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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第十四章
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黄昏 ~この世を治める者の運命~ Ⅲ

 そこには先程フィクサーと上階に上がって行ったはずの偽エリオットが一人で戻って来ている。


「大人しくここで待っていたようで何よりだよ」


 確かによく見てみるとエリオットっぽい顔だ、とクリスは確認した。

 ただ、凄く人生にやる気の無いような表情でもある。


「何か用ですか?」


 恨みも込めてクリスが睨むと、神は何も言わずに右手を光らせ始めた。

 何か攻撃でも飛んでくるのかと警戒したがその素振りは見せず、右手を光らせたままクリスに近付いて来る。

 意図が分からない。

 レクチェと一緒に、相手からは目を離さないで距離を取る。

 すると逃げ腰なクリスに対して彼はそこでやっと先程の問いに返事をした。


「手荒な真似をしようと言うんじゃない。その二本をこちらに渡して欲しいんだ」

「何の為に……」

「少なくとも悪いことに使うわけでは無いのは、君が気を許しているビフレストも知っている。むしろ、君が持っているほうが余程危ない……私はそう思うがね」


 物凄い皮肉だとクリスが感じてしまったのは、それを事実だと分かっているからだろう。

 どのような考えを持っていようが女神の末裔という存在は、何度も精霊達から言われているようにこの武器をもって世界に害を為すのが本来の役目なのだから。

 たまに見せる武器達の力の片鱗だけでもそれは容易に想像、実感出来た。

 でも今はダインのように自分勝手な精霊を扱っているわけでもなく、危ないからといって取り上げられる謂われも無い。


「お断りします」


 クリスの一言でムゥ、とやる気の無かった顔の唇だけが尖る。

 エリオットの顔で子供のような表情をされると違和感がする為、クリスとレクチェは複雑な心境でそれを見ていた。


「素直に渡せば当面の間は保障もしてやれるというのに、君はそれでいいのかい?」

「どういう意味です」

「抵抗するのなら、手足を切り落として動けなくするまで。実力行使する、とそういうことだよ」


 すらすらと出てきた脅し文句はセオリーにも負けない酷いものだったが、その話し口調があまりに平然とし過ぎている為、冷や汗がクリスの肌に滲む。

 食事をするとか睡眠を取るとか、そういうレベルでさらりと話す目の前の敵は、またその歩みを進めて右手を差し出した。


「さぁ選ぶまでも無いだろう。大人しく渡せばいい」


 渡す気は無いが、渡してしまったらエリオットの体がまずいことになるような。

 何故普通に受け取ろうとしてくるのだこの偽者は。

 それに先程まで一緒に居たフィクサーはどこへ行ったのか。

 上の階で何があって偽者だけ一人で降りてきたのか、疑問はどんどんクリスの中に湧いてくる。

 この通路は決して際限なく続いているものではないので、後ろに下がり続けるにも限度があった。

 上に開いた穴から逃げるのなら、あまりこれ以上後ろに下がって穴から遠くなるのも避けたい。

 どうしようか、とクリスが思ったその時だった。


「がっ!」


 急に神が声をあげて頭を下げた。

 一体何が起こったのか分からずにクリスもレクチェも足を止め、取り敢えず身構える。

 彼はすぐに後頭部を左手で押さえながら背後に振り返り、そちらに何も無いことを確かめてからまたクリス達に向き直った。


「い、今何か……だっ!」


 今度は横にぐわっと倒れるように神がよろめき、その金髪が揺れる。

 一人で何をふらふらしているんだろう、と呆気に取られていると、もう両手で頭を抱えながら彼は言う。


「……ちょっと尋ねたいが、この体は実は鈍器で殴られるようなレベルの頭痛持ちだったりしたのかい?」

「き、聞いたこと無いですよそんなの」


 そんなことを聞いてくる、ということは今そのようなレベルの頭痛にでも襲われているのか。

 エリオットの体に乗り移った不具合か何かかも知れない、とクリスは適当に結論付ける。


「れ、レクチェさん」


 何だかよく分からないがチャンスな気がして、続く頭痛に呻いている神にそっと近づきながら、クリスは問うようにレクチェの名前を呼んだ。

 しかし、


「フィクサーさんが今何で居ないのか、私には分からなくて……」


 つまり、機を伺おうにもレクチェ的には状況が掴めていないと。

 だが折角のチャンスを逃すのは勿体無い。

 クリスは、完全に頭を押さえて蹲ってしまった神の手を掴める距離まで寄る。


「形勢、逆転しそうですよ?」


 槍を構え、クリスは隙だらけの神を見下ろした。

 だが頭を押さえていた神の右手が急に伸ばされ、槍の穂先の根元を掴む。

 そしてそのまま彼は、痛みに顔を歪めながらもきっちりとクリスの手からまず一つ目の精霊武器を力づくで奪った。

 ニールを。


「何てことをっ」


 クリスの口から思わず出た言葉がそれ。

 何故ならエリオットは女神の末裔では無い。

 過去にニールを持って半死になったことだってあるのだから、その器で持っては無事で居られるはずが無い。

 勿論クリスはすぐに取り上げようとした。

 が、神の器となったエリオットの体は何故か無事なようで、クリスの手を振り払い、未だ頭痛に悩まされてはいるようだが見た目は怪我一つ無く、槍を手にしている。

 ……クリスの知る限りでは有り得ない光景。


「ほら、残りも素直に渡したまえ」

「何でそれを持てるんです……」

「持てもしないのに寄越せなどと言うわけが無いだろう。通常の肉体では持てないその理屈さえ分かっていたなら、持つにはどうすればいいのか、それらを踏まえて力を使いこなせばいい。違うかな?」


 小難しい説明をされてもいまいちクリスには理解が出来なかった。

 とにかく、エリオットはやりようによっては精霊武器を持てる体だったということ。

 彼はくい、と首を慣らすように曲げてその表情が元のやる気の無いものに戻る。

 頭痛は一旦治まったのか、後頭部をさすっていた左手も下ろされてきちんと槍を構え始めた。


「私は実を言うと、白兵戦は苦手なんだ」

「じゃあ、それ返してくださいよ」


 苦手、と言う割には槍を持つ構えが理に適っている。

 投げ槍であるニールの長さは二メートルも無いが、それをうまく身を軽く屈めて斜め上に突き出すようにクリスの胸にきちんと狙いつけていた。


「いや、でも槍だけは……得意なほうでね」


 クリスも同じなだけによく分かる。

 この状況が長剣で太刀打ちするには非常に難しいということが。

 何しろ得意なほうの武器を先に奪われてしまったのだから。

 しかし持てたところでニールが彼の命令を聞くはずが無いのだから、ただの良い槍でしか無い。

 レクチェも居ることだ、レヴァだけでも対抗出来る。

 そう思って剣の柄に手をかけようとしたのだがその手を切り落とす勢いで穂先が振られて、まずはそれを避けるように後退するしか無かった。

 一切の迷いも躊躇いも無いその速度に、コンマ一秒避けるのが遅れていたなら右手首が落ちていたと思うとクリスの喉が渇く。

 武器を取らせる気も無い、とそういう動きだ。

 そんな神の本気の一撃を見て、傍に居たレクチェが覚悟を決めたように一歩踏み出し、


「彼女は、クリスは決して貴方の世界に危害を加えたりなどしません。今むやみに傷つけて武器を奪おうとする必要は無いのでは」


 この価値観が異なる存在にあくまでも説得を試みる。


「危害を加えないと言うのなら何故武器をこちらに渡さない? 答えは出ているんだよ」

「それは貴方が彼女を不安にさせているからに過ぎません」

「いずれは材料となる存在に気休めを与えてやれ、と。なかなか酷なことを言うものだね、お前も」


 最後の台詞の意味が分からなくてクリスは眉が寄ってしまった。

 会話の相手であるレクチェには伝わっており、彼女の表情は吃驚したものに変わっている。


「それは……!」

「まさか理解していなかったのかい? 何故そこの『彼女』だけが例外だと思う」


 神は呆れたと言わんばかりに顔を緩く動かして、自身が創り出し、今まで手足としていたレクチェを見下げた。


「私はね、『彼女』の全てを使って、『彼女』の望みを叶えたいんだ。あの時……身を賭してまで私を改めさせようとした『彼女』の為にね。無論、全てを使っても補えるか分からないほどの作業ではあるんだけれど」

「そんな……っ」

「大体において、この世界の民ですら無い『彼女』を使うことにまでお前は難色を示すのかい? 私にはもうお前が理解出来ないよ」


 世界の歴史を見ていないクリスには、この神が何を言っているのかよく分からない。

 しかし……一つだけ確かなことがあった。


「どうでもいいです!!」


 そう、クリスは今、そんなことどうでも良い。

 今ならいける、と再度クリスは剣の柄に手をかけたが、会話に集中し周囲に気を配っていないように見えてそうではなかったらしく、神はすぐに槍を振るってクリスの動きを牽制する。

 更に、それだけでは終わらない。

 背中から金色の光を放出したかと思うと、それらが全て槍のようにクリス目掛けて降り注ぐ。

 飛んで避けようとしたクリスだが、一旦避けたにも関わらず光の槍は追尾するように追って浮いてくる。


「くっ!」


 未だ剣を抜かせてすら貰えていないクリスにはもうこれ以上為す術も無く、ダメージは免れないと思った。

 けれど目の前で光が光を撃ち落とし、それによって生まれた隙を使ってクリスはようやくレヴァを抜く。


「全部はフォロー出来ない、かも……っ」


 状況の進み具合は分からないが、相手がクリスに向かってきている以上、動かざるを得ない。

 レクチェも覚悟を決めたようで臨戦態勢を整えていた。


「十分です!!」


 背中の翼をはためかせる。

 飛んだクリスは彼の頭上から思いっきり剣を振り下ろして、それ以上の追撃をさせないように攻め入った。

 勢いのついた赤い刀身を、神は穂先ではなく柄の部分を使い両手できっちりと受け止め、


「君の呪は、やはり大したものだな、っ」


 女神の呪の効果の何かを実感したのか、そう独りごちて興味深そうに槍と剣を見つめていた。

 その後もレヴァの切っ先をうまく柄で払われ、しばらく攻防が続く。

 援護射撃となっているレクチェの放つ光の布ようなものも器用に槍の穂で斬り払い、本当に槍だけは得意なのだろうと思わされる捌き方。

 が、神の動き方には一つだけ引っかかる動きがある。


『いかに私といえどもあの柄は折れませんよ。勝ちたいのならば柄では無く穂先を使わせてください』


 ずっと反応の無かったレヴァがようやく言ったのは、クリスが引っかかっていたその部分だった。

 普通ならば穂先で受け止めるような状況下においても、攻撃を何故か全て柄で彼は受け止める。

 同じ槍の使い手として違和感のする動きに逆に翻弄されそうになっていたのだが、レヴァの台詞を受けて考えると……この偽エリオットは敢えて柄しか使っていないのだろう。


『もう正直に言ってしまいますと貴方が主人と言うだけで萎えます。使い慣れているはずのニールのことですら何も把握していないのですから、呆れて物も言えません。いいですか、貴方が他の何に負けても構いませんがこの私が同種に負けるのだけは……』

「うああああ!! ムカつく!!!!」

「な、何!?」


 勿論、レヴァの声などクリス以外の誰にも聞こえていない。

 そして、レヴァはクリスの心をまだ読めない。

 声に出さないと言いたいことは伝わらないわけで、というかもうそんなもの別としてクリスの口から勝手に出た心境は、攻防を続けていた神を流石に驚かせた。

 この流れでは自身に言われたものだと思うだろう。

 彼のやる気の無い目は、驚きのあまりに丸々と開かれていた。


「早く、ニールを、返してください!!」


 剣を振るう太刀筋が荒っぽくなり、それと同時に一撃に篭もる力も重くなる。

 けれどやはり同じ精霊武器だからか、一向に傷一つつく気配の無い槍の柄。

 ニールを取り戻したいクリスとしては傷つかれても困るが、これでは戦況が進まない。

 クリスの並々ならぬ気迫に、やる気の無い顔のレモン頭が若干気圧されているようだった。

 苦し紛れに彼は、


「そんなにこの槍が大事なのかな?」


 軽く笑って歯を見せるが、


「この剣の百万倍大事ですッ!!」


 完全に怒りにまみれたクリスの剣が若干炎を纏い始めた途端に、顔色が変わって急に距離を置く。

 神の表情が真剣になり、こうして見ると真面目な時のエリオットだ、とクリスは感じていた。

 髪の色はレモンだが。

 あと、エリオットに真面目な時などほぼ無いが。

 自分以外の全てを豆粒くらいにしか思っていなさそうだった神が、ここに来てその意識を変えた、そんな風に思える。

 何が彼をそうさせたのか、と思った時、クリスの手には明るく輝き始めた炎の剣。


「……動物みたいに、火が苦手なんですかね……」

『どうしてそうなるのですか、貴方の思考は』


 馬鹿にしてくるツッコミはスルーして、明らかに先程以上に警戒し始めた神に、クリスから近づいた。

 レクチェは自分が牽制しても防がれて終わる為、あちらからの精霊武器以外の攻撃を打ち落とすことに専念するような構えを見せている。

 これは好機なのだが、ここからエリオットの体を死なない程度に取り返すにしてもどう攻撃したものかクリスには分からない。

 そこへ、


『貴方は……何を求めるのです』


 綺麗な女性の声が、クリスの頭の中に先程よりもずっと強めに響いた。

 何を求める?

 そんなもの決まっている。

 何とかしてエリオットを元に戻したい、それだけだ。

 しかしわざわざ口に出してまでこの剣の精霊に伝える気も無いので黙っていると、レヴァは続ける。


『武器で出来ることは決して誰かを救うことではありません。間接的にそうなろうとも、直接的には……必ず誰かを傷つけることしか出来ないのですよ』


 エリオットを救う方法も今となってはフィクサー任せでよく分からなかった。

 今のクリスがやっていることといえば、何故か襲ってくる神から自分を護っているだけ。

 一先ず状況が暗転したりしないように、と維持しているだけ。

 いつエリオットの身を傷つけてしまうか、ニールを傷つけてしまうか分からないのに。

 その事実を突きつけるレヴァは、決して一つも間違っていない。

 火が苦手なのか、この剣が苦手なのか、何にしても急に逃げ腰になりつつある相手を追うのは……


『私と貴方に出来るのは、目の前の存在を消し去ることだけなのです』


 そういう、ことだった。

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