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CLOSE TO YOU  作者: 蒼開襟
6/21

EP6 Time Will Tell

 真夜中、ベットの傍に座ってシヴァはカイルの手を握っていた。カイルは熱を出して魘され寝込んでいる。時々目を覚ましては不安そうにシヴァの手を握り返した。さっきまた眠りについたが心配で傍を離れられずにいる。もう三日目だ。熱は時々下がったりするがまた上がってしまう。昼のうちにゼロに電話をしたが、相変わらずの返事だった。ただ先日の事件もあるからこちらに来てくれるらしい。

 シヴァはカイルの前髪をそっと分けてタオルで汗をぬぐう。

「カイル……」

 シヴァの言葉に答えるようにカイルの睫毛が少し揺れた。

「大丈夫だ、私がついてる」

 ふとポケットの中で電話が振動して、シヴァはそっとカイルの手を離すと部屋を出た。電話はゼロからだ。

「もう着くよ」

「ああ、すまないな」

 シヴァは急ぎ玄関へ行きドアを開く。少し向こうから車のヘッドライトが見え、館の前で止まると二人の影が現れた。

「シヴァ、カイルはどう?」

 ゼロが手を上げると、彼の後ろから美しい女が顔を出した。

「ティル?」

 懐かしい顔だ。シヴァが驚いて彼女の名前を呼ぶとティルは口元を歪めて笑う。

「久しいな。シヴァ」

「ああ、何時ぶりだろう?」

 二人が微妙な距離感を保ちながら黙ったのを見てゼロが苦笑する。

「シヴァ、先にカイルを」

「ああ」

 シヴァは二人を連れて家に入るとカイルの部屋へ案内した。ベットで魘されているカイルを見てゼロは振り返らずに言った。

「ティル、入ってきて」

「ああ」

 廊下で待機していたティルが呼ばれて部屋に入った。そして交代するようにゼロが出てくると部屋のドアが閉まる。ゼロはシヴァの肩をポンと叩くと頷く。

「ティルに任せておけばいい、大丈夫」

 居間に戻ってゼロは椅子に座り、ふうと息を吐いたがシヴァは少し不安そうに腕を組む。それを見てゼロはフフと笑う。

「大丈夫だ、ティルはああ見えて医者だ。僕は大体のことはわかるけど、精神的なものは彼女のほうがわかるから」

「そうなのか?いつからだ」

「お前の知らないことだ」いつのまにか現れたティルはそう言うと、ゆっくりと部屋に入って、暖炉の傍の椅子にドカッと座った。長い黒髪に体にフィットした黒いレースの洋服は昔と変わらないが、以前は長くしていた爪は短く赤く塗られている。

 ゼロはティルが足を組むのを見るとニコリと笑った。

「ティルはね、君と会わない時間に医者になったんだ。猛勉強してね……小児科の」

 ティルは鼻で笑うとゼロを睨んだ。

「なんだその含みのある言い方は」

「小児科?ティルが?」

 シヴァは椅子に座るとティルを見た。

「なんだお前まで。確かにラミアは子供を食うからな。私は食わんぞ」

「でも子豚食べてるじゃない。あ、少し見てくるよ」

 ゼロは笑って言うと立ち上がりカイルの部屋へと向かった。

「子豚?」

 シヴァが問いかけるとティルは鼻で笑う。

「ああ、そうだ。子供は食わん、代わりに子豚を丸々一匹買ってきて食う」

「へえ……でもどうして小児科に?」

「始めは違ったんだが、いつの間にかそっちに回された。ゼロと同じようになんでもかんでも出来る医者というのは使い勝手がいいらしい」

 ティルは腕を組みシヴァを睨みつけた。

「相変わらずお前は美しいな。それにあの子、カイルと言ったか?あの子も美しい。私は美しいものが好きだからな……ゼロとここに来るのは不快だったが、来て良かった」

「ああ……」

 そういえばそうだった。ティルは美しいものをこよなく愛している。シヴァも昔ティルに言い寄られた事があったが、その頃はすでにゼロの恋人だったのだが。

「それでカイルは?」

「ああ、大丈夫だ。この間の事件のせいもある。それから……他にもストレスになっている」

「トラウマに?」

「それは大丈夫だ。カイルは実際惨劇を見たわけではないだろうから。それよりも気になるのはあの子はえらく幼いが?ゼロから聞いていたのとは印象が違う」

「ああ……それは」

 シヴァが困って言葉を選ぼうとした時、カイルの部屋からティルを呼ぶ声がした。ティルは振り返りすぐに向かう。シヴァも立ち上がるとティルと入れ違いにゼロが出てきた。

「目が覚めた。熱も下がった、あとはティルに任せて僕らはお茶でもしようよ」

「しかし……」

 シヴァが気にしているのにゼロは首を横に振る。

「大丈夫だから。お茶を入れてよ」

「わかった」

 台所でお茶を入れてテーブルに人数分のカップを並べる。シヴァはカイルの部屋を気にしながら席につくと大きく溜息をついた。

「大丈夫だよ。僕がカイルに触るのは嫌なんでしょ?」

 ゼロはカップに口をつけると、テーブルに置かれたクッキーに手を伸ばす。

「まあそれはそうだが。少々ティルも不安なんだがな」

 シヴァは渋々腕を組み、俯いた。

「そこは否定しなよ。医者なんだから大丈夫。これ作ったの?美味しいね」

「ああ、それは私とカイルが」

「ふうん。上手にできてる、今度カプセル買いに来る時は持ってきてよ。お土産にさ」

「気が向いたらな」

 ゼロはフフと微笑み、またお茶を飲む。少し落ち着けということだろうか?シヴァは息を吐いて椅子にもたれた。

「君はあの子のことになると必死だね」

「……ああ、自分でも異常になってる気がする」

「怖いのかい?」

「そうかもな」

「昔も同じこと聞いた気がするよ。でもあの時はもっとドライだったけどね」

 ゼロは頬杖をついて笑う。

「私のことはいい。それよりティルと続いているなんて聞いてなかったが」

「ああ、言ってなかったっけ。随分前に結婚してね」

「ティルと?でもさっきからやけに……」

「なんかね、僕の病院に来てからああなんだよ。どうしたもんかなあ……」

「お前、それは……」

 シヴァが微妙な顔をすると部屋にティルが戻ってきた。ティルは先ほど座っていた椅子に座り、大きく息を吐く。

「シヴァ、カイルは眠れていないことも多いようだ。よく眠らせるように」

「わかった」

「それで先ほど聞いたことだが……」

「……大人になると性別が変化するんだ」

 シヴァが呟くように言うとティルがああ、と唸った。

「なるほど。最近稀に見るやつだな……子供たちの中にはあまりおらんが。多分、それについてもストレスになっているんだと思うぞ。お前、何か言ったのか?」

 ティルが眉を上げて笑うとシヴァはただ黙り込んだ。

「フッ、やはりな。そもそもお前は女しか抱かんからな」

 横で聞いていたゼロが笑う。

「確かにね。それで僕とは拒絶するわけだ」

 それを聞いてティルがゼロを睨みつける。

「お前とは話が違う。お前のような不埒で淫乱は知らん。くだらん」

「なんて言い方するの!僕は君の大切な夫じゃないの」

「はあ?愛人を散々作っておいて何が夫だ。もう離婚だ」

「ちょっ!酷いよ。君は全部知ってて僕のお嫁さんになったんじゃないの」

「ああ、しかし耐えんこともある。同じ病院になど勤めるものじゃないな」

 ティルはぷいっと顔を背けるとあっけにとられていたシヴァに視線を移す。

「お前にしておけばよかったと思うよ。美しくともくだらない奴ではないからな。この男は私を愛していると口先で嘯きながら、他にも男女問わずに愛してると言うのだからな」

 ゼロがしゅんとするとティルは優しく微笑む。

「いつもそうでいろ。私は素直な男が好きだ」

「素直じゃない?僕は皆を平等に愛しているし、君を一番に思っているよ」

 シヴァは苦笑しながら立ち上がると両手をあげた。

「イチャつくなら他でやってくれ」

「そうだな、ティル!もう用はないし帰ろう!」

 ゼロはそう言うとティルを両腕で抱き上げる。ティルは固まったままで目を白黒させた。そして一目散にゼロは立ち去ると玄関のドアが閉まった。シヴァはそれを横目に、小さく息を吐きカイルの部屋へと向かった。





 真夜中の道路を都心に向けて車が吸い込まれていく。ゼロはハンドルを握りながら助手席のティルを見て微笑む。

「今日はありがと。来てくれて助かった」

「いいや、それはかまわんが」

 ティルは足を組むと息を吐いた。

「それよりさっきのはなんだ?むやみやたらに私に触れるのはやめろ」

「いいじゃない。君は僕のお嫁さんなんだから」

「それで……あの話はシヴァにしたのか?」

「ああ、それね」

 ゼロはハンドルに少しもたれかかると溜息をつく。

「顔見たら言えなくなっちゃって」

「ほう、お前も気遣いするのか……」

「そういう言い方やめてよ。僕だって伝えたい気持ちはあるさ」

「ふうん。まあ、伝えたところですぐに何かというわけじゃないだろう」

「まあね」

 ティルは窓の外へ視線をやるとシートにもたれこむ。ゼロはそれを見ると苦笑した。

「今回は僕が独自のつてで調査してただけだしね。警察もあてにならないってのは昔からよく知ってたから……」

「病院もヘインズを解雇しなかったろう?その時点でやばいんだがな」

「そうだね。どこもかしこもグルだから。金さえ払えばなんでもやる奴が多いんだ」

「うむ、金など価値のないものだが、執着するものには喉から出るほど欲しいものだ」

「そうだね。居場所を求める者との違いかなあ……共存してるとはいえ、近頃は子供ばかり狙われている気がするよ」

「小児科にも親と偽ったものが時々やってくる。子供を引き取りにくるんだが、担当ナースたちの苦労ははかりしれん」

 ハハとゼロは苦笑する。

「どこも同じだね」

「けれど、いざとなれば我々も抵抗する必要があるだろうな」

 ティルはゼロを見ると眉を上げた。

「ハハ、そうなれば僕の恋人たちが手伝ってくれると思うよ」

「ハッ、お前の愛人がそんなときに活用されるのか……言いえて妙だな」

「六割程度はいるからね」

 ゼロがにこにこしながら言うとティルはあきれた顔をした。

「……お前、どこまで腐っているんだ」

「でも知り合うには体からって言うし」

「言わん!やっぱりお前とは離婚だ!」

「ええー?でももうすぐ家に着くし、今日愛しあえば何かわかるかもよ?」

「ふざけ……」ティルが叫ぶ前にゼロはアクセルを踏み込んだ。ぐんとついたスピードにティルはシートに押し付けられる。車は高級住宅街のほうへハンドルを切ると静かな道へと飛び込んでいった。





 翌日カイルはベットの上で気持ちよく目が覚めた。体を起こすとシヴァが椅子に座って眠っている。そっと彼の髪に触れてから、毛布を肩からかける。起こさないようにベットを抜け出すとバスルームへ向かった。顔を洗い鏡に自分を映す。顔色はよくなったようで髪を梳かすとリボンで結び、台所へ行きお湯を沸かす。二人分のお茶の用意をしていると、カイルの部屋で大きな音がした。バタバタと激しく音がして居間に飛び込んでくるとシヴァが慌てる声がした。カイルは火を消してそっと顔を出した。

「シヴァ?」

 シヴァは真っ青な顔で振り返ると片手で口元を抑えてから、すぐにカイルの傍に近づいてそっと抱きしめた。

「シヴァ、大丈夫ですか?」

 カイルがシヴァの背中をぽんぽんと叩く。

「ああ、びっくりした。嫌な夢を見て……君がいなくなる夢を見て、目が覚めたらいなくて」

 彼の体が少し震えていてカイルはシヴァの顔を見上げた。顔が青い。とても心配をかけてしまったことがよくわかった。

「すいません。シヴァ、もう大丈夫です」

 シヴァはカイルの顔を両手で包むと優しい目で頷いた。

「良かった。君が無事で」

 シヴァが少し安心したのか眠そうにあくびをかみ殺す。

「寝てないんですか?」

「ああ」

「少し休んでください。私はもう大丈夫ですから」

「そうだな」

 シヴァはひょいとカイルを抱き上げると自分の部屋へ入り、ベットに倒れこんだ。抱かれたままでベットに横たわったカイルはシヴァの顔を見上げると、寝息を立てていた。体に回された手は外せそうにない。カイルは手を伸ばして毛布をシヴァにかけると自分ももぐりこんだ。暖かい彼の腕の中で体をすり寄せて目を閉じる。暖かさにうとうとし始めるとそのまま眠りについた。





「シヴァ!聞いているのか?」

 はっとして声がした方を向く。目の前にはティルが訝しげな顔をして覗き込んでいる。

「ああ」

 ふと周りを確認して、ああこれは昔の夢だと気がついた。懐かしい風景だ。この頃によく来ていたレストランの席で、周りも和やかなムードだ。ティルは長い爪に視線を落としながら、また話をし始める。

「シヴァ、私は確かにゼロのことは好きだし付き合ってはいるんだが……私としてはお前とも良い仲になりたいと思っている」

 そういえばこの頃はティルがゼロにアプローチしていた頃だったな。

「ゼロがいるだろ?」

 シヴァは不快そうにテーブルの上のカップに手を伸ばす。

「そうなんだが……ゼロは恋人を沢山作るタイプだからな」

「気にすることないだろ?君は君で好きでいればいいんだから」

「まあな」

 ティルは頬杖をつくと眉をしかめた。

「エルフというのはああいうものなのか?」

「さあ、ゼロだけだと思うぞ」

「うむ……でも本当に……シヴァ、お前のような美しいものはその……」

 シヴァは椅子にもたれると腕を組み、彼女を見下した。

「やめろ、俺は君のことを好きじゃないし好きにもならない」

 その言葉にティルは目を大きく見開き、歯をぐっとかみ締めると俯いた。

「お前は……言葉の選び方を知らんようだ」

「好きじゃない奴に言葉を選ぶことなどない」

 シヴァは席を立つと、俯いて怒りに震えているティルを置いて店を出た。この後だ、シヴァは二人から離れて違う場所でモデル業を再開したのだ。ティルとは仲良くなる前にああしてアプローチされてしまったから友人にはなれなかった。性格としては良い方なのに、美形を見るとああなってしまうとゼロが話していた。美しいものに目がないんだね。とゼロは笑っていたが正直目の色が変わるというものを目の当たりにして少々恐ろしい。

 シヴァは道行く人たちに視線を向ける。美しいものなど数えられないほど多くいる。

 それぞれが努力をし磨くものや生まれつき美しいものがいるのだ。シヴァにとっては美しさとは体の中にあるものが表面に出たものだと思っている。……ふと少年の顔が浮かんで、シヴァは夢の中の自分から離れた。少年は時折、ぽっと幸せそうに笑う。その顔はシヴァにとってかけがえのないものになっている。

 カイル、あの子が幸せになってくれるためにどうしたらいいのか、最近はそんなことを考えている。シヴァはどうやら変わったようだ。自分でもおかしいと思う、大人への変化を待ってカイルが女性になってくれたら、本当に言うことはない。けれどもしカイルが望んで男性になった時、それを時々考えて立ち止まってしまう。きっとそれでもいいはずなのに、小さなカイルを抱きしめる度にすべてを奪ってしまいたい気持ちもふつふつと沸いてしまっているからだ。

 小さな体にはちゃんと理性が働くものの、大人になったカイルを見た時、どちらにせよ制御がきかなくなる気がしている。こんな風に好きだと、感情に支配されるのは本当に初めてだった。色んな人と付き合ってきたが、これが本物の恋なのだろう。

 シヴァはゆっくりと瞬きをする。目の前の風景が変わり、これは恋人のレインの最後を看取った時だ。寂しくて悲しくて胸の中を風が吹いていく気がしていた。

 そんな時、カイルが抱きしめてくれた。ぎゅっと強く抱きしめられてカイルのぎこちなさと一生懸命が感じられて、愛しさが沸き起こった。

「カイル……その抱き方では折れてしまう」

 そんな風に冗談を言ってカイルが謝罪を口にした時、心からの口付けをした。カイルは戸惑っていたが体を預けてくれて、シヴァは自分の中の寂しさを少し溶かしてくれた目の前の存在に心が揺れていた。小さな体に触れて理性が動く。けれど抱きしめていたくてグラグラ揺れる。自分を戒めるためにカイルを抱き上げると、自分が以前使っていた部屋のベットにカイルを放り投げた。こうでもしないと離れられなかったとここで白状する。

「今日はここで眠れ。私は少しすることがある」

 精一杯の言葉はきっと酷く感じられたのかも知れないな……。シヴァはまた瞬きをして夢から覚める気配を感じた。胸が温かい。きっと傍にあの子がいるからだろう。この恋は……私の中で一生のものだ。

 シヴァはぱちりと目を覚ました。随分と長く眠ってしまったのか部屋に差し込んでいる陽は少なく夜が近づいているようだ。体にかけられた毛布の隙間から柔らかい髪が見えて、そっと捲るとカイルがすうすうと眠っている。シヴァは体を起こそうか考えたがそのままでカイルを抱き寄せる。小さくカイルが唸るとまた寝息が聞こえてきた。

「ただ傍にいるだけで胸が幸福で満たされるのよ。知っている?シヴァ」

 ふと、昔の恋人の言葉が蘇る。その時は分からなかったが今なら分かる。シヴァとカイルの間には沢山の悩みや問題がある。けれどそれも今は見えない波のように感じられる。沢山の恋人たちが教えてくれた言葉や愛が今、目の前で実感となる。

 その時は自分も同じようにそうだと思っていた、でも違ったようだ。あの時同じように感じられなかったのが悔しいが、それでも教えられたことを感謝したい。

「ん?シヴァ」

 小さな声がしてシヴァは視線を落とす。カイルはむにゃむにゃと目を擦るとにこりと笑った。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。といっても、もう夜だが」

「え?ああ、すごく寝ちゃいましたね」

「うん。二人とも睡眠が必要だったんだろう」

 フフとカイルが笑いシヴァの腕から抜け出すとベットから降りて大きく伸びをした。

「起きます。もう十分寝た気がします」

「そうだな、シャワーも浴びたい」

 シヴァは髪をくしゃくしゃと乱すと大きなあくびをした。

「そうですね。先に浴びますか?」

「いいよ、先に使いなさい」

「はい。」

 部屋からカイルを見送り、シヴァはベットを整える。それにしてもこんなにぐっすり眠れたのは久しぶりかもしれない。体も頭もすっきりしているし、胸につかえていたものも晴れた気がする。シャワーを浴びていつもどおりの顔に戻り服装を整え、カイルは台所で軽い食事の用意を始めていた。

「もう出来ますよ」

「ありがとう」

 カイルが皿に盛り付けたフレンチトーストに少し蜂蜜をかける。バターがじゅわりと溶けて甘い香りだ。隣に置かれたミルクティーは柔らかいスパイスの香りで湯気が上がっている。

「うん、美味しい」

「上手になった、色んなものを作ってくれるから私も食事が楽しみになる」

「フフ、でもお互いにそこまで食べないですもんね」

「そうだな。食費は少なくて済むがな」

 二人で穏やかに会話を楽しみながら食事を終えると後片付けをした。部屋の清掃を終えて、二人で居間のソファーに座るとふうと息をついた。

「さっぱりしましたね」

「ああ、ここ数日はなんだかんだと掃除ができていなかったな」

「そうですね、私も寝込んでいましたし……すいません」

「いや。それに私もカイルのおかげでゆっくり眠れた」

「そうなんですか?」

 カイルが目を丸くするとシヴァは苦笑する。

「うん、私は元々そんなに睡眠は深くない。だが、君のおかげでよく眠れた」

「そっか……」

「君が傍にいてくれたら、の話だから」

「じゃあ、もう大丈夫ですね」

 カイルは少し赤い顔をしてにこりと笑うと立ち上がり台所へかけていった。





 台所でお湯を沸かしお茶を入れる。カイルは両手で頬を押さえるとその熱に目を閉じる。目が覚めてからシヴァがとても優しい。嬉しい。何かが変わったわけじゃなく、ただ接する雰囲気や空気が甘く優しい。シヴァの傍にいるだけで気持ちが良くて蕩けてしまいそうだ。お互いの好きが深みを増している気がする。

 長く独りでいたせいでシヴァとの暮らしは本当に楽しく幸せな毎日だ。それでも時々不安が多くなってしまう。彼はそれを知っているし、分かった上でカイルの傍にいてくれる。大人になることが出来たなら、シヴァに沢山恩返しではないが返せるだろうか?温まったカップにお茶を入れると甘い香りが台所に広がっていく。トレイにお茶を用意すると居間へと戻った。

 居間のソファではシヴァが本を読んでいる。テーブルにお茶を置き、どうぞと声をかけるとシヴァは頷いた。カイルも暖炉の傍に座りお茶を飲む。カップに口をつけてそっと視線をシヴァに向ける。彼は優しく笑いカップを手に取る。

 長い前髪の下でカイルはまじまじとシヴァを観察する。今までこんな風に彼を見ることはなかったが、すらりとした体にパリッとしたストライプのシャツ、ジーンズを履いている。髪は柔らかな色合いで全体的に長く、鋭く印象的な目元に長い前髪がゆったりとかかっている。

 大きな手が本の頁を捲り、定位置のように口元へと戻る。カイルは視線を落とすとカップを口につけた。素敵だなあ……。こんな素敵な大人になれたら、私もシヴァの隣に立っても恥ずかしくないのにな。でも、そんなこときっとシヴァは微塵も気にしていないのだろうけど。

「どうした?」

 本に視線を落としたままでシヴァが呟く。

「え?ああ」

 カイルは自分が見ていることに気付かれてカップで顔を隠した。

「フフ、また悩み事か?」

「……はい」

 シヴァは本を閉じるとテーブルにそれを置いた。

「カイルの考えていることを当ててみようか?」

「うう」

「フフ、気にすることなどない。私は君がどんな風であっても変わらない」

「本当に?」

「ああ」

 カイルはカップをテーブルに置くと姿勢を正して座った。

「私が女性に変わらなくても?男だったとしてもいいですか?」

 シヴァは頷くとにこりと笑った。

「いいさ」

「本当に?綺麗でなくても?」

「やっぱりそれを気にしているんだな」

 シヴァは両手を差し出すとカイルを呼んだ。カイルはそれに応じて彼の元へ行き膝に座る。

「そんなに気にするな。大人になるのは怖いことじゃない。美しかろうがなんであろうが君は君だ。そんなもので価値は変わらない」

「はい……。それでも人の世界は美しさを気にしてるところありますよね?」

「うん、あるな。私がモデルをしていた時も、現在に仕事をしている時もモデルたちは必死だ。痩せなくてはいけない、美しく保たなくてはいけないと。でもそんな風な感情は時々写真に映りこんでしまう」

 シヴァはカイルに棚に置かれた一冊の本を取るように指示をした。カイルがそれを持ち出すとシヴァがそれをテーブルに開く。

「これは私が取った写真集だ。まだ見せたことはなかったね?」

「はい」

 頁をめくり真っ赤なドレスを着たモデルの写真が現れる。モデルは幸せそうに微笑んでいる。

「彼女はこの後に結婚式を控えていた。一ヵ月後だったか。そんな話をしながら撮影をしてた」

 頁をめくりながらカイルはふと気付いて小さな声を漏らす。

「あ……これって」

「気付いたか?」

「はい、皆笑顔ですね。雑誌などで見るような顔とは違います」

「うん、一番幸せな顔だろう?皆いつもは皺がどうだ、映りがどうだと気にしているのに、笑いながら撮影をしているとこんな風にいいものができる。年齢も関係なく笑顔はいいものだ」

 シヴァはカイルの顔を覗き込むと微笑む。

「君にもそうでいて欲しい。笑顔で」

 カイルは目の前のシヴァの笑顔が綺麗で胸がどきりとなった。

「せっかくだし写真を撮るか?」

「写真を?」

「ああ」

 シヴァは自室へ戻ると小さなカメラを持ってきてカイルに手渡した。手元の小さなモニターで撮った写真ができるタイプだ。操作方法を教えるとカイルは嬉しそうに笑いカメラを構えた。

「シヴァ、笑ってください」

「私を撮るのか?」

「フフ、初めて撮りますよ!シヴァ笑って」

 カイルはカメラのモニターの中のシヴァを見つめる。彼の顔が優しく微笑むとシャッターを切った。

「撮れました!」

 カイルはシヴァの隣に来てカメラを見せる。モニターの写真に彼は頷く。

「うん、上手だ。では次は私が」

 シヴァがカメラを取り上げてカイルを見つめた。

「カイル、笑って」

「ええ、笑えませんよ」

 少し困ったように微笑み、上目遣いにこちらを覗き込む。

「フフ、そうだな。次はお菓子、何を作ろうか?」

「お菓子ですか?うーん、オーブンを上手に使えるようになりたいです」

 カイルが会話に応じて表情が変化する。

 くるくる変わる顔にシヴァは何度かシャッターを切り続ける。

「じゃあ、エクレアは?この間お菓子屋で見ていただろう?」

「そう!すごく素敵で美味しそうだったんです。よく覚えてましたね」

「覚えてるさ。楽しみにしてるといい」

「はい」

 カイルが満面の笑みで答えるとシヴァはカメラを下ろした。

「あれ?もう撮ったんですか?」

「ああ」

 カメラのモニターを見つめてカイルが驚いた声をあげた。

「本当だ。こんなに沢山……話してるみたい。楽しそう」

「うん、また撮ろう」

「はい」

 二人は顔を見合わせるとにこりと微笑んだ。

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