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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第十四章
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黄昏 ~この世を治める者の運命~ Ⅴ

 何と潔い決断なのか。

 散々男の子扱いされてきた少女は、それでも本質は女なのだろう。

 何故なら、男はこんなに「男らしい決断」はあまりしない。


「ま、待ちなさいクリス!!」

「待ちませんよ、だって皆さんもうエリオットさんを元に戻す気は無いでしょう?」


 ルフィーナは随分慌てていた。

 だが、神もフィクサーもほぼクリスの決断を覚悟していたように落ち着いている。

 それはこの二人からすれば、クリスの言うように「元に戻す気など無い」からだろう。

 とはいえ少女の決断は、神としては困るもの。


「なるほど、救えないのなら諦める、と」


 考えを変えさせるように、彼女の決断を見下げて嘲笑う。

 そのような相手に、クリスは挑発されることなく訂正した。


「ちょっと違います。私は、私の願いの一つを捨てるだけです」

「……?」


 返ってきた答えが予想とは違った為、神の目がやる気の無い細さではなく、訝しむような細められ方になった。

 情の無さそうなこの世界の創造主にしてみたら、きっと分からないだろう。

 クリスの決断の意味。


 ――誰の為に、何をしたいのか。


 皆、いつだって人の為ではなく自分の為に何かをしている。

 一見周囲の為に動いているようなルフィーナやレクチェも結局は、幸せな誰かを見たい自分の為なのだ。

 人の為……その偽に近い善が悪いだなんてクリスは微塵も思わないが、そこを勘違いしてしまったらその時それは本当に偽善になる。


 あの時、何よりもローズを救うことを選んだエリオットも、あれは自分の為だった。

 エリオットはそれを「自分勝手」だときちんと自覚し発言した上で行動していたが、当時の幼いクリスはその言葉の奥にある意味を真に捉えていなかった。

 世界が滅びても構わないほど優先させるもの。

 彼の場合はそれが、ローズと共に居ることだったのだ。

 ローズを救うこと、では無く。

 では、クリスにとっての「世界が滅びても構わないほど優先させるもの」は何なのか。

 クリスはどうも今の時点で、エリオットと居ることを選ばせて貰えないらしい。

 なら、


「せめて、彼のやりたいことをしたいなってことですよ」


 それこそが、クリスが彼の為にしたいと思ったことであった。

 間接的にはエリオットの為だが、本質的にはそうではない。

 これからクリスがすることは、結局のところ「彼の為に何かをしたい」という自分の願いを行動に移すだけのこと。

 やりたいようにするだけのこと。


 自分に出来ることなんてたかが知れている、とクリスは思う。

 この世界を壊し、滅ぼす、そのような星の元に生まれてきてしまっていて。

 でもそれが少しだけ、役に立ちそうなのだ。

 あの史上最悪最強に自分勝手な彼の願いを叶えるには、お誂え向きなこの力。

 国のことなんて放り出して、神にやり返してやるだなんて馬鹿なことをしようとしてしまえる駄目男の願いを……

 彼の願いに自分の願いを乗せて叶えるなら、それもいい。


「私は、エリオットさんのかわりに貴方に仕返しすることにしました」

「それは、私を害すると同時にこの器を害することになるんだと、分かって言っているのかい」

「……ええ。一緒に地獄に堕ちてあげますね」

「またかい……」


 女神の自死に道連れにされてこの地に落ちてしまった神としては、気分は『また』なのだろう。

 だがそう思った瞬間、神はこの時、一人の男になっていた。

 他の神々を全て創世の材料にしたにも関わらず、敢えて残していた女神をこの少女の中に垣間見て。

 悠久の刻の果てに『彼女』の願いを叶えようなどと思ったのも、気まぐれではなく、その感情があったからである。




 ――必然だったのだ。

 その器(エリオット)女神の末裔(ローズとクリス)に惹かれたのは。

 器にするべく、神に限りなく同調させることに成功したその王子が、神の愛する女神、いや、女神達に心を奪われるのは当然と言えよう。

 本能よりも深いところに、刻み込まれているのだから――




 クリスは下ろしていた剣を正面に構え、切っ先を神に向ける。

 再度光り始めたレヴァの刀身は太陽よりも明るくきらめき、直視出来るものではなくなっていた。

 絶望の果てにクリスが見つけた答えは決して善いものではない。

 善か悪かで答えるならば、間違いなく悪だろう。

 何もしないことを選択したほうが余程「皆の為」に違いなかった。


 ――それでも、少女にはこの世界の未来よりも大切な人がいる。


 一瞬だけ陽炎のように剣に重なって揺らめいたのはレヴァの姿か。

 黒く赤い体、そして氷の瞳。

 初めて会った時のように振り向き様にその冷たい色の目にクリスを映して、消える。

 自分が、何をしたいのか。

 覚悟を決めたその心はそれがそのまま火種となり、刀身自体を確認出来ないほどに剣の炎は大きく膨れ上がってゆく。

 きっとこんなことの手伝いなどしたくないだろうに、それでもレヴァは力を貸してくれているみたいだった。

 申し訳ないな、とクリスが思った時、あの、見た目とは裏腹の優しげな声が少女の心に響いてくる。


『大丈夫です。貴方の火種は失うことを選んでいるにも関わらず、馬鹿みたいに前向きですので』


 相変わらず人を小馬鹿にした物言いの精霊に呆れながらも、クリスは一歩進んで、ニールを横に構えて太刀を受け止める構えを見せる神に近づいた。


『失うことで得るものが貴方にあるのなら良いのです。それと、あの槍の柄には剣を当てないでくださいね。無駄ですから』


 先程もこの精霊はそんなことを言っていた。

 その理由をクリスはまだ理解出来ていないのだが、槍の扱いが上手いにも関わらず神がずっと柄を中心に使うことと関係があるのだろうか。

 するとその疑問にさらりとレヴァが答える。


『ニールの柄は、呪の関係で折れることが無い為、ある意味完全なる盾としての機能を果たします』


 どうやら今のクリスとレヴァは、同調が出来ているようだ。

 ニールの呪は『神壁と帰還』であり、帰還という能力だけをクリスは実感していたが、実体化したニールが全ての攻撃を退けるほど硬いのもその呪に由来しているのかも知れない。

 今更過ぎる情報を貰ったクリスの表情が強張った。


『敵ながら天晴れですね。貴方より余程上手に使っているではありませんか』


 もう黙れ、という意味を込めてレヴァを一振りすると、周囲は一気に赤く染まって火の海のようになる。

 ここは既に地下だというのに更に足元が没していき、眩い光とそれを拡散してしまう煙で視界が悪くなってきた。

 これは確かに無駄に何度も振っていては敵どころか辺り一面を焼失させてしまいかねない。

 その威力にクリスは思わず息を飲み、レヴァを警戒する相手の気持ちも分かったところで、敵と対峙する。


「下手に振るえば私はおろか、この場に居る全員、それで済めばいいが最悪は全てを焼失しかねないと……君は知っているのかな」


 どうしてもレヴァを使わせたくない神が再度忠告してきた。


「知らないです」

「でも、関係無い、と」

「そうです。あの人ならきっとそう言いますから」


 で、多分「どうにかなるだろ」とか言うのだ。

 どうにかなる保障なんて……どこにも無いのに。

 もう焔や煙で全く見えないがルフィーナとフィクサーはまだ拘束されたままなのだろうか。

 出来ることなら少しでも逃げて欲しい気がして、クリスはそれをさせるように提案する。


「他の人達を解放しなくていいんです? 多分解放すれば彼女達は私を止めようと一旦貴方側につくんじゃないかと思うんですけど」

「私もそう思うよ」


 辛うじて煙の先に見える神の表情が渋い。

 その理由は聞かずとも分かったが、半分はクリスにとって意外なことだった。

 神はクリスが言う前に既にルフィーナとフィクサーを解放していたのだ。

 が、それにも関わらず二人はクリスに向かって来ていない。

 ということは、逃げたのか。

 正直なところあくまで「逃げられる環境だけつくっておく」という意味でクリスは言った。

 本人達が逃げないならば巻き込んでも仕方ないと思っており、そしてほぼ逃げないだろうと思っていただけに驚きを隠せない。

 創造主としても予想外だったのだろう、表情が不満そうだ。

 神は先程レクチェを自身で傷つけてしまったことを後悔していた。

 レクチェは他とは違い、間違いなく逃げないはずであり、クリスをも止めようとする中立の立場なのだから。


「じゃあ、晴れて一対一ですね」

「うまくいきそうで、いかないな。『君』とは、いつもそうだ」


 と言いつつ笑う神は、諦めてこの状況を楽しむことにしたのか。

 その瞬間ほんの、ほんの少しだけクリスにも神の心の中が見えたような気がした。

 やる気の無かった表情が、妙に人間らしくなっていて。


「そんなものですよ」


 全部思い通りになったら苦労しないし、面白くもない。

 勢いよく踏み出した足元はすぐに崩れ、クリスは自然と翼を広げて飛んでいる。

 神の頭上へ振り被った剣は天井一面を焼失させたが、その一撃を柄で受け止めたニールはやはり折れることなく、炎も神には向かわず、傷をつけられなかった。

 槍でそのまま払われそうになったレヴァの切っ先を、払わせないように先に一旦下げ、代わりにクリスは槍の柄を、両足で絡め取るようにクロスさせて挟み捻じり上げる。

 しかし大人しく取り上げさせてはくれるはずもなく。

 足元から串刺しにするように突き上げてくる光を避ける為に攻めは中断させられて、もっと上空に逃げざるを得ない。


「くっ、そ!」


 思わず、クリスの口から荒い声が漏れた。

 逃げるクリスを神も浮いて追い、纏う光を蛇のようにいくつも操りクリスに向かわせる。

 少し防ぎきれなかったそれは、クリスに触れるなり焼きつくような痛みを与えてきた。

 左肩と右足を少しやられてしまったが、あくまで少し。

 ハイになっているせいか痛みをそこまで感じずに、ダメージなど関係なくまたクリスも剣を振るう。

 本気の精霊武器相手にはビフレストの光は結局打ち消されてしまう為、魔力の光は補助代わりにして再び槍をメインに切り替えた神。

 そこまで高く飛んではいないが、視界の悪かった黒煙の中から、二人は一旦脱出した。

 色と表情は違えど、向かいに居るその器は間違いなくエリオット。

 よく見え過ぎて悲しくなるくらい。

 でも躊躇っても仕方ない、これは、彼ではないのだから。

 といって思い切れたらどんなに良いか……目を瞑って剣を振って当たってくれるならすぐに瞑るのに。

 煙が無くなって見えやすくなったはずのクリスの視界が歪み、最後の最後で情が邪魔をする。


「思ったんですけれど、貴方も私を斬れない理由があるんじゃないですか? 私の体が必要なら」


 割と躊躇い無く攻撃してくる神に対し、素朴な疑問を投げつけた。

 まさに神々しいという比喩の似合う光を纏いながら空に浮く神は、それにも関わらずもう、その顔は完全に人間そのもの。

 無気力な目つきは捨て、エリオットと大差無い表情のつくりで、笑う。


「精霊武器とは違い、女神の末裔と呼ばれる『彼女』は個体が死せる時、その女神としての力はどこへいくと思う?」

「すいません、何を言っているのかさっぱりです」

「……君がその手に持つ精霊武器の精霊と、君の体が秘めている女神の欠片は、同じような物だということさ。武器や体という器を壊したところで、消えてなくなるわけでは無い。女神なのだから」


 何を言いたいのか、この世界の理の夢を見ていないクリスには理解出来ない。

 だが、実際に経験しているので分かった部分もある。

 ニールやダインは、精霊武器を壊しても不可思議なもやになって、クリスの中に吸い込まれた。

 ということは、クリスが秘めているらしい女神の欠片も、クリスという器が壊れたところで消えるわけでは無い、ということなのだ。


「女神の末裔という形に使われている『彼女』の力は全体で1。それ以上にも以下にもならない。末裔の数が増えようとも、減ろうとも。つまり、女神の末裔が今ようやくここまで減った今、『彼女』の力は君という一個体に集中していることになるのさ。そして、君を殺したところでその力は消えるわけでは無い。それは他の女神の遺産も同様、目に見えずとも必ずどこかに彼女の力は滞留しているか、他の器に吸い込まれているはずだ。だが……それを探すのは非常に手間だから、なるべく君を生かしておきたいとは思うがね」


 神は要するに、クリスという器が無いと不便だが、万が一壊してしまっても問題無いと言っているのだろう。

 クリスが納得したと判断し、そこで神は構えていた槍を下ろす。

 そして、


「私は君を愛しているよ」


 エリオットの顔で、体で、神はそう言った。

 クリスの息が、一瞬止まる。

 自分に言っているのではなく、自分の中にある女神の力に言っているのだと分かっていても、あまりに唐突過ぎて頭も心も追いつかない。


「君が護ろうとした大樹を、私も護ろうと考えを改めたんだ。君がその想いを遂げられるように、君の全てを使ってね。私の大事なこの世界と君の大切な大樹を、君で繋ぐ。愛する君に私が出来る、精一杯の方法なんだよ……だから、」


 すっ、と左手が差し伸べられる。

 クリスの気の迷いに気付いた神は、ここでもう一度、譲歩しようとしてきた。

 その言葉はどれも次元が違いすぎてクリスにはむしろ怖く感じるような内容だったが、それでも、その内にある感情だけは痛いほどに伝わってくる。

 これも、愛の形なのだ、と。

 だが、


「その剣を渡して、私の物になるんだ」


 クリスを求めるその言葉は、一瞬にして少女の心を冷え切らせた。


「貴方も物扱いですか!!!!」


 クリスは全力で叫んだ。

 突っ込んだ。

 クリスの中の愛はそういうものでは無い。

 エリオットにも言ったが、物にするとかそういう次元で女を見るな、と異性と付き合ったことも無い生娘は思う。


「そんなだから! フラれるんです!!」

「え゛」


 クリスの酷い物言いに、神の表情が情けなく歪む。

 きっと、自分が女神にフラれたなどと思ったことは、一度たりとも無いのだろう。

 というか、フるフラれるだのというやり取りが神達の間であるのかどうかも謎である。

 その勢いに任せてクリスは剣でもう一度対面の敵を切りつけるが、そこは心を抉られた直後でも神。

 当然のように防がれて、クリスはそこから彼のわき腹に回し蹴りを放った。

 まさか蹴られるとは思っていなかった神が驚き、隙の生まれたところへ次は左手を振り被って顔面パンチ。

 いい感じにクリーンヒットをしたものの、今のクリスの蹴りもパンチも所詮は女の力のそれ。

 剣を扱いながら片手間で放ったところで、牽制になるかも怪しいくらいである。

 実際ほとんど力がうまく込められておらず、ただ神は予想外の攻撃に驚いただけ。

 すぐにそんな無茶な動きから突くべきポイントを見つけ、今度こそ……柄ではなく穂先を使い、クリスに振り被る。

 四肢を切り離して動けなくするまで、と言った彼の狙いは、クリスの両足だった。

 感情任せに何をやっているのだか、これではこの世界の未来よりも優先させることにしたエリオットの願いを叶えられないではないか。

 クリスがそう諦めそうになった瞬間、神の右腕の袖が急に赤く染まっていく。


「つっ!?」


 激痛に呻く、神。

 結構深い傷、しかも傷つけたらまずそうなあたりが傷つかないとこのように急に血は出ないだろう。

 絶妙なタイミングで生まれた隙に、クリスは「やれ」と言われているような気がした。

 よく考えたのならば誰の差し金か分かるのに、その時は何となくエリオットに言われた気持ちになって。


 だから今度こそ、躊躇わなかった。

 神の、槍を持つ手がだらりと下がったその時、クリスは炎を纏いすぎて刀身もよく見えなくなっている剣で、焼き尽くしてやるつもりで振り下ろす。

 ごう、と空気そのものが焼き切れるような嫌な音がする。

 振り切った時、クリスの目の前は全てが赤だった。

 レモンなエリオットの姿も、その背景にあるはずの崩れかけた建物や山も、何も見えない。

 ただ見える範囲が全て赤い炎の猛威で埋め尽くされ、金赤の光がついには空をも嘗める。


 光は持ち主であるクリスすらも取り巻いて意識を奪ってゆき、その後どうなったのか少女にはもう分からなかった。

 ただ、飛ぶ力も出ずに落ちながら最後に見たものは、赤い光の中に柔らかく放たれた金色の光。

 ずっと苦手だったあの輝きを、こんな時にぼんやりクリスは羨ましいと思う。


 ――だってあの光って、何かを創ることだって出来るんでしょう?


 失わせることしか出来ない自分にそれがあったなら、違う方法があったかも知れないのに。

 やっておきながらまた後悔。

 四年経った今も変わらずクリスは成長していなかった。

 無様な女神の末裔は、その欲しかった光に未練がましく手を伸ばして目を閉じる。

 誰かにその手を握られる感触がして、それは本能が生み出す不快な気持ちさえ除けばとても柔らかくて……心地の良いものだった。


【第三部第十四章 黄昏 ~この世を治める者の運命~ 完】

※四コマも絵もここには不要と感じたので、この流れのまま引き続きお読みくださいませ。

 オマケを楽しみにしてくださっていたらすみません><

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