EP7 Flower of Circle
ティル :ゼロの嫁 元ラミア
メイリル:探偵
ディア :カイルの父親
クリステン:カイルの母親
深く深く木々が重なり合い、奥へ行くほどに光が届かない。真っ暗な森には小さな村が数件ぽつぽつとある。獣道のようなわずかな軌跡を辿ることができれば道に迷うことはないが、初めての者は道を見失い暗闇の奥深くまで吸い込まれて戻れなくなる。案内人の男はそう説明したが、視線を上げた先には焼けた木々が多く見えるだけで以前の様子は伺えない。
メイリルは案内人の背中を追う。
「すごい火事だったのはわかりますね」
「ああ、そう。魔女狩りだとかで火をつけたんだよ。魔女なんて居やしないのにねえ」
進むたびに足元で焼け焦げた枝が音を立てている。
「メイリルさん、でしたっけ?どうしてわざわざ足を運んで調査なんて?」
「頼まれまして。それに目で見た方が早いこともあるから」
「そうですか。男が独りでも危険ですからね、私も付き添いますけどあまりいい噂がないんですよ。ここ」
「いい噂?」
「ええ。あくまで噂ですよ。若い夫婦が子供が出来て産まれたと同時に赤ん坊がいなくなる。血眼で捜すんですが見つからずに。そうした変なことが何度もあったらしいんです。それで村には人が住みつかなくなって村には老人ばかりだったとか」
案内人はぶるっと体を震わせる。
「怖い話ですよ。私は町のほうに住んでいますけど、町の方でも子供が生まれたら厳重に守るんです。知ってる者たちはね。あくまでも噂話ですけど……森との距離を考えたら気にすることはないんだろうがね」
「なるほど。町では同じような事件があったんですか?」
「いいや、ないはずだ。けれど魔除けだとかで気をつけるようには言われてるなあ」
案内人は前方を指差すとメイリルに振り返る。
「あ、あそこですよ。ダブルズ村」
視線の先には殆どが焼けてしまった村の址があった。数件の家がまだかろうじてあり、メイリルはその中の一つに顔をのぞかせた。屋根が焼けてしまっているため中はよく見える。家具らしいものの上には生活していたであろう調度品がおかれているが殆どが焼けてしまっている。
「ああ~もうすっかり焼けてますね」
案内人も顔を覗かせたがすぐに引っ込めるとその先へ歩き出す。メイリルも同じく案内人の後を追った。
「何か見つかりそうですか?」
「フフ、難しそうですね。これだけしっかり焼かれているのを見ると……」
「ああ、森が燃えてますからね……って何かあるんですか?」
「そうですね。どう考えても中からも燃やされているんですよね、これ」
「それは怖いなあ。あ、次のがセグルズ村ですね」
村と呼ぶにはもう残っておらず、案内人は首を横に振ると奥へと歩き出した。
「次がカインズ村。奥深い場所にあるから、同じようかもしれませんね」
二人はゆっくりと村へと向かう。案内人を先に行かせて周りを見回しながらメイリルは足元も確認する。村に入ると木々は焼け焦げ光がよく入り辺りを照らしていた。数件の家と教会が奥にある。教会の外観は煤けているが、先に行った案内人が確認したところ中は無事だという。
「メイリルさん、私少し休憩してもよろしいか?」
「ええ、もちろん。また声をかけますね」
案内人は片手を上げると陽当たりのよい場所に座り込み、疲れたようにタオルで顔を拭き始めた。メイリルは数件の家を周る、どの家もやはり中から燃やされてはいるが、外の窓辺にかけてあったハーブは焼かれずに残っている。収穫がないことからメイリルは教会へと足を運んだ。教会は案内人が言ったとおり中は煤けているが無事なようだ。きしきしとなる床を踏み奥のほうへと歩いていく。壁には扉もなく両手を這わせて隠し扉の有無を確認する。少しだけ差し込んだ光に視線を落とし、足を踏み鳴らす。
「ないか……」
メイリルはもう一度だけ教会の中を確認し、何もないことがわかると外へ出た。休憩していたはずの案内人は傍で少し不安そうに立っていた。
「あら、どうしました?」
「いえ……さっきあちらの家に人影が」
「ああ、確認してきます。ここにいてください」
怖がる案内人を置いてメイリルは人影を見た場所へと急ぐ。そこは先ほど窓辺にハーブが置かれていた家だ。焼けたドアの隙間から声をかける。
「誰かいますか?」
メイリルの視線の先に男性が立っている。彼はメイリルを見ると軽く会釈した。
「こちらの方?」
「ええ、以前ここで私の子供が住んでいたはずなんですが」
「子供?」
「火事があったと聞いて……私は随分と遠くに暮らしているものですから」
「ああ。もしよろしければ詳しくお話を聞いても?」
「ええ、時間はありますから。でも森は出た方が良さそうですね。町のタイムズというお店で構いませんか?」
「はい」
メイリルの返事を聞いて彼はドアを開けて出て行った。メイリルも家を出ると案内人の元へと戻る。
「何かいました?」
「ん?」
「いや、すぐに出てこられましたから。良かった無事で」
「ああ……」
「私ねえ、お化けは駄目なんです。怖いったらありゃしない」
ハハとメイリルが笑うと案内人も笑い、二人は森を出ることにした。来た道を戻り案内人が先を行く。
「町にタイムズというお店はありますか?」
「ああ、ありますよ。喫茶店ですね、昔ながらの良い店ですがよくご存知でしたね」
「フフ、知り合いから聞きまして」
「あの店はコーヒーよりも紅茶が美味い、店主が作っているタルトも美味いですよ」
「そうなんですね、試してみます、ありがとう」
案内人は嬉しそうに話し、メイリルのほうを振り返りながら歩いていく。メイリルは周りを見渡しながら先ほどの男の姿を探したが見当たらなかった。森を出て案内人に報酬の入った封筒を渡す。彼は封筒を開けて確認すると頷いた。
「確かに。案内ができて光栄でした。またご用があれば声をかけてくださいね」
「ええ、ありがとうございます」
案内人と別れ、教えてもらった店を探す。町の外れにあると聞いていたが、少し路地を入った場所にそこはあった。タイムズと書かれた電飾看板がオレンジに灯っている。昔ながらの綺麗な店だ。重いドアを開くと中はこじんまりとしてカウンターとテーブル席が数えるだけあった。
「いらっしゃい」
店主の声にメイリルは軽く会釈する。すると窓際の席で男が手を上げた。
「こちらです、どうぞ」
男は先ほどの家にいた人物で、明るい場所で見ると癖のある銀髪に美しい顔、スーツ姿で紳士的な装い、誰かを探しに来た服装ではなさそうだが。
「お時間いただきありがとうございます」
メイリルが前の席につくと、さきほど教えてもらった注文をした。注文した品はすぐに整えられてテーブルに並べられた。目の前の人物はディアと名乗った。彼の前にはコーヒーが湯気を立てている。どうやら幽霊などではなさそうだ。
「あの、ディアさん。さっきお会いした際に……私の案内人はあなたが見えていなかったようなんですが……」
ディアがカップを口につけてから小さく笑う。
「ハハハ、それは簡単なことです。メイリルさんは世界には色んな種族がいるのをご存知ですか?」
「ええ、まあ」
「では話が早い。人の中には鈍感な人がいるんですよ。見えない人がいるんです。気付かないといってもいいんでしょうが」
「ああ。私は種族的には人ですが見える部類ということでしょうか?」
「そうですね。あなたは人といってもどこかで混じっているはずです。それに、あなたの周りにあなたとは違う種族の人がいるのでは?」
「ええ、エルフが。』
「ならば感化されますから、あなたが見る力が弱くとも引き上げられます」
ディアはメイリルの前に視線を落としてから、どうぞと促した。
「すいません、いただきます」
注文した暖かいタルトと紅茶はすきっ腹には美味し過ぎたようで素早く平らげてしまった。
「そういえば朝から何も口にしていませんでした」
メイリルがそう言って笑うと、少ししてカウンターにいた店主がトレイを持って現れた。
「サービスだ。あれだけではきっと足りないだろうからね」
空になった皿を下げて、暖かなポタージュスープが置かれた。
「すいません、ありがとうございます」
「いいや、あんたは懐かしい顔を連れてきてくれたからね」
店主はディアに微笑みカウンターへと引っ込んだ。メイリルはスープを平らげるとやっと落ち着いたのかお腹をさすった。
「すいません、お待たせしました」
ディアは首を横に振り微笑む。
「かまいませんよ。それよりも私から聞いても?」
「ええ。どうぞ」
「メイリルさんはどうしてあそこで調査を?もう随分と前に捜査は終了したと聞きましたが」
「知り合いからの依頼でして。丁度立ち入り禁止が解かれたのが最近だったので、それに私は警察ではありませんから」
「違うのですか?てっきりそうだと」
ディアの言葉にメイリルは苦笑すると紅茶を飲む。
「昔はそうだったんです。どうしてそう思われたんですか?」
「ああ、ただの勘です。気分を害されたのでしたら申し訳ない」
「いいえ、大丈夫です。けれど子供さんでしたか?火事の時にいたんですよね?」
「ええ。ずっと探していまして……多分うまくやっているとは思うんですが」
ディアは苦笑する。
「ということはもう大人の方なんですか?」
「ええ、年齢の頃で言えば二十歳くらいだったと」
ディアの返答にメイリルは首を傾げる。それに気付いて彼はにこりと笑う。
「うちは家族が多くてね、姪が子供を産んでそのために離れていたんです」
「ああ」
なんだか円く治められた感覚がしたが、目の前の男は優しげに微笑んでいる。
「ああ、では少しあの村についてお話を伺ってもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
メイリルの質問に彼は分かることは全部教えてくれた。興味深かったのはあの村にいる老婆は皆、魔女だという話だ。案内人は魔女などいないと話していたが、実際はそうであったらしい。子供の誘拐についてもやはり本当のようで、ディアがいた頃に入ってきた若い夫婦はまだ小さな子供を連れていた。その子が村で遊んでいた時に事件が起こっている。見つかったはいいものの、もう話もできない状態で若い夫婦は絶望するしかなかった。そこでディアの知り合いの医師を紹介し、その医師のいる元へ移住していった。
「子供は大丈夫だったんでしょうか?」
メイリルが聞くとディアは微笑んで頷く。
「ええ、以前のように元通りとはいきませんが、話せるようにもなりました」
「原因はなんだったんですか?」
「麻薬です」
ディアは店主に二人分のお茶を注文し、メイリルに向き合う。
「あの森に住む魔女たちは皆、麻薬を栽培していました。私はあそこで暮らし始めて、私の子供が貰ったと言い持ち帰ったものを確認したんです。薬にも使われるものですから、心配はしていなかったんですが……その後にその事件があって誘拐、連れ去りと言ったほうが正しいでしょうか?彼女たちがそれに関わっていることはありませんよ。何せ体を動かすのも難儀な人たちですから」
「では外からの?」
「ええ、外からと言うか教会の信徒ですね。世界には多くの宗教がありますが、あまり聞いたことのない名前の宗教だったと記憶しています。彼らが魔女の元に薬と称したものを買い付けにきていました」
メイリルがごくりと喉を鳴らすと店主がお茶を持ってきた。
「懐かしい話だな。あそこの婆さんたち、あの火事で焼け死んだわけじゃないだろ?」
「え?そうなんですか?」
「ああ、死んだのは野次馬だ。火事が起きて喜んで見に行った連中」
店主は話の腰を折ってしまったと詫びてカウンターへ引っ込んだ。ディアはお茶を一口飲む。
「話は戻りますが、連れ去りにあった子供は中毒を起こしていたんです。だから私は専門の医師を親に紹介しました。手遅れにならないうちに」
「あの……」
「なんですか?」
「ディアさんは子供さんを置いて出て行かれたんですよね?何故です?そんな危ない状況の中にどうして?」
「ああ……そうですね。あの子は子供と言っても、もう青年の年ですから。それに私のほうでも魔女たちに釘は刺して置いたんです」
「というと?」
「私は村を出る際に魔女たちの麻薬を全て消去しました。二度と栽培できないように。種すらも残さずに。彼女たちは狼狽していました。その代わりに正しい薬を教えました。その指南を子供に任せたんです。だからその後はそういった事件は起きていないはずです。ただ火事が起きるとは思っていませんでしたから……」
「もしかして火事の原因をご存知ですか?」
メイリルは少し突っ込んで質問をした。ディアはうんと眉をしかめると腕組をする。
「断定はできない。が、おそらくそうであろうと思います。麻薬が手に入らなくなったことが原因、一番は薬にすり替わっていたことなんだと。魔女たちをそこに置いておく必要がなくなったか移動させるのに目晦ましで火事を起こさせたか」
「ああ、そうか。独りでは移動が困難だからですね」
「ええ、多分」
「でも……あの間違っていたらごめんなさい。もしかして子供さんって何も知らなかったのでは?」
メイリルの質問にディアは申し訳なさそうに頷いた。
「ええ、何も話していません、こうしたことは知らないほうがいい場合もある。だから事情を知るものは皆、移動したんです。ただ姪が出産したと言う話は本当ですよ」
「ハハ、なるほど」
「メイリルさんは今の話を誰かに報告しますよね?もしかしたら私の子供のことも分かるかも知れませんよね?もし分かったら連絡をもらえますか?」
ディアは胸ポケットから名刺を取り出すとテーブルに置いた。金色の縁取りがされた名刺には電話番号と名前が書かれている。
「子供さんの名前聞いてもいいですか?」
メイリルが名刺を指で挟むとディアは優しく微笑んだ。
「カイルです」
町のホテルの一室。ホテルで借りた昔ながらのタイプライターを打ちながらメイリルは椅子に座っている。テーブルには彼が作った書類が何枚も置かれている。ディアと別れてからタイムズの主人とも少し話をした。主人もまた森を良く知る人物で興味深い話が沢山聞くことができた。ディアの子供については主人も数回顔を見たくらいで印象が薄いそうだ。そもそもディアという人がインパクトが強く、そこにいるだけで目を引いてしまうからだ。
そういえば、主人はディアはヴァンパイアだと言っていた。今までメイリルはヴァンパイアに会ったことがなく、どういった人物なのか知らなかったが、話によるとああした美しい人達らしい。確かに青白い顔というのはあったが、その他は人と何も変わらない。メイリルは鞄から電話を取り出すと、書類を前にダイヤルを押した。呼び出しから少しして陽気な声がする。
「遅かったじゃない」
「すいません。前回の調査では足りなかったから今回は足を使ってるんで」
「いい心がけだね。それで何かわかった?」
メイリルは調査したことのあれこれを説明していく。そしてディアから頼まれたカイルの名前を口にした。
「カイル?」
電話口の向こうで驚いた声がした。
「なんです?知ってるんですか?」
「うーん、同じ名前の子っているしねえ……」
「ヴァンパイアで年頃は二十歳くらいだそうです」
まだ電話口で唸る声がする。
「なんですか?一体」
メイリルが困った顔をして電話を睨みつける。
「いや……なんとも。いいや、とにかくそれは後で。で、その魔女と麻薬の話、相当やばいじゃない」
「ええ、まあ。でもあなたのほうがその辺りはよく知っているんじゃないんですか?」
「まあね、ドクターだし」
メイリルが鼻で笑うと憤慨したような怒声が飛んできた。すかさずメイリルが謝意を口にする。
「冗談ですよ、すいません。ドクターゼロ」
「やめてよね、そういうの」
「あの一つお聞きしたいんですが、麻薬と薬がすり替わったことに気がつくのに時間がかかるものなんですか?」
「んー?そうだねえ、錯覚しちゃってる場合にはわかんないかもね。でもその薬自身で切り替わる奴ならば気がつくのは早いかも知れない。殆どはそれがあるという高揚感ですでに体がそう作用しちゃうから実際は脳が作ってる快楽と薬の快楽二つあるわけ。フフ、色々あるけどもっとちゃんと説明しようか?」
「いえ、結構です」
メイリルの冷たい返事にブーという声が聞こえてきた。
「それで、他の調査の分はどうだったんです?私まだ聞いてませんよ?」
「ああ、それね。金の流れは微妙に追えてるけど、どうにも消えちゃうんだよね。銀行員の子も困ってたよ。大した金額じゃないのに、煙のように消えてしまうって」
「患者のほうはどうなんですか?」
「うん、森に近かった病院のナースちゃんには連絡貰ってるけど、やっぱり魔女のお婆ちゃんはいなかったみたい。担ぎ込まれて息がなかった子たちも若い子が多かったって。嫌なのはジャンキーが多かったんだよね」
「中毒者ですか?」
「そう、ナースちゃんの言葉を借りるとイッタままで逝ったって。幸せだったんじゃないかな?とも言ってたね」
「……」
どうにも医療者のジョークはなじめない。
「で、その殆どは煙を吸って死んでる、焼かれてないよ」
「なるほど」
「もう一つナースちゃんが微妙に思ってるところがあってね、その担ぎ込まれた子たちは皆てんでばらばらな場所から来てるんだって。まあ、野次馬だから色んなところから来るってのはないわけじゃないけど、変な感じがするってさ」
「ばらばらですか。うーん」
メイリルが言葉に詰まるとゼロはお茶を濁すように笑う。
「まあ、色々わかったしお疲れ様」
「いえ、明日にはそちらに戻ります。書類としてまとめてお渡しします。それと先ほどのカイルの件、よろしくお願いします」
「ああ、もちろん。じゃあね」
電話を切ってメイリルはベットに倒れこむ。どうにもこの人と話すとものすごく疲れてしまう。根はいい人なんだけどなあ……。メイリルはぐったりとした体をベットに預けて目を閉じた。
翌朝、メイリルは電話の音で目が覚めた。
「はい」
かすれた声で電話を取ると聞き覚えのある声がした。
「おはよう」
「なんですか?まだ早いじゃないですか?」
「うん、こっちに帰るときにおみやげ買ってきてね」
ゼロがそれだけ言うと電話が切れた。メイリルは電話を持った手をぱたりと下ろすとベットに寝転がる。知り合った頃からこうなんだ……。メイリルは仕方なく顔を上げると出かける準備をした。荷物をある程度片付けてホテルを出ると、昨日行ったタイムズへ向かう。朝はモーニングサービスをやっていると昨日主人に聞いていた。
タイムズのドアを開けると数人の客が席についている。窓際の席につくと注文をし店内を眺める。昨日は見られなかった町の人たちが楽しそうに談笑している。注文の品が届くとメイリルはもくもくとそれを平らげた。コーヒーを飲み干して勘定を終えると店を出る。荷物を取りにホテルへ戻るとロビーにディアの姿をみかけた。
「ディアさん?」
ディアは振り返るとにこりと笑う。
「ああ、こちらのホテルでしたか」
「ええ。でもこれから部屋に戻って荷物を持ったら帰ります」
「そうですか……、こうしてお近づきになれたのにお別れですか。寂しいですね」
ディアの言葉にメイリルは笑った。
「もしまだお時間があるのならご一緒しませんか?これから都市部に戻るのですが、おみやげを買わなくちゃいけなくて」
「おみやげですか?」
「ええ」
メイリルが説明するとディアはフフと笑った。
「わかりました。では荷物をまとめましたらロビーで集合しましょう」
「はい。変なこと頼んですいません」
「いいえ、かまいませんよ」
二人は一度別れると自分の部屋へと戻っていった。
午後三時、病院の上階廊下。ナースを壁に押し付けてゼロは彼女の足をなで上げている。
「それでパーティはどうだった?」
「もう、ドクターったらまだお昼ですよ?」
ナースがゼロの手をパチリと叩いた。
「政治家主催のパーティなんて行くもんじゃないですよ。疲れちゃう」
「フフ、でも色々わかったんじゃないの?」
「そうね。この間のララの事件ですけど、噂話みたいにされてましたね」
「ふうん……」
「あの議員先生、首やられて死んじゃったじゃないですか?俺ならあんなヘマはしないとかなんとか言ってましたね。お酒が入るとみんな饒舌です」
「まあ、身内しかいない席だしね」
「フフ、でも変なこと言ってたなあ。手に入らなくなったとか……」
「何が?」
「それが話しは見えなかったんですけど、ルートがなくなったとかで。大変ですねって言ったら彼ら大笑いしてましたよ。まあなんとかなるって」
ゼロはナースの顎を引き上げるとキスを落とす。
「でも君が無事に帰ってきてくれてよかった。危ないことはしないでね」
「ドクターが言いますか?それ。危ないことはしませんけど、ある程度まで入らないとわかりませんからね」
「うん、ありがとう。感謝してる」
「フフ、いいのよ、ドクターには私の方こそ感謝しかないんだから」
ナースはゼロの胸に体をぴたりと寄せて彼を抱きしめる。
「やりがいのない仕事だったのに、ちゃんと治療することの大切さを教えてくれたのはあなただわ」
「そうか……役に立てたのなら良かったよ」
「役に立つどころじゃないわ。本当よ、感謝してる。だからこそ私はあなたに従うのよ」
「でも……本当に無理はしないでね。君のことも大事なんだ」
「ええ。あ、そろそろ時間だわ、行かないと」
ナースは体を離すと背伸びをしてゼロの頬にキスをした。名残惜しそうにゼロが彼女の頬に触れるとナースは微笑む。
「じゃあね、ドクター。またね」
廊下に独り残されたゼロは壁にもたれる。歩いていく彼女の背中を見送りながらポケットの中で振動する電話を取り出した。
「はい?」
「ドクター、私です」
「ああ、メイリル。もうこっちに戻ってるの?」
「今戻ってる最中です。こちらで知り合った方が車に乗せてくれて……」
「へえ、じゃあ一緒においでよ。食事でもしよう」
「はい、そのつもりです」
「メイリル、ちょっとスピーカーにして」
ゼロは電話口から聞こえてくる話し声に耳を傾ける。
「こんにちは。運転手さん」
ゼロの問いかけに少ししてから優しい声が聞こえた。
「こんにちは。ドクターですね。私はディアです」
「僕はゼロです。初めまして、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
「ドクター?戻ってからでも話はできますよ?」
メイリルの言葉にゼロは笑う。
「ああ、そうなんだけど確認したくて。ディアさん?人を探しているのはあなた?」
「ええ、私の子供を。もしかしてご存知ですか?」
ゼロは少し考えてから言葉にした。
「お名前は?」
「カイルです」
「あなたの探している人はどういう人ですか?」
その質問に相手は黙り込む。ゼロはただじっと答えを待っていた。数分してディアが笑った。
「私の子供としか言いようがない。実は今どうなのか私にもわからない」
電話口でメイリルの困惑した声がしたがゼロは頷き笑った。
「なるほど。多分僕の知る人かも知れません。連絡を取ってみますがあなたの名前を出しても大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん」
「ではお待ちしています」
電話が切れて今度はダイヤルをして電話をかける。数回の呼び出し音で相手は電話に出た。
「はい」少し不機嫌そうな声にゼロは背中がぞくりとする。とても好きな声だ。
「シヴァ、ちょっとカイルに用があるんだけど話はできる?」
シヴァは少し無言になってから何故?と不満げに言った。
「カイルに聞いてくれる?ディアさんという人を知っているか」
「わかった」
彼はしぶしぶそう言うと電話口から離れて、少ししてから戻ってきた。
「ゼロさん?」
電話口にいるのはカイルだ。
「カイル、ディアさんは知っている人なの?」
「私の父と同じ名前ですが……どうしてそんなことを?」
「なるほどな。これからディアさんと会うことになっている。君も来るかい?」
カイルは何も言わず、シヴァに交代した。
「どういうことだ?」
シヴァの言葉に棘を感じてゼロは苦笑する。
「ああ、カイルのお父さんが探してるってことだよ。ねえ、君怒ってる?」
「少しな」
「とにかく君が許すならあの子を連れて僕の指定するレストランまでおいでよ。話さなきゃいけないこともあるしね」
「電話では無理なのか?」
「無理じゃないけど、僕は君の顔を見たいんだよ」
電話口が無言になり、カイルの声が小さく聞こえた。それに渋々シヴァが答えている。
「わかった。行こう」
「よかった」
ゼロは場所と時間を告げて電話を切る。ポケットに手を突っ込むと大きく息を吐いた。
少し風変わりなレストランは個室に分かれているタイプの店でその一室に先ほど合流したゼロとメイリル、ディアが入った。挨拶はほどほどに席につくとゼロはディアの顔を見て幸せそうに微笑みを浮かべた。メイリルは苦笑してディアに頭を下げる。
「すいません、ディアさん。彼は美しい人を見るとこうなってしまって」
「いや、かまいません。慣れていますから」
それを聞いてゼロは笑う。
「本当にヴァンパイアは綺麗だ。綺麗じゃない人を見たことがないくらいだ。しかも皆それをはなにもかけず当たり前だ」
「フフ、そうですね……何かで読みましたが美しくないと食事にありつけなかったのではないか、と言う話らしいですよ」
「それもそうか。それにお土産も選んでくれたんでしょう?」
「ええ。それはとても美味しいですよ。暖めて召し上がってください」
合流した際に渡されたお土産の袋を見てディアが微笑む。楽しげな笑い声が響く中に部屋の外で人の声がするとドアが開いた。
「やあ、来たね」
入ってきたシヴァとカイルにゼロは微笑む。
「こんばんは」
シヴァは軽く会釈した。その後ろからひょこっと顔を出したカイルにディアは立ち上がる。
「カイル!」
カイルが声を上げる暇もなくディアは傍に来て小さな体をひょいと抱き上げた。
「父様」
ディアは優しく微笑みカイルの頬にキスをする。が真面目な顔にすぐに戻った。
「カイル、小さいな」
「ああ、はい。というか教えておいてください」
「ん?ああ、言わなかったか?」
「知りませんでした。そこにいるシヴァが教えてくれたんです」
カイルの視線に合わせてディアもシヴァを見る。
「あ、失礼しました。カイルがお世話になっている人ですね?」
シヴァは首を横に振り穏やかに微笑む。
「いえ、こちらこそ」
ディアはカイルを抱いたままでシヴァを上から下まで見た。
「これはこれは……理想的ではないか?」
「どういう意味です?」
シヴァが首を傾げるとディアは喉元で笑う。
「そのままの意味ですよ。さて、食事にしましょう」
ディアの声に皆がテーブルにつく。カイルはディアに連れられ隣に座らされた。それを見てシヴァが少し苦笑すると、隣に座ったゼロが声をかけた。
「いいの?カイル獲られちゃったけど」
「父親との久しぶりの再会に水は注せない」
「確かにね。でも綺麗な人だよね……ディアさん」
「うん?」
「想像してごらんよ?カイルは大人になったら男性でもああなる可能性が高いわけ」
シヴァは少し黙ると小さく頷いた。
「そうだな……」
会話が途切れたところで部屋に料理が運ばれてくる。テーブルに予約注文したものが全て揃うとそれぞれが食事を始めた。皆が穏やかに食事をし、ふとゼロの隣のメイリルが鞄を開いた。
「ああ、ドクター。今、渡しておきますね」
クリップでまとめられた書類の束をゼロは受け取り、ワインを飲みながらそれに目を通す。シヴァは横目でそれを見ながら、食事を取る。ゼロはペラリと書類を捲り、隣のメイリルの顔を見た。
「大変だったね。相当調べてくれたみたいだね」
「ええ、まあ。ただ村については彼、ディアさんの協力のおかげです」
「ふうん……それで薬の行き先については追えたの?」
「ええ。うちのネットワークで。やっぱり政治家のほうでしたね」
「そうか。じゃあうちのヘインズから押収したリストはそっちと関係しそうか?」
「そうなりますね。あの死んだ議員の所属していた連盟が関わってます。ただ、今回の件もそうですけど、村の件も証拠は出てくるのに握りつぶされてるんです」
メイリルはうんざりした顔でグラスを手に取る。
「まあ、いつものことだよ」
ゼロが笑うとシヴァが横から口を挟んだ。
「失礼、もしかして押収したリストにカイルの名前があったのか?」
「あら、よくわかったね」
ゼロは笑うと向かいに座るディアを見た。
「心当たりはありますか?今までの話聞いていましたよね?」
「フフ、そうですね。多分、魔女たちが裏切ったんでしょうね」
ディアがそう言うとカイルが彼の顔を見た。
「え?」
ディアはカイルに少し黙っているように指示をすると話し始めた。
「大体の話はメイリルさんから聞いているでしょうから省きますが、私は彼女たちから食い扶持を奪ったわけです。タダではありませんがね。けれど詰められて危うくなったことに気付いてカイルの名前を売ったのかも知れません。ヴァンパイアですしね。しかも子供となると高値もつく」
「そうですね」
ゼロが頷くと、隣で少し憤った顔のシヴァがディアを見た。その視線に気付きディアがシヴァに問いかける。
「どうしました?」
「いいえ……ただ少し気分が悪い話だと」
「それは申し訳ない。シヴァさん、私はカイルはすでに大人に変化していると考えていました。だから今のような状態を想像していなかったんですよ」
「ああ、それで……」
シヴァは頷き、それでも憤りを隠せずに俯いた。
「すいません、どうぞ話を続けてください」
ディアはカイルに視線を落とすと微笑み、頭にぽんと触れた。
「どちらにしろ彼女たちは私が教えた薬は作れません、が麻薬は原料さえあれば作れる。カイルはその手法を知っているし金にもなる」
メイリルはワインを注ぐと頷いた。
「なるほど。それで火をつけて、そのどさくさで色々やろうってことか」
「だと思うよ」
ゼロはグラスをメイリルに傾けてワインを注がせた。
「ここだけの話ってわけじゃないけど、病院にも中毒者が沢山来てる。僕が知らないものもあって、それが最近また増えたんだ。性質が悪いんだよね、内臓まで腐らせるものが時々あって。体の外側ならなんとかなるけど、中からは皆気付かないからさ」
「ああ、それで。また新しいカプセルを作ってたんですか?」
メイリルがワインを一口飲む。
「そう、中身が何かわからないものよりも対応しやすいからね。それにこっちに来てくれるなら治してもあげられる」
ゼロは椅子にもたれると大きく息を吐いた。
「なんでこうも命を無駄にするかねえ……」
ディアはそれを聞いて優しく笑った。
「あなたは良い医者ですね。あとで私の作った薬の調合を渡しましょう。あれも正しく使えば薬、捻じ曲げて使えば別のものです」
「それは助かります。実はそれを聞きたかったというのもありますが……」
ゼロが言いかけて言葉を切ったのでディアが首を傾げて笑う。
「うん?」
「その顔、僕はあなたのその優しい笑顔が好きみたいだ」
ゼロは嬉しそうに微笑んだ。メイリルはそれを聞いて苦笑するとグラスを持ち笑った。




