第二十三章:見えない壁
ノーザン王国での獣人差別撲滅プログラムから、6ヶ月後。
リベラ王宮の執務室。
タイシは、魔族領からの緊急要請書を読んでいた。
差出人:魔王ゼノビア。
内容は、深刻だった。
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**【ゼノビアからの緊急要請】**
「タイシ様
お久しぶりです。18年前の戦争以来、魔族領は平和を保ってきました。
しかし、今、深刻な問題に直面しています。
**飢餓です。**
魔族領の人口は650万人。
そのうち、150万人が飢えています。
食料自給率は80%。
つまり、20%の食料を輸入に頼っています。
しかし、その輸入が、止まりました。
**理由:世界各国の魔族差別です。**
イースタン商業同盟は、3ヶ月前、魔族との貿易を禁止しました。
理由:「魔族は邪悪だから」
ノーザン王国も、魔族からの輸入品に300%の関税をかけました。
理由:「魔族の商品は呪われているから」
サウザン連邦も、魔族の船の入港を拒否しました。
理由:「魔族は危険だから」
帝国だけは、まだ取引を続けてくれています。
しかし、帝国自身が食料不足です。
輸出する余裕がありません。
結果、魔族領は孤立しました。
食料が、入ってきません。
倉庫の備蓄は、あと1ヶ月で尽きます。
タイシ様、助けてください。
このままでは、150万人が餓死します。
魔王ゼノビア」
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タイシは、手紙を握りしめた。
「また、飢餓か…」
「帝国の次は、魔族領か…」
タイシは、すぐにゼノビアに返信した。
「今すぐ、そちらに向かいます」
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翌日。
タイシは、魔族領の首都ダークキャッスルに到着した。
ゼノビアが、城門で待っていた。
18年ぶりの再会。
ゼノビアは、18年前と変わらぬ美しい魔王だった。
しかし、顔には疲労の色が浮かんでいた。
「タイシ様」
「お久しぶりです」
タイシは、頷いた。
「ゼノビア」
「詳しい状況を聞かせてくれ」
ゼノビアは、タイシを城の中に案内した。
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ダークキャッスルの謁見の間。
ゼノビアが、説明した。
「魔族領の食料自給率は80%です」
「残り20%、つまり年間30万トンを輸入しています」
「主な輸入先は、イースタン、ノーザン、サウザンでした」
「しかし、3ヶ月前から、全て止まりました」
タイシは、尋ねた。
「なぜ、急に?」
ゼノビアは、苦い顔をした。
「きっかけは、イースタンでの事件です」
「2ヶ月前、イースタンの港町で、火災がありました」
「100軒が焼け、50人が死にました」
「原因は、放火です」
「犯人は、魔族の商人でした」
タイシは、息を呑んだ。
「魔族が…放火を?」
ゼノビアは、首を横に振った。
「いいえ」
「それは、冤罪です」
「真犯人は、人族の商人でした」
「彼は、ライバルだった魔族商人を陥れるために」
「魔族商人の倉庫に放火し、罪を着せました」
「しかし、イースタンの裁判所は」
「魔族商人を有罪にしました」
「証拠もないのに」
「理由は、『魔族は邪悪だから』」
タイシは、拳を握った。
「それは…あまりにもひどい…」
ゼノビアは、続けた。
「そして、イースタンの世論が沸騰しました」
「『魔族は危険だ』」
「『魔族との取引を止めろ』」
「そして、政府が貿易禁止令を出しました」
「ノーザンとサウザンも、それに続きました」
「魔族差別の連鎖です」
タイシは、尋ねた。
「帝国は?」
ゼノビアは、微笑んだ。
「帝国は、違います」
「皇帝は、魔族を差別しません」
「18年前の戦争で、魔族と人族が共に戦ったことを」
「覚えてくれています」
「しかし、帝国も食料不足です」
「輸出する余裕がありません」
タイシは、頷いた。
「分かった」
「まず、緊急に食料を送る」
「リベラから、30万トンの食料を送る」
「これで、1年は持つ」
ゼノビアは、涙を流した。
「タイシ様…」
「ありがとうございます…」
タイシは、続けた。
「しかし、それは一時的な解決だ」
「根本的には、世界の魔族差別を無くさなければならない」
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**【魔族差別の実態調査】**
タイシは、エドガーに命じて、世界中の魔族差別の実態を調査させた。
1週間後、報告書が上がってきた。
その内容は、衝撃的だった。
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**【世界の魔族差別・詳細報告】**
**1. イースタン商業同盟**
**魔族人口:**
- 国内在住魔族:5万人(総人口1,600万の0.3%)
**差別の実態:**
- 魔族の入国制限(ビザ取得が極めて困難)
- 魔族との貿易禁止(3ヶ月前に施行)
- 魔族商人の資産凍結(1万人、総額10億金貨)
- 魔族居住区の隔離(ゲットー化)
- 魔族への暴力事件:年間1,000件
**差別の理由:**
- 「魔族は邪悪」
- 「魔族は人を呪う」
- 「魔族は信用できない」
- 根拠:1,000年前の「魔族戦争」の記憶
**実際の魔族:**
- 犯罪率:人族と同じ
- 商習慣:誠実
- 魔法:攻撃魔法ではなく、生活魔法中心
**1,000年前の「魔族戦争」の真実:**
- 実は、人族が魔族領を侵略した戦争
- 魔族は、自衛のために戦った
- しかし、歴史書では「魔族が侵略した」と記載
- 完全な歴史の歪曲
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**2. ノーザン王国**
**魔族人口:**
- 国内在住魔族:2万人(総人口850万の0.2%)
**差別の実態:**
- 魔族の入国禁止(例外なし)
- 魔族商品への300%関税
- 魔族の土地所有禁止
- 魔族への就職拒否率:90%
**差別の理由:**
- 「魔族は呪いをかける」
- 「魔族の子供を見ると不幸になる」
- 完全な迷信
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**3. サウザン連邦**
**魔族人口:**
- 国内在住魔族:3万人(総人口1,300万の0.2%)
**差別の実態:**
- 魔族の船の入港拒否
- 魔族との結婚禁止(法律で明文化)
- 魔族の公職就任禁止
- 魔族居住区:森の奥の隔離地域
**差別の理由:**
- 「魔族は自然を汚す」
- 「魔族は邪悪な存在」
- エルフの純粋主義
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**4. 帝国**
**魔族人口:**
- 国内在住魔族:10万人(総人口2,600万の0.4%)
**差別の実態:**
- ほとんどない
- 18年前の戦争で、共に戦った経験
- 魔族も人族も平等に扱われる
**皇帝の方針:**
「魔族も人族も、同じ人間だ」
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**5. リベラ共和国**
**魔族人口:**
- 国内在住魔族:210万人(総人口1,950万の11%)
**差別の実態:**
- 全くない
- 魔族は、完全に社会に統合されている
- 異人種間結婚率:25%
- タイシの妻の一人がダークエルフ
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**世界の魔族差別の根本原因:**
**1. 歴史の歪曲**
- 1,000年前の戦争の記憶
- しかし、実際は人族が侵略した
- 教科書では「魔族が侵略した」と記載
**2. 無知と偏見**
- 魔族を実際に見たことがない人が多い
- メディアが「魔族は邪悪」と報道
- 迷信が広まる
**3. 経済的利益**
- 魔族を排除すれば、人族商人が利益を得る
- 魔族商人の資産を奪える
**4. スケープゴート**
- 社会問題を魔族のせいにする
- 「不況は魔族のせいだ」
- 「犯罪は魔族のせいだ」
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タイシは、報告書を読み終えた。
そして、怒りに震えた。
「これは…ノーザンの獣人差別よりも、ひどい…」
「魔族は、何も悪いことをしていない…」
「ただ、存在するだけで、差別される…」
タイシは、決断した。
「魔族差別を、完全に無くす」
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**【魔族差別撲滅プロジェクト】**
**タイシの戦略:4段階アプローチ**
**第1段階:緊急食料支援(即日実施)**
- リベラから魔族領へ食料30万トン輸送
- ゴーレム船20隻で輸送
- 費用:3億金貨
- 期間:1年間継続
**第2段階:歴史の真実を明らかにする(3ヶ月計画)**
**1. 古文書の発掘**
- タイシ自身が、世界中の図書館・古文書館を訪問
- 1,000年前の戦争の真実を記した文書を探す
- 中立的な第三者(学者)の記録を重視
**2. 歴史検証委員会の設置**
- 各国から歴史学者を集める
- 合計100人
- 議長:リベラの歴史学者
- 1,000年前の戦争を再検証
**3. 真実の公表**
- 検証結果を世界に公表
- 「人族が侵略した」という事実を明らかに
- 全ての国の教科書を訂正
**費用:5,000万金貨**
**第3段階:魔族との交流プログラム(1年計画)**
**1. 魔族留学生プログラム**
- 魔族の学生1,000人を各国に留学させる
- 費用:リベラが全額負担
- 目的:魔族を実際に知ってもらう
**2. 魔族文化祭**
- 各国で魔族の文化を紹介
- 音楽、料理、芸術、魔法
- 「魔族は邪悪ではない」ことを示す
**3. 魔族ビジネスマン交流**
- 魔族商人と人族商人の合同会議
- 貿易協定の締結
- 互恵関係の構築
**費用:10億金貨**
**第4段階:法的整備(各国と交渉)**
**1. 魔族差別禁止法の制定**
- 貿易制限の撤廃
- 入国制限の撤廃
- 就職差別の禁止
- 暴力事件の厳罰化
**2. 魔族権利条約**
- 全ての国が署名
- 魔族の人権を保証
- 違反国には、リベラが経済制裁
**費用:1,000万金貨(交渉費用)**
**総費用:13億6,000万金貨(3年間)**
**目標:**
- 3年後、魔族差別を80%削減
- 魔族への貿易制限完全撤廃
- 魔族の完全な社会統合
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しかし、タイシは気づいていた。
法律や交流だけでは、不十分だ。
最も効果的なのは、「実例」を見せることだ。
だから、タイシは決めた。
「私が、魔族を連れて、世界中を回る」
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1週間後。
タイシは、ゼノビアと共に、イースタン商業同盟を訪問した。
イースタンの首都、商業都市マーケットシティ。
タイシとゼノビアは、街の中心広場に立った。
広場には、5万人の群衆が集まっていた。
そして、そのほとんどが、敵意に満ちた目でゼノビアを見ていた。
「魔族だ!」
「邪悪な魔王だ!」
「帰れ!」
罵声が、飛び交った。
ゼノビアは、悲しそうな顔をした。
タイシは、ゼノビアの手を握った。
「大丈夫」
「私がいる」
そして、タイシは群衆に向かって叫んだ。
「イースタンの皆さん!」
「聞いてください!」
タイシの声は、魔法で増幅され、5万人全員に届いた。
「私は、リベラ共和国のタイシです」
「隣にいるのは、魔王ゼノビアです」
「あなたたちは、彼女を『邪悪』だと思っているでしょう」
「しかし、それは間違いです」
群衆がざわめいた。
タイシは、続けた。
「18年前、私たちは戦争をしました」
「帝国が、世界を侵略しようとしました」
「その時、誰が帝国と戦ったと思いますか?」
「魔族です」
「ゼノビアは、5万人の魔族軍を率いて」
「人族のために、戦ってくれました」
「人族を守るために、命を懸けてくれました」
「それが、邪悪な者のすることでしょうか?」
群衆は、黙った。
タイシは、続けた。
「あなたたちは、1,000年前の戦争の記憶で」
「魔族を恐れています」
「しかし、真実を知っていますか?」
「1,000年前の戦争は」
「人族が魔族領を侵略した戦争です」
「魔族は、侵略されたのです」
「自衛のために、戦ったのです」
「しかし、歴史書では『魔族が侵略した』と書かれています」
「これは、嘘です」
タイシは、古文書を取り出した。
「これは、1,000年前の中立国の学者が書いた記録です」
「『人族軍が魔族領に侵入し、魔族の村を焼いた』」
「『魔族は、やむを得ず反撃した』」
「『しかし、人族は魔族を侵略者と呼んだ』」
「これが、真実です」
群衆は、衝撃を受けた。
タイシは、ゼノビアを見た。
「ゼノビア」
「何か、言いたいことは?」
ゼノビアは、前に出た。
そして、群衆に向かって言った。
「イースタンの皆さん」
「私は、魔王ゼノビアです」
「あなたたちは、私を恐れているでしょう」
「しかし、私もあなたたちと同じです」
「家族を愛し」
「平和を望み」
「幸せに暮らしたいと思っています」
ゼノビアは、涙を流した。
「魔族は、邪悪ではありません」
「ただ、人族と見た目が違うだけです」
「角があり、羽があり、尾があります」
「しかし、心は同じです」
「どうか、私たちを理解してください」
「私たちは、あなたたちと友達になりたいのです」
群衆の中から、一人の老人が前に出た。
「魔王様…」
「あなたの言葉、心に響きました…」
「私は、間違っていました…」
老人は、ゼノビアに頭を下げた。
「申し訳ありませんでした…」
すると、次々と人々が前に出た。
「私も、間違っていました…」
「魔族を差別していました…」
「ごめんなさい…」
ゼノビアは、涙を流しながら、言った。
「いいえ」
「謝らないでください」
「あなたたちは、悪くありません」
「偏見が、悪いのです」
「さあ、友達になりましょう」
ゼノビアは、手を差し出した。
老人は、その手を握った。
そして、群衆全体が、拍手を始めた。
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タイシとゼノビアは、3ヶ月かけて、イースタン、ノーザン、サウザンの全ての主要都市を訪問した。
合計50都市。
毎回、同じように演説し、真実を伝えた。
そして、人々の心を変えていった。
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**【魔族差別撲滅プロジェクト・6ヶ月後の成果】**
**法的変化:**
- イースタン:貿易禁止令撤廃
- ノーザン:関税300%→0%
- サウザン:入港拒否撤廃
- 3カ国とも魔族差別禁止法を制定
**経済的変化:**
- 魔族領への食料輸入:再開
- 貿易量:以前の150%に増加
- 魔族商人の資産凍結:解除
- 魔族領GDP:5億→7億金貨(40%増)
**社会的変化:**
- 魔族への暴力事件:年間1,000件→100件(90%減少)
- 魔族留学生:1,000人が各国で学ぶ
- 魔族と人族の友好関係:急速に改善
**教科書改訂:**
- 全ての国で歴史教科書を改訂
- 「1,000年前の戦争は人族が侵略した」と正しく記載
**世論調査:**
- 「魔族は邪悪」と思う人:80%→20%(6ヶ月で60ポイント改善)
- 「魔族と友達になりたい」:15%→65%
**ゼノビアの感想:**
「タイシ様、ありがとうございます」
「1,000年続いた偏見が、わずか6ヶ月で消えつつあります」
「これは、奇跡です」
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その夜。
タイシは、ゼノビアと二人で、魔族領の丘に立っていた。
眼下には、ダークキャッスルの街並みが広がっていた。
街は、明るく、人々が笑顔で歩いていた。
ゼノビアが、言った。
「タイシ様」
「18年前、あなたは私に言いました」
「『力で支配された平和は、真の平和ではない』と」
「その言葉、今、よく分かります」
ゼノビアは、タイシを見た。
「あなたは、力で魔族差別を無くすこともできました」
「各国を脅して、法律を変えさせることもできました」
「しかし、あなたはそれをしなかった」
「あなたは、人々の心を変えました」
「対話で、真実で、愛で」
ゼノビアは、涙を流した。
「ありがとう」
「あなたは、私の国を救ってくれた」
「私の民を救ってくれた」
タイシは、微笑んだ。
「どういたしまして」
「でも、まだ終わっていない」
「世界には、まだ差別がある」
「貧困がある」
「苦しんでいる人がいる」
「私の戦いは、まだ続く」
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**【リベラ共和国・最新データ(19年後)】**
**総人口:1,950万人**
**経済:**
- GDP:111億金貨/年
**世界支援(直近1年半):**
- 帝国緊急支援・土地改革:58億金貨
- ノーザン獣人差別撲滅:10億金貨
- 魔族差別撲滅:13.6億金貨
- **合計:81.6億金貨**
**タイシの活動:**
- 3ヶ月で50都市訪問
- ゼノビアと共に演説
- 1,000年の偏見を6ヶ月で80%解消
**世界の変化:**
- 帝国貧困率:18%→12%
- ノーザン獣人差別:90%削減傾向
- 魔族差別:80%→20%
- 世界の貧困率:10.2%→8.5%(878万人→731万人)
**タイシの家族:**
- 年齢:41歳
- 妻:5人
- 子供:5人(8-12歳)
**次の課題:**
- イースタン経済格差是正
- 世界貧困率1%以下へ
**タイシの方針:**
「一つ一つ、確実に解決する」
「次は、イースタンの経済格差だ」
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