返されることは想定していない。だから気にしてない
「ねむいでござる~、ねむいでござる~」
朝陽が射しこみ布団を直射。
それでも眠い私は布団をかぶって籠城します。
なぜなら眠いから。なぜなら寝起きは辛いから。
一応ね、ほら、時間通りに起きる様に目覚まし的なのは用意しているんですよ?
ですがね、経験あると思うんですよ。気づいたら、目覚ましが壊れていると。
え、ない? またまた~、こんな細腕の少女が軽く斜め四十五度チョップをかました位で壊れるんですから、誰だって無意識のうちに壊してるんですって。それを認めたくないから記憶から消し去ってるだけなんですって。
『アヤメ、君は起きようとする意志はあるのかい?』
「あ~りますよ~。でもそれ以上に眠いんですよ~」
『それは完全に意志が弱い証拠だね』
「良いじゃないですか別に、寝たって」
『そうだね。個人の意思は尊重すべきだとボクも思ってるからとやかくは言わないよ。ただ……』
「ただ?」
『お客さんだよ?』
「やれやれ、この僕でさえ朝はしっかりと起きて朝食を摂り、散歩をして体を起こすというのに、君はこんな時間まで何をゴロゴロとしているんだい?」
は?
ちょっと待て、ウィリーがいる?
なぜ? どうして? WHY? これは夢ですか? いいえ、現実です。
よし、ちょっと待て。今のでダルけも眠気も吹っ飛んだ。それはいい。そう、それは構わない。
だがウィリー、あなたちょっと待ちなさい。ここいるのはうら若き乙女ですよ? そして私は今布団にもぐりこんでいるというよりも先ほどまで寝ていたんですよ? それはつまりだね、私の格好が寝間着だということなんですよ。
別に寝間着どうこうはいい。ただ、このだらしない格好で他人と面と向かっては無理だ。何よりも、隙を見せているようで嫌だ。
なんなんですかこの引きこもりは? いつもは研究室から出てくる素振りなんて無かった気がするんですが? 別に先月のお返し返しに来ないかなとかそんなことを考えていたわけではないですよ。多分に過剰にちょっと依頼を街に集中させていたのもそれはそれで報酬が良かったからですからねええ。
いや、現実逃避はやめよう。これはどうしようもない。ここからは、どう取り繕うかだ。
「ウィリー?」
「どうしたんだい、アヤメ?」
「まず聞きたいんですが、どうして私の家にいるんですか?」
そう、これがまず一つ。
私の住んでいる場所は街から離れた小さな小屋。対してウィリーが住んでいるのは街の地下研究室。ここまで来るのは偶然じゃあ片づけられない。何らかの意図がなければ来れないはずなんです。
「うん、まぁ散歩がてらさ」
うわぁ、ありえないはずの偶然が来やがった。
「だ、だったらどうして家に音もなく入ってきたんですか? そもそも、いつからいたんですか?」
ここ重要。
恐らく入ってきたのはあのポメ野郎の手引きには違いない。ということは、どこから私の痴態が見られていたか。聞きたくない。でも聞かないと恐ろしい。
「ふむ。まぁここに来たらあの魔生物に会ってね。何でも『最近挙動不審なんだけど知らない?』って聞かれたから、入ってみただけさ。あと、先ほども言ったが僕自身起きるのは早い。そして散歩するのもそれなりに早い。すなわち、君が寝ているところからだね」
「………………」
オワタ。
普通人の寝顔みるか? いや、視るだろうなぁこの変人魔法使いは。
ということはもうアレですよね、さっきのあの発言も聞かれていたということなんですよね。……吊ろうかなぁ。死ねないけれど、体験はしようかなぁ。
「ん? どうしたんだいアヤメ?」
「………………」
「反応がないな」
『あれじゃないかな、さすがに寝顔みたのが堪えてんじゃないのかい?』
「そういうものか?」
『そういうものだよ』
「む。それは済まなかった。何か詫びよう。何がいい?」
詫びですかぁ……忘れてくれることが最大の詫びなんですけどね。無理だろうなぁ。言いはしなくても忘れることは無い。
「でしたら」
「おお、なんだ?」
「とりあえず外に出てください」
「わかった」
よし、出ていったな?
今扉の音がした。
ならば、次は着替えだ。迅速に音速に光速に着替えなければ。
まずベッドから飛びだしたら正面の箪笥から一式の服を用意。次に寝間着を脱ぐと同時に着替える。よし、プランは決まった。後は行動するだけ。
「はっ!」
跳ぶ。一足で箪笥の前。
「せいっ!」
箪笥開ける。服取り出す。
「たぁ!」
脱ぐ。
「ふんっ!」
着る。
「ふぅ……」
よし。約五秒。いいタイムでしたね。
あとは顔を洗いますか。さすがに寝顔を見られたといっても何もしないのは女としていけないことですからね。
「もう入ってきていいですよ」
「ん? ああ、着替えたのか」
「ええまぁ……」
サラッと言われますが相当の事を言っていますのよウィリー。わかってます? いや、わかってないか。
「それで、詫びという話でしたよね?」
「ああ。そういった。何でも言ってくれ」
ん? 今なんでもって言った? なんでもって言った?
その言葉、否定はさせない。絶対にだ。
「それでしたら、ウィリーは料理できます?」
「一通りはな。作るものとしては料理ぐらいできて当然だ」
「ならお菓子は?」
「材料にもよるが、大体は作れる」
よし、それならいける。
「じゃあ、何か得意なお菓子でも作ってください。材料はありますから」
「それでいいのか?」
「ええ。それで」
「わかった。そういうなら作るとしよう」
承諾。言質はとった。
「では、少しキッチンを借りるよ。三十分もあれば作れるさ」
「はい」
というわけで、意図しないでお菓子を手に入れることに成功しました。
世の中何があるかはわかりませんね。
でもどうしてお菓子かって? 気分です。そんな気分だったからです。それ以上でもそれ以下でもないんですよ。いいじゃないですか。
そんなわけで、ウィリーはきっちり三十分でお菓子を作りました。
「簡単なやつだがね。僕はこれが好きさ」
「ほぉ」
なんとウィリーはシフォンケーキを作りおった。
味はそれぞれ、プレーンにチョコに紅茶。代表的なものが揃っています。これは凄い。
「さ、出来立ての内に食べてくれ。ああ、一応お茶も用意した。これは特製のものだ」
さらに紅茶まで用意する気配り。びっくりですわ。さすがにここまでとは思いませんでしたわ。
しかもこの紅茶香りが良い。爽やかな香りは頭の中を澄み渡らせるように浸透してくる。この紅茶だけでも十分寛げそうです。
しかし、主目的はこのケーキ。
いただきましょう。
「いただきます」
「どうぞ」
「むっ」
美味い。普通に、美味い。
プレーンであるからこそのほんのりとした甘さ。そしてこのしっとり感。くどすぎないしつこすぎないのは大事。紅茶を合わせればさらにおいしい。チョコも同様で、食感を表現するために中には小さな木の実が入っていて飽きさせず、紅茶は手で開けてみれば甘い香りが湯気を立てて出てくるながら、想像以上に甘さは抑えられている。そうすると、これは香りを楽しんで食べるというのもわかりますね。
ヤバい、これは手が止まらない。いやだって美味しいですもの。
「お気に召してくれたかい?」
「……悔しいですが文句なしに美味しいです」
「そいつは良かった」
「ウィリー」
「ん?」
「ありがとうございます」
「そうかい? まぁ、食べて美味しいと言って貰えるのは嬉しいさ。素直にどういたしまして、と言わせてもらうよ」
「ええ、そうしておいてください」
そんなわけで、しばらく間私はこの温かな空気を楽しむのでした。
人間、意外な特技もあるものですね。
ウィリーの意外な特技。
彼は魔法使いですがそもそも何かを作るということに長けている方です。それは道具であれ生物であれ、料理であれ。ただちょっとアレですが。