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不思議の国? いいえ、不条理の国です  作者: 黒助
第一章 兎の穴に落ちて
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第十一話 ギブ・アンド・テイク

「ええっ! さすがにその値段はないって!!」


 思いのほかアカさんが家庭的だと知ってからしばらくして、今僕は彼女に案内された店でそんな不満のこもった声をあげていた。


「そう言われてもなぁ、ウチも商売だ。おいそれと値段を釣り上げるわけにもいかん。そこんところを理解してくれないか」


 店主はさらりとそう言ってこちらに反論した。


 これが商売とはね。よく言うよ……


 この店に来るまでにある程度の物価はアカさんを通じてリサーチしてある。

 彼女がどれほど正確にそれについて知っているかは疑問だが、それでも来るまでに見た店先に並んだ値札を見ればそれほど間違っているわけではなさそうだった。

 なんでもこの世界の通貨は大きく分けて金貨、銀貨、銅貨の三種類があるらしい。もちろん価値は金が一番高く銅が一番安い。さて、この中で自分もカテゴライズされることになるであろう庶民がもっとも利用する貨幣は銅貨であり、その価値はこの村でいえば銅貨五枚で昼食に出た鶏肉が買えるぐらいらしい。

 もちろんこれはこの場所での価値だ。先刻アカさんから聞いた獣人たちの使う貨幣とは若干違う。とはいえいくらそういった知識の乏しい僕でもおおよその値段は把握できるわけで――


「でも、あそこに飾ってある剣! アレは銀貨十枚もするのに僕の持ってきたコレが銅貨五十枚は納得できないよ」


 銀貨一枚は銅貨百枚と同価値なので包蝶剃刀はあの普通の剣の二十分の一の価値ということになる。確かに買取価格が店売り価格より安くなるのは当然だが、入手難度、素材の価値、硬度、切れ味を考えれば同等かそれ以上でもお釣りは来るはずだ。


「悪いが最近はナイフバタフライの目撃も増えているし、何よりそれはただの翅だろ? この剣は職人の手が加わったそれなりの品だ。くらべることがおこがましいんじゃねぇか」

「目撃が増えてるって、それでもそう流通してるわけでもないんでしょ? このお店にも置いてないし何より入手だって簡単じゃない。それに出来の良し悪しならアレよりもむしろいいはずだよね」


 そもそも、もし店主の言う通りの価値しかないならば門番だってああも簡単には通さなかっただろう。


「別に売るつもりがないなら売らなければいい。他をあたれ」

「他って……、この村のどこにほかの店があるのさ?」

「知るかよ。とにかく売る気がないなら時間の無駄だ。出てってくれ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「そうだ! あんたが背負ってるその剣、それだったら銀貨十ぐらい出してやってもいいぜ」


 そう言って店主はニヤニヤといやらしく笑う。


 やめてくれ、気持ち悪い。ニヤニヤ笑いが似合うのはあの猫だけで十分だ

 まぁ、あの猫はあの猫で様になりすぎてむかつくのだけど


 そんな風にを心の中で毒づく。


「冗談やめろよ。これがあんなナマクラと同じとか笑えないね」

「ハッ! だったらとっとと出てくんだな」

「言われなくても!!」


 でもそのま帰るのはさすがに癪だったので一言はっきりと告げる。


「あの時買い取っておけばよかったって後悔しても知らないからな!」


 誰がどう聞いても捨て台詞だ。本当にどうしようもない。


「あいよ。またのご来店を」


 店主は少しも慌てずにそう皮肉を返すだけだった。それもそのはずでこの村にほかにこの翅を買い取ってくれそうな場所もない。そうなれば必然自分は泣き寝入りするほかないのだ。店主もそれを理解したうえで低い値段設定をふっかけているようだった。


 ハァ、当ても外れたなぁ


 ある程度買い叩かれることは想定していたがさすがにひどい。売り言葉に買い言葉であんなことを言ったけれどこのままだといずれはこの店を利用することになるだろう。店に入って売ったのも、買ったのも言葉とか本当にどうしたものか。しいて言うならくたびれ儲けはあったのだが。

 いや、今はそんな馬鹿なことを言っている場合じゃない。今回のことはさすがに迂闊だったと反省すべきだ。


 マズイよなぁ

 このままだと次は余計に値段を下げられるかもしれないし、これからどうしようか……


 あのがめつい店主なら普通にやりかねない。呼び止めはしないかとチラリと振り返ってみたが、すでに男はこちらに興味をなくしたように手元のお金を数えている。その様子に期待していた自分が恥ずかしくなってしまい、仕方なく男に向けた視線を誤魔化しながら店を出ることにした。


「あっ」

「ゴメン、やっと終わったよ……」


 肩を落として店から出るとしゃがみこんだアカさんが目に入る。彼女もこちらに気づいたようで短くそんな風に声を上げた。よほど手持ち無沙汰だったのか、アカさんは待ちくたびれた様子で地面に石で絵を描いていたようだ。


 これは……何の絵だろう?


 何を書いているのかまではわからなかったが随分とご執心である。前衛芸術は僕には理解できないようだ。そもそもその絵が意味のあるものなのかも疑わしい。適当に石を振り回したらそうなったのかも知れない。ただ無理をして見るならば、人のようなものが三人いるといったかんじだ。

 そんな考察をしていると彼女は勢いよく立ち上がり石を放り出して僕のほうへと駆け寄ってきた。


「どうだった」

「はぁ、全然相手にしてもらえない。足元見られるってこういうことなんだな」

「買取ってもらえなかったの?」

「買い取る気はあるみたいだよ。僕がプライドを捨てて二束三文で売るなら、ね」

「……そっか」


 彼女はそれ以上何も言わなかった。ただジッと心配するように僕を見ている。


「あっ、いや、別にアカさんにどうこう言うつもりはないんだよ?」

「ううん……、私と一緒にいるから」

「そんなこと――」

「ごめんね」


 彼女は小さくそうつぶやくとスッと顔を下に向けた。どうやら本格的に落ち込んでいるようだ。

 その後は何度もアカさんのせいじゃないと力説したのだがなかなか聞き入れてくれず、かと思うと“そうだ、脅して無理やり売れば……”とかエキセントリックな戯言を言っていたりと正直気が気でなかった。一応最終的には“とりあえず、一緒にお金を作る方法を考えてくれ、平和的に”と頼み込むことでなんとか最悪の事態は避けることが出来たようだ。別に店主のこのとを思ってとかではなく、しばらくはこの村にいたいので追い出されるような事態は避けたかったからね。そこのところ誤解なきように。

 それにしても何故僕はどうやって旅銀や生活費を稼ぐかではなく、どうやってアカさんを諌めるかに気をもんでいるんだろう。

 結局その後、村にある店を片っ端から彼女の案内の元訪ねたのだが成果は芳しくなかった。そもそもこの村に鍛冶屋はなく、武器を扱う店も先ほど店しかないのだ。意図せずに独占が成立してしまっている。それとも村単位で店が被らないように暗黙の了解があるのかもしれない。結果、僕の懐はいまだ素寒貧でパンの一つも買えないありさまだった。


「どうしようか?」

「どうしたもんかね……」


 上の空でそんな答えとも言えない問答をアカさんと続ける。

 すでに日は落ち始め気の早い家の窓からはわずかにオレンジ色の光が漏れ始めていた。吹き抜ける風も心なしか寒く感じるのは気持ちの問題だろうか。


「もう他にお店はないし、ソンナノ買い取ってるのは多分初めのお店ぐらいだよ?」


 そんな絶望的な発言を悪げなくするあたり彼女がいかにピュアかを体現しているような気もする。もちろん悪い意味で。


「……このままだと夕飯は諦めて野宿かぁ」

「えっ? 野宿するの?」


 心底意外そうにアカさんが言う。


「そりゃあ、お金がなきゃそうなるよ。っていうかあったとしてこの村って宿屋とかあるの?」

「ん? ないよ」

「……そうですか」


 まぁ、予想はしていた


「別に野宿なんかしなくたってウチに泊まったらいいよ」

「はいっ?」


 彼女の提案におかしな声が口から出てしまった。まずほぼ初対面の男を家に上げるというだけでも驚きなのに泊めるとかいくら何でもありえないだろう。


「ベッドはないけど地面に布を敷けば寝られるし、さすがに外は寒いと思うよ? うん、これがいいんじゃないかな。そうと決まったら早く準備をしないといけないよね」

「って、ちょっと! まだ泊まるとは――」

「あっ!」


 僕を遮り彼女が声を上げる。

 どうやらようやく自分の無防備さに気づいて――


「夕飯何にする?」


 うん、そうじゃない、そうじゃないんだ

 これはさすがに一言はっきりと言っておかないといけない


「アカさん、君のこれからのことを思ってはっきり言っておきたいんだけど――」


 ――――――

 ――――

 ――


「うわ、これ美味しいね。何なのこれ?」

「んー? えっと、それはね……」


 夕飯も昼食負けず劣らずなかなかに美味だった。初めて見る形の魚だったので少し不安があったのだが食べてみるとなんのことはない淡白な白身魚の味だった。パリパリに焼き上げた皮がまた食欲をそそるいい香りだったことを付け加えておきたい。

 ――いや、分かってる。僕が流されやすい性格だということはよく分かっているとも。でもそれ以上になぜ懲りもせずに彼女のお世話になっているのかといえば彼女の押しの強さのせいだと思う。気づけばなぁなぁでこんなことになっている。そもそも自分も食事にはありつきたいのだから彼女の申し出に強く出ることができないのも当然といえば当然だ。でも考えてみれば僕が彼女にどうこうすることはないんだから全く問題はずだ……たぶん。


「それよりもさ、もっとあの話の続き聞かせてよ!」

「あの話?」

「ホラ、おっきな蝶に襲われてそれからのこと!」

「ああ、そのことね。別にいいけどそれからは大したことないよ? なんとか生き延びて村に向かって歩いてたら狼に襲われそうになってる娘がいて……」

「あっ! それって私?」


 話の登場人物になれたことがうれしかったのかアカさんは声を上げる。


「でも『襲われそうに』かぁ」

「まぁ、実際は違ったんだよね?」

「うん? んー、まぁそうだね。でも助けようとしてくれてたんだぁ。それはなんていうかウレシイ、かな?」


 彼女が僕を気に入っている原因もここにあるんじゃないだろうか。実際にこの村にはあまり馴染んでいないようだし、そんなときに自分を肯定する人間が現れた。言い方は悪いが弱みに付け込むような感じなのかもしれない。だけどもそのおかげで得るものは得られているのだから感謝すべきなのだろう。


『使えるものは親でも使え』か


 いよいよ外道みたいな表現だが、僕自身あまりにも突飛な行動をとる部分を除けば彼女の人となりは嫌いではない。というよりも今までが今までだけにはっきり言って聖母にさえ見えてくる。


「でも、そんなことがあったから服がボロボロだったんだね」


 一通り話を聞き終えたアカさんがそんな感想を漏らした。


「まぁね。代えの服もないからしばらくはこの一着を洗いながら使ってくしかないんだろうなぁ」

「もとはどんな服だったの?」

「見てみる?」


 彼女がこちらの服に興味を示したようだったので剣を鞘代わりに包んでいた変わり果てたパーカーをお披露目する。


「うわぁ、ズタズタだね。あと臭い」

「うん、傷つくからちゃんと“汚れが”ってつけてほしいな」

「うーん、そっかぁ……」


 こちらの話を聞いているのかそうでないのか彼女はジッとその服とにらめっこしている。


「うん! これだったらおなじのは無理だけど似たようなのなら作れるよ!!」

「えっ!? 作ってくれるの!?」

「ふふん、実は縫い物は得意なんだよ」


 彼女は誇らしげに胸を張る。


 そういえばそうだったな


 出会った時に見た彼女のステータスを思い起こし一人で納得した。


「けど、今は材料があんまりないから作るのは明日以降になるけどいい?」

「そりゃあ、もちろんだよ。作ってもらう側だしね。それよりも本当にいいの? 面倒じゃない?」

「私に任せてって! その代り……さ」

「ん?」


 珍しく彼女が口ごもる。


「何? 出来る範囲だったら何でもオッケーだよ。炊事洗濯……は無理だけど掃除とか家のこととかなら多少は――」

「ホントに!? じゃあ明日からもよろしくね!!」

「うん、……うん? 何を?」

「うれしいな、独りって寂しかったんだ。これで狼狩りも捗るね!」

「お、おお」


 そっちかああああああああああ

 どうしよう、できればやりたくない

 言わなかったけど僕犬派なんだよ……


「う、うん、もちろんアカさんが望むならやぶさかではないよ? でもホラもっとキツイことあるんじゃないのかな?」

「えっ? ないよ。だって自分でできるし」


 言って彼女は楽しげに眼を細めた。


 い、今さらやめたいとは言えない


 かくして不用意な一言から今後しばらくの自分の村での予定が決定したのだった。


「ハァ……まっ、仕方ないか。じゃあしばらくよろしくね、アカさん」

「こちらこそよろしくねナナシ君!」


 スッと差し出された小さな白い手。顔を見ると彼女は僕の手を見ている。


 よろしく、か


 求めに応じようとこちらも手をの伸ばした瞬間その無粋な大声がドアの向こうからかけられる。


「昼間この村に来た男がいるだろう! 村長がお前をお呼びだ!!」


 どこか礼儀を欠いたような低い男の声がこれから始まる村での生活をさっそく不安にさせるのだった。

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