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不思議の国? いいえ、不条理の国です  作者: 黒助
第一章 兎の穴に落ちて
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第十話 藁の家

 村の中は活気に満ちていた。行きかう人々の中には荷車を引くものもおり、その上に山のように野菜を積んで重そうに道を横切る。小売業でも営んでいるのか家の前に立ってなにやら話しにふけるおじさんに、井戸端会議で時間をつぶす奥方、ルールがあるのかも分からない玉遊びにふける少年たちと遠くからソレを見て笑う少女。時折道行く村人たちは見慣れぬ僕に警戒の視線を向けていたが、すぐに興味を失ったように視線をそらす。一歩足を踏み入れただけだというのに社会を作るだけの要素すべてがそこにあった。


「ちゃんと村になってるもんだね」

「そんなの当たり前でしょ?」


 当然のことを言うぼくにアカさんは呆れたように言った。こちらを見る目もどこか冷たい。


「そりゃあ、そうだと思うけどさ。いままで散々おかしな人を見てきたんだ、まさかまともにコミュニティ作ってるなんて思わないよ」

「おかしな人?」

「ああ、時間恐怖症のウサギに、性格の悪い猫に、それと恩知らずな芋虫、あと――」


 そこまで言ってチラリと彼女に目配せするとアカさんは何のことか、といった調子で首を傾げる。とりあえず他傷癖の少女については言わないでおいた。僕の話を聞いて爛々と目を輝かせる彼女に毒気を抜かれたからだ。


「なにそれ、面白そう!」

「死にかけてもいいなら、今度紹介するよ」

「ホントに!? 楽しみだなぁ」


 前半をちゃんと聞いていたのか彼女は皮肉にも気づかずに屈託のない笑みを浮かべる。


 この娘は本当に楽しそうに笑う


「っとそれよりも、この村っていないの? そういう人」

「ん? 面白い人?」

「じゃなくて、ウサギとか猫とか、獣人? っていうのかな」


 見たところ人間らしい人しか見当たらない。ここに来るまでは散々人に会えなかったので不思議に思って聞いてみる。


「いないよ。だってここは人の村だし」

「そうなの?」

「そういう人たちはそういう人たちで勝手にまとまってるから」


 まぁ、冷静に考えれば当然か


 地球だって肌の色だけで分かれるのだ。そのことを鑑みれば、似ているとはいっても彼らの違いは決して小さなものではないのだろう。というか僕のこの質問自体この世界のことを知りませんと言ってるようなものだと思うのだけど、アカさんは特に気にしていないようだった。


 せっかくだし聞けることはアカさんに聞いておこうかな


「ふーん、じゃあやっぱり対立とかもあるの?」

「時々、殺しあってるらしいよ。私も良く分かんないけど」


 そりゃあそうだよね

 でも殺し合いって……物騒だな


 この村の重武装もそれが理由の一端を担っていることは間違いないだろう。


「小さい集落なんかは出来ては消えてだしね。だけどそういう場合は大体人が負けちゃうみたいだよ」

「え、なんで?」

「身体能力が違うもん。人が勝つのは数が多いときぐらいなんじゃないかな」

「へぇ」


 戦争は数だとはよく言ったものである。聞く限りだと獣人は個人主義な面があるらしく、その点についてだけは人がアドバンテージを握っているようだった。加えて言うならば人のほうが性質(スキル)に珍しいものを持ちやすいらしく、獣人からすればなかなかやりにくい相手だという。


『不思議の国』……か


 かつて読んだであろう慣れ親しんだ世界は息を潜め、そこには地球と大差ない――いや、むしろより壮絶な世界があった。皆が仲良く手を取り合って、狂った中にも温かさがある、そんな物語はここにはないらしい。もっとも、原作だってすぐに首をはねる女王が統治していたのだから実際は大差ないのかもしれない。


 問題は『なぜこの世界は似ているのか?』だ

 考えられるのは、あの本の作者も実際にこの世界を見て、それを本にしたとかだろうか

 だとするならこの世界から抜け出す“小道(パス)”がどこかにある?

 あるいは――


「ね、ね、そんなことよりさ、お腹すかない?」


 依然として話し続けていたアカさんに生返事を返しながら道を歩いていると、急に前に回りこんだ彼女が大げさなジェスチャーをしながらそんなことを言い出した。その声に思考は中断される。


「そういえば、ずっと食べてない……」


 言われてこちらに来てからろくなものを口にしていないことを思い出した。もちろん化学工場の溝のような味がするアレはノーカウントだ。


 出来れば温かい血ではなく、食事がほしい


「でも、お金持ってないからなぁ」


 さすがに彼女におごってあげることは出来そうにない。いい男だったら女性にお金を払わせるものではないのかもしれないが。


 まずどこかでお金を工面しないと


 幸いにも売れそうなものはある。安く買い叩かれるかもしれないがなんにしてもこれから必要になっていくはずだ。それにアカさんがいれば物価を知らない僕でも異常に低い値段を吹っかけられるような事態は回避できそうである。


「あのさ、悪いんだけど先に何か売ってお金にしたいんだ。この村で買取してくれるところってないかな?」

「えー、そんなの後でいいよ! 先にご飯にしようよー」

「いや、だけど本当に無一文で――」

「大丈夫! 大丈夫! 家で食べたらお金かからないでしょ?」

「家でって……、ご馳走してくれるの!?」


 その嬉しい申し出に思わず声が上擦った。


「もちろんだよ! さっきのお礼」

「さっきの?」

「狼の!」

「ああ、アレ、うん、そっかそれじゃあご馳走になろうかな」


 あまり思い出したくはないけど、こう言ってくれているなら拒否することもないよね


 今になってあのときの行動が吉と出るとは思っていなかった。


「じゃあ、早く行こ!」


 こちらの返事を聞くとアカさんは言うが早いか服の裾を掴んで引っ張っていく。僕はおとなしくされるがままに彼女についていくことにした。

 思考を放棄し歩くと、この村のことがより詳しく見えてくる。道は大通りというか、太い道が一本走っておりその左右に建物が並んでいる。そのほとんどは民家のようであったが時折、思い出したように小売店のような店や酒場があったりした。またその中央の道からはいくつかの小道が枝分かれしており、その道沿いにも小さめの家が並ぶ。どうやらランクとしては中央の道よりの家が一番高くそれから離れるにつれて下がっていくようだ。また村の中央ほど立ち並ぶそれらは立派である。おそらく防衛面で中央のほうが安全なので重役ほどそこに住む傾向があるのだろう。

 アカさんは僕の手を引きながら堂々とその大通りの中央を歩いた。端を歩くべきだと思うのだが周りからそのことについて何か言われる様子はない。それどころか大きな荷車さえも僕らが見えると、それを避けるように道を譲った。


 これは僕を警戒しているというよりも――


 前を歩く、少女を見る。彼女は特に気にも留めない様子で足を進め続けた。そこにはどこか孤高というか、口調や見た目にそぐわない威圧感でもあるような気さえする。


 やっぱり、浮いてるのかな


 いつの間にか僕らは村の中央部をとうに過ぎ、村はずれといってもいいような場所まで来ている。

 ただここまで歩いても、やはり所詮は村というべきか娯楽施設の類は見られず、酒場さえも大通りの一つしかなさそうだった。その代わりに村外れに近づくにつれて畑や広場のような場所が増えてくる。


「アカさん、ホントにこっちなの? もう他の家とかほとんどないんだけど……」

「あとちょっと先、もうすぐだよ」


 見回してみても民家はない。あるとすれば農作業のために建てられたであろう小屋ぐらいだ。


「あの――」

「ほら、アレ!」


 いい加減、場所を聞こうとしたところでやっと彼女は一点を指差した。


「うん? どこ?」

「だから、アレだってば!!」


 いや、そんなにぶんぶん腕を振られたら余計にどこか分からないよ


 一応、彼女の指差す方向を見てみるが家らしきものはない。今にも崩れそうな小屋があるだけで……。


「えっ! ごめん、アレじゃないよね!?」

「むぅ、ナナシくんって結構、失礼だよね」

「だよねぇ。いやいや、さすがにアレなわけが――」

「どう見たって『家』でしょ!」


 どう見たって『小屋』だよ!


 思わず滑りそうになった口を何とか噤む。『藁の家』そんな言葉が頭に浮かんだ。さすがに藁で出来てはいないけれど、虚弱さは引けをとらない。


 えっ? ホントに? 女の子が住んでいい家じゃないよ、アレ

 かろうじて山賊までしか許されないよ


「また失礼なこと考えてる」

「考えてないよ。はじめて女の子の家に来たから緊張してるんだよ」


 冷静にそう返す。まさか思っていたことと真逆の嘘をこんなにすんなり言えるとは思わなかった。それにしても彼女も彼女で第一印象以上に鋭いところがあるな。


「そうなの?」

「そうだよ……たぶん」


 改めてその『家』をみているとせっかくついた嘘をすぐに翻したくなった。それほどひどいのだ。他の民家は丸太組のどっしりとした佇まいだというのに、目の前の家は強風で倒壊しそうな脆弱さを醸し出している。使われている建材はまるで端材を寄せ集めたかのようにちぐはぐでドアに関しては地面との間に隙間を目視できる。雨が降れば雨漏りがもれなくセットでついてきそうな物件だ。首をつろうと柱に縄をかけたら柱が折れて一命をとりとめるかもしれない。


「まっいいや、とにかく遠慮しないで入って入って」

「えっ、ちょっ」


 言葉通りの意味で遠慮したいのだけどアカさんは後ろにすばやく回りこんでグイグイと僕を押す。それはそれは驚くべき力の強さだ。結局、その拘束から逃れることかなわず、気づけば僕は小屋の中のボロボロの椅子に座らされていた。


「じゃあ、すぐに用意するからちょっと待っててね」

「ああ、うん、お構いなく」


 家の内装は外観に負けず劣らずシンプルだった。丸いテーブルとそれを囲む二脚の椅子、申し訳程度についた小さな窓とつるされたランタンにベッド、その程度だ。これは省略したとかではなく本当にそれぐらいしか家具がない。他に言及すべきものといえば部屋の隅に作りかけの編み物があるぐらいだ。


 そういえば、そういうのが得意な性質(スキル)持ってたっけ


 きょろきょろと辺りを見回す僕をよそにアカさんは手際よく竈に火をおこし、何なのかよく分からない肉を捌いている。


「その肉ってさ」

「ん、これ? 保存用の鶏肉だけど」


 どうやら、狼の肉ではないらしい。正直、あまりアレは食べたくなかったので安心した。

 その後も適当に雑談しながらも彼女は手馴れた様子で食事の準備をしていく。家の見た目のせいで不安だったがどうやら彼女自身家事は得意なようだった。家の様子を見れば一人暮らしなのは明らかだし心配するまでもないことだったのかもしれない。唯一、一人暮らしにそぐわない二脚の椅子は来客用か、おそらく――母親用だろう。彼女は今でも母を捜していると言った。これはその証拠なのかもしれない。


「――くん、ナナシくん!」

「えっ?」


 なんとなくセンチメンタルな考えに沈んでいるといつの間にか調理を終えたアカさんが皿を手にこちらの顔を見つめていた。


「また考え事?」

「……そんなところ」


 本人を前に少し失礼だったかもしれないな


「ふーん、それよりもさ早く食べよ! あとさナナシくんの話も聞かせてよ」


 テーブルに料理を並べながら彼女が言った。質素な皿には似つかわしくない立派な料理が湯気を立て、美味しそうな匂いが鼻腔を刺激する。話もせずに食べ始めたい気分だったがぐっとそれを押さえ込み彼女に答えた。


「僕の?」

「うん、だって会ったときも面白いカッコしてたし、変な知り合いもたくさんいるんでしょ?」


 アカさんもその一人だよ、というのを我慢して、その質問に答えても彼女は次は、次は、といくつも尋ねてきた。どうしてここに来たのか、なんで手伝ってくれたのか、そんな疑問に当たり障りのない答えをする。さすがに料理が冷めそうになってきたところでその旨を伝えると彼女もしぶしぶ勢いを弱めてくれたが、それでも食事中にいくつも話をさせられたのは言うまでもないことだろう。まるで久しぶりに会った友人とでも話すように彼女は楽しそうに僕の言葉を聞いた。実のところ途中で気分が良くなって誇張交じりに話したりしたのだが、それについては誰も攻められまい。アカさんは思いのほか聞き上手らしい。


「すごいなぁ、素手でその翅を毟るなんて」

「ま、まぁね。う、運が良かったといえないこともないけどさ」


 ……ちょっとした誇張だよね


 そんな語り合いもあったが、結論から言ってしまえば食事は当初から想像したよりもずっと満足できるものだった。僕の味覚がまともならば間違いなく料理上手といえるだろう。こんがり焼けた鶏肉に酸味のあるソース、パンは固かったが、スープとあわせて食べればさほど気にはならなかった。これならば料理でお金儲けが出来そうだとも思うのだが、当の本人にその気はないらしい。彼女いわく“何故、他人のために食事を作らなければならないのか?”だそうだ。

 そんなこんなで、とにかく話は弾んだ。久しぶりの温かい食事ということもあり僕のテンションも高くなっていたせいか、おかしなことも言ったかもしれない。そんな僕の様子を彼女は羨ましそうに見ていた。


「へぇえ、楽しそうだなぁ」

「どこを聞いてそう思ったのかな?」


 食事も一区切りがつき、話も落ち着いてきたとき彼女がそんなことを言った。

 他の世界から来たとか自分の境遇は話さなかったとはいっても、死にかけた話や狂人に唆された話をしたのにその反応とは恐れ入るね。


「私はずっとこの村にいるだけだから……」

「……嫌なの?」

「そんなことないよ! 村もここの人たちも嫌いだけど、ここにいることは嫌じゃないの」

「それは、その……お母さんがいるから?」

「どうなんだろう、初めはそうだったような気もするけど……」


 そう言ってどこか遠い目をする。光を失ったような目は狂気よりももの悲しさを喚起させた。


「分かんない」


 失礼かもしれないがそこに初めて少女らしさを見た気がする。


 寂しいものなのかな


 彼女を見てふとそんなことを思った。


「あのさ――」

「それよりさ、おなかも膨れたし、お店に行こ!」

「あっと、そう……だね」


 もう少し聞きたいこともあったのだが、彼女はそういって話を切り上げた。意図的だったのかそれともなんとなくそうしたのかまでは判断はつかない。ポーカーフェイスが必ずしも無表情を指すわけではないとこのとき初めて知った。


 まだ聞く機会はいくらでもあるか


 一足先に外へと飛び出した彼女の後ろに続く。

 そんな日和見主義も手伝って彼女が自分と同じ境遇なのか、という質問を切り出すことはついに出来なかった。

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