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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第十三章
121/138

ライトモチーフ ~藍に染まる願い~ Ⅱ

  ◇◇◇   ◇◇◇


「ありましたよ!!」


 この統一されてなさすぎる家具、置物等等等、間違いないこの部屋だ。

 片っ端からドアを開け続けてようやく見つけたフィクサーの謎過ぎる部屋で、クリスは既に開いている地下への階段の方へ駆け寄る。

 ニールに声を掛けているつもりが、何だか完全に独り言になっているクリスの声。

 階段を勢いよく下りてようやく最後の一段を踏んだその時だった。


「きゃっ!!」

「わぁ!?」


 急に飛び出してきた何かとぶつかり、クリスは段差に頭を打ち付けて一瞬意識が飛びそうになる。

 その何かも、そのままクリスの方に倒れてきてしまい覆い被さった。


「いっ……ルフィーナさん?」


 地下に居たのはルフィーナだけだったのだから、ぶつかったのが彼女で何の不思議も無い。

 クリスが勢いよく階段を下りてきてしまったから、地下を出ようとした彼女とぶつかったのだ。

 一先ずクリスは体を起こそうとしたが、次の瞬間目の前に突然現れたのはセオリー。


「わあああああ!!??」


 突然その大きな体と腹の立つ顔が視界に入って、クリスはとてつもなくびっくりした。

 無論クリスをここまで驚かせたのは状況も手伝っている。

 ルフィーナが自分に倒れ覆い被さっている状態では身動きが取り難い。

 にも関わらず居ると思っていなかった敵が目の前に現れたのだから、逃げようがなくて恐怖のあまり叫び声も出るというもの。

 セオリーはクリスの叫び声に顔を顰めながらも、二人目掛けてその手から何かの魔法を放つような素振りをしてきた。

 いや、この二人の位置と体勢では、その攻撃はほとんどルフィーナに当たるようなものだ。

 セオリーの手の上ですぐに氷の塊が矢を模って作り出される。

 けれどそれをクリスが確認した時には既にニールが自ら具現化してその矢を潰し、セオリーに手刀を振り切り牽制した。

 勝てるかどうかは分からないが、精霊に護られるクリスは確かに負ける要素も無い。

 主想いの精霊に時間を稼いで貰っている間に、クリスはルフィーナの体を起こさせ、そこで彼女に触れた左手に違和感を感じ、その正体を目で確認する。


「け、結局戦ってくれていたんですか?」


 クリスの手にはルフィーナの血と思われるものがべったりとついていたのだ。

 けれどクリスのほんの少しの希望を彼女は否定する。


「アイツから喧嘩売ってきただけよ……」

「そうですか……じゃあ好きに逃げてください」


 クリスがあの男を食い止めていればその傷を治す時間だって出来るだろう。

 それ以上の心配はルフィーナくらいの使い手ならば無用だ。

 敵でも味方でも無い彼女にクリスは視線を送らず、手についた血を床で拭って立ち上がる。

 もうこれ以上の会話は彼女とする必要は無い。

 一歩進んで地下の通路に顔を出すと、構えているニールが立ち往生していた。

 セオリーは随分先に居て、それ以上追う様子が無かった。

 どうもその先に進めないような動きのニール。

 主が体勢を整えて戻ってきたのを確認したニールは、その姿を消して槍に戻り言う。


『あの男は我らと戦い慣れている。私が一定の範囲までしかクリス様から離れられないのを把握していて距離を取られてしまった』


 文武ならぬ魔武両道でしかも精霊と戦い慣れているとか反則ではないか。

 これからそのような男と戦い、説得するのかと思うと正直気が重い、が、


『確かに手強いだろうが今あの男は一人だ。昔のようにもう一人と組まれているわけでは無い……二度と主を殺させなど、しない』


 クリスの頭に語りかけてきたニールの声は強く響き、その並々ならぬ決意に自然と主は安心させられていた。

 クリスはまだ地下に降りてすぐの位置に立っているが確かにセオリーは随分遠い位置で、あの大量の紋様が描かれている牢より先に居る。

 あの場所、壊してはいけないんだよな、と早速動きが制限されている状況にクリスの目が細まった。

 一旦追うことはせずに距離を保ったまま相手の動きを伺う。

 セオリーはというと、彼は彼でどう動くか考えているようでその足は動かなかった。

 クリスと違って考えなしに突っ込んで来るような男では無い。


「……今更貴方に用はありません。邪魔をしないで頂けますか」


 と、そこでセオリーの手が宙に円を描き始める。

 その動きは何度か見たもので、何かを発動するような青い光を放ち……


「ま、まずい……!」


 クリスが焦る。

 だが距離を取りすぎていてすぐにその行動を止めることが出来なかった。

 セオリーは空間転移してしまいクリスの視界から姿を消してしまう。


「うぐぐぐぐ」


 早速してやられた状況にクリスの口から洩れる怒りに満ちた声。

 よく分からないが、彼曰く、腑抜けてしまったクリスの相手などもうしない、ということだろうか。

 そして狙われているのは、どうやらルフィーナ。

 彼女は先程逃がしたばかりだからすぐに追えば見つけることが出来る。

 クリスは猛ダッシュで階段を駆け上がり、部屋を出てはまず通路の左右を見渡した。

 すると、右の方角で分かりやすいくらいの大きな物音が聞こえてきたので、音が聞こえた方角に向かう。

 数秒も経たないうちにもう一度大きな音が響き、次に風を切るような音が聞こえたかと思うとスパン、と少し先の左手の壁が切り崩れてルフィーナが出てきた。

 ということはその後ろから出てくるのはきっとセオリーに違いない。

 本人をまだ確認していないがそんなことをしていたらまた逃げられてしまいそうなので、ルフィーナの壊した穴からセオリーが出て来ることを想定して、槍をそこで大きく振る。


「な……!」


 予想通り出てきたセオリーの右足をクリスの槍が掠り、流石に驚く白緑の髪の男。

 殺す気は無いが、足一本奪えば動きを止めることが出来ただろうに、と舌打ちしつつ、畳み掛けるように穂先を手早く戻して突いた。

 だがセオリーは既に防御体勢に入ってしまっていて、魔術によると思われる薄らとした光が刃をそれ以上その男の体に進ませてくれない。

 常時発動させては居られないようで不意打ちさえ出来たなら攻撃は効くのだが、簡単に不意など突けるものではなかった。


「やっぱりルフィーナさん、傍に居てください!!」

「え、えっ!?」


 彼女が逃げてしまっては結局セオリーがそちらを追って居なくなる。

 ならば最初から傍に居たほうがいいということになるのだ。

 それにこの状況。

 ふとクリスはフォウの言葉を思い出す。

 きっとルフィーナに降りかかる災いとは、セオリーのことなのだ、と。

 クリスの叫びに混乱気味のルフィーナだったが、その足は止まった。

 これなら目の前からセオリーが消えたりしないだろう。

 で、その目の前の男は、というと、


「邪魔をするからには……覚悟を決めてきたのでしょうね」


 鬼のような形相でクリスを見下ろしていた。


「覚悟……? そんなの最初から」


 ちゃんとしてきている。

 クリスはそう言おうとしたが、セオリーが更に続けた。


「先程から槍筋が甘いのですよ。いつもの遠慮の無さはどうしたのです。まさか私が人形ではないからといって遠慮をしているのですか?」

「……えっ! 人形じゃないんですか!?」


 そこでセオリーの丸眼鏡が、ずり落ちそうになる。

 崩れた瓦礫に囲まれた三人の動きが、停止する。

 クリスはセオリーの言いたいことが分からなくて困っていた。

 どうも本気で来て欲しいようなのは分かるが、本日は本体でのご登場らしい。

 地下の封印魔術を行使している為、更に同時に高精度な人形を操るのは許容オーバーなのだろうか。

 確かに常人ならば片方だけでも手を取られて、そのまま戦闘するなど不可能に近い。

 しかしそれが遠慮することと何の関係があるのかクリスには分からないのだ。

 クリスは別に生身だとか人形だとか、そういうことで斬る手を鈍らせているわけでは無いからである。


「私は別に貴方が生身でも斬ることを躊躇ったりしません、大嫌いですから」

「ならば何故」

「決まってるじゃないですか! 封印を解かせないとエリオットさんを助けられないんですから!! だから何でも命令を聞くだなんて普通なら絶対嫌なことまで許容しようとしているんです!!」


 そこまでクリスが言ったところで、ようやく合点がいった、とセオリーが剣を構えていた腕を下ろした。


「……ああ」


 溜め息のようなセオリーの相槌に、ルフィーナの表情が僅かに動く。

 彼がこれから話すであろうことを、言って欲しくなくて。


「貴方の魔術に関する知識の無さを考慮していませんでしたね。あの封印は、私が死ねば解除されるのですよ」


 その言葉に、思わずクリスはルフィーナに振り返った。

 エルフは既に表情を元に戻しており、クリスには至って平然とした顔を見せている。

 ルフィーナはこの事実を知っていた。

 しかし、解除させたくなかったからクリスにその方法を言わず、難しい方法である『術者本人に解かせる』流れを誘導したのだ。

 そしてそれに気付かれてしまった今、その意図を隠すこともなくルフィーナは言う。


「クリス、やめなさい」

「……ッ!」


 クリスは怒りでどうにかなりそうだったが、今直接対峙すべきはルフィーナではなく、セオリーだ。

 気を取り直して、魔術解除の方法が一つだけではないことをあっさり告げた敵を睨む。

 言わないでおけばクリスの対処は楽だったにも関わらず、何を考えているのか。

 実は強い敵と戦うのが好き、という戦闘狂の快楽主義者なのか。

 いや、それならばクリスよりもエリオットに執着するだろう。

 そのわけの分からない男は、クリスに湧いた疑問を更に増やす言葉を続ける。


「分かりましたか。私を殺すことであの封印は解けます。しかしあの封印を解くということは、その先にあるかも知れない脅威の封印も解くということなのですよ。貴方にはその覚悟があるのですか?」

「あります」


 平然と答えたクリスに対し、突如向かってきたセオリーの短剣が振り下ろされて会話は中断した。

 穂先で受けようとしたが、当たる瞬間に力の方向が上下ではなく左右に靡き、槍は思いっきりずらされ、


「何も背負えていない覚悟など、意味が無いでしょう!」


 セオリーは右足で回し蹴りを放ち、少女の頭蓋を思いっきり揺らす。


「くっ」


 先程の先制攻撃で傷を負わせた側の足を、躊躇いなく使ってくるとは思わなかった。

 避けられなかった攻撃に視界を歪まされたものの、ずらされた穂先を一旦引いて喉笛目掛けて再度衝くクリス。

 間合いが近いだけに上半身を動かすだけでは避けきれない突きは、穂先の横刃でセオリーのその首を掠る。

 大きなダメージを与えられなかったことを歯がゆく思いながらも、クリスはもう一度首を刈るように穂先を引き戻し追撃するが、やはり二度目は効かずにキン、と高い金属音を立ててその首で刃が止まった。


「今度はきちんと殺す気で向かって来ているようですね。覚悟が出来ていないにも関わらずそれを選べる浅はかさは嫌いではありませんよ」


 セオリーが、小気味良さそうに笑って一旦距離を取るように斜め後ろに退いて言う。


「出来ていると言ってるのに、ほんっと……よく分かりません」


 それは、セオリーが言う覚悟と、クリスの中での覚悟は完全にずれているからだった。

 クリスはそこまで深くの事情を知らない為、エリオットと天秤にかけられていて、ルフィーナが危惧している神の存在の危うさを実感出来ていない。

 だからこそ、事態がどれくらい大きなことなのか真の意味で理解出来ていないクリスの覚悟は、『全てを背負った上での覚悟』とは程遠いのである。


 ともかく距離を取られすぎると魔法が飛んでくるので、すぐに踏み込んで槍を斧のように振り下ろす。

 避けられるまでは予想通り。

 穂先が床を砕きその破片が飛び散る中、クリスの考えていることに呼応してニールがその姿を具現化し、セオリーを更に追った。

 今度こそニールの拳は相手の胸に直撃して、思いっきりセオリーの体を吹き飛ばす。

 人型とはいえニールの体は金属のように硬く、防御をされていようがその衝撃までは受け流せずに、セオリーの体は飛ばされた先で強く背中を打っていた。

 クリスは走り抜け様にニールを戻して、今度は槍を斜めに一閃させる。

 だがその攻撃は短剣によってさらりと軌道を変えられて、セオリーの頭の上を空振ってしまった。

 がら空きになったクリスの体目掛けてセオリーの雷撃が降りかかり、一瞬痺れて止まってしまう手足。

 もう一度ニールが自主的に出てきて、その後に繰り出されたセオリーの左腕を止めたが、


「ワンパターンですね」


 どうやらその左腕は元々攻撃するつもりで出されたものではなかったらしく、ニールによって止められたその腕を基点に体を回転して、クリスのわき腹に通常以上に勢いをつけた膝蹴りが入る。

 そのままセオリーは掴まれている左腕を逆に利用するように引き寄せ、ニールとクリスの体を重ねまとめて凍らせようとした。

 しかし、


「ッ!」


 そこで、クリスと向かい合っていたセオリーの顔が唐突に歪んだ。

 その隙をついてニールは一旦セオリーを放り投げてクリスから離し、また槍の中へ素早く戻る。

 投げ飛ばされたセオリーの背中には魔法で作り出したような土矢が刺さっており、それがこの場に居るもう一人のものであることをクリスはすぐに把握した。


「私が死んだら、どうなるか分かった上で……手を出したのでしょうか」


 クリスも予想外だったが、セオリーもルフィーナが自分に攻撃してくるとは思って無かったらしく、まともに受けた土矢を手で抜いて痛みに耐えている。


「それくらいで死なないでしょ」


 ふん、と鼻で笑いながらルフィーナのロッドが床で陣を描き始めていた。

 どちらの味方でも無い彼女は、どちらも死なせないように、と敢えてギリギリのタイミングでセオリーを止めたのだろう。

 とにかくクリスにとっては大きなチャンスが出来た。

 自分の血で床を染めているセオリーに、今度こそ、と瓦礫が散らばる足元を気にしながら駆け寄った時だった。


「クリスもそこまでよ」


 クリスとセオリーの周辺を光の柱が包み込み、足も腕も動かなくなってようやくクリスは彼女の意図を知る。


「う、そ」


 以前にローズとエリオットを同時に止めていたり、先程も大型竜を三匹まとめてその動きを拘束していたりと、多分ルフィーナの十八番であるこの魔術。


「本当に、人の邪魔だけは得意ですねぇ」


 ずっと動き回っていたクリス達を、うまく二人まとめて彼女はその魔術で拘束を完了させたのだ。

 喋ることは出来るのだが、クリスの首はもう回らない。

 セオリーも床に尻餅をついたまま動けないらしく悪態だけ吐いている。


「フィクサーから連絡があるまで……このままで居て貰うわ」


 それが彼女の最終的な決断、ということか。

 ロッドは自身の足元の陣に突いたまま、その背を壁に持たれかけてルフィーナは安堵の表情を見せていた。


 この人は……エリオットを完全に見捨てたのだ。

 そう思ったクリスは、セオリーだけに向けていたはずの感情が彼女にも芽生えてくる。

 何故なら、やっていることはクリスにとって敵と何ら変わりないのだから。


『ご主人、あの女も敵で良いのだろうか?』


 ニールの声が頭の中でまた響く。

 敵であって欲しくはなかったが、彼女もレクチェも、クリスとは選ぶものが違っていた。

 一度は一緒に旅をしたり笑いあったこともあったけれど、それからこうしてまた同じ場所に立っていても皆大切なものがそれぞれ違って、歩み寄ることが出来そうで……結局出来なかったらしい。

 無論歩み寄ろうとしていないのはクリスも同じなのだが。




 そうですね、敵だと思います。




 クリスは心の中でそう判断を下した。


 何を考えているのか分からないセオリーと、広い視点で見て悪意ある存在から世界を護ろうとするルフィーナと……そして、酷く狭い視野でたった一人を助けたいクリスと三つ巴の現状。

 多分ルフィーナが一番正しいのではないかとクリスもちゃんと分かっている。

 でもクリスはそんなもの選べない。

 昔、ローズを殺してでも止めると決めた時、クリスはその選択肢を選べていたはずなのに、どうして今の自分はこうなってしまったのだろう、と少女は不思議な気持ちでいた。

 あの時、自分とは違ってこの世界よりもローズを救うことを選んでいた王子の表情が脳裏に浮かぶ。

 彼はこのような気持ちで選んでいたのだ……ローズを。

 腰を床につけたセオリーに向かった体勢のままで四肢を微動だに出来ないクリスは、視界に映っているのは憎い宿敵にも関わらず、あの時のエリオットの想いを想像して泣きそうになっていた。

 視線だけでそれに気付いたセオリーの口が開かれる。


「何て顔をして……」


 その瞬間、室内でざわつく風に、異母兄妹二人の赤い目が見開かれた。

 でももう遅い。

 以前北の廃村でダインが言ったように、この拘束魔術は精霊には効かないのだ。

 風圧と共に再び具現化したニールは、まずクリス達を拘束して安心しきっているルフィーナに向かって走り、彼女の体を思いっきり二つ折りにするような勢いで蹴りを放つ。


「っ……は」


 ほんの一瞬の出来事。

 壁に体ごとめり込まされて呻くハイエルフは、その一撃で床に沈み血を吐いた。

 それを見てセオリーは今までに見たこと無いくらい驚いてその身をすぐ様起こす。

 そう、この時点ではロッドが彼女の手を離れ、クリス達の拘束は解けていた。

 同時にクリスはニールの本体である槍を振り被っている。


「どこを見ているんですか?」


 冷たく乾いた声がクリスの喉を鳴らし、返答を待たず、槍を目の前の男の体にトスン、と刺して……終わった。

 ガードさえされていなければ元々切れ味は異常過ぎる精霊武器。

 生身の体など力を入れずとも簡単に貫ける。

 そしてこの男の体は、人形ではない。

 いつもみたいに無理をして首を刎ねずともただの一突きで死ぬのだ。

 声も無くどさりと倒れたセオリーを少しだけ見てから、クリスは自分の左側で同じく倒れているルフィーナに顔を向ける。

 セオリーと違って殺すつもりなど無かったのに動かなくなってしまったルフィーナの安否を確認しようとしたのだが、


「まさか、両方やってのけるとは……思い、ませんでした」


 そこへクリスにとっては耳障りな低い声が小さく響いた。


「っ!!」


 まだ生きていたか、と驚いて飛び退くクリスだったが、流石に魔術紋様を描けるほどの余力は残っていないようでセオリーは動かない。

 倒れたままで息も絶え絶えのその男を睨み付けると、血の気の無くなった顔色にも関わらず表情は相変わらず人を見下げた嫌な笑み。


「貴方の愚かさに、感謝しましょう……」


 途切れ途切れに紡がれた台詞は最後まで皮肉なもの。

 無理して喋って、かふりと血を口から大量に溢してまで伝えたことは支離滅裂。

 だが、クリスが怒鳴ってやりたい相手は今度こそ絶命したようだった。

 死ぬまでずっとわけが分からなかった男は、死んだ後も蟠りを残す。

 両方やってのけるとはどういう意味だったのだろう。

 状況的にはルフィーナとセオリーの両方を倒したことだが、それがどうしたと言うのか分からない。


「考えている時間は無い、クリス様」


 それだけ言ってニールがそっと姿を消した。

 刺したままの槍に添えていた右手で、セオリーの体から槍を引き抜く。

 勝ったはずなのに、この羽は白いのに……やっていることはまるで鬼か悪魔のようだ。

 そう思ったらクリスは、おかしくなって独り笑ってしまった。

 これがこの世界を滅ぼす女神の末裔として、正しい姿なのかも知れないが――

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