第八章:強制捜査
数日後の早朝。
王国財務省の執務室。
ヴィクター・グレイソンは、部下たちを集めていた。
「これより、スミス商会への強制捜査を開始する」
ヴィクターが宣言した。
「デュランド公爵からの許可も得ている」
「目的は、密輸組織との繋がりを証明すること」
「そして」
ヴィクターの目が光った。
「ゴーレムトラックの技術を押収すること」
「全員、準備しろ」
「1時間後、スミス商会へ向かう」
部下たちが動き出す。
だが
その中に、ダリウス、レオン、マルコの3人がいた。
3人は、顔を見合わせた。
*まずい…*
*マイケルさんが危ない*
ダリウスは決断した。
「レオン、マルコ」
小声で言った。
「俺たちは、今日、風邪で休む」
「え?」
「いいから、従え」
ダリウスは真剣な目で続けた。
「俺たちは、マイケルさんに恩がある」
「命を救ってもらった」
「あの人を裏切るわけにはいかない」
レオンとマルコは、一瞬驚いたが
すぐに頷いた。
「分かった」
「俺たちも、同じ気持ちだ」
3人は、そっと執務室を抜け出した。
そして
スミス商会へ向かって、必死で走り出した。
*マイケルさん*
*逃げてくれ*
*ヴィクターが来る*
---
スミス商会。
マイケルは事務所で、帳簿の整理をしていた。
商品は全て別の倉庫に移動済み。
ゴーレムトラックも、王都の外の安全な場所に隠してある。
店には、通常の商品だけが並んでいる。
「これで、もし捜査が来ても大丈夫…」
マイケルが呟いたその時
「マイケルさん!」
店の扉が勢いよく開いた。
ダリウス、レオン、マルコの3人が、息を切らして駆け込んできた。
「ダリウスさん!?」
マイケルが驚いた。
「どうしたんですか?」
「逃げてください!」
ダリウスが必死に叫んだ。
「ヴィクター・グレイソンが、今から強制捜査に来ます!」
「1時間後です!」
「強制捜査!?」
マーガレットが顔色を変えた。
「はい!」
レオンが説明した。
「密輸の疑いで、デュランド公爵から許可を得たそうです!」
「店と倉庫を全て調べると!」
マルコが付け加えた。
「それに、ゴーレムトラックの技術を押収するつもりです!」
マイケルは深呼吸した。
「ありがとう、ダリウスさん」
「でも、あなたたちは大丈夫なんですか?」
「ヴィクターに逆らって…」
「構いません!」
ダリウスが断言した。
「俺たちは、もう決めました!」
「あなた方に命を救われた恩があります!」
「それに」
ダリウスの目が真剣になった。
「俺たちは、ヴィクターのような腐った上司の下で働くのは嫌なんです!」
「正義のために働きたい!」
「あなたが言っていた、『民を守る本当の正義』のために!」
レオンとマルコも頷いた。
「俺たちも同じです!」
「もう、ヴィクターには戻りません!」
マイケルは、3人の決意を感じ取った。
「分かった」
マイケルは頷いた。
「ならば、あなたたちを信じます」
「これから、共に戦いましょう」
「はい!」
3人は深々と頭を下げた。
その時
ブライアンたち『獅子の牙』が駆けつけてきた。
「マイケルさん、街中が騒がしい!」
ブライアンが言った。
「王国の役人たちが集結している!」
「知っています」
マイケルは冷静に答えた。
「ヴィクター・グレイソンが、強制捜査に来ます」
「なんだと!?」
ガイが驚いた。
「どうする? 逃げるか?」
「いえ」
マイケルは首を振った。
「逃げません」
「え?」
全員が驚いた。
「俺たちは、何も悪いことをしていない」
マイケルは説明した。
「商品は全て別の場所に移した」
「ゴーレムトラックも隠してある」
「この店には、通常の商品しかない」
「捜査が来ても、何も出てこない」
「だが」
マイケルの目が鋭くなった。
「ヴィクターが不当な捜査をするなら、徹底的に抗議する」
「王国の法は、俺たちも守ってくれるはずだ」
レイチェルが心配そうに言った。
「でも、相手はデュランド公爵の後ろ盾があります…」
「だからこそ、堂々と対応する」
マイケルは言った。
「逃げれば、罪を認めたことになる」
「俺たちは正しい」
「だから、戦う」
マーガレットが夫の手を握った。
「あなたらしいわ」
「私も一緒に戦うわ」
クリス、ヒューズ、アマンダも決意を固めた。
「俺たちも!」
「スミス商会を守ります!」
ブライアンが剣を抜いた。
「俺たちも護衛する」
「役人相手でも、不当な暴力には対抗する」
「ありがとう、みんな」
マイケルは感謝した。
そして
マイケルは通信魔石を取り出した。
「タイシ様にも連絡しておきます」
---
*まるで、準備していたかのように*
*やはり、何か隠している*
数時間後。
部下たちが報告に来た。
「査察官、何も見つかりませんでした」
「倉庫にあるのは、通常の商品だけです」
「事務所の書類も、全て正規のものです」
「違法性は見当たりません」
ヴィクターは舌打ちした。
「ゴーレムトラックは?」
「ありません」
「店舗にも、倉庫にも」
「馬鹿な!」
ヴィクターが叫んだ。
「確かに、この店にあったはずだ!」
「ダリウスが目撃している!」
マイケルが口を開いた。
「ゴーレムトラックなら、別の場所にあります」
「どこだ!?」
「それは、企業秘密です」
マイケルは微笑んだ。
「商人の輸送手段を明かす義務はありません」
「それに」
マイケルは令状を見た。
「この令状の捜索範囲は、この店舗と倉庫だけです」
「他の場所を捜索する権限はないでしょう?」
ヴィクターは顔を真っ赤にした。
*この男…!*
*完全に先回りされている!*
「ならば、その場所の令状も取る!」
ヴィクターが怒鳴った。
「ゴーレムトラックを押収する!」
「押収?」
マイケルは冷静に反論した。
「何の罪で?」
「ゴーレムトラックは、正規に購入したものです」
「購入証明書もあります」
「違法性はありません」
「だが」
ヴィクターが言いかけたその時
店の扉が開いた。
入ってきたのは
ダリウス、レオン、マルコの3人。
「査察官!」
ダリウスが叫んだ。
「!?」
ヴィクターが振り返った。
「ダリウス!? お前たち、何故ここに!?」
「風邪で休むと言ったはずだ!」
「申し訳ございません」
ダリウスは息を切らせながら言った。
「ですが…報告があります」
「何だ?」
「スミス商会は…無実です」
ダリウスが断言した。
「彼らは、合法的に商売をしています」
「密輸組織との繋がりはありません」
「何を言っている!?」
ヴィクターが激怒した。
「お前は、私の部下だぞ!」
「スミス商会の肩を持つのか!?」
「肩を持つのではありません」
ダリウスは真っ直ぐヴィクターを見た。
「事実を述べているだけです」
「我々は、森でマイケル・スミス氏に命を救われました」
「彼は、監視していた我々を、見捨てずに助けてくれました」
「その恩を、裏切ることはできません」
レオンとマルコも前に出た。
「俺たちも同じです」
「マイケル・スミス氏は、善良な商人です」
「彼を陥れるような真似は、できません」
ヴィクターは、信じられないという顔をした。
「お前たち…」
「俺の部下が…裏切るのか…?」
「裏切っているのではありません」
ダリウスが答えた。
「正義に従っているだけです」
「査察官、あなたは平民出身でありながら、保守派貴族に取り入っています」
「同じ平民の商人を、不当に取り締まっています」
「それは、本当の正義ですか?」
ヴィクターは言葉を失った。
「俺は…正義のために…」
「いいえ」
ダリウスは首を振った。
「あなたは、自分の出世のために動いているだけです」
「平民を裏切って、貴族に媚びているだけです」
「黙れ!」
ヴィクターが叫んだ。
「お前たちは、クビだ!」
「今すぐ、財務省を去れ!」
「承知しました」
ダリウスは官服のバッジを外し、ヴィクターに投げ渡した。
「俺たちは、もうあなたの部下ではありません」
レオンとマルコも、バッジを外した。
「これで、自由になれます」
「本当の正義のために、働けます」
3人は、マイケルの方を向いた。
「マイケル・スミス氏」
ダリウスが深々と頭を下げた。
「俺たちを、雇っていただけませんか?」
「え?」
マイケルも驚いた。
「あなた方は…財務省を辞めるのですか?」
「はい」
ダリウスは真剣な目で答えた。
「俺たちは、あなたのような人のために働きたい」
「民を大切にする、本当の商人のために」
レオンとマルコも頷いた。
「どうか、お願いします」
マイケルは、3人を見つめた。
そして
微笑んだ。
「歓迎します」
「スミス商会へようこそ」
「ありがとうございます!」
3人は感激した表情で頭を下げた。
ヴィクターは、呆然と立ち尽くしていた。
*俺の部下が…*
*スミス商会に寝返った…?*
*信じられない…*
ヴィクターは、何も言えないまま、店を出て行った。
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ヴィクターが去った後。
マイケルは、ダリウスたち3人に尋ねた。
「本当に、いいのですか?」
「財務省を辞めて、商会で働くことに」
「はい」
ダリウスが答えた。
「俺たちは、もう決めました」
「あなたのために働きたい」
「そして」
ダリウスは真剣な目でマイケルを見た。
「あなたが言っていた、『国を変える』ということ」
「それに、協力したいんです」
マイケルは驚いた。
「あなたたちは…覚えていたのですか」
「はい」
レオンが答えた。
「あなたは、森で言いました」
「『この国は、いずれ変わる』と」
「『その時、どちら側につくか、自分で決めろ』と」
マルコも続けた。
「俺たちは、決めました」
「あなたの側につく、と」
マイケルは、3人の肩を叩いた。
「ありがとう」
「一緒に、頑張りましょう」
「はい!」
3人は力強く頷いた。
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その夜。
デュランド公爵邸。
ヴィクターは、公爵に報告していた。
「何も…見つからなかっただと?」
公爵が不機嫌そうに言った。
「申し訳ございません」
ヴィクターは頭を下げた。
「スミス商会は、商品を事前に移動させていたようです」
「それに」
ヴィクターは苦い顔をした。
「私の部下3人が、スミス商会に寝返りました」
「何!?」
公爵が驚いた。
「お前の部下が、平民商人に!?」
「はい…」
ヴィクターは屈辱に震えた。
「あのマイケル・スミスという男は…」
「ただの商人ではありません」
「人の心を掴むのが上手い」
「そして、何か大きな目的を持っています」
公爵は考え込んだ。
「危険な男だな」
「はい」
「だが」
公爵の目が鋭くなった。
「それだけに、その技術は手に入れたい」
「ゴーレムトラックの技術を」
「ヴィクター、引き続き監視を続けろ」
「次の機会を狙え」
「承知しました」
ヴィクターは頭を下げた。
だが
ヴィクターの心には、焦りが生まれていた。
*マイケル・スミス…*
*お前は、いったい何者だ…?*
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同じ頃。
スミス商会の事務所。
マイケル、マーガレット、レイチェル、ブライアンたち、そしてダリウスたち3人が集まっていた。
「今日は、危なかったな」
ブライアンが言った。
「ヴィクターは、完全に本気だ」
「ああ」
マイケルは頷いた。
「だが、今回は切り抜けた」
「ダリウスたちのおかげだ」
「いえ、当然のことをしただけです」
ダリウスが答えた。
「それよりも」
ダリウスは真剣な顔で言った。
「マイケルさん、あなたの本当の目的を教えてください」
「『国を変える』とは、具体的にどういうことですか?」
マイケルは、3人を見つめた。
そして
決意した。
「分かりました」
「全てを話します」
マイケルは、タイシとの出会い、村の秘密、そして王国を変える計画について、全てを語った。
3人は、息を呑んで聞いていた。
「タイシ様という…15歳の少年が…」
ダリウスが呟いた。
「一人で、あれだけの力を…」
「信じられない…」
レオンも驚愕していた。
「だが、本当なんですね」
マルコが尋ねた。
「はい」
マイケルは頷いた。
「タイシ様は、この国を変えようとしています」
「民を見捨てる王国を、民を守る国に」
「そして」
マイケルは3人を見た。
「俺たちは、その協力者です」
「いつか、タイシ様が立ち上がる日のために」
「準備をしているんです」
ダリウスは、深く息を吸った。
そして
立ち上がり、膝をついた。
「マイケル・スミス氏」
「いえ」
ダリウスは頭を下げた。
「マイケル様」
「俺たちは、あなたに、そしてタイシ様に忠誠を誓います」
レオンとマルコも、膝をついた。
「この命、タイシ様のために」
マイケルは、3人の手を取った。
「ありがとう」
「共に、新しい国を作りましょう」
3人は力強く頷いた。
新たな仲間が加わった。
そして
王国を変える戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。
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