第三章:大競売会
2日後。
王都の中心部にある、大競売場。
巨大な円形の建物。収容人数は1000人以上。
普段は、魔物の素材や武器防具、美術品などが競売にかけられる場所だ。
今日は月に一度の大競売会。
貴族や大商人たちが集まる、華やかな催しだ。
マイケルたちは、出品者用の控室にいた。
「緊張するな」
クリスが呟いた。
「こんな大舞台、初めてだ」
「大丈夫よ」
マーガレットが微笑んだ。
「私たちの品は、最高級なんだから」
「必ず高値がつくわ」
レイチェルが資料を確認している。
「出品順は」
「1番目:シルクモーンの布10ロール」
「2番目:デススパイダーの布5ロール」
「3番目:ドラゴンクロウガントレット3組」
「4番目:ミスリルダガー5本」
「5番目:エンシェントスタッフ1本」
「6番目:ドラゴンスケールメイル2着」
「7番目:アースドラゴン肉200キロ」
「8番目:ファングリザード肉300キロ」
「全部でプレミアム枠8品です」
「よし」
マイケルは頷いた。
そこへ、ブライアンたちが入ってきた。
「マイケルさん、護衛に来ました」
「ありがとう」
マイケルは感謝した。
「今日は頼む」
「任せてくれ」
ブライアンが胸を叩いた。
ガイが周囲を警戒しながら言った。
「さっき、会場の様子を見てきたが…すごい人だ」
「貴族がたくさんいる」
「それに」
ガイの表情が曇った。
「王国の役人らしき者もいた」
「やはりな」
マイケルは予想していたという顔で頷いた。
「これだけの品を出品すれば、注目される」
「だが、問題ない」
そこへ、競売場の職員が来た。
「スミス商会様、もうすぐ開始です」
「準備はよろしいですか?」
「はい」
マイケルが答えた。
「では、こちらへ」
職員に案内され、マイケルたちは会場へと向かった。
---
大競売場の会場。
円形の座席に、1000人以上の客が座っている。
前方には、競売台。
そして、巨大なスクリーン。出品物の映像が映し出される。
華やかな貴族たち。
厳つい顔をした商人たち。
そして
後方の特別席には、王国の役人たちが座っていた。
競売人が壇上に立った。
中年の男性。派手な衣装を着ている。
「皆様、お待たせいたしました!」
競売人の声が会場に響き渡った。
「本日の大競売会を開始いたします!」
拍手が起こる。
「本日は、特別な品々が多数出品されております!」
「それでは、早速参りましょう!」
「最初の出品物は」
スクリーンに、シルクモーンの布が映し出された。
「シルクモーンの布、10ロール!」
「最高級のシルク! 王都でも滅多に手に入らない逸品です!」
「開始価格は、金貨1000枚!」
会場がざわついた。
「1000枚だと!?」
「シルクモーンの布が、こんなに大量に!?」
貴族たちが興味を示している。
「では、入札開始!」
「金貨1000枚! どなたか!」
すぐに、札が上がった。
「1000枚!」
「1200枚!」
「1500枚!」
「2000枚!」
価格がどんどん上がっていく。
「2000枚! 他にいらっしゃいますか!」
「2500枚!」
さらに札が上がる。
「3000枚!」
「3000枚! 他には!」
競売人が会場を見回す。
しばらくして
「3000枚で、落札です!」
ハンマーが叩かれる。
マイケルは控室で、その様子をスクリーンで見ていた。
「3000枚…」
レイチェルが記録した。
「予想以上です」
「これは幸先がいいな」
マイケルは微笑んだ。
次々と出品物が競売にかけられていく。
デススパイダーの布5ロール→金貨4000枚で落札
ドラゴンクロウガントレット3組→金貨9000枚で落札
ミスリルダガー5本→金貨8000枚で落札
そして
「次の出品物は!」
競売人の声が、一段と高くなった。
「エンシェントスタッフ! 伝説級の魔導杖です!」
スクリーンに、美しい銀の杖が映し出された。
会場が沸いた。
「伝説級だと!?」
「あんなものが出品されるのか!?」
魔導士たちが身を乗り出している。
「開始価格は、金貨5000枚!」
「5000枚!」
「6000枚!」
「7000枚!」
「1万枚!」
価格が急上昇する。
「1万2000枚!」
「1万5000枚!」
「2万枚!」
会場が興奮に包まれた。
「2万枚! 他には!」
「2万5000枚!」
さらに札が上がる。
「3万枚!」
「3万枚! 他にいらっしゃいますか!」
しばらく沈黙。
「3万枚で、落札です!」
ハンマーが叩かれた。
控室で、マイケルたちは歓声を上げた。
「3万枚!」
「信じられない!」
「これで、もう5万枚を超えました!」
レイチェルが興奮気味に言った。
そして
ドラゴンスケールメイル2着→金貨4万5000枚で落札
アースドラゴン肉200キロ→金貨2万枚で落札
ファングリザード肉300キロ→金貨1万5000枚で落札
全ての競売が終わった。
「総額」
レイチェルが計算した。
「金貨12万7000枚!」
「12万7000枚!?」
マイケルも驚いた。
予想を遥かに超える金額だった。
「これで、ゴーレムトラックどころか…」
マーガレットが言った。
「大量仕入れができますね!」
マイケルは微笑んだ。
「ああ、これで準備は整った」
「明日、タイシ様の村へ向かおう」
---
しかし。
競売が終わった後。
マイケルたちが会場を出ようとしたとき
「ちょっと待ってもらおうか」
低い声が響いた。
振り返ると
王国の役人が、数人の護衛を連れて立っていた。
40代半ばの男。黒いローブに王国の紋章。鋭い目つき。口元には冷たい笑み。
「あなたがスミス商会の主人か?」
「はい」
マイケルは冷静に答えた。
「私がマイケル・スミスです」
「何か?」
男は名乗った。
「私はヴィクター・グレイソン」
「王国財務省、査察官だ」
*財務省の査察官…!*
マイケルの背筋に冷たいものが走った。
査察官それは、王国の商取引を監視し、不正を摘発する権限を持つ役職。
そして、ヴィクター・グレイソンという名前は、商人たちの間で恐れられていた。
*容赦のない男*
*少しでも疑わしい点があれば、徹底的に調査する*
*賄賂も効かない*
*正義を盾に、多くの商人を追い詰めてきた*
だが
マイケルは、ヴィクターの背景を知っていた。
ヴィクター・グレイソン。
元は平民出身。貧しい家庭に生まれ、苦学して王国の官吏試験に合格した男。
優秀な頭脳と冷徹な性格で、財務省で頭角を現し、わずか20年で査察官の地位まで上り詰めた。
表向きは清廉潔白。だが裏では
*平民出身でありながら、保守派貴族に取り入ることで地位を得た*
*同じ平民の商人に対しては、特に厳しい*
*平民が力を持つことを嫌う、貴族の犬*
商人たちは、陰でそう呼んでいた。
ヴィクターは平民出身である自分を恥じ、貴族になることを夢見ている。
そのために、保守派貴族に忠実に仕え、平民商人を監視し、時には潰してきた。
*同じ平民のくせに…*
マイケルは内心、軽蔑していた。
ヴィクターは鋭い目でマイケルを見た。
「これだけの高級品を、どこで仕入れたのか」
「教えてもらおうか」
マイケルは落ち着いて答えた。
「辺境の森で、運良く魔物を討伐した冒険者から仕入れました」
「冒険者?」
ヴィクターの目が細くなった。
「名前は?」
「名乗らなかったので、存じ上げません」
「都合がいいな」
ヴィクターは冷笑した。
「アースドラゴンの肉、ドラゴンスケールの防具、伝説級の武器…」
「これだけのものを、『運良く』手に入れたと?」
「はい」
マイケルは動じなかった。
「商人として、良い仕入れができました」
「それだけです」
ヴィクターは一歩近づいた。
「マイケル・スミス」
「君のことは調べさせてもらった」
「スミス商会。設立15年。王都では中堅の商会だ」
「だが」
ヴィクターの声が低くなった。
「これまで、こんな高級品を扱ったことはない」
「突然、これだけの品を出品する」
「怪しくないか?」
マイケルは冷静に反論した。
「商人は常に新しい仕入れ先を探しています」
「今回、たまたま良い機会に恵まれただけです」
「王国の法に触れることは何もしていません」
ヴィクターは数秒、マイケルを睨みつけた。
そして
「今回は見逃してやる」
「だが」
ヴィクターは指を突きつけた。
「次に怪しい動きがあれば、容赦しない」
「君の商会を徹底的に調査する」
「覚えておけ」
そう言い残して、ヴィクターは護衛を連れて去っていった。
---
ヴィクターたちが見えなくなってから
ブライアンが呟いた。
「あいつ…ヴィクター・グレイソンか」
「知ってるのか?」
マイケルが尋ねた。
「ああ」
ブライアンは苦い顔をした。
「冒険者ギルドでも有名だ」
「悪名高い、査察官」
ガイが付け加えた。
「表向きは正義漢だが、平民出身のくせに保守派貴族に取り入って、同じ平民商人を取り締まっている」
「自分の出世のために、仲間を売る最低の野郎だ」
ヘレンが心配そうに言った。
「マイケルさん、大丈夫ですか?」
「ああ」
マイケルは頷いた。
「今回は合法的に取引した」
「あいつも証拠がないから、手を出せない」
「だが」
マイケルの表情が引き締まった。
「これから、もっと慎重に行動しなければならない」
「ヴィクターは、俺たちを監視するだろう」
マーガレットが夫の手を握った。
「でも、大丈夫よね?」
「タイシ様のことは、絶対にバレないわよね?」
「ああ」
マイケルは微笑んだ。
「あの村の場所は、俺たちしか知らない」
「それに」
マイケルは通信魔石を取り出した。
「何かあれば、すぐにタイシ様に連絡できる」
「問題ない」
---
その夜。
王国財務省の執務室。
ヴィクター・グレイソンは、机に向かっていた。
目の前には、スミス商会の調査資料。
「マイケル・スミス…」
ヴィクターは資料を見つめた。
「中堅の商人が、突然これだけの高級品を出品する」
「絶対に、何かある」
ヴィクターは部下を呼んだ。
「はい」
黒服の男が現れた。
「スミス商会を監視しろ」
「誰と接触するか、どこへ行くか、全て報告しろ」
「承知しました」
部下が去っていく。
ヴィクターは窓の外を見た。
夜の王都。
「新しい仕入れ先…」
ヴィクターは呟いた。
「それが何なのか、必ず突き止める」
「そして」
ヴィクターの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
「その情報を保守派貴族に献上すれば、俺はさらに出世できる」
「いずれは貴族の地位も手に入る」
ヴィクターの野望は、止まることを知らなかった。
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**登場人物紹介**
**ヴィクター・グレイソン**
- 年齢:45歳
- 職業:王国財務省 査察官
- 背景:
- 平民の貧しい家庭に生まれる
- 苦学して王国の官吏試験に合格
- 優秀な頭脳と冷徹な性格で、財務省で頭角を現す
- わずか20年で査察官の地位まで上り詰める
- 平民出身であることを恥じ、貴族になることを夢見ている
- 表の顔:
- 清廉潔白な正義漢
- 不正を許さない厳格な役人
- 賄賂を受け取らない
- 裏の顔:
- 保守派貴族に取り入ることで地位を得た
- 同じ平民の商人に対しては特に厳しい
- 平民が力を持つことを嫌う
- 正義を盾に、権力を振るう
- 野心家で、いずれは貴族の地位を手に入れようと目論んでいる
- 能力:
- 高い調査能力
- 法律の知識が豊富
- 人を見抜く鋭い洞察力
- 冷静沈着で、感情を表に出さない
- 弱点:
- 傲慢で、自分の正義を疑わない
- 権力への執着が強すぎる
- 平民出身であることにコンプレックスを持つ
- 実戦経験はなく、戦闘力は低い
- 目的:
- スミス商会の仕入れ先を突き止める
- その情報を保守派貴族に献上し、さらなる出世を狙う
- 最終的には貴族の地位を手に入れる




