君の選んだ未来 ~この箱庭よりも大切な人に~ Ⅱ
そこのガキ、と呼ばれたクリスを、エリオットは見る。
そしてそれによって、随分長い間自分は気を失っていたのだろう、と彼は推測した。
周囲は随分崩れていて、天井に大穴まで開いている始末だ。
どれだけ暴れたのだと呆れるくらいに。
いやそれはクリスではなくエリオットに入った神が開けたのだが知る由も無い。
と、そこでエリオットは先程から自分の視界に入る金髪に気がついてある程度を察する。
何もせずに髪の色が変わるだなんて有り得ない。
しかも色が色だ、神が乗り移ると自動的に金髪にでもなるのか。
そのあたりの流れは不明だが、自分に少なくとも一度神が降りていたに違いなかった。
それを行ったであろう黒髪の男に敵意を剥き出しにして無言で睨みつけるが、当の相手はその視線などお構いなしに地面に魔術紋様を血で描いている。
紋様を見たならそれが傷を癒すものであることが分かり、予想通り彼は自身の腕の傷を癒してほぅ、と溜め息を吐いた。
「怪我って痛いなぁ」
何を当たり前のことを。
突っ込みも入れてやる気にならずそのぼやきを聞き流し、彼の怪我が治ったということは自分の怪我ももう治せるか、とエリオットはエリオットで怪我を治す。
更に王子の脳内で整理される状況。
神は一度降りている、次にフィクサーはどうやら自身の身体異常が治っている、そして……肝心の神はクリスによってどこかに消えた。
まとめてみたはいいが、一体何をどうしてそんな状況になる。
クリスに聞くのが妥当か。
そこでずっと黙っているレクチェの存在に、エリオットは改めて目を向けた。
怪我も治せたのできちんと立ち上がり、レクチェの傍に近寄って二人を見つめる。
レクチェは服と呼んでいいのか悩む布が赤く染まっており、クリスはクリスでぼろぼろだ。
「お前も何も分からないのか?」
エリオットの問いにレクチェはようやく顔を上げ、目を合わせる。
その表情は……決して芳しいものではない。
状況は良くない、とレクチェの瞳が告げていた。
数秒、思いを口にするのを躊躇うように彼女は唇をぎゅっと噤んで、それでも、と開かれた口から紡がれたのは、
「私に言えるのは、貴方と引き換えにこの世界の未来は閉ざされた、ということだけです」
「さ、」
更に分からんわ、と突っ込みたかったがそんな風に突っ込めるような雰囲気ではないレクチェの憂い様。
エリオットを差し置き、フィクサーが怪訝な表情でレクチェに詰め寄る。
「方法を探せばどうにかなったりは、しないのか?」
「……肝心の材料が、先程から見当たらないのです」
材料? 何の話だ。
それまでのやり取りを知らないエリオットは訝しげに二人を見ることしか出来ない。
フィクサーはレクチェに言われるがまま周囲を見渡し、その顔色をどんどん青褪めさせてゆく。
そして、
「何をやりたかったんだ、このガキは……っ!!」
怒りに震えて、それでも女の子であるクリスに掴みかかったりしようとしないのは彼の性格か。
代わりにその怒りの矛先は理不尽にエリオットに向く。
急にフィクサーの拳が振りかかり、どうにかかわしたエリオットは勿論キレた。
「っ、何すん……」
「予想の斜め上を行き過ぎだ! 一体どんな育て方してるんだよ!!」
「はぁ!?」
ここでまさか子育て指南を受けるとは思わなんだ。
エリオットの子供でもない、大体においてもう成人した娘のことを。
何なのだこの状況は。
そこでフィクサーはやっと、器だった王子に詳細を話し始める。
神がやろうとしていたこと、その為の材料にクリスや精霊武器といった『元・女神』が必要だったこと。
なのにその術の詳細を知る神も居なければ、材料の一つである精霊武器も何故か無いこと。
つまりは先程レクチェが言っていたように、エリオットと引き換えに他の希望が全て失われているということ。
「…………」
無茶苦茶だ。
反論しようもなく開いた口は塞がらず、ただ黙ってエリオットはレクチェのふくよかな胸で熟睡状態のクリスを見ていた。
確かにエリオットならやりかねないことだ。
そのような遠い未来のことなど、エリオットは知らない。
自分には関係無いし、だからどうした、と切り捨てるだろう。
誰かがとても素晴らしいことをしようとしていた。
自分のやりたいことがそれとぶつかった。
それで自分のやりたいことを諦めるほどエリオットは善人では無いので、一人で決断したのならば結局はそれに対して食って掛かっているに違いない。
でも、それがクリスの手によって行われてしまった。
どう考えてクリスが行動したかエリオットには分からないが、結果としてエリオットは世界と引き換えに救われている。
その事実は、笑えるほど彼の肩に重く圧し掛かってきた。
自分でもそれを選ぶと思う、思うけれど……エリオットは決して『選んでいない』。
寝耳に水状態でそれが目の前に降って来たのだ。
どんな酷いことを言われようが、どんな目で見られようが、自分で選び行動してきた結果ならば甘んじて受け入れる。
受け入れられる。
だがこれは違う。
けれどクリスを責めることも出来やしない。
エリオットは結果としてこの場にこうして立っていて、それは礼を言い尽くせないほど有り難いこと。
つまり、やり場の無い心苦しさだけが残って、意図せずクリスにそんなことを『させてしまった』罪の意識が面白いくらいに目の前をぐるぐる回っていた。
どうしたら逃れられる?
エリオットにしては珍しいことだった。
何故なら償いの方法を必死に考えているのだから。
この状況をどう正せばいいのか……それは結局、一つしか無い。
「やるよ」
頭を抱えながらふっと王子の口から出た言葉に、フィクサーもレクチェも表情に疑問符を浮かべている。
「でもお前らも手伝え。絶対……俺だけの責任じゃねぇ」
そう、こうなるに至るまでに、色々な人物が関わってきていた。
自分の体を治す為に動いていた被害者であり加害者である男も、神の手足となっていたビフレストも、それら無くしてこの結末にはならないのだから。
「セオリーやクラッサはどうしたんだ?」
となるとあの連中も一蓮托生だろう、そう思って名前をあげたのだがそれに対して渋い顔をするのは、名前を挙げられた者達の上司。
「セオリーは……死んだ。そこのガキがやったらしい」
「な……」
アレを一人でやれるほど強かったか。
いや、誰かと一緒にやったのかも知れない。
そのあたりは深く掘り下げず、ただエリオットは……結果としてローズの仇を討ったクリスに半分だけ感謝して、半分だけ悲しく思っていた。
やはり、それをさせてしまったことに。
「クラッサさんは、私がここに着いた時には……亡くなっていました」
次にレクチェがクラッサのことを伝えると、フィクサーはそこで唇を強く結んだ。
自分の体を元に戻したい。
その願いの代償に、近しい者が二人とも死んだ。
それは彼の決して強くない心を抉るような事実である。
このような危険なことに巻き込んでいたのだから、いつかそうなってもおかしくなかった。
それでも、きっと大丈夫だ、などと何故思えていたのか。
二人の実力に過信し過ぎていたのか。
フィクサーは顔の歪みを手で物理的に戻すと、エリオットに黒い瞳を細く見据えて問う。
「で、それが何だって言うんだ」
「なってしまったものは仕方ないだろ。じゃあやるしかないって言ってんだよ」
「何を……」
「お前が言ったんだろうが。放っておいたら大樹が朽ちるんだろ? そうならないようにしなきゃ未来が無いんだろ?」
呆気に取られたままのレクチェから、エリオットはクリスをぐいっと引っ張り上げて、未だにぐーすか寝ている状態のその顔をピピピと軽く往復ビンタ。
くしゃっと嫌そうな表情になって、クリスの小さい唇はもぞもぞと動く。
「生きが良すぎます……」
「そうかい」
完全に寝惚けているようなのでエリオットは引き続き、今度はもう少し強めに往復ビンタをかまし、ちょっと赤くなってきたクリスの頬。
にも関わらず起きないクリスは、今度は何を言うかと思えば、
「む、無理です……エリオットさんが捌いてください」
「起きろ!!」
どんな夢を見ているのかよく分からないが、この少女が全てをめちゃくちゃに終結させたのかと思うと色んな意味で情けなくて、八つ当たりするようにエリオットは叫ぶ。
すると世界一の問題児が、その頭上に澄み渡る空と同じ色の瞳を薄らと開いた。
そして、多分現実の世界に戻ってきたのであろうクリスが最初に目にしたのは、
「っわあああああ!」
エリオットの姿。
ただし、クリスにとって金髪のエリオットは敵である。
神である。
とにかくこの場から逃げなくてはという気持ちだけが先立ってクリスの右拳がエリオットの顎にクリーンヒットした。
悲鳴もあげずに倒れたエリオットから急いで離れ、腰の剣を抜こうとするが鞘は空。
自分は一体剣をどこにやってしまったのか。
そう思ったところでクリスもだんだん記憶が蘇ってきた。
レヴァを全力で振り切って、辺りが火の海と化したあの景色。
けれど少なくとも焼き斬ったはずのエリオットの体は健在で、周囲を見渡すとレクチェとフィクサーは目を丸くして自分を見ている。
ルフィーナは居ない。
どこまでが夢で、どこまでが現実なのかクリスにはわけが分からなくなっていた。
でもエリオットを殴った拳は確かに痛い。
ということはこれが現実に違いなかった。
「こ、これはどういう状況ですか……」
クリスの呟きに、その長い金髪を肩と地面に乱しながら、エリオットの口がくわっと開く。
「俺が聞きたくて起こしたんだ!」
「え!?」
「お前一体最後に何をしてこうなったのか、って聞いてんだよ!」
「何って……」
勢いよく聞かれるので、素直にクリスはあの時のことを思い返していた。
だが、直後にその違和感に気がついて結局思考が止まってしまう。
このノリはどう考えても本物のエリオットではなかろうか、と。
殴られた顎を右手で撫でながら表情を顰めている彼は……とても見慣れた、内面のだらしなさが隠しきれていない表情と仕草。
「エ……」
わなわなと震えながら立ち尽くすクリスに、周囲の三人の視線が降り注がれる。
彼らの視線を受けつつ、クリスは恐る恐るその事実を口にした。
「エリオットさんですよね? 何で熟していないレモンのままなんです?」
「誰か質問の意訳を頼む」
「ええと……クリスは髪の色が違うのが気になっているんだと」
レクチェが代弁して、それに対してエリオットは随分不満そうに、
「俺だって気になってたけど、そこは最初に指摘する部分じゃねーだろう……」
「そ、それもそう、ですね。じゃあ本題聞きますけど、何で生きてるんです?」
「まるで死んで欲しかったような言い草だな!!」
その突っ込みも大変健在だった。
髪と瞳の色を除けば先程まで中の人が違いましただなんて信じられないくらい、異常無しと診断を貰えそうな様子。
しかし喜びたいのに喜べないのは、この状況が全く腑に落ちないからだろう。
「そ、そういうわけじゃないんです……でも、私、確かにあの剣を」
と、自分でそこまで言ってもう一つの疑問が再度浮上してきて、クリスは先にそれを皆に問いかけた。
「……あの、私の剣と槍、知りませんか?」
「「知るか!!」」
その突っ込みがステレオで聞こえてくるのは、エリオットだけでなくフィクサーまでもが怒鳴ったからだ。
その剣幕に押されて後じさるクリスだが、フィクサーの歩みは止まらなかった。
「あの剣を振るったのまでは俺も見た。だが、お前の炎は周囲にあった物をほぼ焼失させていない。ならばお前しか知り得ないんだよ、お前が焼失させようとしたものってのは」
「私が、ですか?」
静かに頷く黒スーツの男は、真剣な表情で答えを求める。
「私は、エリオットさんもろともあの神様を焼失させようとしましたけど……」
「少なくとも、出来ていないように見えるが?」
「た、確かに」
エリオットは、無事だ。
「上っ面で使いこなせるような代物じゃないんだ精霊武器ってのは。そんな簡単な物ならばお前達は苦労していないはずだろう」
フィクサーの言う通りだった。
ニールですらも暴走に近いほどの威力を発揮させてしまったり、かと思えば全く特殊能力が発動しなかったり、精霊達は何て気分屋なんだとクリスは毎回思っていた。
けれどそれは、精霊のせいではなく持ち主のせい。
精霊の力は、持ち主の意志と力があってこそのものなのだから。
フィクサーはどこか遠くを見るような目で空を見上げ、でもすぐにかぶりを振って溜め息まじりに呟く。
「今、この場に見当たらないものは二種類ある。一つは直前までソイツの中に居た創造主の精神体。もう一つは……精霊武器だ」
「わ、私ニール達を焼失させようだなんて!」
「じゃあ何で無いんだ? 俺にはお前の気持ちは分からないが、少なくとも深層心理ではあれらをどこか疎ましく思っていたからこうなったんじゃないかと俺は思っている」
真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳は、そのまま吸い込まれてしまいそうな深い闇。
その言葉で、視線で、フィクサーはクリスの中の闇を抉るように掘り出し、探ってくる。
クリスは、ニールは大好きだった。
レヴァも、嫌いではなかった。
でもそんな彼らを自分は疎ましく思っていて、それがそのまま出てしまったと?
どうしてそんなことになってしまうのか。
本心、深層心理、何だか少し違う、でも……
ニールやレヴァが居なくなればいいだなんて思った覚えはクリスに無いものの、精霊武器という存在、そして神や女神といったよく分からない存在のお陰でこんな事態になっているのだと思ったことはあった。
いや、いつも思っていた。
そんなものの存在を知らないだけで普通に生活出来ていて、あんなものと関わらなければローズも死なずに済んだかも知れない、エリオットもこんな目に遭わなかったかも知れないのだから。
自分にだって……もっと違う生き方が出来ていたかも知れないのだ。
「私は……」
なるほど、結局うまく扱えてなどいなかったらしい。
表面上では意図していないものまで焼失させてしまうのだから。
自分が本当は心の奥底で何を考えているのか、自分で勘違いしている時もある。
覚悟を決めて剣を振りかぶったはずが、本心では結局エリオットを死なせたくなかったのだろう。
居なくなればいい、焼失してしまえばいい、と心の奥で思っていたのは『神と女神の対立という、クリスにとってはどうでもいい、興味も無いしがらみ』だったのだ。
彼らの存在の「本質」を実はどこかで疎ましく思っていたのかと思うと、それ以上言葉が出なくて俯くしかなくて……クリスは唇を強く噤んだ。
落ち込んだクリスから視線を外したフィクサーはふい、と顔をエリオットに向けて言う。
「この様子だと予想は悪い意味で当たっているってことだな」
「方法も材料も、焼失したってことか?」
「あぁ」
ふぅむ、と考える仕草をしたのも束の間、金髪のままのエリオットはフィクサーのように深く悩んだりせずにその後の言葉を軽く置いた。
「じゃ、頑張ろうぜ」
「さっきから思ってたんだが、何をだよ……」
眉を顰めて問いかける黒髪の男にそこで答えたのはエリオットではなくレクチェだった。
彼女は苦笑しながら立ち上がり、膝についた砂を払ってエリオットの意図することを述べる。
「他の方法を探そうってことだよね。頑張るね」
「っ!?」
レクチェの言葉を聞くなり、目を見開いて驚くフィクサー。
クリスには彼がどうして驚いているのかもさっぱりで、そんなやり取りをする三人を眺めていた。
するとエリオットが今度はクリスに向かって言い放つ。
「他人事な顔してるんじゃねえ。お前もだよ、お前も」
「え、ええと……何の方法を探すんです?」
クリスの問いに彼はやや渋い顔をしていたが、諦めたように息を深く吐いて少し長くなる説明をした。
ここでようやくフィクサーやルフィーナ、レクチェ達が困っていた理由をクリスはしっかり把握する。
そして、思っていた以上に自分のやったことがまずかった、ということも。
簡単に信じられるようなスケールの話ではないが、そんな非現実的な嘘をエリオットが吐く必要など無いし、吐くような性格でも無い。
「分かりました、頑張ります」
「何でそんな無茶振りをあっさり受け入れるんだお前ら!?」
最終的に快い返答をしたクリスに、フィクサーの大声が降りかかった。
「うるせぇよ」
エリオットはまず一言制してから、今度は少し控えめに言う。
「じゃあ何でお前は受け入れられないんだ?」
「そりゃあ……創造主が既に長い間方法を考え続けていたんだぞ? 材料さえあれば出来なくもなさそうだが、そうでないとなると今更俺達が探したところで見つかるはずが無いだろう」
「ネガティヴだなぁ。見つかったら儲けもんくらいでやりゃいいじゃねーか。ここで行動しなかったらルフィーナに嫌われるぜ」
ぐっ、と耐えるように黙る彼の顔が徐々に赤くなってゆき、何か言いたそうに唇は動くが肝心の声は発せられない。
そんなフィクサーの反応を見ながら頬を掻いて、エリオットは続きを話した。
「別にこの先どうなるとかどうでもいいけどよ、黙って見てみぬふりして過ごすにはちょっと重くね? 俺は自分が少しでも軽くなりたいから動こうと思うだけだ。てめぇが気にならんなら好きにしろ」
あっけらかんと言い放たれた言葉はちっとも他人のことを考えてはいない自分勝手な思想で、でも……クリスはこれが好きなのだ。
明快で、時にムカつくこともあるけれど、いや時にというかむしろ沢山あるけれど、このような生き方をしたらいつだって前に進めるような気がするから。
言うだけ言ってスッキリしたのだろう、両腕を高く空に上げて背伸びをし、そのまま彼の視線は高いところに向けられている。
もう喋っていないエリオットがどんなことを考えながらその空をしばらく見つめていたのかは分からない。
けれど、あまり悩んでいなさそうだ。
鈍感なクリスにそう感じさせるほど、今見えている空と同じくらいその顔は晴れていた。
「じゃあ、私は取り敢えず状況の確認に向かいます。クリスの力が実際どこまでどういう風に及んだのか分からないから」
「おー」
レクチェはそう言ってやんわりと風に乗るように浮いて、少し高いところまで飛んだかと思うと上空の強い風に髪を靡かせながらそのまま太陽が落ちかけている方向へ進み、その姿は見えなくなる。
相変わらず見た目も中身も「天使」な彼女をぼんやりと見送ってから、フィクサーはまだ少し納得のいかないような表情をしていたが何も言わずに歩き始め、壊れて危なそうな階段を一人上がっていった。
エリオットはそんな彼の背中に向かって声をかける。
「どうするんだお前。ちなみに協力しないと全力で追いかけてぶち殺すが」
「選択肢が無いじゃないか!」
「当たり前だ!」
普通に考えてこの二人は限りなく敵に近い間柄なのだから、積もった怨み、かかった迷惑、お互いの立場、様々なことを考えたなら協力関係にならないのならばそういう結論にも至るだろう。
もはやただの瓦礫と化している階段の上からエリオットを半眼で見下ろすフィクサーの声が廃墟に響いた。
「協力しないだなんて言ってない。他の精霊武器を見に行くだけだ」
「なるほど」
フィクサーも去ってクリス達は結果として二人取り残される。
折角本物のエリオットが戻ってきたが、色々な問題が山積みでクリスには嬉しさとかそういうものの実感が湧いて来ない。
エリオットが黙っていることもあってその沈黙が重苦しく、決して綺麗な解決をしたのではないこの結果を責められているような気分だ。
謝るか、謝ろう。
まずはごめんなさいをしよう。
「あの……」
「っっし!」
「えっ?」
エリオットは急に胸で握り拳を作って喜び始めた。
無事だったことがそんなに嬉しかったのだろうか。
そうか、確かにまずはそれを喜ぶべきか。
流石はエリオットだ、無駄にポジティヴである。
ごめんなさいよりも言うべきことがあったことに気がついて、超笑顔になっている彼にクリスも笑顔を作ってそれを伝えた。
「遅くなっちゃいましたけど、おかえりなさい!」
「おう!」
持ち主の想うがままに焼失させる滅びの剣は、この世界を滅びの道へと一歩進ませた。
それでもあの剣は……レヴァは、失うことで得るものを、確かにクリスに遺していたのだ。




