EP8 Dancing Beat
レストランのすぐ傍にあるホテルのロビーにシヴァはいた。酔いつぶれたメイリルを抱えたゼロがディアと話している。その傍にちょこんとカイルが立っている。
少し飲みすぎたせいかシヴァも珍しく酔っていた。ホテルはゼロがすでに手配済みで部屋のキーがそれぞれ渡されていた。
「じゃあね、僕はメイリルについてるよ。ベロベロだもん」
ゼロはメイリルを抱えてエレベーターに乗り込んでいく。それを見ていたディアがそっとシヴァの前に立った。
「今日はお会いできて光栄でした」
シヴァも立ち上がろうとしたが制止されて座ったまま会釈する。
「いえ、こちらこそ。先ほどは失礼しました」
「ああ、いいや。あなたがどれほどこの子を大事に思っているかよくわかりましたから」
「そうですか」
シヴァはすぐ傍にいるカイルに視線を移す。カイルはディアに手を繋がれたままだ。
「それではそろそろ部屋へ行きましょうか。あなたも少し休んだ方がいい」
「ああ、はい」
三人はエレベーターに乗り込み部屋へと向かう。シヴァがふうと息を吐くとディアが顔を近づけた。
「部屋まで送りましょう。あなた、普段お酒は強いのではないですか?」
「ええ。でも今日は珍しく酔ってしまって」
部屋の前にきてカードキーでドアを開ける。シヴァが部屋に入るとディアは挨拶をしてドアを閉めた。シヴァはカイルのいない部屋を歩き大きなベットに倒れこむと溜息をついた。親子水入らず……か。確かにカイルはとても楽しそうだった。久しぶりに会えた父親に甘えた顔をしているのは見ていて嬉しかったが少しもどかしかった。
酔いに任せてこのまま寝てしまうのがいいかも知れないな。シヴァは体を起こすと服を脱ぎ捨ててベットに入った。
一方、カイルはディアと二人、部屋の中で問答をしていた。
「父様!私は色々聞きたいことがありますけど、でもその前にどうして連絡先すら置いていってくれなかったんですか?」
小さなテーブルを挟んで、向かい合ったソファに座るディアは足を組み頬杖をつく。
「ああ、迎えに行く予定だったんだよ。それにマリアンが妊娠していたろ?だから早く動く必要もあったし。寂しい思いをさせたと思っている。申し訳なかった」
「……それから魔女のお婆さんたちの話、さっき聞いていたのだと悪いことをしていたんですか?あの人たちは良い人でしたよ、とても」
「カイルが知らないから彼女らも親切にしてくれたのかもなあ……、私は間違ってなかったと思っているよ」
「……私はどうかはわかりません。でも逃げるときにお婆さんの一人が家の中を燃やしたのはそのためでしょうか?逃げなさいと言ってくれたんです」
カイルは思い出すように言葉にした。
「ああ、そうか。ちゃんと情はあったようだ。裏腹だな。それでカイルはまだその姿のままなのに私は驚いたよ。私のようになるか、母親のクリステンのようになるか楽しみだったんだが」
「ああ、それが……その」
「ヴァンパイアにも色々あるのかも知れんな。カイルは高熱で魘されたりしたかい?」
「ええ、この間」
「ならもうすぐだ。どちらになるか楽しみだな。それに彼はどちらを望んでいるのか」
ディアはフフと笑う。カイルは俯くと不安を口にした。
「私は……母様のような美しい人になれるでしょうか?シヴァは女性の姿を望んでいます。私はそれに答えたいと思っていて……」
「ほう、なんだ。カイルは彼を愛しているのか?」
カイルは顔を赤くすると何度か頷いた。
「だって……あんな素敵な人どこにもいません」
ディアは破顔すると頷いた。
「大丈夫だ。ならばお前はクリステンのような美女になるだろう。もうじきね。そうなればお前も妊娠可能になるが、そうなると彼との関係も変わってくるだろう」
「え?妊娠って……ヴァンパイアは妊娠しないのでは?」
「ん?ああ、そうか。カイルは知らんのだな。マリアンもお前と同じように変化して女性になり子供を産んだ。ヴァンパイアとのな。私たちの世代では子供ができなかったが、マリアンのおかげで妊娠ができるようだと分かってね」
「そうなんですか」
カイルが驚いた顔をするとディアが眉をしかめた。
「そうか……彼も知らんのだな。ふうん……どうしたものかな」
「何がですか?」
「マリアンの時と同じように試練を与えるかな」
ディアはフフと笑うとカイルの顔をじっと見た。
「マリアンの時も相手の男はヴァンパイアだったが優柔不断で、ふらふらしていたよ。彼はどうだろうな。我が一族に入るものなら何が必要か?」
「父様、何を考えているんですか」
「ふむ、覚悟はどうだろう、お前が変化した時、彼自身が後悔してしまったらお前についての記憶が消える。どうだろうか?」
カイルは真っ青になり首を横に振る。
「なんでですか!そんなことしなくたって」
「変わらないとでもいうか?あれほどの美しい男だぞ?気が変わることもあるかも知れん。もし妊娠でもして放り出されたらどうする?」
「それは……」
「決まりだ。さて行動に移そう」
立ち上がったディアの片手がカイルの額に触れる、パチンと音がしてカイルが椅子に倒れこんだ。ディアの目がカイルの目を覗き込む。
「私が彼に何かするのではない、お前の瞳がそうするのだ」
眠りの奥深くに誘い込まれるようにカイルは深く深く落ちて行った。
翌朝、ホテルのロビーでカイルはシヴァに会うと彼の袖をぎゅっと握り締めた。それを見てディアは笑い、連絡先をシヴァに渡すと彼はホテルを出て行った。
「どうした?」
シヴァが微笑みかけるとカイルは顔を上げた。
「もう大丈夫ですか?」
「うん?酔ってはいない」
カイルは頷くとシヴァに手を引かれて歩き出した。昨日のことは夢だったんだろうか?でももし彼に父が何かしていたらと思うと不安でたまらなくなる。久しぶりに会えたからあの人の醜悪な部分を忘れていた。駐車場で車に乗り込むとシヴァは百面相を続けているカイルの顔を覗き込む。
「どうした?久しぶりのお父さんだったろう?」
「ああ、はい」
「少しは楽しめたのか?」
「ええ、沢山色んな話が出来ましたし。あの……」
「うん?」
シヴァは車を出す。ゆっくりと走り出すとハンドルを回した。
「昨日父と会いました?」
「昨日っていつの話だ?」
「ホテルで部屋に戻った後です」
質問の意味を考えているのかシヴァは黙ったままでハンドルを握っている。少ししてから小さく頷いた。
「そういえば会ったな。電話がかかってきて部屋で会った」
「なんの話を?」
「ああ、色々だな。君のことや彼の話も聞いたし……あと」
「あと?」
「そう、君の変化についてもうじきだと聞いた。それについて後悔はしないかと……」
カイルは目を瞑ると俯いた。やっぱり何かしたんだ。
「カイル?」シヴァの呼びかけにも気がつかずにカイルは泣き出しそうな自分を抑えていた。シヴァは片手でカイルの頭をポンと触り、黙ったまま運転に戻った。
「カイル、着いたぞ」
ハッと顔を上げると森の館に着いていた。シヴァは荷物を下ろして家に入る。カイルも続き家に入ると、胸が詰まる気がしてうっと立ち止まった。
「どうした?」
「いいえ」
カイルはシヴァの手を取ると顔を上げた。彼の顔が青くなっている。また心配をかけてしまっている。
「大丈夫です、少し休んでもいいですか?」
「……ああ、わかった。何かあったら言いなさい」
「はい」
カイルは急ぎ部屋に戻るとベットに倒れこんだ。それよりもシヴァに何かあったらどうしたらいいんだろう。天井を見上げて目を閉じる。あの夜、父はなんと言ってたっけ?思い出せない。ごろごろとベットの上で寝転がっても埒が明かずに起き上がるとバスルームへ向かった。シヴァは自室にいるようで顔も合わせずに済みそうだ。
バスタブに少し湯をはって、棚にあったバスソルトを入れると、何度か手のひらで混ぜてバスタブに滑り込んだ。薄紫の湯にピンクの花びらが浮かんでいる。
首元まで浸かりこんでぶくぶくと息を吐いた。さっきから体の様子がおかしい、これが変化の兆しだろうか?両手を持ち上げて指先を見ると短くしていた爪が長く伸びている。
「え?」
ハッと息が詰まってバスタブに掴みもたれこむ。何かが体の中で暴れている。息が荒くなりバスタブに体が落ちた。暖かい湯の中で息苦しくもがいてやっとのことで顔を出す。物音に気付いたのかバスルームの外でシヴァの声がしているが呼吸がうまく出来ずに答えられない。
カイルはなんとかバスタブにつかまると体を預けた。体中が苦しい。さっきよりも体がぶつかって酷く痛む。バスルームのドアが大きな音を立てて開けられた。鍵がかかっていたからシヴァが蹴破っただろうか?
カイルが少し顔を上げるとそこにいたシヴァがバスタオルを肩からかけた。
「大丈夫か?どうした?」
カイルは息を整えながら頭の隅で父の言葉を思い出した。
「私が彼に何かするのではない、お前の瞳がそうするのだ」
ああ、そうだ。だめだ。カイルはシヴァから目を逸らして俯いた。
「カイル?」
シヴァが心配している。でも息が……声が……。
彼がカイルの顔を覗き込んでいる。
だめだ、だめ。
「カイル、しっかりしろ。大丈夫か?」
息を整えてカイルは目を閉じる。
「シヴァ、だめ。私から離れて、お願い」
「どうした?」
「だめ、私暗示をかけられてる。父様に……」
「カイル、大丈夫だから目を開けて、私を見ろ」
「違う、私の目に」
「大丈夫だ」
カイルは少し目を開いてシヴァから視線を逸らした。
「だめです。お願い、あなたは私を忘れてしまう」
「カイル、聞け。私はディアに全てを聞いた。君の目に暗示がかけられていることも知っている」
「え?」
「彼は私に君が変化したら後悔するか?と聞いた。私が望まぬ男の姿であっても後悔しないか?と」
やっぱり父様は……。
「後悔するようならば記憶が消える。カイルを幸せにしない者の未来などいらんと」
シヴァは落ち着いた声で話す。
「君に後悔することなんてない」
「シヴァ、私はあなたに忘れて欲しくありません」
カイルの目から涙が溢れる。
「大丈夫だ」
「いやです。どうして……言い切れるの?分からない」
「もし私が君を忘れてしまったらそれは自分に後悔したからだ。自分が愚かでバカで考えなしだからだ。でもそんなことはありえない」
「どうして……そんなことが分かるんですか」
「カイル……」
シヴァは少し黙りこむ。目を閉じたままカイルは彼の言葉を待った。
「わかった。私は……今ここで君を諦めるほうがきっと後悔してしまう」
シヴァは優しく呟く。
「カイルが決めていい、どうしたい?」
どうしたい?シヴァと一緒にいたい、でも忘れて欲しくない。
「私……」
沈黙の中で水滴がぽたりぽたりと音を立てる。
「あなたと一緒にいたい」
「うん」
「忘れて欲しくありません……絶対に」
「忘れないよ」
「忘れたら?」
「私を殺せばいい」
「ヴァンパイアは不死ですよ?」
「ああ、一生をかけて君に殺されよう」
「そんなの……片思いじゃないですか」
シヴァはフフと笑う。
「ああ、大丈夫。必ず君に恋をする。何度でも」
「殺されるのに?」
「ああ、今だって君は私の心を掴んでる」
「本当に?」
「試してみたら?」
シヴァの優しい声がした。カイルはおそるおそる涙に濡れた睫毛を上げる。柔らかな光の中でぼんやりとシヴァの優しい笑顔が見える。彼の瞳が一瞬揺れると驚いたように見開かれた。
「私のことわかりますか?」
「ああ」
シヴァはカイルの頬、髪に触れて少しバスタオルをずらす。そして口元を押さえると視線を逸らした。
「シヴァ?」
シヴァは片手で制止して深呼吸する。
まさか、やっぱり何か……。
「すまない、何か着るものを取ってこよう」
彼は立ち上がりカイルをそこに残すと自室から服を持ってきた。着替えるようにとだけ言ってバスルームを出る。カイルはバスタブから上がると脱衣所の鏡に視線を移した。そこに映ったのは女性の体で、母親のクリステンによく似ている。ボサボサだった髪はうねりが加わり緩いウェーブが腰まで続いている。
「ああ」
カイルはホッと息を吐くとぽろぽろと涙が零れた。
「良かった。私……ちゃんと」
鏡を覗き込みまじまじと自分の顔を確認する。以前よりも大人の顔つきになっている。棚の上に用意されたシヴァの服に袖を通す。以前着た時はもっとブカブカだったが体が成長したのか少し折れば丁度よいくらいだ。そっか……だから。
カイルはさっきまで着ていた服に視線を落としてから息を吐いた。
バスルームを出て居間に入る。シヴァはそこにおらずそっと彼の自室のドアを叩く。
「あの……シヴァ、すいません」
部屋の中からシヴァの声がした。
「ああ、お茶を入れておいてくれるか?」
「はい」
何かしているんだろうか?少し声を落とした感じだった。
カイルは台所でお湯を沸かすとお茶の用意をする。こうしていつもしていた事をやってみると自分の体が成長したことが感じられた。背伸びしないと届かなかった棚にも手が簡単に届く。視界に入るものが知っているはずなのに全てが新鮮に見える。
カップを暖めるためにお湯を注ぐ、いつもはこれも零してしまっていたが上手にできた。紅茶の缶を取りポットに茶葉を入れる。そこに沸かしたお湯をゆっくりと注ぎ込む。茶葉がお湯と混ざりくるくると回り始めた。
「カイル」
後ろからシヴァが台所へ入ってくるとすぐ傍に彼が立った。丁度肩辺りに視線が止まる。以前は胸元だったから視線が近くなった。
「背が伸びたな」
シヴァはカイルの手からポットを取り上げると暖めたカップにお茶を注ぐ。
「体におかしなところはないか?」
「はい」
いつもより優しいシヴァの声が耳に甘くてカイルの心臓が音を立てた。トレイにカップを乗せてシヴァがカイルの背中を押す。
「座って飲もう」
居間に入り、向き合って椅子に座りお茶を飲む。カイルは気になっていた言葉を口にした。
「シヴァは私を覚えていますよね?」
シヴァは顔を上げると微笑み頷く。
「ああ、忘れることなんてない、大丈夫、そう言っただろ?」
「はい」
その言葉にじんわりと涙が溢れてカイルは俯いた。良かった。本当に……。
シヴァはテーブルにカップを置くと肘掛に頬杖をついた。
「笑わないで聞いて欲しい」
「はい」
シヴァは真面目な顔をして少し微笑んだ。
「私は君に……恋をしている」
カイルが驚いて顔を上げる。
「さっきバスルームで君の目を見た時に。もうしているというのに二度も同じ人に恋をするなんて……けれど、正直な気持ちだ」
シヴァの言葉にカイルの心臓がまた早くなる。この場がもっと静かなら聞こえてしまいそうだ。
「ディアは言っていた。私が君に後悔するなら記憶が消えてしまうと。そんなことは起こるわけがない。だから怖くはなかったんだ」
シヴァの指先が彼の唇に触れる。その瞳が伏せられて長い睫毛が揺れた。
「なのに、君が変化して……待ち望んだ姿になって現れたら……私は理性が飛んでしまうかと思った。今も、君に触れたいと思っている」
カイルはただドキドキと鳴る胸の音と共に黙って彼を見ていた。
「けれど、君が嫌がることはしたくない。君が良いと思うまで、君が私に触れたいと願うまで私は待ちたいと思っている」
彼の顔が俯き、少しだけ見えた耳が赤く染まっている。
カイルの胸がぎゅっと痛んだ。それは怖いからじゃない。嫌だからじゃない。カイルは立ち上がるとシヴァの傍に近づいた。
彼は俯いたままでカイルの指に触れる。その手は少し震えている。
「どうか誤解しないで欲しい、私は君が以前のままでも、今の姿でも何も変わっていない。ただ君が愛しい……」
カイルはそこに跪くとシヴァの膝に両手を組み額をつけた。心臓は激しくうるさいのに頭はどこか凪いでいる。
「カイル……君が、今の君がいてくれてとても嬉しい」
言葉が優しい雨のように降ってくる。全て満たされていく感覚がカイルの全身をめぐっていく。彼の手が髪に触れて、その手が心地よくてカイルは目を閉じる。
きっとカイルの心臓の音は彼に気付かれているだろう。それでもこうして彼の傍に寄り添っていたい。
「君が好きだ、言葉で言い尽くせないほどに」
シヴァの告白に脳が溶けてしまいそうだ。カイルは少し顔を上げるとシヴァの顔を見て微笑む。今まで見た中でも信じられないほどに美しいその顔にそっと近づいた。
息のかかる距離でカイルは呟く。
「シヴァ」
「うん?」
触れそうな唇にかかる息が暖かい。
「私はずっとあなたが好きでした、ずっと前から。知っていましたか?」
「ああ。君が私を見ていたことも」
少し唇が触れてカイルが微笑む。
「……同じ気持ちでしたか?」
「きっと同じ気持ちだったよ」
シヴァの手がカイルの体を抱き上げて腕の中に抱きしめる。その腕にもたれるようにしてカイルは彼の背に腕を回した。暖かな胸にカイルと同じ速さの鼓動が聞こえる。
「あの日……」
「うん?」
「父があなたを見た時、理想的だと言いましたね」
「ああ」
カイルは少し困ったように微笑む。
「あれは……」
「うん」
「私は小さい時、王子様のような人に憧れていました」
「王子様?」
「よく口にしていたから……父は覚えていたんでしょうね」
「フフ、どんな?」
カイルは少し照れて口にした。
「美しくて、強くて、優しくて……」
「うん」
「私を大切にしてくれる人」
「そうか」
シヴァの指がカイルの細い指に触れて重なった。
「私でいいのか?」
「シヴァがいいんです」
重なっていた手が少しずれて指が絡む。
「私は神に祈るなどしないが……今は感謝しよう」
シヴァはカイルの顔に触れ指先で顎をすくうとそっと口付けた。優しく降るキスは今までしたことのない感触で溶けていく。
静かな廊下にシャツが脱ぎ捨てられている。一枚一枚と足跡のように残された服は形を残したままだ。暖かな吐息もいつの間にかひんやりとした空気に溶けて、花が咲き乱れたようにカイルの手がだらりとベットの外へと放り出されている。
シヴァはかき集めるようにそれを掬い上げると唇に押し当てた。腕の中にしまいこむようにそっと抱きしめて毛布を引き上げる。そして彼も同じように目を閉じた。
暗闇の中でライトがついたまま、シヴァの部屋のベットには二人が眠りについている。お互いの両手が繋がれたまま、身を寄せ合って。
窓の外はゆっくりと星が流れ、穏やかに時間が過ぎていく。二人の眠りを邪魔しないように今夜は鳥たちも静かだ。
やがて朝が来て、シヴァは目を覚ました。腕の中で眠るカイルを起こさないようにベットをすり抜けると廊下に散らばった服を集めてバスルームへ行く。
昨日蹴り破ったドアは壊れたままだ。シャワーを浴びて身支度を整えると自室をちらりと見る。まだベットの中で眠る姿を確認してから台所でお茶を入れる。
お湯が沸くまでぼんやりと昨日のことを思い出してシヴァは棚にもたれた。
カイルが大人になり、自分が望んでいた姿で現れた。それだけでも十分なのに、カイルから沢山の思いを貰ってしまった。
愛しさで自分の中にある欲望が悪意なんじゃないかと思えるほどだ。沢山の女性と恋をしてベットを共にしてきたが、今回ほど怖かったものはない。大切にすればするほど壊してしまいそうだった。
「はあ」ふとでた溜息と同じくお湯が沸く。火を止めてお茶の用意をする。
きっと今まで付き合ってきた女性たちはシヴァを笑うだろう。泣かせたくなくて一線を越えられなかったと。けれどカイルは満足そうにして眠っていた。それが唯一の救いか?カップをトレイに乗せるとポケットの中で電話が振動した。
「はい」
「早くに悪いな。昨日は電話に出られなくて悪かった」
昨日ティルに電話をしたが留守番にメッセージを残していた。
「いや、こちらこそ。ティルに頼みがあって」
電話口のティルは珍しそうな声を出す。
「ん?どういう風の吹き回しだ?」
「ああ……今日少し時間をもらえないだろうか?」
「かまわんが、何かあるのか?」
シヴァは息を吐く。
「ああ、カイルが変化した。だから君の力を借りたい」
「カイルが?それは素晴らしいことだな。で、何をする?」
ティルの声が少しうきうきしている。
「今まで着ていたものが全て駄目になった。揃える必要があるんだが、私ではできないこともあってな」
「ああ、なるほど。では今日こちらに来られるか?どちらにしてもお前は必要だ」
「わかった」
ティルは時間などを指定すると電話を切った。
シヴァはお茶を自室に運びベットの傍に置くとまだ寝転んでいるカイルを見た。子供だった頃とは違い、薔薇のような美しさのある女性がそこにいる。青白い肌に華奢な腕、指先は細い。すらりとした首に神が愛でるために創ったような顔、癖でボサボサだった髪は柔らかなウェーブがついて、前髪も上がっている。
そっと指先で彼女の頬に触れる。柔らかな感触に抑えていた欲望が燃え上がりそうだ。シヴァは手を離すと制止するように両手を握り締める。
「うん」
小さな声を出してカイルが目を開く。
「シヴァ?」
少しかすれた声でカイルは起き上がると子供の時と同じように両手で目を擦った。
「おはよう」
「おはようございます」
シヴァはカイルの体に毛布をかけて微笑む。
「今日は忙しい日だ」
「そうなんですか?」
「ああ、君の新しい一日の始まりだ」
その言葉にカイルの目がぱちりと開いた。そして両手を見て自分の顔、体を触る。
「ああ……そうだった」
シヴァはお茶を手渡すとカイルのために服を用意する。
「これからティルと待ち合わせだ。君のために時間を作ってくれる」
「ティル……さん?」
「覚えていないか?以前君が熱を出したときに来てくれた医者だ」
「ああ……でもあんまり。あの時はその……」
「そうか」
カイルはカップに口をつけた。
「あの時のこと、あんまり覚えてなくて……、すごく辛かったのもあったんですが」
「フフ、まあ、ティルは気にしないだろう」
「どんな人ですか?」
シヴァは服を選ぶとベットの上に重ねて置いた。
「ティルか?彼女は……ラミアだ。美しいものが好きでね」
「ふうん」
「賢い人だよ。女性でもあるからね、これから必要になるものもあるだろうから教えてもらうといい」
「はい」
カイルはお茶を飲み干すとシヴァの顔をじっと見た。
「うん?」
「ええと……着替えます。シヴァは後ろを向いていてくれますか?」
「ああ。失礼」
シヴァはそう言うと立ち上がり部屋を出た。突然現れたレディにシヴァは苦笑する。
これから私は苦労するんだろうな……。カイルが着替えている間にバスルームのドアを修理しよう。廊下の棚に置いてあった工具を持ちバスルームへ向かった。




