第8話︰無彩世界
風属性魔力での身体強化は、身体を加速させる。それを用いて、脳を、思考を、加速する。体感時間が劇的に減速し、全ての動きが遅く見える。戦闘に使わない部分は認識できていないせいか身体強化が届かず、加速した世界には追いつけない。結果、視界から色が消える。故、『無彩世界』。
ゆっくりと迫ってくるように見える6本の石柱を、最低限の動きで全て回避する。竜はまだ、自分の攻撃が躱されたことにすら気づいていない。ガラ空きの胴体を目掛けて、槍を構えて突っ込む。
遅い。俺自身の動きすら遅く感じる。
「もっと、速く!」
足元へ魔力を集め、自身を射出する魔法陣を描く。本来なら数秒かかる複雑な工程を、拡張したコンマ数秒で強引に実行する。
「『加速跳躍』」
踏み込んだ魔法陣で稲妻のような魔力が爆ぜる。その1歩で、加速した世界ですら〝高速〟といえるほどの速度まで加速し、未だ俺を捉えられていない竜の胸、その大きな傷へと飛ぶ。
「《槍突撃》」
ギーン、と高い音を立てて槍が弾かれる。胸の傷から少し逸れたらしい。凄まじい硬さだ。一体どうやってシズクはこんなバッサリ斬り裂いたのだろうか。
中空に取り残された俺を目掛けて地面から石柱が襲う。いくらスローモーションに見えても回避手段が無い空中では不可避の一撃。
そう。回避手段が無い、なら。
『加速跳躍』同様、足元へ魔力を集める。しかし、ここは空中、踏み込む地面は無い。
だから、創る。
集めた魔力を編み複雑な魔法陣を描き、空間へ固定。
虚空に生み出された魔力の足場を蹴り、跳躍。
「『虚空跳躍』」
一直線に伸びる石柱は、空中で軌道を変えた俺を捉えず、空を切る。
『虚空跳躍』で大きく後ろへ跳んで竜との距離が離れる。仕切り直しだ。
ポタッ
水滴が落ちたような音が足元から聞こえた。
血だ。俺の鼻血らしい。加速状態で『加速跳躍』に『虚空跳躍』、2つの精密な魔法を連続して強引に発動したからだろう。
『無彩世界』はあまり長く持たない。短期決戦で奴を仕留める。
俺は槍を構え、再び龍に向かって走り出す。
~~~~~~~~~~
目を瞑っていた。
死ぬんだ、と思っていた。
でも、依然として意識の終わりはやってこない。
ボロボロの身体が発する激痛が、未だにウチの命が続いている事を示している。
目を開く。
ウチを殺すはずだった白い竜から、ウチを庇うように、1人の剣士が立っていた。
蒼いマントの着いた銀色の鎧に身を包む、金髪の剣士。
「アレ……ス……?」
アレス・ゼプテンバル、ウチが裏切ったクランの、サブマスターが、立っていた。
「どう……して?ウチは……」
「マスターの意向だよ。キミは僕が護る。そこでじっとしていな。」
〝地獄に落ちろ、傾国姫〟
「なん……でっ!ウチは……あんた達に……酷いことをしたんだっ!なのに……」
「ねぇ、シズク。キミ、あれっきりクランに顔を出してないから、正式に脱退の手続きをしてないよね?」
「え?」
突然、そんな事を言われる。確かにそうだ。
でも、あんな事があったんだ。わざわざウチが言わなくても、勝手にクランから除名されているものだと。
「ノアルの奴な、キミからちゃんと話を聞くまでは、除名はしないって言ってな。だからまだ、シズクはバベルブリゲードの一員なんだよ。」
アレスは、軽くこちらに振り向いて、ウチに優しく笑いかける。
「クランの仲間だったら、助けるのは当然だよね。」
「……っ!!!」
言葉が、出なかった。
なんと言ったらいいのか、分からない。
ウチが、こんな奴だって、知ったうえで助けてくれる、仲間だって言ってくれる、そんな人は、初めてだった。
あんな事をしたウチに、優しく笑いかけてくれた。
それが、とても嬉しくって、でも、喜んじゃいけない気がして、こんな自分が、あの優しさを受け入れていいと、思えなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになって、言葉が、何も出てこない。
それでも、これだけは、伝えなくちゃいけないと、必死に、懸命に、言葉を紡ぐ。
「ありがと、アレス……。」
~~~~~~~~~~
「《槍撃》っ!」
何度目かの攻撃。稲妻のような魔力を爆ぜさせながら急接近し、胸の傷を穿つ。外皮が斬られている分、ここへの攻撃なら通るようだ。それでも、《槍撃》や《突槍撃》では決定打にはなり得ない。
そのまま竜の身体を蹴り、大きく後ろへ飛ぶ。
直後、さっきまで俺がいた場所へ石柱が伸びる。
この竜は俺の速さを目で追えていないようだが、攻撃を当てた瞬間、その場所へ石柱で反撃してくる。そのタイムラグはかなり短く、近接戦を主とする冒険者にはかなりやりにくい相手だ。
「グガア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!」
咆哮をあげた竜が、地へと莫大な量の魔力を流し込んでいく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
部屋全体が音を立てて揺れ始めた。何かが、来る。
竜を囲うようにして、大量の石柱がゆっくりと生え出す。いや、もはや柱ではない。そこには、円形の石の山脈が出来上がっていた。
竜が腕を大きく振り上げ、そこに魔力を込めていく。
そして、
「ガア゛ッ!」
腕を、地面に叩きつけた。
爆音を立てて石の山脈が砕け散り、その欠片が、全方位へと放たれた。
全方位飽和攻撃。空間全てを埋め尽くす石片の雨。これが、あらゆる攻撃を回避し続けた俺に対する竜の回答か。
シズクは、まぁ大丈夫か。アレスの《魔崩剣》なら完璧にシズクを護りきってくれるだろう。問題は俺だ。この攻撃をどう切り抜ける。
迫り来る石片は、大小様々だ。小さいものなら、魔力を纏っていれば大したダメージにはならない。でも、拳大以上の石片は、流石に魔力では弾けないだろう。大きいものなら、1つ当たっただけでも致命傷だ。
身体に魔力を纏う。石片の大半を占める小さなものを弾ける程度に最低限。
地を蹴り、駆け出す。向かう先は竜の元。
石片の中から、大きなものを見定め、軌道を予測し、それらの飛んで来ないルートを探る。
ここだ。
2時の方向へ1歩、11時の方向へ4歩、1時の方向へ2歩、そこから竜に向けて高く跳躍。これで俺は生きたまま竜へ辿り着ける。
槍の穂先へ魔力を流し込む。一点に、限界まで魔力を圧縮していく。決して走りながらなど行えない、集中の要る作業。だが、今なら出来る。
加速した思考を全力で回し、槍の魔力を制御する。
足は、ある程度勝手に動く。想定した軌道をなぞって考えないまま走る、何度も繰り返した特訓の1つだ。
石片の雨が到達する。そのほとんどが、纏った魔力に弾かれる。
しかし、ある程度大きな石片は、容赦なく俺が纏った魔力を貫通する。
石片が、右頬をカスる。
石片が、左肩を砕く。
石片が、右脇腹を抉る。
全て、想定内だ。
そして、最後の1歩、竜へ向かって高く跳ぶ。
槍の穂先は、その魔力を極限まで高め、輝きを放っていた。
目の前、すぐそこには竜の頭。大技を放った反動か、はたまたあの技で倒しきれると踏んでいたか、竜は迫る俺への反応が大きく遅れている。
竜が気付き、俺と目が合う。俺を撃ち落とさんと、地面から石柱が迫る。だが、もう遅い。
「《終穿撃》っ!!!」
至近距離から放たれた、俺の最大火力の一撃が、方解竜の頭を撃ち貫いた。




