった声の主と繋げて考えるとそれしか思い浮かばない。
背後の男は微笑しながら放たれた問いに、否定で答えてきた。
「いや、それは君の物だ。君が……盗んだことになっているから」
「……そうなの」
正直、これほどの動揺は久々に感じたとローズは思う。
自分が何も盗めずに去った城で、王子が自分の代わりにブリーシンガをくすねて、それを人の仕業にしていただなんて誰が想像出来る。
大胆な行動に驚かされながらも感情は表に出さないローズに、後ろから少しがっかりしたような声が聞こえた。
「もう少し驚くと思ったんだがなぁ」
「驚いてるけど? 王子様は予想以上に城での生活に退屈してたみたいで」
随分機転が利く行動を取ることが出来るようだが、それでもこの王子はやはり物凄い馬鹿なのでは無いか。
何だかこう、人間的に。
驚きを呆れに変えることで気持ちを落ち着かせたローズは、なるべく周囲に響かないように声を潜めて投げ掛ける。
「で、要求は何?」
振り返ってみると予想通り、見覚えのある緑の髪が視界に入る。
確かに王子になどお目にかかる機会は王都でも行かないと無いからそこまで隠す必要が無いのかも知れないが、一応勝手に抜け出してきたのだろうから、せめてその高そうな服は着替えて来いとローズは言いたくなった。
表面上は、下心見え見えで、よくローズの周囲に集まる鬱陶しい奴。
美人だの好みだのと煽てては言動通りに擦り寄って来る、初めて見た時の王子の仮面を捨てて来た、大変残念な男だった。
でもそれだけでは腑に落ちない点を、ローズは見逃したりしない。
ブリーシンガを盗み、城を出て、自分に会いに来るだなんて大それたことをするには、理由として少し弱い。
そこまで惚れられるほど、ローズはあの時彼と強い接触などしていないはずだ。
だからと言って本人が語ろうとしない事情に踏み込むつもりもなく、いつも通り、今までの男と同じように上辺だけの付き合いを彼女は続けた。
まさか最期に願いを託す相手になるだなんて……思いもせずに。
とても便利な男だけれど、どこか食えない。
そんな彼からのアプローチは、今までローズが受けた中で一番最低で最悪だったと言っていいだろう。
彼女とようやく顔を合わせた彼は、真剣な面持ちでこう言う。
「俺、子供あまり好きじゃないんだけど大丈夫?」
どういう意味なのか、分かるのだが分かりたくない。
「……順を追って説明して頂戴」
けれど、彼のその最低で最悪なアプローチから、全ては始まったのだ。
【この箱庭よりも大切な人に 完】
本当に最後のオマケ四コマ漫画!三本立て!
↓ブログからの転載です
言わせたい男と、いやらしさ皆無で容赦なく言う女。
チェンジリング用のアイテム回収中のお話。
この頃のエリオットは目的も知らずに手伝ってたんですなw
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↓これは元小説からの転載です
クリスの服は某狩猟ゲームのコスです。
あとエリクリの外見がエピローグ以前のものです、ご了承ください。
↓こっちはエピローグ後の外見。描き下ろし四コマ。
四コマネタも原点回帰してみました(ゴンザレスに!?)
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これでこの作品は「完結」です。
とことん方向性と読者層がしぼれていない小説だなぁと自覚しているだけに
ここまで読んでくださった方々には本当に感謝しております。神様か。
裏設定紹介(神話由来部分を挙げたり、キャラの内面に触れたり)を
wikiにまとめているので、よければどうぞ。
ただし凄い長い。
https://ao3kani3.wicurio.com/
最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました!
※なおこの作品は、別サイトで書き上げた処女作の改稿版となります。
(一人称から三人称への改稿、一部展開変更、エピローグ追加、挿絵全差し替え)
原案漫画を個人HPにて公開:10年以上前(爆)
別サイトにて小説執筆開始:2011年3月8日 別サイトでの完結日:2012年2月24日
なろうへ改稿転載開始:2013年10月3日 なろう版完結日:2014年3月7日