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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第八章
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晴れた霧 ~浮かび上がる秘色の道~ Ⅱ

 その後、城内は騒然とする。

 エリオットは自室待機をさせられていたが、その場に居合わせたレイアとフォウは急遽開かれた臨時の合議に召喚され、追及を受けた。

 ビフレスト絡みであることは伝えられない為、予め口裏を合わせることで、二人はエマヌエルから仕掛けた兄弟喧嘩の末であると説明をするしか無かった。

 だが、元々エリオットが兄へ先に危害を加えたことなど過去一度も無く、更に今回はエマヌエルが従者を使ってエリオットを呼び出したこともあり、その点に関して疑う者は居ない。

 そして、この事態を引き起こした張本人は敢えて不在の合議で、本件の処分が決まる。

 エマヌエルやトゥエルの行為を容認していた連中は、エリオットのそれも無かったことにしてしまったのだ。

 これが多少表に出ているエリザ相手ならば違ったかも知れないが、ほぼ死んだも同然の扱いをされていた者が一人消えたところで真実を公表する気も無いらしい。

 というか、単に公表出来ないのかも知れないが。

 後日、証拠を捏造してからそれに沿った公表をするのだろう。

 エリオットは幽閉程度の行動制限は覚悟しており、そしてそうなった時点で城を去る算段までつけていたのだが、あまりの『お咎めの無さ』に拍子抜けを通り越して憤りを覚えていた。

 法では無く人による治世である以上、これはエルヴァンに限ったことではなく、権力さえあればまかり通るものでもある。


「駄目だ……」


 責められなかったことが逆にエリオットの心を締め付けていた。

 申し訳程度の監視を付けられた自室で休んでいるものの、体に力が入り、握っている手の力が弱められない。

 殺されたにも関わらず、両親にその相手を咎めても貰えない兄に同情してしまう。

 自分のしたことが酷く怖ろしいことに思えてくる。

 ついに手にかけた実の兄。

 その死は少しも哀れんで貰えていない。

 憎くて殺したはずなのに、その相手を想って涙が出るのは何故なのか。

 後から圧し掛かるものは思っていたよりもずっと重かった。


 ……だが、逆に考えればいい。

 多分、自分にとってこれ以上に重い死は、もう無いはずだ。


 エリオットは黙って瞼を閉じ、握り続けていた手の力をようやく緩められた。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 その頃、エマヌエルを失ったミスラは直接扱える駒を全て失ったにも関わらず、平然としていた。

 最終目的自体は、自分がどうこうするものではなく他人に任せている受動的なものであるため危惧はしていない。

 計画は『百年以上前に』自分の手から離れている。

 そのお膳立てをするための駒が居なくなったのは不便ではあるが。


 ミスラは確かに自分の本当の目的を彼に伝えていたはずなのに、結果としてその妨げとなる行為をあの第一王子は促した。

 その場での感情が先行してしまってのことなのだが、ミスラには理解出来なかった。

 いや、元々最初から理解しようとなどしていなかった、というほうが正しい。

 決してエマヌエルのことを嫌いだったわけでは無いが、その憎しみがどのように育っていたかなど、気にしたことも無かったのだから。

 他人を手駒として使おうとしているにも関わらず、他人のことに興味が無い少年。

 その居場所だった北の塔の最上階は、今は封鎖されていて入れない。

 誰に見つかるかも分からない城の塔の天辺に、金髪の子供は居た。

 そこへ、スススス、と小さな物が這う音が聞こえ、ミスラはそちらに無気力な瞳を向ける。

 白い小さな生き物が、歩いていた。


「ねずみ? いや、違うな……」


 目の前の小動物は、この世界の理から少し歪んでいる。

 ライトが作ったモルモットだが、クリスの細胞と精霊の呪いを繋ぎとして作った生物の為、女神の理が混ざっているのだ。

 白いねずみはその姿を小さな人型へと変えると、可愛らしい唇を歪ませて言った。


「やあ、ビフレスト」

「やあ、小人さん」


 相手の思惑を探る為、ミスラは最低限の挨拶しかしないでおく。

 が、そこまでせずともこの白いねずみの中身は、元々お喋りであるが故に自分の言いたいことを躊躇い無く口に出した。


「ボクは小人じゃない、ダインだ」

「あぁ……君は『彼女』なのか。ようこそ、何か私に用かい?」

「いや、ボクの目的はこの体では何一つ達成出来ない。だから用なんて無いよ。お前の気配を察して様子を見に来ただけさ。でも……」


 ダインの表情が、一気に凍りつく。

 敵を目の前にしているから、にしては行き過ぎているくらいの恐ろしい冷たさに。


「今ので全部分かっちゃった」


 軽い語尾にも関わらず、小さな獣人は目の前の相手を凝視していた。

 見開かれた瞳の赤さが、言葉と表情との違和感を増長させる。

 今の、と言っても、したことと言えば挨拶くらい。

 全てが分かるような何かが、やり取りにあっただろうか。

 物理的に手が届かない程度のところに距離を保ち、ダインは言う――


「お前は、ビフレストじゃない」


 塔の上で、何にも阻まれぬ風が彼らを強く叩きつける。

 ダインの顔は硬く凍り付いているが、ミスラはその無表情を変えることなく聞いていた。

 ビフレストとは、フィクサー達が神の使いに付けた通称。

 神によって力を与えられ、その意思を伝達し、遂行する者。

 つまり、


「お前は、神だ」


 ――ビフレストとは、神自身を表す名前では無いのだ。


「どうする、ミスラ。ボクはこれからお前のことを誰かに話すかも知れない」

「どうもしないよ、話されたところで私は痛くも痒くも無い。君なら分かるだろう? 君も女神なのだから」

「……そうだねぇ、ボクも確かに、この器をどうこうされても関係無いや」


 ミスラの表情と、ダインやニールの表情は似通っている。

 それは、表情そのものが似ているという意味ではなく、その器が作る表情として合わない部分が似ているという意味。

 その事実が物語っているのは、『器と中身が違う』ということだった。

 ダインは、モルモットという器に入れられた精霊。

 ダイン達精霊は、元々女神そのものが分かれた存在であり、ミスラから見たなら女神自身。

 対してミスラは、ビフレストという器に入っている神なのだ。

 遠い昔、レクチェに降りた神。

 それが今はこの目の前の小さな子供に降りているということになる。

 ダインを含む女神の欠片達を、『彼女』……つまり女神と認識した上でそれを対等の立場として扱う呼称で呼ぶなど、神以外に有り得ない。


「ああ……今すぐにでもとどめを刺してやりたいのに、どうしてボクはこんな体なんだろう!」


 ダインは瞳を潤ませ、まるで恋人でも見るかのようにミスラを見上げた。

 幼女の姿で作る恍惚なその表情は、やはり歪で、恐ろしい。

 だがその言葉の意味を真に捉えるならば、ダインは、振る舞いが歪んでいつつも他の何よりも純粋な女神の遺産、いや、女神自身なのであろう。

 ミスラはその純粋すぎる精霊(めがみ)を、優しく見つめていた。

 ずっと無気力だったその瞳が、生きたように光を帯びる。


「私もだよ、この体では何も出来ない。だからもう少し待っておくれ。君の目的の為に、君を余すこと無く全て愛してあげるから」

「……ボクの目的の為に、だって?」

「そうさ、私は君を失ったあれからずっと、君の為に何を出来るのか考えていたんだ」


 そう言って、ミスラは小さな獣人の幼女に近寄り、指先で頬を撫でてやった。

 ダインという精霊を通して、その先に女神を見ている。

 そんな遠い目で。

 二人は恋人同士のように甘く蕩けるような視線を絡み合わせていた。

 ただし、一応付け加えておくが、中身はさておき外見は十歳程度の少年と極端にちっこい幼女である。

 絵にはならない。

 

   ◇◇◇   ◇◇◇


 エリオットとエマヌエルの騒動があってから一週間が経過した。

 緘口令が敷かれていることもあるが、三日ほど経った時点で既に噂になることも無く、皆が素直に命令を受け入れている。

 それも当然。

 特に立場の低い従者達からすればようやく溜飲が下がった思いなのだろう。


「キッツイわー」


 エリオットは、心配してやってきたレイアとフォウを目の前にして、本音を曝け出した。


「軽く言ってるけど、随分落ち込んでるよね」

「そりゃそうだ、落ち込むに決まってんだろ。でもそこで足を止める気も無い。俺はあれを、自分の意志でやったんだ。ついでに言うと城内もこれで安心して歩けるようになるだろ。先日兄上はまたトラブルを起こしていたみたいだしな」


 フォウのツッコミに、エリオットはこれもまた正直に答える。

 エリオットの部屋では、エリオットとフォウが椅子に座り、レイアだけが座らずに彼らを眺めていた。

 フォウは感情が色として視える能力を持ち、レイアはエリオットに関しては表情や仕草からほぼ見通している。

 嘘を吐くな、と言われていることもあるし、強がる意味の無い相手に強がる必要も無い。

 この二人にはいつも考えていることを見透かされて不快な思いをしてきていたが、それが逆にこうやって助かることもあるのだ。

 ポジティヴに考えようとするエリオットに対して苦言を呈するのはレイア。


「それならば私に命じてくだされば良かっただけの話です。貴方が突然自ら手を下しては、傍からは私怨にしか見えず、示しがつきません」

「いいんだよ、実際に私怨なんだから。それに俺からすれば、お前に命じて自分の手を汚さないだなんてそれこそ示しがつかないように思えるね」

「そうかも……知れませんが……」


 エリオットを王にさせたいレイアにとって、今回のトラブルは綻びを生じさせるものだった。

 権力争いすら無い盲目の兄を殺すという行為は、彼女の中の『正しさ』とかけ離れている。

 殺すなというわけでは無いが、あの場で感情に任せて行って良いとは彼女には思えない。

 しかし、それによってエリオット自身の目的に関しては、動いたものも確かにあった。


「今更何を言っても仕方がありませんね……王子、報告があります」

「ん?」


 諭すことを諦めたレイアが、持っていた書類をエリオットに手渡す。


「それは、先日捕らえたメイドから取った調書です」

「! 口を割ったのか!」

「彼女と話していて彼女の恨みの理由に察しがついたので、エリオット様がエマヌエル様を刺したことを多少尾ひれをつけて話しました。今もう彼女にエリオット様への敵意はありません」

「そうか……」


 エマヌエルが大した理由も無く殺めた者達。

 その被害者に近しい者ならば、殺しておいてお咎め無しという状態に憤慨し、あれほどのことをする理由も自然と湧いて出てくることだろう。

 エリオットも同じようにお咎め無しという状態だが、エマヌエルを想ってそのメイドのように国に反旗を翻す者は皆無に違いない。

 エリオットは、兄を不憫に想いながら調書を読み進めていった。


「クラッサも……そうなのか」

「ええ、彼女が城に従事する際に出された経歴での家族に被害者はおりませんが、どうも彼女はエマヌエル様に兄を殺されたことで親戚に引き取られていたようです」

「なるほど、な。兄上の凶行による怨恨が巡り巡って全部俺に来てる状態か。笑うしか無いな」

「良かったじゃん、色んな意味で仕返ししたようなものになってるね」


 エリオットの軽口にフォウが乗っかる。

 だがレイアはそれをさせない。


「二人とも、口を謹んでください。人が人を殺めるという行為に自分を誤魔化す理由を着せるものではありません……耐えると仰ったのですから、全て受け止めるべきです」


 二人とも、黙る。

 レイアの言葉は一聞するととても冷酷なもの。

 逃げることを許さない、と言っているのだから。

 けれどその裏にある理由も彼らには分かった。

 だから反論する必要など無かったのだ。


「私も、必ず受け止めています」


 軍人として特に以前は部隊に属し、人を斬る機会の多かったレイアにとって、与えた死の数は数え切れないことだろう。

 それでも彼女がメイドを始めとする城の従者達に憧れ慕われるのは、それらをきちんと受け止めていて、その心構えが態度となって表れているからなのかも知れない。

 人と人が争う時、どうしても武力介入にならざるをえないこともある。

 そこで殺人鬼になるか否かは、その死をどう受け止めるかで変わるように、エリオット達には思えた。

 何故なら、レイアがどんなに人を殺していたとしても、彼女が殺人鬼などとはむしろ真逆にしか見えなかったから。


「レイアさんって、男前だよね」

「よく言われます」

「認めた!?」


 そんなレイアとフォウの他愛無いやり取りを見ながら、エリオットは実感させられていた。

 自分自身がどんなに幸せか、と。

 肉体改造紛いのことをされていて、好きだった女性は殺され、国の為に婚約し、実兄と決別の末にあのようなことになっても……その他の人間関係一つで、人とは幸せで居られるのだ。

 強がらなくていい、無理をしなくていい相手との会話は、彼の心を穏やかにしていた。

 ただ抱え込んでいては心を塞いでしまうようなことも、寄り掛かれる存在が近くに居るというだけでそれは一気に軽くなる。

 エリオットは目の前の二人の存在を『自分に必要な人』として受け止めていた。


「ありがとな……レイア、フォウちゃん」

「ちゃん付けは止めてくれる!?」


 王子が照れ隠しでちゃん付けして呼ぶと、華麗にツッコむルドラの青年。


「お前は俺のこと嫌いだろうが、俺はちょっと好きになったぜ」


 エリオットがにやっと笑いながら声を掛けると、ぽりぽりと頭を掻きつつ目を逸らしてフォウが言った。


「あのね……純粋な好意を向けられてそれでもその相手を嫌いで居られるなんてことは、そんなに無いと思うよ?」

「好かれるにはまず好きになれ、って言いますしね」

「そういうこと。俺そこまでされてもまだ嫌いって思えるほど性格歪んでないもん」


 二人の会話を聞きながら、綻ぶ顔。

 今までエリオットは自分の人生を、自分のものにさせて貰えない……自分にとって無価値なものだと思っていたが、そんなことはただの被害妄想だと本当の意味で気付く。

 本当に何の価値も無い人生など、相当稀有な例だろう。

 大抵は周囲の価値ある様々な輝きに『気付いていない』だけなのだ。

 昔の彼のように。

 不幸だと思うかどうかは結局自分次第。

 そしてエリオットは今、このような状況にも関わらず心から自分が幸せだと思えたのだった。

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