第6話︰三日月の剣閃
「剣技に魔力など要らん。西洋の剣士どもは挙って武技とやらを使っておるが、あんなものは剣技などでは無い。」
「例えば、《剣撃》と言ったか、刃に沿って魔力を伸ばし、斬撃を強化する技がある。雫、お主が今やったのはその類だ。全く、以ての外だ。」
「刃筋を完璧に立て、全身の動作を正し、引いて斬れば、魔力など無くてもその一刀であらゆるモノを断てる。それがサンブックの剣技だ。」
「魔力に頼る技を使えば剣の腕を腐らせる。故、お主の技は認められぬ。何故それが分からん。」
「神無月の家に産まれながら、その程度の技も扱えんとは、恥と思わんのか。」
クソくらえだ。
~方解石の迷宮・???~
前後左右、そして上下。すべて真っ白な石で囲まれた、とても大きな立方体のような空間。さっきまでいた場所とは明らかに違うその空間は、ウチがまんまと罠にかかった事を明確に示している。
「くっ…」
怒りと悔しさが溢れそうになるが、それらを心の奥の方に押し込んで、まずは現状への対処を考える。
この空間、聞いていた通りの罠であるならば、この空間にいる強大な魔物を倒さなければ脱出出来ないらしい。実際、出口らしきものは見当たらない。それに、この空間の真ん中、異様な気配を放つ存在、あれが一番の証拠になるだろう。
その存在は、白い竜であった。
この空間に、異物が入り込んだ事を察知して、今、目を覚ました、といった様子だ。
ゆっくりと体躯を起こし、首を動かし、空間に入り込んできた異物を探している。
「ヒッ」
目が合った。
その白い竜に、心当たりがある。この迷宮に出現する魔物の中で、最も強いと言われる存在。石のような質感の、光沢を放つ白い肌と鱗。紫色に妖しく光る眼。
「方解竜……っ!」
死の恐怖が、全身を駆け巡った。
「……まだだ、ここで終わりじゃない。」
その恐怖を、強引に封じ込める。
左足を半歩引き、抜刀。
上段に構え、白き竜と対峙する。
竜は、飛びついて来たりはしない。1歩ずつ、間合いを測るように、ゆっくりと近付いてくる。
〝お主は神無月家の恥だ〟
「黙れっ!」
〝雫、お前に冒険者は無理だ、死ぬだけだよ〟
「うるさいっ、ウチは、誰よりも凄い冒険者になって、ウチの力を、才能を、証明するんだ!どんな手を使おうと!」
〝どうしても成し遂げたい事がある、とかなら教えてくれ。普通に頼んでくれれば、俺だって協力する。だから……〟
「ふざけるな!ウチは誰かの助けなんて要らない!誰かを利用してやるだけだ!」
「この技で、ウチが正しいことを証明するんだ!こんなところで、終止符は打たせない!」
刀身に、魔力を込める。
薄く、鋭く。
サンブックの剣士としては、邪道も邪道と言われる技。
そして、ウチに唯一、才能があった技。
刀身がうっすらと青く光りだす。
竜との距離が、近付く。そろそろ、竜の爪の間合いに入る。あと1歩進めば、人の体など一撃にして斬り裂くであろうその鋭い爪が、次の瞬間にでも凄まじい速度で襲ってくるかもしれない。
そんな死の空間に、自ら1歩、踏み込む。
竜が、一瞬硬直した。まさか獲物から、自分の間合いに踏み出してくるとは思っていなかったのだろう。
その、ほんの刹那の隙に、さらに前へ、竜の懐へと飛び込む。
思い出したかのように振るわれた爪の一撃はもはや遅く、既に誰も居ない虚空を切り裂く。
「ここだっ!」
刀の間合いに、竜の胴体を捉える。石のような見た目の竜の体は、その見た目以上の硬さを誇る。
万物を断つと言われるサンブックの剣技といえど、その才能をたいして持たないウチの剣技じゃ、あれは斬れない。
ただの、剣技ならば。
構えは、神無月の家に伝わる剣技の基本の技、「弧月」。シンプルな袈裟斬りの技。
しかし、それと決定的に異なるのは、刀に込められた魔力。
あいつらが否定した西洋の武技を融合した、ウチだけの剣技。
当てつけに付けた、その名を叫び、解き放つ。
「《月剣撃》っ!!」
その一撃、三日月の剣閃は、方解竜の胴に深い傷を刻み、
その直後、地面から勢いよく突き出してきた白い石柱が、ウチに直撃した。
~方解石の迷宮・入口前~
方解石の迷宮。俺たちがフュージアに滞在している間、何度も潜った迷宮だ。あの冒険者はここにシズクが向かっているのを見たと言っていた。
「それで、着いたはいいけど、この中をどうやって探すつもりかい?」
そうアレスに問われる。
この迷宮はそこそこ広い。人1人をこの中から探そうとすると、1日では厳しいだろう。
「ま、こん中であった冒険者に片っ端から聞いてきゃ、誰かは姿を見てんだろ。お、ほらいい所に。」
ちょうど、迷宮の中から2人組の冒険者が出てきた。
黒いフードを被り背中に大剣を背負う男と、魔法使いがよく好むローブを着た男の2人組だ。
「なぁ、ちょっといいか?」
ローブの男に話しかける。フードを被った男はなんだか話しかけずらい雰囲気だったからやめておいた。
「この迷宮でシズクの奴を見なかったか?面のいい桃髪の女剣士だよ。」
「ん?あんたあの女の知り合いか?」
ローブの男は不思議そうな顔をして、聞き返してきた。
「あぁ、アイツは、俺たちのクランの……仲間…かな。」
はっきりとは言いきれなかった。アイツは、もう俺たちを仲間とは思っていないのだろう。いや、きっと最初から。
そんな反応を見て、ローブの男は何かを察したように笑いだした。
「はははははっ!お前さんもあの女に利用されたクチだな!安心しな、あの女には俺が天罰を下してやったからな!ついさっきここの迷宮で罠にハメてやったんだよ!はははははっ!あぁ、今でも思い出すだけで笑いが止まらないぜ、あの女のあん時の顔っ!ざまぁみやがれ!」
何を言ってる、あの女を迷宮で罠にハメた?
「どこの罠だ。」
「え?」
「どこの罠にかけた、言え!」
ローブの男は困惑した顔をしている。
「なんだよお前、もしかしてまだあの女の正体に気づいてなかったのか?ははっ。いいか、あの女はなぁ、傾国姫っつってクソみてぇな……」
「知ってるよ、んな事。アイツはどこだ。」
ローブの男の首元に槍を突きつける。
「ひ、ひぃっ!分かった、教える、教えるからっ!3層の北側ルート、分岐路から数えて2番目の転移空間だ!」
「アレス、どうだ?」
「うん、〝嘘〟は無さそうだよ。」
「よし、なら急ぐぞ。」
俺たちは、迷宮へと駆け込んだ。
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迷宮の入口前、剣士と魔法使いが2人、残されていた。
「おいヴァルザーク!なんで止めてくれなかった!」
魔法使いは剣士に詰め寄る。
「そこまでは契約に含まれてないからな。」
剣士は魔法使いを突き返す。
「な、なにっ!」
「いいか、貴様との契約内容はこうだ。」
剣士は指を3本立てて、言った。
「シズク・カンナヅキの居場所を教えること、現地で使えそうな罠を見繕うこと、貴様の仲間のフリをし、彼女を貴様自身の手で罠に嵌めるのに協力をすること、この3つだ。」
「くそっ!契約、契約……そうだ、追加依頼だ!ヴァルザーク、今すぐアイツらを止めてこい!」
「却下だ。」
再び詰め寄る魔法使いを、剣士は同じように突き返す。
「何故だっ!」
「あの2人と戦う依頼ならば、貴様の全財産を以てしても足らん。」
「っ!」
魔法使いは、それを聞いて膝から崩れ落ちた。
ヴァルザークと、そう呼ばれていた剣士の男は、魔法使いを置いて、一人どこかに向かって歩き出す。
「それにしてもあの槍の男、なかなかに面白い。いつか、貴様とは戦うことになるような気がするぞ!クククッ!カーッハッハッハァ!」
その瞳は、獲物の姿を捉えた猟犬のようにギラついていた。




