婚約破棄された暴食令嬢はパーティーの食事を平らげる
「ローラ。君との婚約を破棄させてもらう」
侯爵からの宣告に対し、当のローラはまったくの無反応だった。
彼女は披露宴の食事を片っ端から平らげている。
取り皿を使わず次々と食べ進めるせいで、他の者は近寄れずにいた。
黙々と食事をするローラを見て、侯爵は戸惑った様子で話しかける。
「おい、ローラ。聞いているのか。君との婚約を――」
「破棄するのですよね。ええ、承知しました。大丈夫ですよ」
ローラは視線を食事に向けたまま応じる。
彼女の興味が侯爵に無いのは明らかであった。
その態度に苛立ちを覚えた侯爵は、頬を痙攣させて強がるように言う。
「妙に冷静だな。自分の立場を理解していないのか。暴食令嬢の綽名も伊達ではないな……食い意地ばかり張った愚か者め」
「愚か……愚かですか、なるほど。その言葉はあなたにこそお似合いだと思いますよ、侯爵」
「何ッ!」
突然の罵倒に侯爵が顔を真っ赤にする。
彼は周囲にいた兵士を指差すと、怒鳴るように命令した。
「私を侮辱したぞ! この女を牢にぶち込めッ!」
ところが兵士は従おうとしない。
真顔のまま石像のように立ったままである。
「どうした。なぜ動かない! 私が命令しているのだぞ!?」
「兵は買収済みです」
ステーキを頬張るローラが淡々と述べる。
ナイフとフォークを置いた彼女が、ようやく侯爵に視線を向けた。
「侯爵、あなたの女癖の悪さは存じております。私との婚約もどうせ破棄されると思い、事前に策を打っておいたのです」
ローラはソースで汚れた資料を床に投げ捨てる。
その内容を目にした瞬間、侯爵は驚愕して震え始めた。
再びステーキを食べ始めたローラはやはり淡々と説明する。
「あなたが私に押し付けるつもりだった罪の数々……そして私の財産を丸ごと奪うつもりだったのも把握しています。側近の会計士が洗いざらい話してくれましたよ」
「あの男……裏切ったのか!」
「いいえ、彼の忠誠心は本物でした。指を八本失うまでは口を割りませんでしたから」
ローラの言葉に侯爵は絶句する。
己の臣下が受けた行為を想像し、彼は背筋が凍った。
そんな侯爵を兵士が寄ってたかって拘束する。
彼は激しく暴れて抵抗した。
「な、何をする! 放せ!」
「あなたの悪事はお見通しです。これから然るべき罰を受けていただきます」
「私は侯爵だ! このような横暴が許されるはずがないッ!」
「貴族とは国の柱です。腐った柱は速やかに取り除くべきでしょう」
ローラが侯爵に歩み寄る。
彼女は囁き声で問いかけた。
「私がなぜ暴食令嬢と呼ばれるかご存じですか。ただの食いしん坊だからではありません」
刹那、ローラが侯爵にキスをした。
唇を離した彼女は恍惚とした表情で述べる。
「歯向かう存在を齧って啜って喰らい尽くす――その悪癖に由来するのです」
「うっ……あああぁ……」
「あなたの愚行、とても美味しゅうございました。ごちそうさまでした」
微笑むローラの合図で、兵士達が侯爵を連行していく。
一部始終を見届けた貴族達は気まずそうにしていた。
彼らが反応に迷う中、ローラは当然のように食事を再開する。
そんな彼女に熱い視線を向ける者がいた。
「う、運命の人を見つけた……!」
頬を赤らめて呟くのは皇太子だった。
隣でそれを聞いた国王は、国の行方が少し心配になった。




