君の選んだ未来 ~この箱庭よりも大切な人に~ Ⅰ
◇◇◇ ◇◇◇
男には二つの誤算があった。
一つは、セオリーが居ないこと。
もう一つは、ルフィーナが居ること。
なるべくならこうなって欲しい筋書きと、こうなるかも知れない筋書きと……起こり得る事態に対して対処法を組み立ててはいたが、一つ目の誤算のせいで、二つ目の誤算の対処まで自分でするはめになるという事態に随分苦労した。
二つ目であるルフィーナの乱入は有り得なくは無いと思っていたものの、その場合はセオリーがどうにかすると思っていただけに、自分にそれまでもが回ってきたことにかなり手を取られる。
何しろフィクサーは……ルフィーナにとても弱いから。
本来ならば降りた神にこちらの願いを叶えさせた後、どうにか拘束して、また引き剥がしてやるのも有りだと男は考えていた。
自分の願いが叶うだけでなく積年の恨みをも果たせる、一番最高の流れだ。
しかし創造主のやろうとしていたことは価値観どころか次元が違い過ぎていて、止めるには気後れしてしまうようなもの……ならば、手伝う振りをしてやり方だけでもどうにか知り得、後に器を元の持ち主に返してやってから、その次元が違う目的だけをあの王子に押し付けてやればいい。
そこまですればルフィーナからもビフレストの女からも文句など出ない、と男は思っていたのである。
けれど先程の誤算の一つ目がまず一気に計画を崩してくれた。
例えこの世界の行く末を救うやり方を知り得ようが、創造主が降りて本来の力を完全に引き出せるようになってしまったあの器を、仲間無しでどう拘束するのか。
殺すだけならば女神の末裔に任せて済むが、拘束するというのは殺すよりも余程至難の業なのだから。
この時点でフィクサーはまず一番最善であろう道を心の中でひっそりと捨てる。
ビフレストの女にはどう言って諦めさせようか悩みつつ、取り敢えずは様々な機を伺う為に創造主の希望通り、収集していた精霊武器を見せようと上階に上がった。
そこで二つ目の誤算が目の前に現れる。
随分荒れた廊下で力無く肩を落とし、途方に暮れているのは間違いなくルフィーナだ。
こんなところで何をしている。
彼女はフィクサーの姿を見て、次に金髪に変わっているエリオットを確認し、一気に表情を変えた。
死んでもおかしくないような虚ろな顔に、怒りによって生気が灯される。
フィクサーの立場としては「そこまで彼女を怒らせることが出来ること」にある意味喜んでもいい事実なのだが、完全に脳味噌沸騰状態の彼女の剣幕は、彼にそんな部分に喜ぶ余裕を与えてくれなかった。
お願いです、状況を考えてください、俺に掴み掛かっている場合じゃありません。
そうは思うが言葉には出せずにごめんなさいを連呼する男を呆れ顔で見つめるのは創造主。
神には仲が良さそうに見えたらしく、創造主は先に一番問題の精霊武器を奪っておいたほうが得策と考えて一旦痴話喧嘩を放置し、再度下の階に下りて行く。
創造主が去ってくれたことで、フィクサーは何度かロッドで殴られながらもルフィーナに状況説明をすることは出来た。
久々に感じる痛みは半端なものではなかった。
元に戻して貰ったことを少しだけ後悔しつつ彼女の考えに耳を傾けると、予想通り彼女はビフレストの女と大方同じことを求めてくる。
仲のよろしいことで。
無理だろうとは言ったが聞く耳持たず、彼の体を脅しの材料に交渉しに行く始末だ。
いざという時は容赦なく彼女に命を絶たれるのかと思うと、フィクサーはもう涙も出てこない。
半分くらい好きにしてくれと投げやりで連れて行かれた先では案の定、何にも分かっちゃいないガキと創造主が言い合っているところだった。
羨ましいものだ。
フィクサーは、無知は罪であると考える。
知らないからやりました、では済まされないことが世の中には沢山あり、だから常に知ろうとすること、その姿勢が大事だと思う。
けれど、それらに縛られないことは……とても幸せだ。
知らないからその結果を背負わない。
何も知らないからその重さを知らずに動ける。
友人は、その先にあるものを知らず背負うことの無い少女を不快に思っていたが、フィクサーは素直にそれが羨ましかった。
少なくとも一歩を踏み出せることが、背負うこととはまた違った意味の強さを生む。
背負うことでその分の強さを身に纏えども、それを躊躇ってしまえば無意味なのだから。
自分はどうしたいのだろうか。
歳月を重ねれば重ねるほど、本当の自分の気持ちなど分からなくなる。
動こうとしても、動けない。
一番後悔をしたあの日もそれと変わらない。
友人の気持ちを思うと足が動かず、好きだった女性を護れなかった。
友人のそれ以上の凶行を強く止めて、しっかり傷を治してやることだってあの時の自分には出来たはずなのに……出来なかった。
この少女が同じ立場なら多分出来ただろう。
四年前、スプリガンの時の決断もフィクサーは聞き知っている。
自分ならばきっと手を止める状況で、この少女は止めなかった。
だから今回の予想の中にもそれを考慮した筋書きはある。
――もし救うのが無理だと判断した場合、この女神の末裔はきっと殺すのを躊躇わない――
気付いたらフィクサーはその筋書きを選んでいた。
クリスを煽り、友人を手にかけたのであろうこの少女に、好きな相手をも殺させるという筋書きを。
これを意図してやったのだと気付かれたら、間違いなくルフィーナには嫌われるだろう。
いや元々嫌われているような気はするけれど。
でもこの時の彼は、愛ではなく憎悪を優先したのだ。
意識した部分ではなく、つい、咄嗟に。
何の人間関係にも囚われない、ただ彼の中の純粋な感情は……どこまでも醜かったのである。
自分の人生を散々掻き回してくれた存在と、
自分の半生を共にした友人を亡き者にした存在が、
単純に憎い。
どうしたい?
決まっている。
そいつらも不幸にしてやりたい。
自分の幸せよりも、他人の不幸を欲する。
創造主はフィクサーのそんな心情を汲み取ることは出来なかった。
『これをしてはいけない』『まずい』理屈を分かっていながらも感情が先に立つ、心というものを真に理解出来ていなかったのが徒となる。
うまく動けなかった男が最後に動こうと思った方向は……復讐だったのだ。
腕の拘束は先に少し解いた。
視界が悪くなったことに乗じ、真っ先にルフィーナを空間転移で王都へ飛ばす。
手が完全にあいている彼女の場合、空間転移の魔術を打ち消してしまいかねないのだが、幸いにも彼女は創造主によって拘束されていたから楽に事が運んだ。
転移する直前の彼女の表情は、怖かった。
もし次に会うことが出来ても口も聞いてくれないのだろうな、と。
少しでもこの場から離して危険を回避させてやりたかったフィクサーの行いは、ルフィーナからすれば余計なお世話で迷惑極まりない自己中心的なものだった。
決して報われることのない下手な優しさは今も昔も何ら変わっておらず、飛ばされた先の王都で彼女が泣いたことを、彼は知らない。
様子を伺いながらようやく空に見えた二つの影。
その会話の端々を聞き取りながら、神のやろうとしていることが、世界の理を見ているフィクサーには理解が出来た。
やり方を教わらずとも、何となくだが筋道を想像することが出来たのだ。
しかしそこで斬り合いではなく取っ組み合いに発展し、展開は動く。
負けそうになった女神の末裔を視認し、フィクサーは自分の右腕の腱を切ってそれを止めた。
今の今まで痛覚も無かった為何の躊躇いもなく切ったのは良いが、元に戻った今それをするととてつもなく痛い。
その部分だけ無くなってしまえばいいのにと思うほど、その部分のことしか頭に入らなくなる。
気が狂いそうなくらい全神経がその部分へ集中し、魔術で治すどころではない。
……なのに、生きている、と実感が湧く。
フィクサーが自傷して創造主の足止めをした次の瞬間、周囲は全て赤く染まっていた。
血の色よりも明るい、朱に近い赤。
思っていたよりも広い範囲にあの精霊武器の力が舞い上がる。
思いのままに全てを焼失させる、滅びの剣。
炎に巻かれてフィクサーは死を覚悟した。
あの器とのリンクは自分からの一方的なものだから、創造主がどうなろうともフィクサーに被害は及ばない。
そのつもりで戦わせたのに、結局巻き込まれて終わりのようだ。
まるで炎が内側で燃えているような、体内が焼け付く熱さに気が遠くなり、膝をつく。
けれど目を閉じて全てを諦めたその時……ふっと急に熱さを感じなくなり、彼は何事かとその目を見開いた。
しかし彼の漆黒の瞳には、先程まで埋め尽くされていたはずの赤が映らない。
数秒の間に何が起こったのか把握するべく、彼が腕の痛みに耐えながら周囲を見渡すと、
そこには、全てが残っていた。
あの少女は一体何を焼失させた?
炎に巻かれたはずの自分の体は、確かに熱を感じていたはずなのに何も焼失していない。
少し先では、ビフレストの女がぐったりした女神の末裔を抱えてぺたんと地面に腰を下ろしており、もう少し先には創造主も居て、そちらも意識が無いのか倒れ伏せていた。
地も、空も、確かに一度あの精霊の炎に包まれていたのに……
「おい」
空気が焼け付くようなにおいが微かに漂い、確かにこの場が一度焼けたのだと思わされるのに、現状はそれを示さない。
手品か幻でも見せられていたのか、フィクサーはこの場で唯一意識があると思われるビフレストの女に声をかける。
「そいつは生きてるのか?」
「はい」
「……そうか」
自分で剣を振るっておきながらその炎に自身が巻き込まれるというのも考え難い。
そもそも少女の身は焼けてもいない。
多分意識が無いのは、後先考えずにありったけの力を込めてしまったからだろうと、レクチェの返答一つで彼は推測する。
精霊武器の力の源はあくまで持ち主のもの。
注ぎすぎて気を失っただけ、と考えるのが妥当だった。
じゃあ……もう片方はどうなっているのか。
急に起き上がられたら、という恐怖に耐えて、倒れたままの創造主に近づく。
そっと触れ、確認すべき事項を確認した時点でフィクサーの顔は引きつった。
それもそのはず。
フィクサーはこの器に創造主の魂と呼ぶに近いものを入れたが、その時勿論、勝手に抜け出したりなどしないようにきっちりと精神と器を繋いでいる。
創造主ですら自分ではすぐに解けない女神の理の術式で。
それが完全に解かれているのだ。
つまり、今この時点でこの器の中に創造主は居ない。
「っ!」
まずい。
そう思ったフィクサーは右腕の袖をまくってなるべく平らな地面を探してその腕の血で円形の陣を描き始めた。
それは数刻前まで、あの封じられた地下の暗室にあったものとほぼ同じ物。
今度は抜く必要は無いからその分は省かれた、入れるだけの陣。
もし寸でのところで創造主に逃げられたのだとしたら状況は大きく変わってくる。
またコレに入られたら堪ったものではないし、セオリーの居ない今、頼りたくはないが頼れるのは「自分と同じものを見てきた」エリオットなのだ。
感情だけ優先させるならば友の仇である少女の喜ぶことなどしてやりたくはないが、今きちんと再度物事を落ち着いて考えられる状況でそれを選ぶようなフィクサーではない。
全てがあのガキの思いのままじゃないか、と少しだけ心の中で悪態を吐きながら、完成させた魔術陣にエリオットの体を運んであの砂時計をひっくり返して傍に置き、術を発動させる。
「フィクサーさん……」
素直にそれを好意でしていると受け止めたレクチェは、優しい声色で彼を呼ぶ。
だが、
「もうその名で呼ばれる理由は無い」
自身の目的自体は達成された。
共に名前を捨てて暗躍した友も居なくなった。
今の彼は、体が元に戻ったにも関わらずどこか空しさを感じていた。
そんな彼の心情をレクチェはどう受け止めたのか。
返事はせずに、自分の胸に顔を埋める少女の頭を撫でている。
何が変わったのかもよく分からない状況。
全く色褪せることないこの景色が、いつかは滅びゆくという現実味の無い未来を提示された虚脱感。
基本、準備さえすれば後は待つだけの魔術の完了まで、男はまたぼうっと見上げた。
今度見ているのは光源宝石ではなく、太陽。
あれも自分とは次元の違う『生き物』なのかと思うとどれだけ自分が小さな存在かと黒髪の男は思い知らされる。
だんだん落ちゆくその日差しに顔を照らさせて、魔術の終わりと同時に男は、気がついたであろうエリオットに聞いてみた。
「ソール、だっけか?」
「……何の話だ」
「太陽」
「合ってるけど、やっぱり何の話だか分からん」
問いかけられたエリオットはまず何も考えず普通に返答をしたが、起き上がろうとして右腕の痛みに気がついて、自分が気を失う前の状況を思い出し慌てる。
「説明しろよ」
無論、そうなる。
だが説明しろと言われても半分くらいはよく分かっていない。
黒髪の男は少し悩んだ後、簡潔に言い放った。
「そこのガキが創造主をどこかにやった」
「もっと分からんわ!!」
扉絵のお城は、実際にある城を参考にしています。
参考資料:ノイシュヴァンシュタイン城、ボディアム城
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Neuschwanstein_Castle_LOC_print.jpg
http://everydaylifestyle.files.wordpress.com/2011/07/bodium4.jpg?w=500&h=375
なお、この章はいつもより長くなってしまいました。
最後ってことで大目に見てくだされば幸いです。




