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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第十四章
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黄昏 ~この世を治める者の運命~ Ⅳ

 そういえば、少年のビフレストが神の命令に従ってレヴァを狙っていたのだとすれば、今目の前に居るエリオットの中身も同じようにこの剣を他の精霊武器以上に危険視しているはず、とクリスは考える。

 あの時の少年の中身そのものが神自身だとはクリスは気付いていないが、とりあえずそこまでは考えが及んだようだ。

 『焼失』という呪をどういった意味でそこまで危険視するのか判断は出来ないけれど、レヴァがクリスに言い聞かせるように告げた言葉は、その呪など関係無しに自身が『失わせる』だけの存在であると示していた。

 その事実が圧し掛かってきたと同時に押し寄せるのはまず無気力。

 何もしない、クリスはそれが答えのような気がしてくる。


 ――あぁそうか。だから貴方は何もしたがらないんですね。


 自分を知っているから、レヴァは塞ぎ込むしかなかったのだ。

 何にも興味を示さず、なるべく語らず、あまり積極的に協力しないのも……協力したらどうなるか分かっているから。

 レヴァは精霊でありながらクリスよりもずっと自身の存在を疑問視し、憂いていたのだろう。

 ふわ、と火の粉が周囲を舞い始め、柄を握っているだけで伝わってくる剣の力。

 火の粉、という表現が合っているのかも定かでは無い、光が千切れたようなそれは床に落ちるとその部分を焼失させてゆく。

 まるで元から何も無かったように穴が綺麗に開いて、やはり炎のようで炎ではないな、とクリスはそれを視界に入れていた。

 クリスの雰囲気が変わり始めたことに気付いて、不愉快そうに舌打ちをしたのは神。


「それを……振るうんじゃないよ」


 流石に神ともなるとこの後どうなるか予想がついているのか、クリスを窘めるように彼は言う。


「じゃあ、エリオットさんを返してください」

「……どんなに姿形が変わろうとも、本質は変わらないね。いや、君がたまたま『彼女』に似ているのかも知れないが」

「御託を並べていないで分かりやすくお願いします」


 クリスの喧嘩を売るような台詞に、彼は特に気を害する様子無くあっさりと答えた。


「大事な物を護ろうとする時に、他の何の犠牲をもいとわない。そういう所がそっくりだ、と言うのさ。それを悪いとは言わないよ。だが……それで私を責める権利が果たして君にはあるのかい?」

「エリオットさんを助けたら、何か起こるような物言いですね」


 もう結界のような物は解いてしまった。

 神も彼の中に居る。

 これ以上何があると言うのだろう。

 レクチェが言っていた、すぐにエリオットを元に戻すわけにはいかないことと関係があるのか。

 クリスがその答えを聞こうとレクチェに視線を飛ばそうとしたその時、ずっと不在だった例の黒い男が、階段を下りてきて口を挟んだ。


「この世界が滅びる」


 真面目な顔をして面白くも何ともない冗談のようなことを言い放った黒髪の男は、その後うんざりした顔をしながら補足を付け加える。


「別に今すぐとか近い将来じゃない。多分俺達には関係の無いくらい遠い未来の話だ。ただ、今のところソイツに降りている存在だけがそれを防げる可能性があって、今お前の『エリオットさん』を救ったならその未来は間違いなく打ち消せない」

「な、何ですかそれ……」


 言っている内容は分かるが、何故そのような事態になっているのかがクリスにはさっぱりだ。

 だからレクチェはまだ待つように言っていたのか。

 でも、待ったとして、一体何をしたらそれがどうにかなるというのだろう。

 それにこの言い方だとフィクサーはエリオットを元に戻す気などもはや無さそうだ、とクリスは思った。

 一人、話についていけない少女をおいて、神が口を挟む。


「痴話喧嘩は終わったのかな」


 クリスの手の中にある剣はまた普通に戻っており、神に余裕が戻っている。

 しかし……痴話喧嘩とは何のことだろう。

 首を傾げたクリスの耳にその後聞こえてきたのは、ゴッという鈍い打撲音と、


「あだっ!!」

「いっ……た」


 二人の男の悲鳴だった。

 頭を抱えてまたしても蹲るのは神と……フィクサー。

 どういうことだ、と二人を交互に見ていると更に奥の階段から現れる一人の女性。

 彼女はいつもの長いロッドを手に持ち、短めのスカートの裾を揺らして言う。


「痴話喧嘩だなんて表現はやめてくれるかしら」


 服は血塗れたままだったが元気そうな様子の赤瞳のエルフに、クリスはほっとしたと同時に更なる不安を掻き立てられていた。

 彼女の思想からすると敵が増えたようなものだからだ。

 それでも過去に培った情が、彼女を見るクリスの瞳を沈痛なものにする。

 一瞬だけルフィーナとクリスは目が合うが、でもすぐにそれはルフィーナが先に逸らし、情けなく蹲っている金髪の男に向いた。


「こ、この頭痛は……」

「気付いたかしら? その器が欠陥品だってこと」


 そして足元に居るフィクサーの腰のあたりに蹴り一発。


「うべっ」

「ぐっ!」


 やられているのはフィクサーなのだが、リンクさせられている故に神も同時に呻いて痛がる。

 それを見てようやくクリスにも状況が分かってきた。

 レクチェは知っていたのだろう。

 彼女は落ち着いて、決して気を抜かず冷静にルフィーナの動向を見ていた。


「一応言っておくわよ。アンタとは理が違う方面の魔術を用いて掛けられているらしいから、気付いたところで簡単に解除なんて出来ないわ」


 その事実を伝える表情は悦に入っており、まるで積年の恨みを晴らすかのように恐ろしいほど歪んだ笑み。

 たまにこの人すんごい顔をするんだよなぁと記憶を辿った時、クリスが思い出したのは彼女の異母兄。

 半分とはいえ血が繋がっているのだと実感する。

 しかし彼女の行動でほんのり浮かぶその事実。

 中身が神であろうとも結局のところ器の頑丈度はエリオット、つまり普通のヒトだ。

 叩かれれば痛いし蹴られても痛い、治せるとはいってもとにかく痛いに違いない。

 神は苦痛が滲んだ顔を、今まで一切眼中に入れていなかったであろう一人のエルフに向け、


「女神の遺産を用いて呪でも施した、か……」

「そうらしいわよ~。こんなことを思いつけちゃうヒトが居たみたいね。虫けらに足元を掬われる気分はどうかしら」

「……この後に及んで何がしたい」

「これから創ろうとする世界の工程を説明なさい」


 それに対して神は鼻で笑い、光る手で槍を杖がわりに使いながら起き上がり、彼女に向き直って言った。


「少なくとも君に説明して理解出来るものでは無いよ」

「あたしじゃなくて彼にでいいわ」


 つん、と今度は軽めにロッドで背中を突かれて、嬉しいのか悲しいのか複雑な顔をするフィクサー。


「説明して……その後どうする気だい」

「どうでもいいでしょう。言わなければ殺すだけよ」

「言っても殺す、そんな気がするがね」

「あら、今の貴方を殺すにはフィクサーを殺すしか無いわ。でも折角教えて貰ったのにそれを理解したフィクサーを殺すわけにはいかないじゃない。それにそのエリ君の体が無いと、多分方法を聞いたところで無理じゃないかしら。つまり少なくともアンタを殺すことは出来ない、そう思わない? それとも……頑張れば他のビフレストでも代用可能とか?」


 彼女の意図することは何なのか、とクリスは自分の理解出来る部分だけ必死に聞き取って、且つニールを奪い返すタイミングを見計らう。

 そこでレクチェがクリスに少し近寄って来て、小声が届くくらいの距離となった。

 次にほんの小さく紡がれる言葉。


「あの説明が終わった後に、エリオットさんの拘束を手伝って貰っても、いいかな」


 深く理由を聞く必要は無い、とクリスは判断する。

 レクチェはあくまで『拘束』と表現していて、エリオットを見捨てるような感じでは無い。

 ルフィーナは脅迫めいたことを言って脅しているけれど、レクチェが困っていないところを見ると大方は彼女の予定通りの流れなのだろう。

 エリオットに直接手を触れることが出来ずとも、いざとなればフィクサーを気絶するくらいぶん殴れば簡単に片がつきそうだ。

 ルフィーナに殴られていようが抵抗の素振りを見せないフィクサーは、まだ一応レクチェと同じように信じても……いいのか?

 不安に揺れるが、エリオットを治す術を知らないクリスは、信用出来なかろうがその話にのるしかない。

 ゆっくりコクン、と頷いたところで神の視線が一瞬だけクリスのほうに靡いた。

 けれど彼はそれ以上クリス達は気に留めず、困ったようにルフィーナとフィクサーを見つめ、顎に左手をあてて考え込む仕草を見せる。


「大方やりたいことの予想はつくが、そこの男を護りながら自由を封じ、更に他三名の相手ともなると骨が折れるね」

「……だとよ。バレている以上、無理してアイツを元に戻してやる必要は無いんじゃないのか?」


 神のぼやきを受けて、疲れたようにルフィーナに語りかけるのは地べたに腰をおろしたままのフィクサー。

 彼は次にクリスの目を真っ直ぐ見ながら言う。


「聞いたところで俺はそれらを扱える力は持っていないし、元に戻ったアイツと協力したところで成功する保障は無い。そうしたら失敗だ。大人しくあの王子一人犠牲になれば……まるく収まるじゃないか。この神が道を踏み外すと思ったら俺が道連れにしてやればいい」


 言葉だけならばルフィーナに語りかけているものなのに、フィクサーはクリスに言うような視線と態度だった。

 エリオット一人犠牲になればいい、と。


「貴方が……言いますか!」


 ルフィーナが言うから正当性を帯びていたそれも、ここまでの流れのほとんどを自身の為に進めてきたこの男が言うことでは無い。

 よくもその口が、と込み上げるクリスの怒りが沸騰するその前に、レクチェが彼の発言を聞いて前のめりになるような姿勢でフィクサーに食って掛かった。


「それではお話が……!」


 レクチェの反論を聞いて瞬時に表情を怖ろしく冷たいものに変えたのは、神。


「やはりお前も一枚噛んでいたのかい」


 鋭い眼光がレクチェを射抜く。

 裏で手を組んでいたことがバレてしまったレクチェは慌てて身構え直すが、神は手に持った槍を素早く振り被って、隙を逃さない。

 投擲された槍は真っ直ぐにレクチェへ向かって飛んでゆく。

 彼女は精霊武器を完全にはガード出来ない上、早すぎる攻め手に避ける暇が無かった。

 だが、どう見ても直撃コースだった槍は不自然に曲がってその軌道を逸らし、レクチェのわき腹を抉るだけで終わる。

 ビフレストを討つのが役目のはずの精霊武器が……自らそれを拒んだよう。


 苦痛に歪むレクチェが槍撃で後ろ斜めに倒れかけ、クリスは神の手から離れたニールを取り戻そうと手を伸ばし、ルフィーナはロッドをバットのように振り被って、フィクサーはこれから自分にくるであろう一撃を諦めて受け入れるように目を閉じた。

 一部シュールな光景が混ざっているが、クリス達は至って真剣である。

 多分。


「ニール!!」


 クリスの呼び声にふわりと浮いた槍は、主人のところへ戻って来ようとする。

 が、代わりにクリスの体が何かによって突き飛ばされ、寸でのところで届くこと叶わず、光り輝く神の腕が伸びてきて槍を奪われた。

 少女を突き飛ばしたのは、神が出したと思われる光の塊。

 槌のような形を組んでクリスの腹に一撃喰らわせ、次にその槌はばらけ、いくつもの矢のように変化して降って来る。

 ニールを取り戻すことは出来なかったが次に襲ってきた矢は全て斬り払い、一先ず自分の安全を確保したところで他を見渡した女神の末裔は愕然とするしかなかった。

 ほんの数秒、レクチェへの攻撃が発端となって全員が動いたはずだったのに、この場にまともに立っているのはクリスと神だけなのだから。


「骨が折れるかと思ったが、そうでもなかったみたいだよ」


 クリスへ攻めると同時にルフィーナとフィクサーにも仕掛けていたのだろう。

 一瞬で彼らをビフレスト特有の力で迎撃した彼は言う。


「やはりこの器の脅威と為り得るのは君、か。未熟で幼くとも予め決まっている力関係通りの結果だね」

「分、か、ら、な、い!!」

「……主に勝てるような仕組みに創るような馬鹿な真似はしないということだ。君も今まで見てきただろう? この器の力の片鱗を。私の理における魔術も物体も全て打ち消す。つまり理が違う君以外の全て、私に逆らえるわけが無いんだよ」


 ふう、とそこで神は息を吐いて、次にその鋭くなった視線を移す先は、フィクサー。


「とはいえ、そこの男が舌でも噛んでしまえば私は死ぬに違いないが……まだそれはしないだろう。彼は私という存在の必要性をきちんと理解している」


 レクチェがよく使っているような光のヴェールは、ルフィーナとフィクサーのほうでは幾つものリング状になって二人をきっちり縛っていた。

 確かにあの状態でフィクサーが出来ることといえば舌を噛んで道連れだけだ。

 でも、それはしないだろうと言っていて、数分前のフィクサーの発言を鑑みれば頷ける。

 そして唯一、神と呼ぶには憚られるこの世界の創造者に逆らえるクリスはというと、


「……君は、この器に必要以上の手出しが出来ない。これに関しては全くの想定外だが、悪くない状況だ」


 にこりと口元だけ笑う神の言う通り、あの体を斬って殴って嬲って刺して晒して垂らすことまでは出来ても、最後のとどめはさす覚悟はクリスにはまだ無い。

 なら……自分は一体、この状況でエリオットの為に何をすればいいのだろう。

 再度襲ってくる無気力が、やはり何もしなければいいのだと言っている。

 そこで、剣の周囲に火の粉が舞う。

 何故この剣は持ち主が絶望する瞬間に同調してくるのか。

 何かをしようとしているわけではないのにまた赤い剣が熱く輝いて、勝手に力を帯びてきた。


「落ち着いたと思ったが、またか」


 険しくなる神の表情が、剣への恐れをまた示している。

 こんなにやる気の無い精霊が宿っているコレのどこが怖いのか、クリスにはさっぱりだった。

 それなりにダメージを与えられるには違いないだろうが、クリスが手出し出来ないと分かっているくせに怯える必要がどこにある?


 いや、どこかにそれがあるのだとしたら。


 試しに剣を一振りしてみると、神は慌てて飛び退く。

 が、特に何も起こらない。

 きょとん、としてクリスは手元の剣を見つめ、そうしているうちにレヴァの光は弱まっていく。

 火種……多分まだそれが足りないのだ。

 火種次第で如何様にも使える力は、炎に縛られているわけではない女神の呪。

 考えようによっては他の武器の呪に比べて自由度が高いように思える。

 しかし、どんなに自由度が高かろうとも結局は何かを焼失させることにしか使えない。

 決して何かを与えたり生み出すような力ではなく、失わせるだけの……

 クリスは、攻める手を止め、口を開く。


「私は、貴方がた全員が一体どんな思惑で動いているのか、さっぱり分かりません」

「そうかい」


 とん、と置くような相槌は、中身も見た目も随分変わってしまっているけれどエリオットのそれに似ていて、少女はぴくりと唇が震えてしまう。

 でも続けた。


「自分の生まれも知らない私にとって、貴方がたが言うようなごちゃごちゃした因縁もよく分かりません」


 だからクリスは自分の考えていることをそのまま伝えていった。

 スッと剣を下ろし、構えを解いて、まずは気持ちを鎮めるように。

 対照的に、亀裂だらけの地下で天井から漏れる細い光を浴び立つこの世界の創り手は、クリスの剣をその手から落とせるように、槍をきっちりと構えて視線を外してこない。

 隙は作らないようにしつつも、クリスは続ける。


「でも、一つだけ分かったことがあります」


 神の後ろでは、クリスが喋っている間にフィクサーが気付けば光の拘束を半分解いて腕だけはほぼ動ける状態になっており、遠めではあるが何やら短剣のような物を手にしていた。

 また何かをやりかねないフィクサーの挙動に、ルフィーナも横目でその意図を探ろうとするように様子を伺っている。

 少女は、倒れているレクチェを見て、事実を心の中で再確認してゆく。

 自分が創り出したものに情の欠片も見せないこの存在のことを。

 その知識などは自分達とは桁が違っていて、だからこそ何か出来ることがあって、その為に皆がそれを聞き出すまで手を出せないのだろう、くらいまでは分かった。

 だが先程の会話を聞く限り、それも多分無駄だ。

 まるで見通しているかのようにこちらの思惑を読む相手に小細工など通用しない。

 つまり、


「皆さんには悪いですけど、もうここまできたら……やるかやられるかですよね」


 ここでぶふーっとルフィーナが盛大に吹き出した。


挿絵(By みてみん)

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