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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第八章
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晴れた霧 ~浮かび上がる秘色の道~ Ⅳ

 一旦レイアはいつも通りの警護に回し、ルフィーナとの面会を三日後に取り付けたエリオットは、独り、部屋で考え事をし始める。

 それは後で嫌でもレイアの実家で考えることになるフィクサー達の件では無く、クリスのことだ。

 表面上は何の咎めも無かったとはいえ実兄をこの手で殺してしまった以上、今後思わぬ事態になる可能性も否めない。

 先に説明しておかねばあの少女はまた何かやらかしかねない為、夕食を済ませた後にエリオットの足は例の隠し通路からライトの家へと向いていた。


 周囲を探ってみると確かに自分の行く先にアゾート剣が着いて来ている気配がする。

 叩き落としてやりたい気分だったが、ルフィーナが逃げたことは既にフィクサー達も把握しているだろう。

 自分が下手にアゾートを壊すことでルフィーナとの接触を危惧したフィクサー達が湧いて出てくる可能性もあった。

 そう考え、エリオットは敢えてアゾートによる監視を無視してライトの家の裏口に入っていく。

 クリスの部屋は比較的裏口に近い位置。

 特に何も気にすること無く廊下を歩き始めたその時、


「エリオットさん!?」


 クリスが廊下沿いの部屋から、驚いた様子で出て来た。

 しかもエリオットの姿を確認する前に出たその声掛け。

 エリオットの足音は荒い為、足音一つで彼だと分かったのだろう。


「よう」


 エリオットは短く挨拶を済ませてクリスとの距離を縮める。

 すると、相変わらず男の子にしか見えない……というか多分パジャマと思われる簡素な服装のクリスは、部屋のドアを慌てて閉めてそこに寄り掛かった。

 顔はエリオットから背けて。


「ん? お前の部屋ってそこだっけ?」


 エリオットの記憶が確かならば、クリスの部屋はもう一つ隣だ。


「……いえ、この部屋は荷物を置かせて貰っているだけですよ」


 強張った表情を隠すように、少しずつ俯いていく。

 この少女は、本当に嘘を吐くのが下手だ。

 一旦気持ちを落ち着かせてどうにか搾り出した嘘と思われるが、ただでさえ少ないクリスの荷物をわざわざ別の部屋に置くだなんて有り得ない。

 それならばまず、あの私物がほとんど無い部屋に置くべきである。

 でもここで無理やりその嘘を追及するつもりも無いので、エリオットはその嘘に騙された振りをした。


「そうなのか。部屋入っていいか?」

「どどどどっちのです!?」

「荷物部屋に入る用事なんかねぇよ!」


 ただ室内で話したくて聞いただけだというのに、「何かこの部屋にあります!」と全身で伝えてくる水色の髪の少女。

 本気で隠す気があるのか無いのか。

 入浴直後なのだろう、濡れた髪に血色の良い顔。

 ただ……首の包帯は取れていない。


「怪我まだ治ってないのか?」


 心配になって聞いてみるとクリスは、エリオットから視線を外しながら自分の首の右側に手をあてて言う。


「いえ、ほとんど治っているんですけど、ライトさんが見える位置だから痕に残らないようにって丁寧な処置をしてくれてます。私、多分包帯巻いてないと掻いちゃうんで……」

「なるほど」


 その素晴らしい気遣いに、エリオットは目を閉じ頷いて、心の中で親友を褒め称えた。

 が、雑談をしている場合ではない。

 いつレイアが自分の不在に気付いて追いかけて来るか分からないのだから、早く済ませねば、と王子は急ぐ。

 入らせまいと必死な荷物部屋はさておいて、その隣にあるクリスの部屋のドアノブを握ったエリオットに、少女は問いかけた。


「今日は何の用事ですか?」

「とりあえず入ってから話そう」


 ドアノブを回して、クリスの部屋に踏み込むエリオット。

 やはり飾りっ気も無ければ、無駄な荷物などほとんど無い、殺風景な元病室。

 その分、棚の上にぽつんと置かれたローズの形見の短剣が目立つ。

 クリスの心の拠り所が、未だにローズであるように感じさせる部屋。

 クリスとエリオットとの関係は、出会った当初から理由ありきだ。

 ローズのように理由や思惑など関係無く、純粋に心だけで繋がっていられるものでは無いのだろう。

 だからこそこの少女は、本当の居場所では無いこの部屋に物を増やせない。

 いつか出る場所だと、当人は思っているから……

 歯がゆく思いながらもエリオットは、テーブルを挟むのではなく少し近づけるように二つの椅子を置き直し先に座ってから、とぼとぼと後ろに着いて来たクリスをきちんと見た。

 俯いたままの少女は唇をへの字に曲げて、何かに堪えるようにぎゅっと握った拳を太腿あたりへ置いている。

 隣の部屋に何かあるのは間違いないが、言いたくないものを言わせても仕方が無い。

 言いたくなることを待つつもりで、先に自分の用件を述べることにした。


「ちょっと色々あってな。お前に話しておかないといけないことがあるんだ」

「どういうことですか?」


 口にするのも躊躇う言葉、その報告。

 だが言わないわけにもいかない。


「実は、俺は先週兄上を手にかけた」

「……え、えっと」


 どうやらクリスは事の大きさに、思考が追いついていないようだ。

 強張る表情を意識して誤魔化す余裕も無くなるくらい、エリオットの報告内容が彼女の頭の中をごちゃごちゃに埋め尽くしていた。


「元々半幽閉状態だった兄上が死んだことはまだ公表されていない。死因もそのうち病死とか言ってほとぼりが冷めた頃に発表されるだろう。だが、実際俺がやったことは一部の城内の人間ならば知り得ている事実で、表向きはお咎め無しとはいえ今後俺の立場はどうなるか分からない」

「おおおお、お兄さんって、どちらのです!?」

「第一王子だ。エマヌエルって言う」

「もしかして、目隠ししている人ですか?」

「そうだ」

「ということは、手にかけた理由というのは、ビフレスト絡みの……?」


 エリオットは黙って頷く。

 クリスは口を開けたまま、目を丸くして茫然としていた。

 しばらくクリスが状況を飲み込むまで待った後、エリオットが再度言葉を紡ぐ。


「だからだ。お前の意志を聞いておきたい」

「私の、意志……?」


 何でもかんでも考えを他人に言うことなく話を進めるエリオットが、クリスにその意志を聞く、と言っている。

 それは、今までの彼ならば考えられないこと。

 それほどのことがこの先に待っているのか、それとも何か別の考えがあるのか。

 彼にとっては、どちらも……だった。

 田舎に帰れと言っても聞かない。

 ならば、と引っ張り出しても、必要以上の無茶をされたり。


「お前は、これから俺とどうしたいんだ」

「ふえええ!?」


 クリスの心境的に、その質問は鬼である。


「えーっと……今後お前は俺の件についてどうしたいのか聞きたいんだ」

「エリオットさん、それうまく言い直せてません」

「いや、だからな? これから多分、面倒なことになると思うんだ。エルヴァン自体のことも、俺自身のことも」

「……そ、そうですね」


 確かに実兄を殺したからには、今まで以上に城での立場は面倒なことになるに違いない。

 そして、セオリーの行動を考えれば、エリオット個人の状況もやはり面倒極まりなかった。


「俺は、お前らに合わせる気は無い。あの時のように迎えに来られても、俺は俺のやりたいことをやる」

「それは、セオリー達にまた寝返るってことですか?」


 あの時の気持ちを思い出し、クリスの顔が僅かに強張る。


「そうなる可能性も否定しない……と言ってもその可能性は薄い気もするけど」

「そうですか……」

「だから、だ」


 そこで一息おいて、エリオットは言う。


「お前が俺の件に関して、どうしたいのかが、知りたいんだ」

「う、ううう」


 ライトにも聞かれていたことをここでエリオットにまで問いかけられ、クリスは言葉に詰まった。

 確かにエリオットの言うように、これらの問題は全てエリオットの事情である。

 正式に城に仕えているレイアやガイアとは違い、クリスには選択の自由がある。

 とはいえ、答えられるわけが無い。

 一緒に居ても辛いけれど、離れても辛い。

 どうしたらいいのか、ずっとずっと、分からないでいる。


「悩んでんのか?」

「まぁ……」

「じゃあ言い方を変えてやる。俺と一緒に来る気が無いなら、頼むからもう何もしないでくれ」

「え」

「この前みたいに勝手に追いかけて来たり戦ったりされたら、迷惑だ」


 エリオットの目は本気だった。

 クリスはその言葉に拒絶を感じ取り、瞳を潤ませる。

 弱くなってしまった自分はやはり必要無いのだ、とそう受け取って。


「でもな」


 彼はその後に、それらを全く別の意味にひっくり返す言葉を放った。


「もしお前が少しでも俺を放っておけねぇって思ってんなら……もう諦めて俺に付き合え」

「え?」

「お前、俺のこと少しは大事だと思ってんだろ?」

「な、何言ってるんですか!」


 確かに大事だとは思っているが、それを当人から面と向かって言われることでは無い。

 真面目な話のはずが、真面目に受け止められなくなる。


「照れんなよ、俺だってお前のこと大事だから」

「照れてませんよ! 呆れてるんです!!」


 確かに、呆れるに足る発言だろう。

 クリスは間違っていない。


「とにかく、よく考えてくれ。俺が何か裏で一人でやってるとお前らは心配するんだろ?」

「そりゃあ心配しますよ!」

「それで、頼んでもいないことをしようとするんだろ?」

「……そ、それは」


 フォウがクリスに言ったように、エリオットを助けようと画策していた者達は、結局エリオットの望んでいることをしていたわけでは無かった。

 彼が求めていないことを勝手にしていただけだ。

 それは、助ける、と言えるのだろうか。

 そうでは無いのだ。

 誰の為に、何をしたいのか。

 本当に……相手の為に、何かをしたいのなら。


「だったらよ」


 一息おいて、エリオットは本音をぶつける。


「俺はもう一人で勝手に悩んだり動いたりしないから、着いて来いって言ってるんだ。お前に手伝って欲しいことはちゃんと言うから、命令だけ素直に聞いてりゃいい」

「それって酷くないです!?」

「何を今更。俺は元々こんな奴だろ」


 そこでふんぞり返るエリオット。

 これもいつも通り。

 出会った頃と大差無い、元々こういう男だった、この王子は。

 けれど元々では無い、変わった部分もある。

 クリスは特にその点を強く感じていた。

 決して他人を遠ざけているわけでは無いものの、どこか一定の距離をおいていて、心を許していない節があった彼が……

 ――一人で悩まない、一人で動かない。

 そう、言ったのだ。


「貴方と話していると全部馬鹿らしくなっちゃいます」


 溜め息まじりにそう告げるクリスの口元は普通に微笑んでいるだけなのだが、目元は温かかった。


「失礼だな、もっと俺の言葉を素直に有り難く受け止めろ。この俺がここまで言ってやってんだぞ?」

「どこが有り難いんですか! 結局のところ四の五の言わずに俺と来いって言ってるんです、よ……ね」

「そうだな。嫌ならもう一切追ってくるな、とも一応言ってるが、俺はお前が拒否するとは思ってない」

「どこから湧いて出てくるんですかその自信は!」


 どこまで人を呆れさせるのが上手な男なのか、とクリスは全力で突っ込む。

 が、それに対して彼の表情はいつものだらしないものでは無く、真面目で、そして少し柔らかいものになった。


「昔のように俺の後に着いて来いよ。今度は……置いて行かないから」


 その言葉で、それまでのやり取りの全てが納まる。

 クリスが悩んでいたものを、エリオットが全て背負う。

 慣れぬ感情に振り回され、どうしたらいいのかすらも選べない少女の心。

 それらを、クリスに後ろめたさなど感じさせないやり方で自然と促したのである。

 きっとクリスが本当は選びたかった道に、命令という形で無理やり理由を取って付けさせた。

 二人はまだ、理由も無く繋がれるような関係では無いから。

 ぶっきら棒に置かれていった言葉は、クリスが求めているような愛の言葉とは程遠い。

 けれど、


 今度は置いて行かない。


 その言葉だけでクリスは充分だった。

 凄く、嬉しかった。

 着いて来い、置いて行かない、と言って貰えて。

 傷つくことを怖がり、傍に居ることを躊躇う心が……ぽん、とその言葉によって前に足を踏み出せた。

 辛く切なくても、まだ一緒に居ることを選べるようになった。


「ほ、本当ですか?」

「あぁ」


 その瞬間、クリスは心底から安心したような安堵の表情を浮かべ、それがそのままくしゃりと砕けた笑みに変わってゆく。


「良かったです……」


挿絵(By みてみん)


 嬉しそうに、そっと一言。

 そのクリスの表情を見て、エリオットはあまりの照れ臭さに逆に目を背けてしまう。

 クリスも自分の言った言葉と、感情が漏れまくっていることに気付いたらしい。


「あ、いや! 皆のことを思うと無鉄砲な行動を慎んでくれるのは良かったっていう意味ですよ!?」

「あっそ……」


 そんな言い訳など通用するはずが無いほどの表情だったのだが、エリオットも自分の照れを隠す為にそのあたりは流す。

 そこでクリスは、否定するように慌てて振っていた手をピタッと止めて、何かを思い出したように固まった。

 その動作が先程までの流れと違い過ぎて首を傾げてしまったエリオットに、申し訳無さそうな表情でクリスが言う。


「あの、私エリオットさんに言わなくちゃいけないことがあります……」

「な、何だ改まって」


 一体どのような内容なのか。

 愛の告白でもされるのか。

 でもそのような内容ならばこんな顔はしないはずだ、と気持ちを切り替えて次の言葉を待つエリオット。

 クリスは言い難そうに視線をキョロキョロさせて、指を落ち着き無く絡ませていた。

 それでもすぅ、と息を吸って彼女は話し始める。


「実は……隣の部屋にレクチェさんが居るんです」

「ほう、それで?」

「えっ、いや、だから……それだけです」

「そうか」


 なるほど、だから先程は隣の部屋に行かせまいとしていたらしい。


「何で隠していたんだ?」

「言うと怒るかも知れませんが、リャーマでの件もありましたし、またレクチェさんを責め立てるかも知れないと思って……ごめんなさい」


 そう言って項垂れるクリス。


「いや、俺こそ悪かった。あの時は確かにレクチェに強く当たり過ぎたしな……」


 エリオットがそう言うと、クリスはほっと胸を撫で下ろして目を閉じた。

 レクチェが隣の部屋に居るのならば色々話も聞ける。

 フィクサー側に近いルフィーナに続いて、今度はビフレスト側の何かを聞きだせるかも知れない。

 あくまで、彼女が口を開けばの話だが……

 ここまで状況をするすると受け止めていたエリオットは、ふっと眉を顰める。


「ん?」

「どうしました?」


 エリオットが腑に落ちない表情をし始めて、それに気付いたクリスが不思議そうに見つめた。

 しばし二人で沈黙を続け、


「なっ、何でレクチェが隣の部屋に居るんだよ!?」

「驚くの遅くないですッ!?」


 歩みを共にしよう、と同じ前を見るようになった二人の歩幅は、出会った当初と変わらずバラバラらしい。


【第三部第八章 晴れた霧 ~浮かび上がる秘色の道~ 完】


章末 オマケ四コマ↓

挿絵(By みてみん)

上画像をクリックしてみてみんに移動し、

そちらでもう1度画像をクリックすると原寸まで見やすく拡大されます。

今回の四コマネタは第二部第六章のⅢのあたりについてです。

ルフィーナが戻って来た&フォウがしばらく退場ってことで、ふと気付いたんですが

この二人は男女同室で軟禁されていたわけで……その間変なコト無かったの?と。

とはいえ、本文に追加描写するほどのことでも無いので四コマネタにしてみました。

黒い人はそんな羨ましい(?)指示をしないはずなので

鬼畜眼鏡が嫌がらせで同室にしたのでしょう。

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