第9話︰紅の終止符
「……ここは?」
目が覚めたら、白いベッドで寝ていた。辺りを見渡す。ウチが寝ているのは白いカーテンで区切られた大部屋の一角らしい。近くの机には水差しとコップ、ポーション瓶。
「そっか、治癒院か。」
冒険者ギルドが運営する治癒院、ギルドの支部がある街にはだいたいある施設だ。駐在する治癒術師が怪我の治療や解毒、解呪などをしてくれる。
「生きてる……夢じゃ、なかった。」
少しずつ、記憶が鮮明になってきた。方解竜に殺されそうになった時、アレスが助けてくれて、その後、安心したらそのまま気絶しちゃって、目が覚めたらここだ。
あの後、方解竜は倒されたのだろう。あの時は意識が朦朧としていたからよく覚えていないが、あの場にもう1人いた気がする。アレスとその人の2人で竜を倒して、ウチを抱えて迷宮から脱出し、ここに運んでくれたんだ。
「でも、ウチは……」
そうだ。ウチは彼らに許されない事をした。もう、あの場所には居られない。
「アレス……ごめんなさい。」
きっと、もう一度あの人の顔を見てしまうと、ウチはここから去れなくなる。だから、その前に。
ベッドから起き上がる。まだ身体は痛むが、歩けない程ではない。すぐにでも荷物をまとめてこの街から出よう。
「おはよう、シズク。目が覚めたんだね。」
え?
「アレス……さん?」
「アレスでいいよ。あっちが素でしょ?」
「う、うん。」
なんで彼がここに?いや、当然といえば当然か。きっとウチをここに連れてきてくれたのは彼なんだ。どれくらい寝てたかは分からないけど、多少の時間なら目が覚めるまで待っていても何らおかしくはない。
「もう起き上がって大丈夫なの?身体はなんともない?」
アレスが優しく尋ねてくる。その優しさに甘えて、もうこのまま全てを委ねてしまいたくなって、それをぐっとこらえる。
「うん、大丈夫。もう何ともないよ。」
「そう。」
アレスがじっとウチの顔を見つめてくる。恥ずかしくて目を逸らす。
「うん、〝嘘〟だね。」
「えっ?」
えっ?
「僕はね、人の嘘が分かるんだ。無理をしちゃいけないよ。ほら、もう少し横になっていな。」
「ひゃ、ひゃい。」
軽く肩を掴んでベッドに押し戻される。咄嗟に変な声で返事をしてしまった気がする。気のせいだ。気のせいと言うことにしておこう。
「あ、あのぉ……」
「君の処遇に関してなんだけどさ。」
「……うん。」
「ノアルから伝言。『俺はお前の実力を高く買っている。今回のことで悪いと思っているのなら、このクランで、俺たちの役にたってくれ。どれだけ気まずくても逃げようと思うなよ。』だってさ。僕も同じ意見だよ。」
「そ、それは……」
「っていう事で、これからもよろしくね、シズク。」
どうやら彼らは、まだウチをこのクランにいさせてくれるらしい。確かに気まずくなる。それに、利用しようとしたクランの好意に甘えて居座り続けるというのは、あまりにも恥知らずすぎるというか、でも。
「うん、今度こそ、ちゃんと、あんた達の仲間になるよ!」
それ以上に、この人の元を離れなくてもいいって、心から安堵してしまっていた。
~冒険者クラン「バベルブリゲード」仮拠点~
ノアルが方解竜を倒した後、僕たちは3人で迷宮から脱出した。ノアルはポーションを飲んだら歩ける程度には回復したが、シズクは気を失ってしまっていたみたいだから、僕がそのまま治癒院まで運んだ。目を覚ました彼女の様子からして、彼女はもう、僕たちのクランに害はなさないだろう。僕は再び眠りについたシズクを置いて、クランの仮拠点へと帰ってきた。
「う、うぅ……ミラ、頼む。」
「『癒しの光』」
「ふぅ……すこし良くなった、ありがとうな、ミラ。」
やはりノアルは先に戻ってきていたらしい。ものすごく顔色を悪くしながら、ミラの膝に頭を乗せて横になっている。ミラはノアルに回復魔法をかけているが、それでも完全に良くはならないらしい。
「あ、アレスさん。ノアルさん、また〝あれ〟を使ったの?」
僕に気づいたミラに声を掛けられる。
「うん、シズクを助けるためにね。」
『無彩世界』、ノアルの切り札。とても強力な技だけど、その代償も大きい。あれを使うと、ノアルは数日間、酷い頭痛に目眩、吐き気に襲われ、魔力操作にも異常をきたし、まともに戦闘など行えなくなる。一応回復魔法で一時的に多少はマシになるらしいが、あくまで一時的な話。だから、ノアルはその間、ああやってミラにひっついて、回復魔法をかけ続けてもらっている。
「うっ……ごめんな、ミラ。俺、こんなダメなマスターで……。」
「ううん、大丈夫だよ。ノアルさんはちゃんとマスター出来てるから。」
「ミラぁ、ありがとミラ……お前がいてくれて良かったよ。ううっ、ごめんな、ミラ……」
この状態になったノアルは、それはもう凄く弱気で、いつもの自信家で格好つけなノアルの面影すらない。いや、もしかしたらこっちが素なのかもしれないな。
半泣きな声で縋り付くように喋るノアル、癒しの魔力を込めた掌で、優しく頭を撫でるミラ。この光景を見るのも久しぶりだな。
「……アレス、そこに、いるのか?」
「いるよ。どうした?僕にも頭を撫でてもらいたいのかい?」
「……ぞっとする事を言うなよ。なぁ、俺、ちょっとは〝英雄〟っぽく、なれたかな?」
今のコイツは本当に弱気だ。普段なら、僕にこんなことを聞いてこない。
英雄。ノアル・フェブリエの目標。冒険者の階級としての「英雄位」ではなく、人々を救い、人々に認められ、人々に称えられる、本当の意味での「英雄」。
「年下の女の子に縋り付く英雄は、流石にいないんじゃないかな?」
「そう、だよな。」
「真に受けるなよ、冗談だよ冗談。ま、今日のキミは格好よかったさ。」
きっと、不安なのだろう。ギルドの厄介な依頼を率先して受け、強力な魔物を討伐し功績を挙げ、それでもなかなか周囲から賞賛を得られない。その理由は自業自得なのだが。
事ある毎にしょうもない功績をひけらかして、少しでも反応するとすぐに調子に乗る。まぁ、でも。
「よくやったな、ノアル。」
今日くらいは、僕くらいは、素直に褒めてやってもいいかな、と思った。
~~~~~~~~~~
あれから5日後
久しぶり、という程ではないはずだ。
それでも、久しぶりだと感じてしまうのは、ウチがこの場所に来るのを待ちわびていたから、なのだろうか。
自分でも、よく分からない。
気まずいはずだ。どんな顔をしてここに来ればいいのか、自分は本当に受け入れてもらえるのだろうか、不安は沢山あったはずだ。
でも、これでちゃんと、あの人の仲間になれるって思うと、不安よりも、期待が勝った。
ガチャッ
扉を開け、部屋に入る。
部屋を見渡す。中にはクランのメンバーが数人。それぞれ、クランの掲示板を見ていたり、装備の手入れをしていたり、雑談をしていたり。
部屋の奥の方、彼を見つけた。アレス・ゼプテンバル、ウチを救ってくれた人。
彼もこちらに気付いたようだ。
「やぁ、シズク。今度こそ、身体は良くなったみたいだね。」
「うん。もう平気。」
…………。
何を話せばいいんだっけ。
彼にあったら、色んな話がしたいと、思っていたはずなのに、いざ目の前にいると思うように会話が出来ない。
気まずい沈黙が続く。
「えっと、この前は……」
ばーーんっ!
何とか話題を切り出そうとした直後、大きな音を立てて扉が開かれる。
コツン、コツン、コツン、
わざとらしく足音を立てながらゆっくりと歩いてきたその男は、そのまま突き当たりまで真っ直ぐ歩くと、
バサッ!
と、これまたわざとらしくマントをはためかせながら振り返った。
シュピッ!
いや、そんな音は鳴ってはいないが、そんな擬音が描かれそうな動作で、その男は人差し指を天に向けて振り上げ、ポーズをとった。
「バベルブリゲード、マスター。ノアル・フェブリエ、完・全・復・活ッ!!!」
この部屋の広さに対して明らかに過剰な、バカみたいな大声で、その男、ノアル・フェブリエが宣言した。
うるせえ。
~~~~~~~~~~
決まった……
『無彩世界』の後遺症から遂に完全回復を果たし、完全体ノアルとしてクランの仮拠点へと戻ってきた俺が、最高にカッコイイ登場をする。これにはきっとクランのみんなも……
「あれ?」
反応が薄い。もう一度やった方がいいだろうか。
「やあ、ノアル。キミも良くなったみたいだね。」
アレスがさっきまでのは何も見ていなかったかのような感じに話しかけてきた。
「ま、見てのとおりな。俺〝も〟って事は、シズク、お前も回復したんだな。」
アレスの隣、何故か不機嫌なシズクに声をかける。
「まぁ、ね。その、アンタにも迷惑かけたわね。悪かったわ。」
なんか前までと口調や雰囲気が違う気がする。こっちが彼女の素か。
「で、ここに来てくれたって事は、このまま俺たちのクランでやってくって事でいいんだな。」
「あんな脅しみたいな勧誘しておいて、何をわざわざ確認するのよ。言っとくけど、これでもかなり気まずいんだからね!」
すこし不機嫌だがこのクランに残ってくれるらしい。なら良かった。用意した物も無駄にならなさそうだ。
「なら、遅くなったが俺からの加入祝いだ。受け取れ。」
マスター用の机に置かれた紙袋を投げ渡す。
「これって……あっ。」
すぐに中身を取り出したシズクはすこし戸惑ったが、そのままソレを、身につけた。
銀の刺繍が施された、青色の外套。背中には、「雲を貫く塔」、バベルブリゲードの紋章が描かれている。
「装備屋に作ってもらってたのが、ついこの前完成したらしいんだ。」
「その、ありがと。本当にいいのよね、ウチをこのままクランに入れちゃって。」
「むしろ居て貰わないと困るな、お前ほどの剣士は。」
「そう。」
シズクは複雑な顔で返事をし、それから、アレスの方に振り返る。
「ねぇアレス、似合ってるかな?」
すこし恥ずかしがりながらアレスに俺があげた外套を見せる。
あれ?
「うん、よく似合ってるよ、シズク。」
「よかったっ!ねぇ、これって、アレスのマントにも着いてるやつだよね!じゃあ、これでお揃いね!」
あれ?
~~~~~~~~~~
「それじゃあ、アレス、またねっ!」
とても楽しそうな顔でシズクが部屋を出ていった。彼女は今日はクラン残留の意思を伝えに来ただけらしく、すこし話をして帰っていったのだ。
「……なぁ、アレス。」
「どうした、ノアル。」
シズクが去った事を確認し、俺はこの無駄にイケメンな男に話しかける。
「シズクのやつ、なんであんな感じになってんだ?お前、いつの間に口説いた?」
「いやぁ、そんなつもりは無かったんだけどなぁ。」
この男は、いつもそうだ。
「なんっつうか、何でそうなるんだよっ!毎回毎回っ!シズクを助けに行くのを決めたのも、方解竜を倒したのだって、俺だよ!だったらほら、さ。こういうパターンで惚れられるのって、俺だろ!」
「いやいや、今回ばかりは僕は何もしてないさ。」
イケメンがすっとぼける。
「迷宮でシズクを護ったときも、ちゃんとノアルの意向だって伝えたし、クランに残って欲しいことを治癒院で伝える時だって、ノアルからの伝言だって言ったよ。」
なら本当に何でだよ。はぁ。
「まぁいいよ、別に。あの女が好みだった、とかじゃないし。ただ何と言うか、理不尽さを感じるんだ。それだけなんだ。」
「じゃあ、ノアルさんはどんな子が好みなの?」
俺が部屋に入ってきた時から、ずっと部屋の隅にいたはずのミラが至近距離から話しかけてきた。あれ、この子いつの間にこんなに近くにいたんだろう。
「あぁ、それ僕も気になるね。どうなんだい、ノアル。」
アレスも乗ってくる。好みの子、か。
「大人しくて、素直で、儚げな子かな。それでもって、俺の事めっちゃ慕ってくれて、辛い時とかに支えていてくれる、健気な子。」
「なるほどね。外見とかだと?」
「うーん、美人系よりは可愛い系、とか?あー、あと全体的に色素が薄めな子が好みだな。銀髪と白い肌に淡い色の瞳。」
答えていく事に、アレスがニヤニヤと含みのある笑みを浮かべる。ミラは、途中まで興味津々といった様子だったが、ある程度聞いた辺りから顔を赤くして目を逸らしてしまった。
「あと、どちらかと言えば歳下の方が……はぁ。」
うん、そうだよな。
「ああ、分かってるよ!こう言いたいんだろ!そんな女の子が都合よく近くにいて俺みたいなのを慕ってくれる訳ないって!悪かったな!ちくしょう……。」
アレスがニヤつくのはいいが、ミラの恥ずかしそうな顔が耐えきれなかった。そんな共感性羞恥を受けるレベルに恥ずかしい発言だったかよ。まぁ、モテないヤツの癖に理想ばっか高いのは傍から見ていて恥ずかしいか。
「はぁ。ギルドに依頼でも見に行ってくるよ。俺もシズクも快復したし、何かクランで受けられる依頼を探してくる。じゃ、またな。」
俺は居心地が悪くなって逃げるように拠点から立ち去った。
~~~~~~~~~~
「あいつ、わざとやってるわけじゃないんだよなぁ、あれ。」
銀色の髪の少女に声をかける。
「う、うん。知ってる。あの人、とっても鈍感だから。」
鈍感とかいうレベルの話なのだろうか。
「なぁ、ミラ。キミは、このままでいいのかい?きっとあいつは、キミの気持ちをハッキリと伝えてあげれば、絶対に拒むことはないと思うよ?」
「うん、そうだね。あの人は優しいから。でも、その優しさには甘えたくない、かな。」
淡い水色の瞳を全く揺らがす事なく、少女は答える。その言葉に〝嘘〟は無い。
「ま、きっとそのうち上手くいくよ、キミ達は。」
もどかしくはあるが、当人が望まないのならば、僕が介入すべき話でもない。きっと、2人はいつか、相応しい結末へと辿り着ける。僕がすべき事は、僕にできる事は、彼らがそこへ辿り着くまで、この剣で護り続けることだけ。それが、前衛剣士としての僕の役割だ。
~~~~~~~~~~
【傾国姫】と呼ばれる冒険者がいた。桃色の髪、整った容姿に人好きのする表情、それらを駆使して幾多のクランを渡り歩き、その度クランを壊滅へと導いてきた、災いの姫。彼女の紅の物語は、ここに終止符を打つ。そして、バベルブリゲードの一員としての、そして、1人の恋する少女としての、新たなる物語が始まった。
~迷宮街フュージア・街中~
「ねぇアレス、もうやめておこうよ。ね。そのお金でウチの分も最後だから、それ使っちゃったら本当に生活できなくなっちゃうよ。」
縋り付くように懇願するウチに、彼はなんて事ないように答える。
「大丈夫、分かってるさ。つまりほら、勝てばいいんだよね。」
ダメだこの人、分かってない。
「待って、待ってよアレス!お願い、お願いだからっ!」
早足にウチが貸した銀貨を数えながら行きつけの賭博場へと向かう彼を、必死に止めようとする。そんなウチらの前に、見知った顔が現れる。
「おっ、アレスにシズクか。相変わらず仲がいい事だ、妬ましい。」
黒い革鎧を纏った槍使いの男、ノアル・フェブリエ。
「ねぇノアル、あんたからも言ってよ。このままじゃアレス、今日のご飯も食べれなくなっちゃうわよ!」
「あー、やっぱりそうなったかぁ。」
何かに納得したような反応と共に苦笑いするこの男に、なんだか無性に腹が立ってくる。
「何がやっぱりよ!」
「シズク、まぁ多分無理だと思うけど、あんまその男に金は貸さない方がいいぞ。半分以上は返ってこない。」
は?
「まぁ、その様子からして、もうそいつにお願いされたら断れなくなっちまってるだろうけどさ。」
そんなはずはない。いくら何でも、ウチだってそこまでチョロくなった覚えはない。あれ、でもなんで、すでに所持金のほとんどを彼に渡してしまっているんだろう。
「返して、くれるんだよね?」
恐る恐るアレスに聞いてみる。
「もちろんだよ。だからほら、今からずぐにでも〝増やして〟キミに返済しようとしているじゃないか。」
……ダメかもしれない。
「ねぇ、次の依頼の報酬が出た時でもいいから、ちゃんと返してね?」
「あー、えっとね……」
「そいつは無理だぜ、シズク。」
歯切れの悪いアレスに代わってノアルが答える。
「俺に借りてる分の金額に届くまでは、アレスが受けた依頼の報酬は俺の元に届くようになってんだ。」
俺に借りてる分?
まさか。
「アレス、ノアルにもお金借りてたの?」
「まぁちょっとだけ、ね。」
「10万サクルだな。」
ひと月くらい生活できる金額だ、ぜんぜんちょっとじゃない。
「ま、大変だと思うけど頑張れよ、シズク。その男の【女泣かせ】の異名は伊達じゃあないぜ。」
シズク・カンナヅキの新たな物語は、まだまだ始まったばかりである
ここまで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます。
どうも、作者です。
第一章、完となります。いかがだったでしょうか。
私自身、小説を書くのは初めてのことで、苦戦しながらも何とか一つの章を書き上げることができて、ほっとしています。
さて。
次回から、第二章に入ります。
新たに仲間に加わったシズクと、新たな舞台での冒険が始まる。
「ウォータ海底遺跡群調査隊」、そこで彼らの物語は大きく動き出す。
次章、「絶海の遺跡群」
お楽しみに。
最後に、高評価、コメントを頂けると作者の励みになります、是非是非お願いします。
どうも、作者でした。




