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EP5 Song of Mermaid

ドクターゼロ:エルフの医者

ララ  :人魚の少女

オガタ :頼れるナース長

ヘインズ:病院の経理

 森でシヴァと暮らし始めて二年が経とうとしている。カイルは未だ成長することはなく、どこかで不安を抱えていた。シヴァは心配するなと言っていたが、やっぱりどこかおかしいのかと思い始めると悩みの種になってしまう。窓辺でぼんやりしていると仕事の電話を終えたシヴァがやってきた。

「カイル……どうした?」

 シヴァに気付いてカイルが顔を上げる。その顔を見てシヴァは苦笑した。

「う……ん、そうだな。気晴らしに出かけるか?」

「え?お仕事はいいんですか?」

「今日はこれで終わりだ。買い物にでも行こう」

「はい」

 二人は車に乗り込むと街へと向かった。街は秋の装いで、少し陽が落ちているからイルミネーションも灯りキラキラ輝いている。車を駐車場に止めて二人はふらりと歩き出した。ブティックや雑貨店が並ぶが、見るたびに名前が変わっている。

「何か欲しいものはあるか?」

「そうですね……紅茶そろそろ切れそうです」

「フフ、それも必要だが君は欲しいものはないのか?」

「うーん、あ」

 カイルが何か思いついたように声を上げると、シヴァは顔を覗き込んだ。

「うん?」

「あの……ずっと素敵だなって思ってたんです」

 カイルは繋いでいたシヴァの手を持ち上げる。がっしりした手首には金のブレスレットが付けられている。

「ああ、ブレスレットか?」

「シヴァはアクセサリーはしませんよね?それだけ……」

「そうだ、これは昔気に入って買ったんだよ。では見に行こう」

「いいんですか?」

 カイルの顔がパッと明るくなる。その顔にシヴァは微笑むと頷いた。

 色んな店を何件か周りカイルの目に留まるものを探したが中々見つからず、外はすでに夜になっていた。

「すいません……」

「いや、見つからないのは普通のことだ」

 カイルがしょんぼりとしたのを見てシヴァは前方を指差す。

「あそこ、雑貨屋だが見てみるか?」

「はい」

 二人は雑貨屋のドアを開く。店内は商品でごった返したような雰囲気でおもちゃ箱のようだった。普段使いする物から、何に使うのか分からない物まである。手にとって見ても用途がわからず、フフと笑ってしまうものが多い。シヴァは店内奥にあるアクセサリーコーナーを見つけるとカイルを呼んだ。

「ここはちょっと風変わりだ」

 ディスプレイされたアクセサリーはピアスやリングなど沢山ある。どこか古めいたデザインやトラジショナルなもの様々だ。シヴァは手にとっては何度か頷く、幾つかそれを繰り返すとカイルに笑いかけた。

「品は良いよ。君が気に入るものがあればいいが」

「そうですね」

 カイルも手にとって眺めては見る。華奢な物からバングルまで見るもいまいちピンと来ない。小さく溜息をつくと背中を優しく叩かれた。後ろには少し風変わりな格好をした女が微笑んで立っていた。

「何かお探し?」

 二人が振り返ると女はワオと小さく呟いてから、奥にもまだあると案内してくれた。

 案内された場所には金細工のものが並んでいる。カイルが覗き込むと右端にあったものを手に取った。それは細く表面に美しい細工が施されている。

「わあ。綺麗」

 カイルの手元を見てシヴァも頷く。

「うん、いいね」

 二人の反応を見て店の女は微笑む。

「へえ、いいねえ。似合うじゃないか。それにしなよ、少しだけお高いけどさ」

 シヴァが頷くと、カイルが顔を青くした。

「待って!高いってそんな……」

 店の女はカイルの制止に苦笑した。

「少しだよ、それにいい品なんだ。あんたがつけてくれたらその子も喜ぶけど」

「でも……高価なものは」

 シヴァはただ頷くと女に購入すると告げた。彼女が会計をしている間にシヴァはカイルに向き合う。

「カイル、そんなに気にしなくていい」

「でも」

 戸惑うカイルにシヴァは苦笑する。少し問答している間に店員の女はラッピングを終えるとシヴァにそれを手渡した。

「フフ、この兄さんが買ってくれるってんなら気にすることないと思うよ?あんたが大切にしてくれるなら作った私も万々歳だね」

 彼女の言葉にカイルが顔を上げた。

「あなたが作ったの?」

「ええ、そう。とにかく沢山使ってあげて」

 そう言われてカイルはただ頷いた。店を出てシヴァは持っていた商品をカイルに手渡す。

「あの……本当にいいんでしょうか?」

「いいさ。前にも言ったが……」

「あ、はい。お金は問題ないのは知ってます……でも、なんだか申し訳なくて。そんな気持ちで欲しいなんて言ったわけじゃなかったから」

「フフ、そうだな。さて、あとは紅茶と何かデザートでも買おう」

 シヴァは嬉しそうに微笑むとカイルの肩を抱いて歩き出す。カイルはぎゅっと胸に商品を抱きしめると頷いた。

「ありがとうございます」




 真夜中の病院、珍しく夜勤のゼロは廊下を歩いている。窓の外が騒がしく警察がサイレンを鳴らして走り回っていた。足を止めて外を眺めているとナースが血相を変えて走ってくる。

「ドクター!」

「あらあら、廊下は走ったら危ないよ。どうしたの?」

「ドクター!ララが!」

「え?」

 事情を聞いて急ぎナースと共にエレベータに乗る。ナースの話ではどうにもおかしな事態らしいがまったく状況がわからない。ララの病室に着くと扉を開いた。中は特に変わりがないもののベットは空になっており、さっきまで居ただろう窪みがそこにあった。ベットの傍で座り込んでいたブロンドのナースは部屋に入ってきたゼロを見て困惑の表情を見せる。

「ドクター、ララがいなくなりました」

「そんなはずは……」

「はい、ララは足がありません。だから誰か……」

 ゼロはララのベットに手を乗せた。すでにベットは冷たく、外されたチューブの針から液が漏れて床に水溜りを作っている。

「君はどれくらい離れていたの?」

 ブロンドのナースは泣きながら手元の資料を確認する。

「はい、一時間前に少し休憩を取って、さっき戻ってきたらいなくなっていました。すいません」

「いや、君のせいじゃない。ただララが心配だ。もし外部からの侵入者だとすれば処置もされていないだろう……」

「ああ、ララ」

 ナースたちをそこに残してゼロは病院の管理センターへと急いだ。病院内の一番端にある管理センターは病院のあらゆる場所のカメラ映像を保管し看視している。管理センターの主任はゼロを見つけると手をあげた。

「ドクターゼロ、やっと来ましたか」

「ああ、状況はわかっている?」

「ええ……?なんのことです?」

「なんだ、僕がこっちに来てるのを見たからか。ちょっと急ぎ調べてくれ」

 ゼロの説明に主任は頷くと看視モニターを見てパネルを操作する。

「一時間前くらいからD棟の重症患者だ」

 カチカチとモニターが切り替わりベットに横たわるララが映る。映像はゆっくり進み、ナースがララに何か話しかけて部屋を出ると突然モニターが真っ暗になった。

「あれ?なんでしょう?」

 主任はパネルを確認しモニターを見るも首を傾げる。

「変ですね、何も異常がありません。カメラは正常に動いています」

 そしてモニターはまた部屋を映し出す。ベットにはもうララはいなかった。ゼロは小さく息を吐く。

「これは内部の者の仕業か?」

「そうでしょうね、ナースが離れるタイミングを知る人物でもありますね。それにカメラの位置を知っている人物」

「ああ」

「この病院はカメラは患者の負担にならないように隠されていますからね」

「……どうしようもないわけじゃない。主任は引き続きおかしなことがないか確認をしてくれるか?何かあってもなくても連絡してくれ」

「わかりました。見つかるといいですが」

「よろしく頼む」

 ゼロが部屋を出ようとすると主任が声を上げた。

「あ、ドクター。ここ、見てください」

 モニターに近づき指をさす。その先にある映像は何もおかしな所はない。

「ん?」

「ここです、わかりますか?繰り返されています」

 映像は何も変わらないが、不自然に湧いたように人物が現れる。人物は部屋に入ると出てくることはなく、また一定で現れる。

「これは……」

「ハックされていますね……多分、私たちの落ち度です。申し訳ない。今から人手を増やして対応しましょう。もしかしたら他も何かあるかも知れない」

「そうだな。僕はD棟の部屋を確認してみる。戻ったらカメラに合図をするから確認をしてくれ」

「はい」

 ゼロはまた足早に廊下を歩きエレベーターを乗り継ぐとララの部屋へと向かった。部屋にはナースはおらずガランとしている。中に入りカメラの位置を確認する。いつものようにレンズがキラッと光った。傍に置いてあった背の高い机を足場にしてカメラの位置に手を伸ばす。壁とレンズまでの間に何か触れて指先で掴んではがした。透明のフィルムだ。持っている手が黒く透けて見えないことから、多分これが使われたのだろう。がしかし何故ここに置いていったのか?確かに透明だから見えはしないが。

 ゼロはカメラの前で幾つか合図を送る。するとポケットの電話が振動した。

「ドクター、ドアップはびっくりしますからやめてください」

 電話の相手は管理主任だ。ゼロは机から降りるとカメラに向けてフィルムを掲げた。

「こんなものが貼られてた。そっちはどう?」

「ええ、今総出でやっています。エレベーターまでやられていて……でも一つ収穫ですよ」

「うん?」

「経理のヘインズさんが病棟のほうまで来ていました。ありえないことです」

「D棟に?」

「ええ、それから彼は地下までも降りています。呼んだんですか?」

 ゼロは視線を上げると首を横に振る。

「まさか。あんなの興味もないよ」

「でしょうね。となるともう一つ気になるのは先日から病院の上階に宿泊している議員でしょうか」

「そういえばそんな話を聞いたっけ」

「あまり疑いたくありませんが、彼は確かこの病院に投資をしている一人だったかと」

「わかった。とりあえずまだ断定はできないからもうちょっと探ってみて。僕はヘインズに確認してみるよ」

「それがヘインズさんは今日はお休みですよ」

「そうなの?ふうん、わかった。明日だな……時間は出来たから明日までにカメラに関してはよろしく頼む」

 電話を切り、視線をララのベットに戻す。ララは足を失い、まだ声も戻っていない。どこかに隠されていたとしても声が出なければ探しようがないのは事実だ。ゼロは大きな溜息をついた。





 都心部にある少し高価なホテルのロビーの椅子にちょこんと座ってカイルはフロントで話しているシヴァを見ていた。今日は気分転換で外泊らしい。カイルは手の中にある紙袋に視線を落とすとニコリと笑う。

「カイル、行こう」

 シヴァに声をかけられて彼の元へと駆け出す。片手にカードキーを持ちエレベーターに乗り込むと目的の階のボタンを押した。

「綺麗なホテルですね」

「ああ、前は寝るだけの部屋だったからね。ここは違う」

 宿泊する階に泊まりエレベーターを降りる。シヴァの後を追いかけて部屋に入ると、奥がガラス張りで綺麗な夜景が見えた。

「ふわあ!すごい」

「フフ、確かにな。私は実はここは三度目だ」

「え?」

 シヴァはジャケットを脱ぎソファに置いた。

「全部仕事だ。その時は私はモデルをしていた。このホテルの名前も少し違う」

「へえ……、今とは違いますか?」

 カイルの傍に来てシヴァは外を眺める。

「うん、そうだな。少しだけ……ビルが建ったりと夜景としては今のほうが綺麗かも知れない」

「フフ」

 シヴァはソファに座るとカイルを呼ぶ。

「カイル、今日買ったものを開けてみて」

「あ、はい」

 カイルは紙袋から箱を取り出すとそれを開いた。パカっと音がして中からブレスレットを取り出す。

「綺麗だな」

「うん、綺麗……ええと、これはどうやってつけるんですか?」

 カイルの手からブレスレットを受け取りシヴァが付け方をレクチャーする。

「ああ、そっか。片手でも出来るんだ。すごい」

「フフ、自分で付けられるか?」

「はい」

 細い指先で止め具を外して片手で手首に巻きつけるとカチリと止まった。

「ついた」

 ブレスレットは光に当たると細工がキラキラ光る。カイルは腕を動かすと嬉しそうに微笑む。

「ありがとうございます。本当に」

「よかった、君が喜んでくれて」

 シヴァがソファにゆったりともたれて足を組んだのを見て、カイルは少し恥ずかしい気持ちになった。こんなに大人の素敵な人が子供のようにはしゃいでいる自分に合わせていると感じて俯く。

「どうした?」

「いえ……私、はしゃいでしまって」

「うん。そうだな」

「その」

 言葉に出しづらくて口ごもるとシヴァは笑う。

「気にしなくていい。カイルはまだ子供だ。子供のときは楽しんだらいい。大人になれば嫌なほど我慢することもあるから」

「そんなものですか?」

「ああ、そんなものだ。さて、今からどうするかな」

 シヴァは頬杖をつくと窓際のベットを見る。

「ベットで寝てしまうか、それとも夜景を見ながら風呂に入るか」

「え、夜景を見ながらお風呂に?」

 カイルは立ち上がると浴室へ駆け出した。その姿を見てシヴァは苦笑する。そして何か見つけたのか嬉しそうな声が響いた。

「シヴァ!お風呂すごく大きい!」

「入ったらどうだ?私はここにいるから」

 嬉しそうな返事が聞こえてシヴァはソファに深くもたれこむ。出会ってから少しずつカイルが健やかに育つのをみて本当に胸をなでおろす気持ちだ。きっと子供を持つ親の気持ちというのはこういうものだろうか。シヴァは髪をかきあげると天井を仰ぐ。

「いや、さすがにそれは問題があるな」

 年齢が離れているとはいえ、シヴァは三十九歳だ。ヴァンパイアの数えだが。カイルも子供の姿のままとはいえ二十歳には近いだろう。そろそろカイルも変化が現れていい頃だと思うが、少し背が伸びたくらいで他は変わりがない。本人もそれを気にしている様子があるし、シヴァも少し心配している。以前ゼロに聞いたのは、成長に関しては栄養不足と精神的な問題もあるという話だ。ただヴァンパイアにそれが当てはまるかどうかはわからないが。今はそれも解消されてきているから気長に待ってはいるものの本人の焦りは仕方のないことかも知れない。

 どんな姿になるだろう?とシヴァは時々想像する。どんな姿であっても何も変わらないのだと思うが、シヴァは今のカイルの姿も素敵なのだと思う。背は小さく痩せっぽちだが、美しい面立ちにまだ長くしたままの前髪が印象的な瞳を隠している。

「シヴァ、出ましたよ。シヴァもどうぞ」

 ふと横から声をかけられてそちらを向く。カイルは髪を拭きながら備え付けのローブを着て立っていた。

「ああ、そうしよう」

 シヴァは浴室へ向かう。そしてゆったりと夜景を楽しみながら風呂に浸かったあと、カイルと二人大きなベットの上でお喋りをしてから眠りについた。翌朝、隣で眠るカイルを横目に起き上がると身支度を整える。少しして起きてきたカイルが支度を終えると二人でホテルを出る。その足でゼロの病院へと向かった。車をいつもの地下駐車場へ止めてエレベーターで上がる。今日はまだゼロに連絡をしていないためシヴァはナースセンターでゼロに呼び出しをかけた。ゼロはいつものようにやってきたが少し様子が違う。

「どうした?トラブルか?」

「あ、うん。ちょっとね……今日はシヴァの相手をあまりできないんだ。悪いね」

「いや、構わんが。ではカプセルの受け取りを薬局でできるようにしてくれるか?」

「ああ、しておくね。カイルも悪いね」

 ゼロが少し青い顔をしてカイルに微笑む。

「いえ、ゼロさん、大丈夫ですか?」

「うん、ちょっと寝てなくてね。そろそろ行くよ、今すぐに申請はしておくね」

 ゼロは足早に行ってしまった。残された二人は顔を見合わせる。

「何かトラブルでしょうか?」

「かも知れないな。ここは病院だから」

 二人はエレベーターに乗って薬局のある階まで行くとそこで降りた。薬局はフロア全体で半分が待合席になっている。カイルに席で待つようにいうとシヴァはカウンターへと向かった。数十分だ。シヴァがカプセルを受け取り後ろに振り返る。カイルがいた席には何もおらず、ただ待合席に患者が数人座っているだけだった。






「カイル?」

 管理センターのモニターを見つめていたゼロがふと零す。作業していたスタッフが再生していた映像の中で細身の少年が誰かに手を引っ張られている。嫌がる様子からも何か起きているのがわかる。丁度手を引っ張っている者の姿は死角になっていて見ることができないが、少年が頭を殴られそこに倒れこむとその手が彼を引きずり込んだ。モニターを見ていたスタッフの一人が急ぎ駆けて行く。主任はゼロと一緒にそれを見ていた。

「誰でしょう……。こんな酷いこと」

「ララも同じように連れ去られたのかも知れないな」

 ゼロは大きく溜息を吐いて主任を見る。

「さっきヘインズに会いに行ったが留守だった。今どこにいる?」

「ヘインズさんですか?いつもなら食堂か経理の部屋にいるはずですが」

 パネルを操作して経理の部屋の映像を出した。そこにヘインズの姿はない。

「疑いたくはないですが……いいタイミングでいませんね」

 ゼロはポケットから電話を出すとダイヤルを押した。

「もしもし、シヴァ?君、今カイルと一緒にいるの?」

 電話の向こうではシヴァが焦った声で応答した。

「いなくなった。ほんの少し目を離した隙に……あの子は一人でどこかへ行く子じゃない」

「そうだろうね。今から言うところに来て」

 ゼロは管理センターへの道のりを伝え電話を切る。主任はモニターを見ながらゼロを呼んだ。

「あ、いました。ヘインズさんです。荷物用の昇降機の前にいますね」

 映像の中でヘインズはダンボールを重そうに荷台に乗せると廊下を歩き出した。

「何を?今日は何か彼に届く物があるのか?」

「いえ、特には」

「となるとあれは……」

 ゼロは色んな選択肢を考えて口に出さずに飲み込んだ。少ししてシヴァが息を切らして管理センターへと入ってきた。

「ゼロ!お前なにか知っているのか?」

「ああ、主任さっきの映像を」

 主任は先ほどのカイルらしき少年の映像をシヴァに見せる。シヴァの顔が青ざめその目が恐ろしい色に変わった。

「カイルだ。これはどこ?」

 主任はシヴァに震え上がり後ずさる。ゼロは落ち着かせるようにしてシヴァに触れた。

「待って、シヴァ。実はもう一人今探してるんだ。もしかしたら一緒にいるかも知れない」

「もう一人?」

「ああ、僕の患者だ。彼女は足がない、一人では逃げられない」

「なるほど。それで犯人の目星は?」

「多分……」

 シヴァは鋭い目つきでモニターに映されたエレベーターに乗るヘインズを見る。

「これか?」

「ああ、今から行こう。主任、キーを開ける様にしておいて」

「はい。けれど上階は秘密保護されているため部屋は特定できていません。モニターでドクターたちが確認できたらキーを開きます」

「わかった、行こう」

 ゼロはシヴァを連れて管理センターを出ると、ヘインズのいたエレベーターへ向かった。彼の乗っていたエレベーターは病院の上階へ向かうものだ。二人が乗り込み扉が閉まるとゼロは横目でシヴァを見た。今にも誰か殺しそうな顔をしている。エレベーターが止まりフロアを確認してまた上へと向かう。それを数度繰り返して最上階に着くとエレベーターの前に荷台と空のダンボールが放置してあった。

「ここだ」

 シヴァが踏み出そうとするのをゼロが引き止める。

「待って、今から行くところは多分議員が泊まってる。彼はこの病院のパトロンだ。そしてそこに二人もいるだろう……シヴァ、ララは死にかけているかもしれない」

 苦痛に歪むゼロの顔を見てシヴァは彼の頭を引き寄せた。

「分かった。善処する」

 ゼロが部屋のドアを開く。鍵はすでに開錠されていて簡単に開いた。中にはヘインズがいて入ってきた二人に大きく目を見開く。

「お、お前らなんだ?」

 ヘインズの言葉も待たずにシヴァは彼の胸倉を掴むと床へ押し倒した。

「あの子は?どこだ」

 殺気にまみれたシヴァの顔にヘインズは顔を青くしたが知らんと閉口する。シヴァは彼の顔の近くを片足で強く踏んだ。耳をかすったのか大きな音にヘインズは目を見開く。

「聞こえなかったのか?あの子は?」

 ゼロは上からヘインズを見下ろした。

「早く言いなさい」

「は、馬鹿なことを。ここは病院だぞ、それにこの野蛮人はなんだ?」

 ヘインズが叫ぶ。それに応じてシヴァの目が冷たくなった。

「じゃあ、死ぬか?」

 ヘインズの首元にあるシヴァの手にぐっと力が入る。シャツを閉められてヘインズの顔が赤くそして青くなった。

「わ、わかった。言う」

 ゼロはヘインズの傍にしゃがみこむと彼の顔を見る。

「中かい?」

 シヴァが離れるとヘインズは咳き込みながら説明した。

「あの人魚は中だ」

「もう一人いるだろ?少年はどこ?」

 ゼロが問いただすとヘインズは舌打ちした。

「なんだ、もうばれたのか。中だ。でももしかしたらすでに外に出されたかもな。それにあの人魚ももう死んでるかもな。食うつもりらしい」

 シヴァはぐっと拳を握ると扉を殴りつけた。大きな音に驚いてヘインズは後ずさりする。シヴァはゆっくりとヘインズの傍に歩み寄った。ゼロはシヴァを止めるともう一度聞いた。

「二人はどうした?」

「さっき言ったとおりだ。中に議員がいるはずだ……多分。いなければもう二人もいないだろう」

 ゼロは奥へと続く扉を開く。そこには議員がララを抱いて椅子に座り込んでいた。議員の口からひゅうひゅうと音が鳴っている。ララは彼の首に噛み付いたまま血まみれになっていた。

「ララ……」

 ゼロがララに駆け寄る後ろでシヴァは周りを見渡してカイルを探す。見当たらず奥の部屋の扉を開いた。真っ暗な中シヴァはカイルの名前を呼ぶと小さな声が聞こえた。

「シヴァ?」

「カイル?」

 暗闇に慣れないままで手探りでカイルを探す。そして暖かい何かに触れるとカイルの声がした。

「シヴァ?」

 暗闇の中でカイルを抱き寄せる。カイルは服を着ておらず驚いてシヴァは自分の着ていたジャケットを着せた。

「大丈夫。もう大丈夫」

 シヴァの背中越しにヘインズの叫び声が響き渡った。





 数時間前のこと。カイルはシヴァの背中を見ながら薬局の待合席に座っていたが、廊下の端にゼロの姿を見て立ち上がると彼を追いかけた。さきほど会った時の様子がおかしいのが気にかかっていた。ゼロに声をかけようとしたとき、横から急に手を引かれた。くたびれてはいるが高そうなスーツを着た男はカイルの腕を引き、抵抗すると頭を殴りつけた。目の前が暗くなっていくのをカイルはぼんやりした頭でじっと見ていた。次に気がついた時にはどこか知らない部屋で隣には少女が横たわっていた。彼女は足がなく隣にいるカイルの顔を心配そうに見つめている。

「あ、痛い」

 カイルが頭を抑えて起き上がると自分が服を着ていないことに気がつき、足を折りたたむ。

「ここは?」

 隣の少女は両手で説明をする。上を指差し両手で箱を作りそれを上に動かす。

「ここは病院なの?」

 彼女は頷くと、自分の喉に触れて首を横に振った。

「話せないんだね?そっか。君も連れてこられたの?」

 彼女は頷く。

「そっか」

 カイルは周りを見渡す。薄暗い部屋の中に壁際のライトはついている。服は着ていない。手を見るとブレスレットだけが残っていた。そっとブレスレットに触れて体を縮める。よかった。これは取られてない。それでも不安が胸をよぎる、心配しているシヴァの顔が頭に浮かんだ。部屋の中には何か着られるようなものはない。少し安堵したのは隣の少女が服を着ていたからだ。といっても彼女が着ているのは簡素な検査服だが。

 カイルと少女は少し話をした。少女のジェスチャーを交えてだが多少の収穫を得て益々状況が悪いことに気付く。ここはどうやら病院の宿泊施設らしく、彼女はここの患者、そして多分自分たちは売られる目的で誘拐されてきたようだ。部屋のドアがそっと開き、その隙間から手が出てくるとライトが消されて真っ暗になった。逆光の中で誰か黒い影がドアを開く、そしてカイルの顔に触れた。

「へえ、幼体のヴァンパイア……いいじゃないか」

 男の声だ。カイルを値踏みするように触れて何か言っている。男の後ろにまた影が現れた。

「ああ、そうですね。あの時は失敗しましたからね。我々は俗にいうテロリストらしいですよ?」

「ハッ、くだらないな。環境テロリスト共にそんなもの任せたらいい。あの時のリストにあった子供は焼け死んだんだろう?惜しいことをした」

「ええ、でも替えが見つかりましたね。まさかヴァンパイアでこれほど上玉が見つかるとは思いませんでした」

「ほう、でも子供のヴァンパイアは分かりにくいんじゃないのか?確か」

「ええ、でもうちの患者のリストにありましてね」

「へえ。でも子供なら誰か大人と来ているのではないのか?」

「いや、独りでした。ヴァンパイアは冷血だと聞きますしね。親がいようと一人でいるのであればどこの種族の親も同じですよ。金になるって言えば売る奴もいるほどですよ。恐ろしい世界ですよ、まったく。そうしたものがいるから私たちのようなものが金儲けできるんですがね」

「ハハ、違いない」

 男たちは笑うとカイルの隣の少女を連れて行った。ドアが閉められて暗闇の中でカイルは一人残される。少ししてから何か揉めるような声がして、男の悲鳴が聞こえた。カイルは恐ろしくて部屋の隅に体を寄せると両腕で体を抱きしめた。

 どうしよう、なんとかここから逃げないと。シヴァ……、怖い。暗闇が時間の感覚を狂わせる。もうどれくらいここにいるんだろう?あの子はどうしたんだろう?さっきの悲鳴は?カイルにとてつもない不安が襲っていた。

「誰か……、シヴァ」

 カイルの目に涙が滲む。どうしてこんなことになったんだろう。今まで幸せだったことへのしっぺ返し?手で涙をぬぐって手探りで何かを見つけようとしたが何も見つかるものはない。途方にくれそうになったとき、ドアが開いた。

「カイル?」

 逆光の影はシヴァの声だ。幻?夢?

「シヴァ?」

 カイルは手探りで少し前に出る。影もまた暗闇に入りその手がカイルの手に触れた。

 暖かい手、柔らかい匂いはシヴァの匂いだ。カイルがその胸に飛び込むと大きな体でふわりと抱かれた。シヴァの手がカイルの素肌に触れて一度驚いたように跳ね上がると、彼は自分のジャケットを脱いでカイルにかぶせた。

「大丈夫、もう大丈夫」

 シヴァはそう言ってカイルを抱き寄せる。安心できる腕の中でカイルは安心感から気を失った。






 暗闇の部屋からシヴァがカイルを抱きかかえて戻ってくる。ゼロはほっと息を吐いたが、目の前の議員がもう虫の息でその喉笛に食らいついて絶命しているララに涙が滲んだ。

「ララ……」

 ゼロはララを議員から奪い返すとそこに跪いてそっと抱きしめる。小さな体には切り傷があり、抉り取られた後もある。検査服は肌蹴て血に塗れていた。ララの目は見開き涙の後がいくつもあった。ゼロはそっと目を閉じさせて彼女を抱きしめる。

 シヴァはゆっくりと傍にやってきた。

「ゼロ、カイルを休ませたい。それにその子もいつまでもここには置いておけないだろう?」

「ああ、そうだね」

 ゼロは立ち上がるとララの背中をぽんぽんと叩き、目の前で死にそうな議員の胸を蹴り飛ばした。床に転がりひゅうひゅうと喉を鳴らし、意識も朦朧としている男を見下ろす。

「人魚は美味かったかい?あんたがこの子を食ったところで何かになれるわけじゃない」

 ゼロが歩き出すと部屋の隅で震えているヘインズがシヴァに蹴られていた。首の後ろに丁度入ったらしくヘインズは悲鳴も上げずにそこに倒れこむ。

「行こう。ここは多分他の連中がなんとかしてくれるから」

「ああ。わかった」





 事の顛末はあっけなかった。ニュースで報道されるでもなく、議員は病死とされ事件などなかったこととして処理された。そもそもララの存在は隠匿されていたため公に出ることはない。心配してくれる親もなく、ただ関わったものたちだけが悲しみに暮れていた。議員と共謀していたヘインズもまた処分されることはなく、未だに経理として仕事をしている。

 彼の処遇に不満を持ったものは沢山いたが、元々彼はそうした闇ブローカーとの繋がりがある男であり、警察もそれを利用しているために残されたと噂されている。院内のシステムに入り込んだ輩も内部の者らしいがそれは何故か追求されずうやむやになったようだ。

 カイルはその後検査で問題もなく家に帰された。シヴァもカイルが戻ったことで平静に戻ったのを先日電話で確認した。ただ精神的になんらか問題があるかも知れないからまたカイルの様子を見に行く必要はありそうだが。どちらにしろ何も解決せずに終わっただけだ。

 ゼロは椅子にもたれて書類に目を通す。ポンと書類を机に放り出すと天井を見上げた。傍にいたブロンドのナースがゼロの額にキスを落とす。

「ドクター、大丈夫ですか?」

 優しい微笑のナースにゼロは頷く。

「ああ、なんとかね。君もいてくれる……」

「ララのお墓はどうするんですか?どこに」

「うん、多分病院で死亡した無縁仏の墓だろうね。でもあそこなら皆が花を手向けてくれる」

「そうですね。ドクター知っていましたか?」

「なんだい?」

「ララはドクターのこと好きだったんですよ」

 ナースが微笑むとゼロは苦笑した。

「知ってたよ。ララは父親を知らないから僕に重ねていたのかもね……」

「そうですね……でも皮肉ですね。父親と同じような年の男性にあんなことされるなんて、ララはどんな気持ちだったんでしょう」

「悔しかったんじゃないかな。だから噛み付いたんだろうね。検視した連中に聞いたんだ。発表はしないけど一応するとかでね。生きて抉られて、一回じゃない。二度目だ」

 ナースの目に涙が滲んだ。

「酷すぎますよ。あの子本当に強い子でしたよ。強い子で……可哀相で」

 両手で顔を覆いナースは泣き崩れた。ゼロは彼女を抱きしめる。ゼロはそっと目を閉じ、数日前までのララを思い出しその姿が胸に響いた。

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