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不思議の国? いいえ、不条理の国です  作者: 黒助
第一章 兎の穴に落ちて
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第六話 進化と進歩

 この森には『パン付きバタ蝶』なる蝶がいた。彼らはそれは優雅に森を舞い、時に町へと飛び出して食料となる紅茶を求め飛び回った。その中で生まれた出来そこないが『肉切り包蝶』である。

 本来、手にするはずだった食欲をそそる香りが漂う翅は油臭い液体で表面を濡らした凶刃に置き換えられた。その翅は柔らかさを微塵も感じさせない焼き過ぎて炭化しそれでも焼き続けたパンのように硬く固まっていたのだ。もちろんその硬度はパンのそれとは比べ物にならなかったが。

 それでも『肉切り包蝶』はこの森の支配者たりえなかった。圧倒的に数が少なかったからだ。一匹は百の蝶を切り裂いたが、千の蝶がそれを押しつぶした。それはこの森の通例であり、自身にとって邪魔な存在を絶滅させる純粋な生存競争の発露である。

 しかし、そのバランスは突如現れた一匹の突然変異個体によって簡単に覆された。傷つくたびに彼女は再生し、進化した。千の蝶を切り裂き、迫りくる万の蝶を返す刀で刻み、啜った。気付けば虐げられるはずだった『肉切り包蝶』が逆に森を支配し、いつしか彼女には“女王”の称号があたえられた。


 以上が女王蝶の死骸から得た情報だ。

 何故、口も利かぬ死体から情報が得られるのかを説明するとなると話はこれよりも少々さかのぼった場所から始めるべきだろう。そもそも、死体じゃなくても話せないのだけれど。

 さて、チェシャの“襲撃”から正気を取り戻した僕はここに来てから久しくに感じていたイラつきを抑えながら、なんとなく自分の過去に嫌な予感を感じ始めていた。何せあれだけ盛大に冷や汗をかく幻影だからね。真っ当な過去ではないことは明らか過ぎて、逆にもう過去を思い出す必要なんてないんじゃないかって思う。

 閑話休題、とにかく僕はそんなこと考えながら女王蝶から翅をもぎ取ろうなんて非人道的なことをしようと決意していたような気がする。まぁ、今となっては過去のことなので実際はよく覚えていない。何にしても僕は事実そうしたし、そうした以上いまさら理由付けすることに意味は無いだろう。


 …………

 ……


「にしても女王蝶の正体がコレだったとはね」


 つまり、普通(アレを普通というべきかは疑問だが)の肉切り包蝶が『二人一役』を使ったせいでああなったわけね。女王が一人では何もできないってのも皮肉が効いてるなぁ。

 『有限実行』の使い過ぎか、チェシャの精神攻撃のせいかズキズキと頭が痛んで上手く思考できなかったがそれだけは理解できた。


でも頭痛の原因は半分以上チェシャのせいだし、今度彼女に会った時には何かしら慰謝料を払ってもらおう。


「まぁ、だけど僕のせいで“ひっちゃかめっちゃか”っていうのもあながち言い過ぎでもないみたいだ」


 実際、目にしてみると誠に遺憾ではあったが僕のせいと言えなくもなさそうだ。うん、責任は五対五、いや六対四、……ええと、八対二くらい?

 とにかく、僕だけのせいじゃないってことが言いたいんだ。

 とりあえずその責任の所在は置いておくとして、アレはあそこまで育つのにどれだけ血を吸ったんだろうか。アレが女王になってどれだけ経っているのかは分からないけど、それでもこれ以上遅くなっていたら一瞬で細切れになっていたかもしれない。その意味では早いうちに出会えたことは幸運だったと言える。なにより――


「早い段階でこのスキルを手に入れられたのは大きいな。本当ならもっと吟味して性質を組み合わせたかったけど、まぁ、これなら当りだね」


 この性質『女王の晩餐』があれば多少死にかけても何とかなりそうだ。

 仮に自分で組み合わせたとしても、ここまで上手くいくとも限らないし。


「おっと、忘れるところだった」


 視線の先に横たわる女王蝶の方に歩み寄る。体は傷が付きなかなか痛々しい様子であったが、その翅は依然傷一つ無いまま月明かりのもとで妖しく光っている。油のような液体でテラテラと濡れた刀身が艶めかしい。


 これだけは是非とも持っていかないとね。


「今度は包蝶剃刀を使ってと……」


 よし! 上手く取れた


 道具名:『骨喰み包丁』

【女王包蝶の性質が色濃く表れた鋭い切れ味を持つ翅。常時切断効果にプラス補正がかかる他、格下の物質に対してはさらに切断能力の上昇を得る】


 その翅は包蝶剃刀と違い、形は単純な長方形ではなく根元から三分の一程の場所でくの字型に内側に曲がっている。ちょうどククリ刀の先端を四角に置き換えたような形だ。さらに大きさは刃渡りだけで五十センチほどあり持ち手となる柄部分も合わせると七十センチはありそうだ。刃は包蝶剃刀よりも厚いが、重さはそれと比べても驚くほど軽い。刃の表面には例のごとく蝶の翅のような複雑な線が走っており、白い刃に浮かんだ波紋とのコントラストがどこかまがまがしさを漂わせている。それでも自然の造形とも言える流れるような無駄のないつくりには人工物にはない美しさがあった。


「ん、説明にまだ続きが……」


 手に持った刃物に夢中になって気付かなかったが、骨喰み包丁の説明の下にはまだ文字が並んでいる。まず生物名と性質名が例のごとく記載されており、その下にはさらに生物の詳しい説明が続いているようであった。


 生物名:『女王包蝶』

 所持性質名(スキル):『女王の晩餐』


 ふむ、正式には女王包蝶なのか。面倒だしこれからも女王蝶でいいか、まぁ発生原因を考えるともう会うこともないだろうけど。


「ふむ、それで、っと――」


 ……

 …………


 ――と言うことでこの先には前述の説明がなされていたというわけだ。どうやら『現実投棄』はこういう裏事情も教えてくれるらしい。

 ていうか、本当にいたのかパン付きバタ蝶……。

 いや、それよりもこれって絶滅の原因ってもしかしなくても僕の性質のせい?

 “あながち言い過ぎでもない”とか言っちゃったけど、そういうレベルじゃないよね。


「うん……」


 そうだ! 見なかったことにしよう。

 無知は罪じゃない、可能性だ。知らなければ『パン付きバタ蝶』の絶滅の原因とか、生態系破壊の理由とかそういうのは他のせいだと言えなくもない。

 そもそも、僕の知らない場所での出来事だしね。

 なかば現実逃避のようにその思考を中断すると先程から手に持っている翅の方に目を向けた。

 試しに根元を持って振ってみると、小気味好い風切り音を響かせながら白刃が宙を切る。月の光を反射し青白く光る刀身が描く軌跡。

 重量が軽すぎるせいで少々手応えがないのが問題か……贅沢な悩みかもしれない。


「見た目よりも使い勝手は良さそうだ」


 サイズこそ大ぶりであったがそれでも使ってみると思いのほか手に馴染む。あるいはこれも女王蝶の血を飲んだ影響なのかもしれない。

 本当は他の翅と角も持って行きたかったが、なにぶん運ぶ手段がなので、仕方なく羽織ったパーカーを脱いで手持ちの一本だけを厳重に包んで即席の鞘を作り運ぶことにした。

 現金なもので先程まで文句タラタラであったのに、いざ終わって手元に何か残ると自然と笑みがこぼれ気分が高揚した。何度も布をはずして刀身を眺めては意味もなく表面を磨いたりと周りに人がいれば間違いなく不審者に見えただろう。


 いけない、このままでは僕まで変質者になってしまう。


 それでも、新しい玩具を手に入れたような、そんな胸の高鳴りがあったのは間違いなく事実であった。それは本格的に現実感が薄れてきている証拠ではないか、と考えると少しだけ憂鬱になる。それが図らずしも緩んだ気持ちを引き締めたのは何とも皮肉だ。


「まぁ、でも、あまり楽観視しない方がいいよね。さっきだって勝てたのは良かったけど、ほとんど博打だったしなぁ」


 『有限実行』の問題点は気付いただけでもいくつかあるけど大きなものとしては二つ

 一、言葉を言いきらないと発動できない。

 これは分かっていたことだったけれど実際の戦闘になってみると、言葉を発し終えるまで使えないというのは致命的な欠点になりかねない。それこそ、さっきみたいな刹那で状況が変わる場面になればなおさらだ。


「でも、こればっかりはどうしようもないしなぁ」


 まず発動条件である以上出来ることは少なそうだ。精々、文字数の少ない言葉を選ぶとか発音しやすい言葉を使うぐらいだろう。


 ……早口言葉の練習をするのもありかもしれない。


 一瞬、そう考えたりしたが練習の様子を想像して、そのあまりのシュールさに閉口した。

 やっぱり最終手段にしておこう。


「それだと、どうにかできるのは他のことなんだけど……」


 問題点二、攻撃の手間がかかりすぎる。

 『氷弾幕(アイススプレッド)』なんて『強化(エンハンス)』まで入れたら準備だけで三つの言葉が必要になっている。よっぽど相手が日和ってくれるか、そうでなきゃあ警戒し過ぎて近付いてこない相手ぐらいにしか使えない。


「まぁ、こっちを改良する方が現実的かな」


 手間を減らせばそれだけ攻撃に移るまでに必要な時間が少なくなるしね。いくら強くても何秒も無防備じゃあ首をはねてくれって言ってるようなものだ。


「出来る限り段階は少なくしないとな」


 発動と同時に形成から発射までを行える言葉、か……


 言葉の性質上、一度発動時の形式を決めてしまうとそれ以降の改変は難しい。

 つまり、現時点で『(ファイア)』『火球(ファイアボール)』『製氷(アイス)』『切断(カット)』『炎切断(バーナ―)』『放電(スパーク)』なんかは弄り難いってことになる。


「なにかそれっぽいのは……」


 言葉に付属するイメージを考えながら、そんな言葉を探していく。この時ばかりは想像力とボキャブラリーが少なくないことを心から祈った。


「ああ、だからここの住人は皆おかしいのか」


 ある意味で狂人ほど自由な発想を持った人種はいない。皆のスキルが自分と同じように想像力を必要とするかは分からなかったが、もしそうならば彼らはとんでもなく優秀だろう。

 言葉を考えていたはずなのに何故かふと、そんなことを思いついた。


「だからおかしくなったのかな?」


 定向進化? あるいはそういうのが生き残ったのか


「突然変異と自然淘汰かね」


 どちらでもいいことか


「それよりも今は新しい“言葉(スペル)”だ」


 青虫に教えられた村への道を辿りながら、道すがらそれを考える。そのおかげもあって、いくつか新しい“言葉(スペル)”を開発できたが、そのころには既に夜が明け日が昇っていた。


「ううん、これは駄目っぽいな。にしても……」


 道筋が概ね平和であったものの、時折こちらを窺うような視線を向けるものがいたことは若干居心地が悪かった。いっそ襲いかかってきてくれた方がすっきりするのだが、一応僕の方が格上であったのか、あるいはただ単に攻撃の機会がなかったのかそれが姿を現すことは無かった。

 いい加減、言葉を考えるのに頭痛がしはじめ、眠気と変わらぬ景色に思考が鈍り始めたとき、唐突にその鳴き声が響き渡る。初めはこちらを窺っていた相手がついにしびれを切らしたかとも思ったが、どうにも違うようであった。その声はまっすぐ続いた道の先から聞こえてくる。


「あっちか!」


 気が付けば、好奇心を満たす対象を見つけたような心持で鳴き声の聞こえた方に走り出していた。それが間違いだったと後悔したのは少し先の話である。


 好奇心は猫を殺す


 いっそチェシャを殺してくれ。

いよいよ次回ヒロイン登場です。

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