油断していたのは義兄ではなく私の方だった
ルイズ侯爵家で過ごして5年後。私は15歳。アサにぃは18歳になっていた。
アサにぃが過ごしている部屋の扉を開ける。アサにぃは少し眉を顰めた。
「アーサーお兄様、大丈夫ですか?その大量のお仕事、私と結婚してくれるなら、手伝ってあげますよ?」
「……その喋り方どうにかなんねーかよリリー」
「だって……アサにぃって呼ぶとルイズ侯爵様に怒られる……って、結婚の話は!?」
「もうそれお前の口癖みたいなもんだろ?それにオレはお前と違って要領がいいんで、お前の手伝いがなくても大丈夫でーす」
その言葉にくっと唇をかみしめる。そうなのだ。アサにぃって、本当に仕事ができる。ルイズ侯爵様から貰った資料をすぐ頭に入れ、今では領地管理、金銭管理、外交でのやり取りを殆どこなしている。おかしい。私も同じように育てられた筈なのだが……いや、私はどちらかというと、貴族が学ぶであろう基本的な知識の勉強とか、マナーとか、ダンスとか、パーティーの決まりごととか、邸宅の管理とか、ご令嬢同士のお茶会の出席・案内とか、なんか、人脈増やす系の、そういうのやらされていたな……。お陰様で今は侯爵家のご令嬢として誰からも文句言われなくなってきたけど……最初は大変だったなぁ。孤児院で育てられたからみんなと価値観違うし、なんか見下されるし、話し合わせたり時折威嚇してみたりと、めちゃくちゃ大変だったぁ!!でもこれもアサにぃとの生活を守るためだと思って頑張ったけどさぁ!でも私全然その他のお仕事やったことないし、やらせようともされないし、私自身も与えられたことをこなすので精一杯だし!!……はあ、アサにぃとラブラブ豪邸生活はどこへ?ただでさえ、義理とはいえ兄妹になった今、結婚への道のりはさらに遠くなってしまったというのに……。
そう歯がゆい気持ちを抱えながら今日も「人脈人脈ぅ!」と張り切りながらパーティーに参加する。今日の私には目的がある。ルイズ侯爵家の為の人脈作りは勿論、来年私が入学する学園でのお友達作りだ。
この国の貴族たちは基本勉学は家庭教師に教わるらしいが、人との関わりや人脈づくりの為に学園に通わせる家もあるらしい。アサにぃは跡継ぎの為の勉強で忙しく、留学とかはしていたけど、基本勉強は家庭教師に教わっていた。だから、私もそうなるかと思ったけど……なんと、つい最近、学園に行くことが決まったのだ。
やっぱりルイズ侯爵様は私を人脈作り担当にする気なんだと思う。くそ、人脈作りすぎたら、アサにぃが誰かと結婚してしまうかもしれないじゃないか……。それは良くない。男の人メインで人脈作ろう。あと、婚約者や彼氏がいる女の子メインで。
と、思いながらも、友達がいない状況で入学するのは心細いので、今回のパーティーは同年代をターゲットに話しかけに行こうと思う。内容も、いつもはお仕事に繋がるような話をしていたけど、今回は個人的な、趣味の話とかそーゆーのをしようと思う。だって、お友達とお仕事の話ってしないでしょう?
そう、いつもの調子でバンバン話しかけたり、話しかけてもらったりを繰り返している中で、ある、話題が出てきた。
「リリー様は、婚約者はいないんですか?」
と。そう言われ私は初めて気が付いた。私、婚約者、いない。いないじゃん!……アサにぃと結婚する気満々だからあまり考えたことなかったけど、確かに私ぐらいの年齢のご令嬢は、婚約者がいることが多い。くっ、これはどうなんだろうか。お友達作り的にはマイナスポイントか?と思いながら、そう聞いてきてくれた男の子に、婚約者はいないという紛れもない事実を恐る恐る告白すると……男の子は「そうなんですね」と何故か嬉しそうに言った。嬉しそう……ということは別に婚約者がいなくてもお友達作りにはマイナスではないということだ。なぁんだ、良かったと、そう安心したのが良くなかったのかもしれない。いや、安心してパーティーでその話題が出ても誤魔化すこともなく、馬鹿正直に「婚約者はいないです」と答えたのが駄目だったのかもしれない。後日、ルイズ侯爵様は、ドサッと分厚い資料を見せつけられながら、私に言った。
「お前への婚約依頼だ。どうする?」
……どうすると言われましても。……え、婚約者がいないと公言することは、婚約者募集中ですと言っていたことと同義なの?え、そんなの習ってないし、私そこまで堂々とみんなに聞こえるように言ったつもりはないんだけど……。ええ……でも、取り敢えず
「……全部、お断りしようかな!」
「…………先方の立場もある。安易には断れない。この中から1人選んで、婚約者ができたという理由で断るのが1番理想的だが?」
「そ、そこを何とか!」
「……」
「……お、お父様……お願いします」
「……」
「…………パパ、おねがい」
「………………わかった。今回だけだぞ」
「ありがとパパ!!!」
ルイズ侯爵様は、私が上目遣いでパパって呼ぶのに弱い。話によるとママにベタ惚れだったらしい。身分の違いから結婚できなかったらしいけど……。ま、取り敢えずママ似の顔でよかった!!
そう、機嫌よく部屋に戻り、今後は婚約者がいないことを公言しないようにしなきゃなーと、新たな学びを胸に、学園の資料を読む。へへ、学園生活って憧れだったんだよねぇ。あーあー、アサにぃもいればもっと楽しかったのになぁ、なんて思いながら、ふかふかのベッドで眠りに落ちた。
次の日、目が覚めると目の前にアサにぃがいた。アサにぃが、私の隣で、まるで添い寝をするかのように横になっている。……え、これもはや結婚なのでは?一緒にベッドで横になる。うん、これは結婚だな!!
そんな冗談を考えながら、「アーサーお兄様、起きて」と声をかける。アサにぃは、私の言葉を聞いて、すっと目を開ける。きっと、もうとっくに目が覚めていたのであろう。もう!起きてたなら言ってくれればいいのにと思いながら「おはよー!」と声をかける。するとアサにぃは、何故かそう挨拶した私をじっと見て、そして、いつものアサにぃの、へらっとした顔になる。
「……はよぉー、なんかねみぃなー」
そう言いながら起き上がり、何事もなかったかのようにベッドに腰を掛ける。何となく私も隣に行き、並んで座る形になった。アサにぃいつも忙しいし、私もバタバタしてたからあまりアサにぃに突撃できなかったし、久しぶりに2人きりで嬉しいなー!天気もいいしー!なんて、能天気なことを考えていると、アサにぃから「なあ」と、少し、低いトーンで話しかけられた。
アサにぃの方を見る。アサにぃの顔は、いつにない、真剣な表情だった。
「……昨日、お前宛てに大量の婚約依頼来たって、本当?」
わ!なんで知ってるの!?と、私の驚く顔を見てアサにぃは私の答えを聞かないうちに「ふーん」と答え、立ち上がり、なんかの書類とペンを私に差し出した。
「……そこに、サインして?」
「え……というかこれなんの書類?」
戸惑う私に黙るアサにぃ。いったい何なんだろう。私はアサにぃから説明を受けるのをあきらめ、書類に目を通す。…………え、これって……
「…………大体さ、ずるいんだよ」
私が見上げると、そこには俯いたまま、悩ましげに髪をぐしゃっとさせるアサにぃがいた。
「こっちはさ、どんだけ我慢したと思ってんだよ。リリーに相応しいかどうか審査するって、ルイズ侯爵はめちゃくちゃ仕事まわしてくるしさ?クソ難しい課題まで出してくるしよ。しかも締め切りみじけーし……しかもリリーはリリーで、結婚して欲しいとか……こっちは結婚前に手を出したら一発アウトなのによ。好きな子に煽られて、結婚迫られて…………こっちの身にもなれよ本当」
アサにぃはそこまで言い、暫く黙ったあと、大きくため息をつき、私の方を見る。
「…………なのに、他の男に取られたら、やってらんねーよ。だからさ、リリー」
アサにぃはしゃがみ込み、私を覗き込む。目の前にあるのは、懇願するように瞳を揺らし、今にも泣きそうな顔のアサにぃと、アサにぃのサイン済みの結婚届。
「結婚して?おねがい」
…………油断していたのは、私の方だったのかもしれない。




