義兄は準備万端だった
リリー・ルイズは、あまり周りを頼らない、頼ろうとしない子だった。いや、頼る必要がなかったのかもしれない。基本的な能力が高く、愛嬌もあり、見目もいい。変な行動力があるところは少し心配になるが、基本的には自分ですべて解決してしまう、そんな子だった。
昔からみんなの兄貴として、頼りにされ続けていたオレは、そんなリリーの態度が新鮮だった。
今思えば、その時からもうオレは、リリーのことが気になっていたのかもしれない。
ある日、リリーが買い物から帰ってこなかった時だ。最初は、寄り道しているのかなーとシスターも呑気に考えていたが、日が落ち、暗くなっても帰ってこない彼女の行方に、途端にオロオロしだす。「私が、買い物に一人で行かせたから」と泣きそうになるシスターに、「リリーが忙しいシスターを心配して、一人で行くからって突っぱねたんだろ。オレ、探しに行くから、心当たりあるし心配するなよ」と声をかけて探しに行く。
ま、あんな調子のいいことを言ったはいいものの、正直心当たりはない。……ただ、まだやんちゃな連中が出てくる時間ではないし、下町には知り合いが多くいる。オレは、店の人や仕事でお世話になってる人に聞きまくり、リリーの居場所を突き止めた。彼女は、近道をしようと森の中に入ったという。シスターの為に、近道しようとしたんだと思う。
オレまで迷子にならないようにと、方角の分かる道具を持ち、重々しい雰囲気の森に、入っていった。
……結果として、リリーを見つけることができた。そして、リリーは意外にも、もう少しで孤児院に着くところまで行っていた。迷ったと悟った彼女は、日が沈む前に太陽の方角に印をつけ、孤児院の方角に向かい歩き続けていたという。すげぇなと思いながら、リリーに「大丈夫か?」と駆け寄る。
リリーはそんなオレを見るなり、ショックを受けたように固まった。……そ、そんなにオレのこと嫌いなの?と、その時は少し落ち込んだが、彼女の言葉を聞くと、それが勘違いであることに気がつく。
「ご……ごめん。私が、迷子になったら、アサにぃが来るだろうって、わかっていたのに……アサにぃは、ただでさえ、大変なのに……アサにぃに迷惑かけちゃった。ごめん、ごめんなさい」
そう、リリーは涙を流したのだ。……助けに来て、謝られたのなんて……はじめてだった。
人を助けるのは当たり前で、頼られるのは当たり前で、そんなみんなが可愛くて仕方がない。そんな中にあらわれた、オレを全く頼ろうとしないリリーは……もしかして、オレを1番に想っていたのかもしれない。
確かに、リリーはオレの仕事を肩代わりしようとしたり、オレの手伝いを頑なに断ったり、すぐオレを頼ろうとするチビたちに「たまには自分でやるもの素敵じゃない?」と声をかけたりしていた。
そして、そんなリリーが、今、オレに助けられ、申し訳なさそうに涙を流す。最後まで、オレに助けられないようにと粘り強く戦い、でも、それは敵わなくて、「ごめんなさい」と言いながら、怖かったからであろう震えた手で、オレの服の裾を、遠慮がちに握る。
…………ぞくぞくした。これは、今までの頼られたときの充実感とはまた違う、こころの奥深くから湧き上がる、黒くて、どろっとした、汚く、そして……甘い、甘い感情だ。
リリーが申し訳なさそうにオレに頼る姿に、何とかオレを助けようと奮闘する姿に、オレの仕事がばれた後「おかえり。お疲れ様。頑張ったね」とオレを甘やかそうとする彼女の姿に
何度、何度、危うい本能が彼女を傷つけようとしたか分からない。本当に、本当に大変だった。
だから、リリーが「結婚したい」と言った時は焦った。うわ、いいの?と、その言葉に乗っかりたい気持ちと、リリーの幸せを思うとそれは難しいと思う気持ちのせめぎ合い。本当は離れたほうがいい。こんな、汚い気持ちを持っているオレからは離れ、優しいお坊ちゃんと、穏やかな生活を送ってほしい。そう、思うのに彼女は「離れたくない」「一緒にいたい」とせがんでくる。
だからオレ観念し、ルイズ侯爵の条件を飲み、彼女と一緒にいることを選んだ。ここまで来たからには、リリーと末永く一緒にいられるようにと、オレだけでルイズ侯爵家が持つように、リリーが誰かと結婚しなくても、ただただ俺と一緒に生活するだけ出いいように、オレはルイズ侯爵から言われた任務はどれだけ過酷でも頑張った。リリーと一緒にいられるなら、リリーが誰のものにもならず、ずっとオレと一緒にいてくれるなら、それで充分……と……思っていた。
だから、リリーに婚約依頼が来たとルイズ侯爵から言われたときは驚いた。話が違う。リリーの婚約依頼は基本断ると言っていた。でも、ルイズ侯爵は言う。
「今回の婚約依頼は、家としての契約ではなく、どれもリリーの人柄を見ての婚約依頼だ……アーサー?彼女は結構魅力的だ。来年は学園にも行き、様々な異性とも関わるだろう……お互い結婚もせず2人きりでここで暮らす……オレが許しても、周りは許してくれないし……それに……」
ルイズ侯爵はニヤッと笑いながら、オレに言った。
「リリーの気が変わらないとは、限らないだろう?」
ルイズ侯爵は1つだけ条件を出した。オレとリリーが結婚することだ。オレが優秀で、リリーのことが好きなのは痛いほど分かったと苦笑しながら、「私が欲しいのは私と私の妻の血を引いている、愛しいリリーの笑顔だ」と。「君はルイズ侯爵を継ぐ条件は満たしているよ」と。「後はリリーの判断だけだ」と。
だから、オレは翌日記入済の結婚届を持ってリリーに渡した。考える隙を与えないよう、気が変わらないよう、その場ですぐサインを書いてもらえるよう、ペンまで渡した。
リリーは、唖然としていた。口を、パクパクさせていた。そんな彼女に「結婚したくねーの?」と甘えるように聞くと「する!します!」とすぐハッとし、「じゃーサインしてねー」とサインを促すと「?わ、わかった」と言いながら、ポカンとしたままサインする。
その様子にホッとしながらも、どこか残念な気持ちになる。……断ったり嫌がったら、この場で押し倒して既成事実作るつもりだった。……ま、これはあとのお楽しみにしようと思いながら、そんな気持ちがバレねーように、「あんがと」と、リリーのサインが入った結婚届を受け取った。




