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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第十五章
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君の選んだ未来 ~この箱庭よりも大切な人に~ Ⅲ

 しかし、何だか尋常ではない喜び方をし始めているエリオット。

 元気よく短く返答した後、彼は未だにその顔のにやけを戻すことが出来ずに居る。

 やってしまったクリスとしてはそうやって受け止めて貰えたらとても楽になるけれど、この違和感は何なのか。

 本当に助かったことだけでこんな喜び方をしているのか。

 綺麗な笑顔とは程遠いにやけ顔を見ていると、クリスは逆に不安になってくる。


「あの……そこまで喜んでいい状況なんですかコレ?」


 先程の説明を考えたらそうは思えない。

 するとエリオットは流石にだらしない顔はまずいと思ったのか、口元を手で隠しながらその喜びようの理由を話し始めた。


「よく考えてみたら、俺的に願ってもない展開になってることに気がついてなぁ」

「そ、そうなんです? それなら良かったですけど……」


 結果オーライというわけか。

 自身をこんな目に遭わせた神も居なくなり、体は無事戻ってきた。

 先のことなど考えない気にしない彼にとっては喜ぶ点も多いのだろう。

 クリスはここまで喜べないけれど、喜んでくれる人が居るのなら救われる。

 それがエリオットなら尚更だ。

 だが彼はその後の発言で、クリスの上っ面の幻想を見事に打ち砕いてくれる。


「あぁ喜べ! 王都に一生居る理由が出来たじゃないか!!」

「……はい?」

「だってそうだろ、いつ解決するか分からない、そもそも解決しなさそうな問題を運命共同体として抱えていくんだからな!」


 腕を組んでふんぞり返って高笑いをし始めるレモン男の発言の意味をよーーく考え、まずそのあまりの不謹慎さに呆れ、次にクリスはそのことでここまで喜ぶ彼の態度に何だか恥ずかしくなり、かける言葉が見つからなくなってただ黙った。

 確かに以前、理由も無しに王都に留まれないとは言ったし、その時エリオットには随分と引き止められた記憶がある。

 でもそんな風に楽しく過ごしていいのだろうか。

 少しも罪を背負っている気にはならない、むしろエリオットにとって好都合なら何の罰にもならない。

 無理して自分自身を責め立てる必要は無いのかも知れないが、クリスとしてはやや心苦しい気がする。

 ……というか、何故自分までもがそのような理由で一緒に喜ばなくてはいけないのか。

 いきなり何を言い出す、このレモン。

 ここは否定しておかないとまずい、とクリスは既に随分と熱くなっている顔を上げて叫ぶ。


「あ、あのですね! 確かに同じやることが出来ましたけど、一生王都に居る理由にはなりませんし、大体何でそれを私が喜ばないと……」

「嬉しくないのか?」


 なのにエリオットはクリスの発言を遮って、答え辛い質問を切り返してきた。

 嬉しくない、と嘘を吐いてしまえばそれで済むのに、出来ない。

 だからと言って素直に嬉しいとも伝えられない。

 返事が出来なくなってしまったクリスに、凄く喜んでいたエリオットもその顔の緩みを引き締める。

 そして、


「あー……すまん」


 耳に響いてきた軽い謝罪の言葉は、クリスを怒らせるに足るものだった。


「何で、謝るんですか……」


 どう考えても言葉のやり取りだけ鑑みたなら謝るシーンでは無い。

 自分が何で落ち込んでいるかその理由も知らないくせに、取り敢えず落ち込ませたみたいだから謝っておこうみたいな彼の精神がクリスの狭い心に引っかかる。

 しかしそこで彼は、クリスの予想と異なる返答をしてきた。


「順番が違うと思ったからだ」


 エリオットはその場にしゃがみ込んで指で床に何かを掘り始める。

 この建物の床は指で掘れるような材質ではないので、その特殊な魔力でごりごりやっているのだろう。

 何を掘っているのかと少し近づき一緒に屈んでそれを見ると、クリスには見てもよく分からない記号みたいな文字。


「何ですかこれ?」

「古い言語の一つで、多分お前の種族のものだ。女神の遺産関係の書物はこの言語で書かれていて俺は凄く大変だったんだぞ」

「へー」


 自分の種族のもの、と言われてもクリスには全く読めないが。

 一文を掘り終えて彼は言う。


「で、この文はハーギュールアカムオシュトって読む。聞き覚え、無いか?」

「はーぎゅーる……」


 何故か勉強会が始まった状況に文句を言いたいところだったが、復唱しながら徐々にクリスは思い出していた。


「ぎゅるぎゅる!!」

「あーそうそう、それそれ」


 それは列車の中で散々聞いたのに答えてくれなかった言葉。

 今このタイミングでその講義を受ける必要があるのか分からないが、それよりもこの呪文に対しての疑問のほうが大きい。

 折角教えてくれるのなら教えて欲しい、あれだけもったいぶっていたのだから。


「どんな意味なんです!?」


 怒っていた気持ちはどこへやら、自分の種族の言葉かと思うとそれも相俟ってわくわくしながらクリスは聞く。

 そしてエリオットはほんのちょっとの溜めの後に、その単語の意味をぼそっと呟いた。


 ――クリスの耳に届いたのはいわゆる愛の言葉。


 突っ込みどころを探そう。

 きっとここはエリオットがボケたのだ。

 でもどこから突っ込んでいいのかクリスにはうまく察することが出来なくて、だんだん頭の中が真っ白になってきて、呼吸をするのも一旦止まる。

 ずっと自分で書いた文字に視線を向けたままだったエリオットがちらりとクリスを横目で見て、反応を窺っていた。


「な……」


 何を言っているんですか、と返そうとしたが動揺し過ぎて息も言葉も詰まっているクリスに、エリオットの次の台詞が追い討ちをかけた。


「俺の物になれとは言わんし、そんな立場でもねーから求めない。それに俺がお前に与えられるものは多分少ないだろう。だからやっぱりちょっと勝手かなーとは思うんだけどよ」

「ええと、この単語の意味が、そそそソレなんですよね」


 勉強会がまるで告白みたいになっている状況に、クリスの声も震え、目も泳ぎ、手の平も汗ばんでくる。


「でも傍に居られるなら出来る限りのことをしていきたいっつーか……って、何してんだお前」

「し、深呼吸をちょっと」

「このタイミングで!?」


 驚きつつも素晴らしい突っ込みを入れた彼は肺の中の空気を全部出すくらい深く息を吐き、半眼でその金の瞳を流して言った。


「本当にこれっぽっちも気付いてなかったのかお前は」

「何がですか!」

「俺がお前を好きだってことだよ。ちなみにお前が俺をだーい好きなことは、俺知ってるからな!」

「ぎゃーーーー!!」


 クリスは叫ぶと同時に隣に居たエリオットを突き飛ばし、彼がどうなったかも確認せずに猛ダッシュでその場を離れ、近場の瓦礫に身を隠す。


「っつ……そこはせめていやーとかじゃないのか、何だよぎゃーって……」


 突き飛ばされた拍子にどこかにぶつけたのか、腰をさすりながらぶつぶつ言っているエリオット。

 何であんなことを普段通りのテンションを保って言えるのか。

 クリスはとてもではないが恥ずかしくて正気で居られない。

 過呼吸に陥りそうになっている。

 落ち着こう、と現状確認をすることにした少女。

 気持ちがバレたから何だという。

 以前から知られていたのならばもう今更恥ずかしがる必要など無いではないか。

 全部分かった上で彼は今まで素知らぬふりで行動してきていたのだ、レイアにもしていたように……

 そう思った瞬間ぶわっと溢れてくる涙。

 彼を斬る覚悟をした時だって耐えたのに、どうして今更こんなことで泣いてしまう。


「おい! 泣かなくてもいいだろ」

「だって、酷いじゃないですか……」

「うぐ」


 何で今ここでそれを言うのか。

 少なくともクリスはレイアみたいに気付いてはいなかったのだから、黙っていて欲しかったと思う。

 そうすれば無駄に傷つかずに……


「ん?」


 気持ちがバレていたことに動転してすっぽ抜けていたが、その前に彼は何と言っていただろう。

 思い返してみるが、クリスの中の事実と先程の告白は、全く重ならないものだった。


「嘘つかないでください!」

「何だよ急に!?」

「からかわないで貰えます!? 私エリオットさんの女性の理想像とはかけ離れている自信がありますよ!!」


 特に最重要事項であると思われる胸が無い。


「んなこたぁ知ってるわ! 俺もどうしてこんなのがいいのか聞きたいくらいだっつの!」

「わっ、私だって貴方のドコが良いのかさっぱりですよ! 毎度毎度無茶ばかりして!」

「それはお前もだろ!?」


 若干離れた位置からの為、自然と声が張り上がる。

 クリスは泣いていたはずが、気付けば涙そっちのけで言い争いに発展していた。

 それからお互いの悪いところを挙げ続け、ようやくそれも途切れてきたところで肩を落としながらエリオットは言う。


「話を……戻させてくれ」


 クリスの涙はもう引いたが、今度はエリオットが泣きそうだ。


「どうぞ」

「ありがとう……だからだな、その、一緒に居られて嬉しいことだけ先に言っちまったけど、何でかっつーと好きだからで」

「つい十数秒前、数々の暴言を吐き合った後に言う台詞ですかそれ」

「違うと思う」


 雰囲気もへったくれもありゃしない。

 この距離で、障害物も挟んでいて、しかもエリオットなんて地べたに寝転がり始めてしまった。

 ただ彼の言いたいことはクリスにようやく伝わった。

 エリオットが実は、クリスが自分の気持ちに気付く前から好いていてくれたこと。

 そして、近くに居る理由が出来ただけであんなに喜んでくれること。

 …………


「あの」

「ん? どうした?」


 身を隠していた瓦礫から手を離し、クリスは改めてゆっくりと彼に近付きその距離を縮める。

 勿論甘い理由などではなく、返答次第でいつでも行動を起こせるようにだ。

 彼は腕をつき上半身だけ上げて少女を見上げている。

 何にも考えていない顔だった。


「エリオットさん……婚約解消するんですか?」

「えっ!?」


 あぁこれはそんなこと考えてもいない反応だ。

 もうその態度だけで十分判断が下せると思ったクリスの足は、勢いをつけて彼のわき腹に直撃する。

 ごふっと体内で何かが上がってきたと思われる呻き声の後、痛みに腹部を押さえようとしたエリオットの腕ごともう一撃の蹴りが入ってから彼の頭上で罵声が響き渡った。


「生まれる前からやり直して来てください!!」


 エリオットの返事は無い。

 否、返事が出来ないだけである。


「質問が無ければ一先ず出ますけど、何かあります?」


 蒼白な顔をふるふる横に振り、彼はお腹ではなく、への字に強く結ばれた口元を押さえて必死に何かに耐えていた。

 中身が出ないように頑張っているのだろう。

 つまり、クリスを恋人という括りで隣に置けないことを分かっているから、別の理由にせよ傍に居ることになったのが嬉しいに違いない。

 立場が立場なのだから考えようによってはお互いが良いのならそれも一つの幸せの形かも知れない。

 傍に居られること自体は彼が言う通り嬉しい……のだが、クリスは恋愛に関して達観など出来なかった。


「もしエリオットさんが姉さんの時のように……全部捨ててくるくらいの覚悟が出来たら、その時はもう一度さっきの台詞を聞いてあげます。でもその時が来ないことを……祈ってますね」


 その時が来ないことを心から願えるかと言ったら大嘘だ。

 でもこれが、クリスが選べる精一杯の答え。

 エリオットには、クリスとは違い、立場がある。

 どちらかというのならば彼は断られたようなものなのだが、エリオットはあまり落ち込んでいる様子も無く、


「あー、スッキリした」


 だなんて呟いていた。


「……確かに」


 今まで悩んでいたのは一体何だったのか。

 いや、違う。

 今までの気持ちでは悩むしかなかった。

 今はある意味一つの結末を迎えて、だからこのことも一歩を踏み出せたのだ。


「ごめんなさい、言わせてしまったことだけは謝りますね」


 自分の気持ちを知っていたなら、随分素直じゃないとその目に映ったことだろう、とクリスは思う。

 つい先程も嬉しいと返答出来ずに固まって、だから彼に言わせることになってしまった。

 言わなければ、もう少し違った関係を続けることも出来たのに。


「振られ慣れてるから安心しろ」

「謝ってるのはそこじゃないんですけど……もういいです」


 本当にこの男は周囲を呆れさせるのが得意である。

 クリスは凄く脱力させられて、申し訳ない気持ちがどこかへ吹っ飛んでしまった。

 自分に後ろめたく思わせない為の態度なのか、と一瞬だけ思ったがこれは多分素だ。

 決してそんな優しい配慮から出た言葉では無いはず。

 黒い奴は戻ってくる様子が無いし、あちらでまだ何かしているのかも知れない。

 その間にクリスは別件を済まそうと思った。


「レイアさんが心配なので、ちょっと見てきます」

「居るの!?」

「外に居ますよ」

「おま、早く言えよ馬鹿!」


 好きだろうが告白後だろうが、暴言は吐くらしい。

 慌てて起き上がったエリオットは体を起こした一瞬だけ顔を歪めたが、きっちり二本の足で立った時にはもうそんな素振りは見せずに問う。


「どっちだ?」

「え、ええと……大型竜が寝ていた辺りを出てすぐです」

「分かった」


 急ぐエリオットの後を追って向かった先では、レイアとフィクサーが居た。

 クラッサを討ったのはレイアだが、フィクサーは彼女を責めることなくその場に佇んでいる。

 ただ、亡骸を地に置き捨てていられなかったのか、その腕にクラッサを抱きかかえ、表情に影を落としながら。

 クリス達が近付いてきたことに気がついたフィクサーは、落ち込んでいることを誤魔化すように話しかけてきた。


「お前ら何をやっていたんだ、こっちは大方状況説明も終わって……いや、やっぱり答えなくていい」


 彼はエリオットを見て直前の問いを棄てる。

 エリオットの腹のあたりには靴の跡がついていて、色々暴力的な想像が出来ることになっているからだ。

 フィクサーの話だと周辺にあった精霊武器は全部消えているらしく、やはりレヴァの能力によって焼失させてしまったというのが濃厚になる。

 ただ器を壊したところで消すことの出来ない、精神体、精霊達。

 それらを無に還せるほどの呪を持っていたのがレヴァであり、だからこそ神はあれほどまでにその存在を危険視していたのだろう。


「俺は、創造主がこの世界を具体的にどうする気なのか少し聞いたんだ。だから材料さえあればどうにかなるかも知れないと思ったんだが……」

「いつ聞いたんです?」

「お前が空飛びながらアレと話していた内容だ」

「あの話、理解出来たんですか」

「俺にはな」


 表面上はクリスに普通に接しているフィクサーだが、勿論その胸中は穏やかでは無い。

 けれどそれでも怒り出したりしないのは、一番責められるべきは自分だと分かっている為である。

 二人の仲間を殺されるようなことに巻き込んでいたのは自分なのだから、クリスも、レイアも、必要以上に責めたりなどしない。

 どんなに腹の中で憎んでいたとしても。


「お前達、この世界の水文学はかじっているか?」


 フィクサーの問いに、クリスとレイアが首を横に振った。

 代わりにエリオットが答える。


「この世界の雨ってやつは、ミーミルの森にある大樹が降らせているんだ。その水が川や泉となり、それが最終的に行き着くのが、世界の端ってやつなんだけど……要はあれだ、大樹が降らせた雨という力は、大樹に戻ってきてないんだ。つまりそれは、この世界の循環がうまく出来ていないことを示している」

「その水は、どこに消えているんです?」

「この世界の端には、何がある?」

「何も無いような……ひたすら続く山くらいじゃないですか」

「あれは正確には山じゃなくて蛇なんだよ、でっかいな」


 この世界は、いわば箱庭。

 決して球体などという理に適った形ではなく、大樹を基盤として創り上げられた平らな大地。

 その端を囲う為の、大蛇なのだろう。

 だがそれは、世界としては不完全。

 女神が危惧していたように、大樹の力を借りるばかりで循環していない。

 それはいつか与える側が尽きてしまうことを容易に想像出来る。

 女神はこの箱庭を壊そうとしたけれど、ただ護りたかっただけなのだ。

 本当の命の源である、大樹を。

 そして神は、そんな女神に心を動かされ、この箱庭に手を加えようとしていただけ……


 けれどそれは、クリスにとってのこの箱庭(せかい)よりも大切な人の為に、その遠い未来の希望を焼失させて終わった。


 大切な人の為にしたことがあまりに大きな被害をもたらしていて、クリスはその説明を聞きながら後悔してしまいそうになる。

 自然と、言葉が出なくなる。

 そんなクリスに気がついたエリオットは、少し場の空気を変えるようにフィクサーに問う。


「ここで水文学が出てくるってことは、その循環を繋げる作業を神がやろうとしていたってことか?」

「ああ、そういう言い方だった」

「楽しそうな目標だなあ、国をまとめるよりは、よっぽど」


 エリオットの軽口にレイアがバッと顔を上げて口を開いた。


「お、王子!?」

「無理だ、レイア」

「何が無理なんです……ッ!」

「お前は、不老の王を平然と受け入れることが出来るのか?」

「……えっ?」


 エリオットは自身の金髪を指で梳きながら、隣の男の黒い双眸を、金の瞳で流し見た。

 自分がただ言うだけでは、この家来は素直に聞き入れないと思ったからである。

 王位が嫌だとかいうエリオット個人の感情を抜いた、第三者の意見を聞かせてやれ、と。

 フィクサーは尻拭いをさせられているような状況に溜め息を吐きつつも、エリオットが言わんとしていることを述べた。


「神は、ソイツに降りた時に……その器をもう一つ改変している。憶測でしかないが、多分、不老にな。ただ髪を染めただけとは思えない。老いていては永遠の器として使えないから当然のことだろう。不死性が見られないのは、きっと不死にするための魔術が他の魔術に干渉するからだ。他のビフレスト達はそれで失敗しているからな」

「と、いうことはつまり、どういうことなのでしょう?」

「あんたもそこの女神の末裔と大差無い知能なのか?」

「す、すみません……」

「普通に考えて、そこのソイツが表舞台に出ていられるのは、もって十年ってところだってことだよ。流石にヒトが十年間老けなかったら怪しまれるだろ?」


 エリオットを、普通の王にすることは出来ない。

 フィクサーはそう言った。

 不老の王として永遠に君臨させることは出来るだろうが、それは民の心を思うとかなり危険な賭けでもある。

 少なくともレイアはそのような圧倒的な力と権限による不変の王政を求めているわけでは無かった。

 ミスラや王妃はそれをしようとしていたのであろうが。

 だからこそ、エリオットの城での立場が悪くなるのはミスラにとって都合が悪かったのだ。


「城に帰ったら俺は、出来ることを出来るうちにする。この世界を創り変えるには国の力も必要だからな。裏でのパイプを確保しつつ、俺は表舞台を去る手筈を整えないといけない」

「いずれは死んだことにする、と?」

「そうするしか無いと俺は思っている」


 レイアは膝を突き、赤土にその服を汚した。

 尽くしていた人を王にするという……思い描いていた彼女の未来が、崩れ去ったのである。


「私は……どうすれば」


 目の前が真っ暗になって弱音を吐く幼馴染に、エリオットは容赦なく吐き捨てた。


「そんなもん、自分で決めろよ」

「おっ前、酷いな!」

「何が酷いんだ? 別に答えは無いんだ。何したっていいだろ」

「そりゃそうなんだが……」


 フィクサーが食い下がるように渋るが、エリオットは開き直って顔をきちんと上げている。

 エリオットは単純に、自分がレイアの運命まで背負う立場ではないことを分かっているのだ。

 既に彼女の想いを蹴っておきながら、それ以上何かをして欲しいなどと個人的に頼むことはしない。

 そして、自分が道を示さずともこの幼馴染は自分の進むべき道を分かっている、とも思っている。

 この先レイアが必ず選ぶであろうその道を、分かってはいるが言葉には出さなかった。

 それをレイアが選ぶのではなく、エリオットが示してしまっては……とても残酷だから。


 さて、ここまで黙ったままのクリスはどうしているのか。

 この少女、実は話についていけずに、ぽかんとしている。

 エリオットが十年くらいしか城に居られない、という事実は分かりやすかったので飲み込んだ。

 だが、そこからどうするのかとか、そういう部分が全く想像出来ていない。


「エリオットさん……結局どうすればいいんです?」


 ようやく出たクリスの言葉に、エリオットはどっと疲れを感じながら答えた。


「とりあえず、帰ろう」

水文学に関しての描写は、第三部の一番最初に描写されています。

ほとんどは北欧神話が元なので、私の創作部分は力の循環くらいです。

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