第七章:暗雲
数日後。
王都の貴族街にある、デュランド公爵邸。
豪華な執務室で、デュランド公爵はヴィクターからの報告書を読んでいた。
「ゴーレムトラック…高度な魔導技術…」
デュランド公爵は、60代の男。
保守派貴族の中心人物の一人だ。
白髪に厳格な表情。鋭い目つき。
「興味深いな」
公爵は報告書を置いた。
「ヴィクター、これは本当か?」
「はい、閣下」
ヴィクターが恭しく答えた。
「私の部下が、実際に目撃しています」
「平民商人が、そのような技術を持っているとは…」
公爵は顎に手を当てた。
「どこで手に入れた?」
「それが、不明なのです」
ヴィクターは答えた。
「スミス商会は、仕入れ先を明かしません」
「だが、間違いなく、どこかに秘密の工房があるはずです」
公爵は考え込んだ。
「もし、その技術を王国が手に入れられれば…」
「軍事的にも、経済的にも、大きな利益になります」
ヴィクターが言った。
「10トンの荷物を運べるゴーレムトラック」
「これを軍用に転用すれば、補給路が劇的に改善されます」
「それに、商業でも革命が起こります」
公爵は頷いた。
「だが、平民商人にそんな技術を独占させるわけにはいかない」
「そこで、閣下」
ヴィクターが提案した。
「スミス商会を徹底的に調査する許可をいただきたいのです」
「必要であれば、店舗や倉庫の強制捜査も」
「強制捜査か…」
公爵は少し考えた。
「だが、理由がなければ難しい」
「平民商人とはいえ、正当な商売をしているのなら、王国の法で保護されている」
「理由はあります」
ヴィクターは自信を持って言った。
「密輸の疑いです」
「密輸?」
「はい。スミス商会は、突然大量の高級品を出品しました」
「その仕入れ先を明かさない」
「これは、密輸組織から買い取った可能性があります」
「なるほど…」
公爵は納得した。
「確かに、それなら捜査の理由になる」
「では、許可する」
「ありがとうございます!」
ヴィクターは深々と頭を下げた。
「必ず、スミス商会の秘密を暴き出します」
「期待しているぞ」
公爵は言った。
「だが」
公爵の目が鋭くなった。
「もし、その技術を手に入れたら」
「私に報告しろ」
「王国のため…いや、我々保守派のために使う」
「承知しております」
ヴィクターは微笑んだ。
*これで、スミス商会を潰せる*
*そして、その技術を奪える*
*俺の出世は、確実だ*
---
その夜。
スミス商会の事務所。
マイケルは、通信魔石を使ってタイシに連絡していた。
『マイケルさん、どうしました?』
タイシの声が魔石から響く。
「タイシ様、状況が悪化しています」
マイケルは説明した。
「ヴィクター・グレイソンが、保守派貴族と組んだようです」
「おそらく、近いうちに店の強制捜査が入ります」
『強制捜査…』
タイシの声が少し緊張した。
「商品は全て、別の倉庫に隠しました」
マイケルは続けた。
「ゴーレムトラックも、王都の外に移動させました」
「だが」
マイケルは悩んだ。
「このまま、取引を続けるべきか…」
『マイケルさん』
タイシが静かに言った。
『あなたは、どうしたいですか?』
マイケルは少し考えてから、答えた。
「俺は…タイシ様との取引を続けたいです」
「この腐った王国を変えるために」
「力をつけたいです」
『なら、続けましょう』
タイシの声が力強くなった。
『私も、あなたを支えます』
『何があっても』
「タイシ様…」
マイケルは感動した。
『ただし、今は慎重に動いてください』
タイシが付け加えた。
『ヴィクター・グレイソンは、あなたを罠にはめようとしています』
『証拠がなければ、彼らは何もできません』
『時間を稼いで、準備を整えましょう』
「分かりました」
マイケルは頷いた。
「必ず、乗り越えてみせます」
『期待しています』
通信が切れた。
マイケルは、窓の外を見た。
暗い夜空。
だが
マイケルの心には、希望の光が灯っていた。
*タイシ様がいる*
*俺は一人じゃない*
*必ず、この困難を乗り越える*
マイケルは、決意を新たにした。
---
翌朝。
王国財務省。
ヴィクターは、部下たちを集めていた。
「これより、スミス商会への強制捜査を開始する」
ヴィクターが宣言した。
「デュランド公爵からの許可も得ている」
「目的は、密輸組織との繋がりを証明すること」
「そして」
ヴィクターの目が光った。
「ゴーレムトラックの技術を押収すること」
「全員、準備しろ」
「1時間後、スミス商会へ向かう」
部下たちが動き出す。
だが
その中に、ダリウス、レオン、マルコの3人がいた。
3人は、顔を見合わせた。
*まずい…*
*マイケルさんが危ない*
ダリウスは決断した。
「レオン、マルコ」
「俺たちは、今日、風邪で休む」
「え?」
「いいから、従え」
ダリウスは小声で言った。
「俺たちは、マイケルさんに恩がある」
「あの人を裏切るわけにはいかない」
レオンとマルコは、一瞬驚いたが
すぐに頷いた。
「分かった」
「俺たちも、同じ気持ちだ」
3人は、そっと執務室を抜け出した。
そして
スミス商会へ向かって、走り出した。
*マイケルさん*
*逃げてくれ*
*ヴィクターが来る*
ダリウスは、必死で走った。




