EP13 Folklore Beast
雪が降り出しそうな空を見上げてシヴァが立ち止まる。隣を歩いていたカイルは彼の視線の先に微笑んだ。
「雪が降りそうですね」
「ああ」
シヴァは自分が巻いていたマフラーを取ると、カイルの首元に巻きつける。
「寒くなってきた」
「はい」
今日は町へ買出しに来ていた。というのもそろそろあの森の館を引き払い、違う場所への引越しを考えていたからだ。あの家の水道がいかれてきているのか、どうにもならなくなったせいもある。
「新しいお家……もう決めているんですか?」
「そうだな、候補はいくつかあるんだが……あまり街のほうには近づきたくなくてね」
シヴァはカイルの手を繋ぐ。
「ああ……まあ、慌しいですからね、それに車があれば街には行けますから」
「それはそうなんだが」
「でも残念ですね、あの森のお家は素敵だったから」
「フフ、確かにな。水道さえ直れば幾らでも住めるんだが、今のままだと難しい」
カイルは苦笑する。
「そうですね、この間はお水止まりましたからね」
「ああ、あれは驚いた。噴出して止まらないというのならよく聞くんだが」
「それも困るじゃないですか。家の中が水浸しなんてお掃除大変ですよ?」
「ハハハ。カイルは掃除魔になったからなあ」
「だって……あなたが綺麗好きだからでしょ?」
「それもそうか?すまないな」
荷物を車に詰め込んで今日はホテルへと向かう、その道中シヴァの電話が鳴った。
車を路肩に止めて電話を見ると、モニターにはディアの名前があった。
「うん?」
シヴァはカイルに静かにするように言ってから電話を取る。
「はい」
電話口はとても賑やかで、少ししてからディアの声が聞こえた。
「久しぶりだね、シヴァ。二人とも元気かい?」
「ええ、あなたも元気そうですね」
「全然君から連絡がないものだから、私からしたんだが……二人は仲良くしているのか?」
少し棘のある言い方をされてシヴァが苦笑した。
「ええ、まあ。すいません……用がない連絡は控えていたので」
「ふうん。ではカイルに代わってくれるか?」
「ええ……ちょっと待ってください」
シヴァはスピーカーにするとカイルの膝の上に電話を置いた。
「やあ、カイル。元気かな?」
「父様こそ……元気そうで」
「で、君は無事大人になれたんだろうか?ああ、いや……それよりも一度帰ってはどうかな?そうしたらどうなのか見られるし」
「ああ、でもシヴァは忙しいですし……」
カイルがシヴァの顔を見ると頷いた。
「ハハ、どうせスピーカーで聞いているんだろう?シヴァ。君も一緒に帰ってくるといい。話もしたいしね。この間渡した連絡先に住所があるだろう?雪が降る前にこちらにおいで。ではまた」と一方的に電話は切れた。
カイルは息を吐くと眉をひそめる。
「ごめんなさい、また父があなたを困らせてしまって……」
「いや……どっちみち挨拶には行かないといけないんだろうからね」
「行くんですか?」
「カイルはどう思っている?」
「ううん、私は家族のことはとても好きなんですが……そのちょっと個性的で」
シヴァが首を傾げるとカイルは笑う。
「母はもういませんが、姉がいるんです。多分父と他の親戚たちが一緒に暮らしていると思うんですけど」
「ほう……、興味深いな」
「そうですか?」
「ああ、まあどちらにしろ家が決まるまではホテル暮らしになりそうだから、少し足を伸ばしてみるか?君が嫌なら無理にとは言わないが」
「いえ……嫌ではないんですよ。ただシヴァがどう思うのかな?って」
「ふうん?」
新しい家を決めて引っ越す前にカイルの家へと帰ることになった。車で移動するが、着いてみて驚いたのはそれは城だった。煉瓦と石で積み上げられた城壁に大きな城が建っている。蔦が絡まり、もういかにもという雰囲気だ。カイルいわく、城といっても別に城主がいるわけではないが、父ディアがこの所有権を持っているようでそこに家族で住み着いている。
シヴァは苦笑するとポツリと呟いた。
「大昔の本物のヴァンパイア城、そのものだな」
「そうですね……私は小さい頃はこれが普通だと思っていました」
「ほう?中はメイドなど雇っているのか?」
「いえ、うちの家族は皆、なんだかんだ出来るから……」
車を城の庭園に止めると扉が開き、ディアが顔を出した。二人が車を降りるとディアは驚いたようにカイルを抱きしめる。
「クリス!」
「違います、父様。カイルです」
「うん?ああ、本当だ。クリステンに良く似ている。そうか……良かったね」
隣にいたシヴァに視線を向けるとシヴァは軽く会釈した。
「では案内しよう。荷物はそれだけか?ならば行こう」
扉をくぐり冷たく暗い廊下をぬけて暖かな大広間に出る。そこから居間へ入ると複数の人がこちらを見た。ディアはシヴァに向き直ると奥から紹介した。
「あちらは私の兄、それからその隣椅子に座っているのはその息子。そしてこちらは…………」
シヴァはとりあえず会釈を繰り返しながら苦笑した。その隣でカイルが笑っている。
挨拶を済ませると以前カイルが使っていた部屋へと通された。ディアはベットだけ用意したとだけ言って部屋を出て行った。
カイルの部屋はガランとしていて物がない。窓辺に小さな棚が一つ、そこに少しの本が置かれて窓辺には淡い色のカーテンが揺れている。部屋の中央にダブルベットよりも大きなベットがどんと置かれていた。
「父様、本当にベットだけ用意したんだ……」
「そうなのか?」
「ええ、前のベットだって相当大きかったんですけど……」
「フフ、まあ小さいよりはいいんじゃないか?二人で寝るんだし」
「ええ、まあそうですけど……私は別の部屋にしたほうがいいと思います」
「どういう意味だ?」
「だからシヴァと私、別々の部屋で」
「うん?」
カイルは視線を動かすと部屋のドアのほうを見た。ドアは少し開いており誰かが覗いている。
「ね?」
シヴァは息を吐くと片手を額にあてた。
「これは……参ったな」
カイルが家族に呼ばれて出て行った後、シヴァは部屋でのんびりと過ごしていた。ふとドアが開き視線を向ける。
「うん?」
そこにはカイルとは違う美しい女が立っていた。彼女は先ほど紹介された中の一人だ。
「ええと……何か?」
彼女はシヴァの傍に来るとじっと顔を見つめた。ぴったりとした服に胸元が大きく開いており、白く細い腕からのびた指先がゆっくりと絡む。
「シヴァよね?私はカイルの姉、ミラーよ。さっき挨拶したわね」
「ええ、よろしく。それで何か?」
「あら、用がなくちゃ来ちゃいけないの?」
少し気だるそうに喋るミラーはベットに座った。
「いや、そうでもないが」
「じゃあ、ここに居させて。カイルもいないんだし……勿論楽しんでもいい」
「え?」
「あなたもヴァンパイアでしょ?私は妊娠しないから別にかまわないわよ」
シヴァが驚いて閉口するとミラーは立ち上がりシヴァの顔を覗きこんだ。
「美しい男、私の夫もあなたのようなら良かったわ……すぐ死んじゃったけど。カイルなんてやめて私にしなさいな。あんな子で満足できるの?」
シヴァは息を吐くと彼女を振り払う。
「生憎困ってはいないんだ。悪いが他を当たってくれないか?」そう言い残して部屋を出た。
シヴァは微妙な顔をして廊下を歩く。これは一体どういうことだ?もしカイルが分かっていたのだとしたら、帰りたくない理由はそういうことなのだろうか?とりあえず誰にも捕まらないほうがいいらしい。
シヴァはゆっくりと城を回ることにした。階段を抜けて美しい広間に出たり、その先のベランダから庭を眺めたり、人を避けながら移動するのは簡単ではあった。
ふと小さな小部屋を見つけてドアを開くと中には大きな肖像画が飾られている。美しい女性の肖像画はカイルに似ていた。が、どちらかというとカイルとは違い肖像画の女性は凛とした百合のような雰囲気がある。
「ああ、それはクリステンだ」
後ろから不意に声をかけられてシヴァが振り向くとそこにディアがいた。
「悪かったね、驚かせたかな?」
「いえ……勝手に見せてもらって」
「いや、構わんよ。これは妻だ。カイルに似て美しいだろう?」
「ええ……あの、聞いても?」
ディアが頷くとシヴァは肖像画を見上げた。
「彼女は人間では?」
「ああ、そうだ。よくわかったねって……それもそうか」
シヴァが笑うとディアは腕を組んだ。
「私とクリステンの話、興味があるかい?」
「え?ああ……そうですね」
「では話そう」
二人は肖像画の前の椅子に座った。
現在より、もうずっと昔、人々がテクノロジーとはまだ無縁の頃。といっても世界は一度崩壊してやり直しを始めていた。丁度、人間とその他種族が交わり始めた頃だ。
種族の境目がなくなって誰とでも恋をする。ただ簡単には繁栄はできず繰り返し失敗と成功を続けていた。その頃のヴァンパイアは人間と交配し繁栄を続けていたが、やはり血を欲するためなかなかたどり着ける道ではなかった。
とある町に男はたどり着いた、小さな町。人々はどこか浮かれていて楽しそうだ。
「あれ?旅芸人かい?珍しいな、こんな所に」
声をかけられて男は微笑む。
「ああ……今日は何かあるのかな?楽しそうに見えるけど」
「城の姫様の誕生日なんだよ。誰でも今日は入れるから、あんたも行ってみたらどうかな?何も食べてないなら、きっと食事にありつける」
「フフ、ありがとう。行ってみるよ」
男は軽く会釈すると帽子を少し目深にずらした。そして教えられたとおりに城のほうへと向かってみる。城への道には大勢が花を持って進んでいた。この城の姫君はどうやら愛されているらしい。まだ人目が多いから男は踵を返すと宿屋のほうへ足を向けた。
町の外れにある宿屋、カウンターで部屋を取るとそこに荷物を置き身軽になる。
部屋を出て町の中を歩き出した。すれ違う人たちがふと振り返る。帽子に仮面をつけていて、口元だけが出ている旅芸人のような様相は珍しいようだ。他の町はサーカスが頻繁に来ていたから問題はなかったが。
城へ向かう前に花屋で一輪花を買い、それを手に歩き出す。そのせいか一瞥されるくらいでじろじろとは見られなくなっていた。
城は煉瓦と石で積み上げられた城壁に囲まれている。開かれた扉から中に入ると暗闇から明るい広間に出た。人々は穏やかな顔でグラスを傾けている。随分と広い……男は辺りを見回してからテーブルの上に置かれた花の上に自分の持っていた花を置いた。色とりどりの花は美しくリボンがかけられているものもある。
「あれ?旅芸人かい?」
ふと隣から声をかけられて視線を向けた。商人らしい男は花を抱えている。
「ああ、せっかくなのでお邪魔をさせてもらっている」
「そうなのか」
「バースデイと聞いたが?」
「うん?異国人か……姫様の誕生日でね、ささやかながら花を持ち寄っているんだよ。そして俺らにもささやかな食事が振舞われてるってわけさ。あんたラッキーだね」
商人は片手を上げると行ってしまった。
テーブルの上にあるワインを取り、飲み干すと城の中を歩き始めた。古いが手入れされ美しく保たれている、階段を下りた先には庭へ続く廊下がある。踵を返すとダンスホールへと足を向けた。
ダンスホールでは人々は楽しそうに談笑している。所々小さなテーブルが置かれていてそこで少し食事も取れるようだ。またテーブルでグラスを取り壁際にもたれた。こうした人を見ているのは好きだが、中にいると疲れてしまいそうだった。
「ふう……」
小さく息を吐くと視界の先から美しい女がゆっくりと歩いてきた。
淡く光った銀髪のくるくるとした長い髪が腰元まで揺れている。美しい顔にすらりとした首筋、豊かな胸元はぐっと締まったウエストラインで強調されている。
彼の目は見開かれその姿に奪われた。ごくりと喉を鳴らし平静を装う。
「こんにちは、今日はいらしてくれてありがとう」
「ええ……と」
「ああ、旅芸人さんかしら?今日は私の誕生日でね、祝ってくれているの」
彼女はクリステンと名乗った。朗らかに微笑み、そっと腕を体に絡めると彼女の目がこちらを見た。すみれ色の瞳だ。
「あなたお名前は?」
「ああ、ディアだ」
彼は帽子と仮面を外すと頭を下げた。
「フフ、礼儀正しいのね。それに美しいわ、そのままでいればいいのに」
ディアは帽子をかぶると仮面に視線を落とす。
「いや、このほうが楽だから……」
「わかるわ」
クリステンはディアの隣に立ち壁にもたれた。
「……少し休憩しても?」
「もちろん。ワインでも?」
ディアは自分の持っているグラスを彼女へ向けた。
「フフ、ありがとう。でもいいの……」
「ふうん」
「ディアさん?」
「ディアでいい」
「ディア、あなたは何をする人なの?」
「ああ、こんななりをしているが、絵描きなんだ。肖像画とかそういったものを」
クリステンは微笑む。
「なら私の絵を描いてくれる?お父様からそのような話がでていてね。どうかしら?」
「ああ……けれど私はこの町の者ではないから……」
「フフ、お部屋も用意するわ。いかほどで描いてもらえるかしら?」
ディアは根負けしたように笑うと頷いた。
「あなたの言い値でいい。明日からでいいだろうか?少し休みたいから」
「ええ、いいわ。ありがとう、ディア」
美しい娘だ。年のころは二十前後くらいだろうか?
ディアは宿に戻り、ベットに寝転がると彼女の姿を思い浮かべた。
まずいな……好みのタイプだ、しかも理想のタイプだ。今までも好みのタイプの絵を描くことはあったが、肖像画となると時間をかけるために長く一緒にいることになる。
「まあ……いいか」
ディアは翌日荷物をまとめると城へと向かった。クリステンは言葉通り部屋を用意し待ってくれていた。
「ここでいいかしら?少し暗いけど、ゆったりとした客室よ」
「ああ、ありがとう。いつから始めたら?」
「今日はゆっくりして。明日からお願いね」
「ああ、承知した」
部屋は広く寛ぐにはもってこいだ。必要な調度品がありベットが端に置いてある。開け放たれたドアの向こうには、使用人たちがちらちらと見えるが問題ないだろう。
荷物や上着などを脱ぐとベットに放り投げて、窓辺の椅子に座りもたれこむ。ふうと目を閉じそのまま眠りに着いた。
目を覚ますと若いメイドが覗き込んでいた。
「うん?ああ、なにか?」
メイドは顔を赤らめると一歩下がり頭を下げる。
「失礼しました。ディア様、お食事の用意ができておりますがいかがなさいますか?」
「ああ、では少し貰おうか。ワインがあれば嬉しいんだが」
「はい、お持ちいたします」
メイドは急ぎドアの向こうへ消えていった。部屋の中はベットの上に置いたはずの荷物が消えている。
「ふむ……」
少ししてメイドたちが食事を運んできた。スープや肉、パンなどが並んでおり湯気が上がっている。ワイングラスも置かれてディアはメイドに視線を上げた。
「片づけを?」
メイドは大きく頷き頭を下げる。
「はい、私はこちらのお部屋の担当をいたします。ディア様の荷物はクローゼットに。鞄は開けておりませんのでそのままです。必要な物はお申し付けください」
「ありがとう……ああ、幾つか頼んでいいだろうか?」
ディアは絵を描くのに必要な物を細かに伝えるとメイドは頷いた。
「はい、クリステン様からもそのように聞いております。明日には全て整います」
「そうか、ありがとう。ええと、君の名前は?」
メイドは首を横に振るととんでもないと恐縮した。
「失礼します」
ディアは息を吐いて目の前の食事に手をつける。今は食べる必要はないが暖かいうちにそれを平らげた。それを見計らってメイドたちが片付けると部屋を出て行った。
ワインを飲み、窓の外を見る。外は暗くディアの姿が鏡のように映しだされた。その向こうでドアが開く。クリステンだ。
「お食事は済んだ?」
「ああ」
「ごめんなさい、少し話をしたくて」
「どうぞ」
ディアは窓辺に立ったまま彼女に椅子を促した。
「あなたのように若い人が此処に来るのは珍しくて」
クリステンは椅子に座ると優雅に足を組んだ。その動きはディアを虜にする。
「そう、ではどんな話を?」
「そうね……なんでもいいの。あなたの事は?」
「私の?」
「ええ、ディアの事を聞きたいわ」
ディアはワインを飲み干すとテーブルにグラスを置いた。
「フフ……それで私がもし殺人犯だとしたらどうするんです?」
「え?そうなの?」
ディアはクリステンに近づくと彼女の座る椅子に手をかけて覗き込む。彼女の瞳が揺れたがすぐに微笑みに変わった。
「フフ、それはそれでいいわ。人には過去があるものだし。それにあなたがシリアルキラーなる者なら、もう私は死んでるわ」
ディアは笑うと顔を背けた。
「負けるな……これは」
「それでディア、あなたの話をして」
「わかりました。……私は…………」
ディアは自分の出自を嘘を織り交ぜて話す。クリステンはそれを興味深そうに聞いていた。
「大変だったのね?」
「まあ……」
「ああ、そういえば、その地域ってヴァンパイアがいるって聞いた事があるわ」
「そう……ですね」
「あなたのように美しいんでしょう?ヴァンパイアって」
クリステンがディアの顔をじっと見た。
「さあ……私には分かりかねる」
「ふうん、一度会って見たかったのよ。実はね」
「何故?」
クリステンは立ち上がるとドアを開ける。
「当ててみて?」
彼女はそう言って部屋を出て行った。
当ててみて、だと?
ディアは苦笑すると腕を組んだ。
さてどうしたものか……。
翌日色んな荷物が運び込まれた。画材道具は質の良い物が多く、さすが城主様ということか。メイドが準備を整えるとディアは部屋へと案内された。クリステンはすでに部屋におり興味津々と画材を見ている。
「絵にご興味が?」
ディアが声をかけるとクリステンは顔を上げた。
「おはよう。興味があるかと言われれば難しいわね。私は絵の才能はないし」
「では……何を?」
「フフ、絵の具よ。宝石を練りこんでいるでしょ?面白いわね」
「ああ、そういうことか。フフ、伝統ある良い物を選んだんだね?」
「ええもちろんよ。描くのも楽しいはずよね」
ディアが苦笑するとクリステンは椅子に座った。ゆったりともたれて足を組む。
「これでいい?もし寝ちゃったらごめんなさいね」
「ハハ、かまわないよ。寝顔も美しいだろう」
ディアはキャンバスに向かうと彼女を描き始めた。じっくり眺めて見てもやはり美しい。この瞳の強さは挑戦的だ。
「ねえ」
クリステンは座っているのに飽きたのか足を組み替えた。
「描いてる時は何を考えるの?」
「うん?ああ、そうだな。君はとても美しいだとか……」
「へえ……」
ディアは手を止めるとクリステンを見た。彼女の返事は上の空だ。ああ、なるほど、話はどうでもいいらしい。
「そうだな……」
ディアは手を動かし始めると少し前に起きた出来事を話した。長い話にクリステンは相槌を打っていたが次第に静かになる。ふと見ると彼女は椅子にもたれて眠りこけていた。すうすうと寝息を立てているのか胸が上下している。
ディアは立ち上がると彼女の傍に近づいた。美しい彫刻のような彼女の寝姿には目を奪われる。なんて美しいんだ……。ごくりと喉がなる。自分の中の渇望が腹の底から上がってきた。
今、この時、クリステンから血を飲む事が出来たならこの欲は満たされるだろう……が、それきりだ。二度と彼女と会うことは叶わない。そっと指で彼女の髪をすくった、柔らかい髪が指先を零れて落ちる。
ディアは定位置に戻るとまた絵の筆を取った。肖像画はゆっくりとだが着実に仕上がり、半年を過ぎる頃には完成を待つ形となった。
その頃にはディアも少し部屋を片付け始め、綺麗になった事をクリステンは冷たい目で見ていた。
「もうそろそろ終わりなの?」
「そうだね……もうすぐ仕上がるよ。綺麗に出来たし、最高傑作になるかな」
「ディアは……」
「うん?」
クリステンは視線を外すと背中を向けた。
「いえ、いいわ」
近頃こうして不機嫌になってしまう。笑った顔が見たいが難しい。
仕上げの時、ディアは頷くと筆を置いた。少し離れてそれを眺めると目の前に座る彼女と見比べても劣りはしないだろう。だが実物のほうが美しい。
「終わりましたよ?見ますか?」
「え?もう……見せてもらうわ。』
クリステンがディアの隣に来た。ふわりと薔薇の匂いが香った。
「ふうん、素敵ね。実物より綺麗に描いてくれたのかしら?」
「フフ、それは難しい。絵は実物を越えることはないよ」
ディアは無意識に彼女の髪に触れた。それに気付いたクリステンは身構える。
「何?」
「ああ、すまない。つい綺麗で触れてしまった」
「……ねえ、前言ったこと覚えてる?」
「うん?あれかな?ヴァンパイアの……」
「ええ、そう。理由は当ててはくれないの?」
フフとディアは苦笑して腕組をした。
「難しいな……だって会ってもヴァンパイアなんて血を吸う生き物だよ?下手したら殺されるかも知れないのに」
「そうよ、それが正解」
「え?君は……その……殺されたいの?」
「違うわ。ただ、未知の体験って言うの?してみたいと思ったの。変な話よね、でもこうして長く城に閉じこもっているから……外の世界に触れてみたいのよ」
「なるほど」
うむ……これは告げるべきだろうか?自分がヴァンパイアであるという事を。
ディアは彼女から少し離れると窓辺に立った。外は曇り空で雨が降り始めていた。
「ああ、雨だ。明日も雨かな?出発は晴れて欲しいものだが」
「……行ってしまうのね?」
クリステンはゆっくりと歩み寄ると、少し離れた位置に立った。体の前で組まれた手が震えている。
彼女は何を望んでいるんだろうか?ディアは窓にもたれると試すことにした。
「クリステン、君は私に何を望んでいる?」
「え?」
「私は君の望みどおりに絵を描いた。さて、ここからは自由の身なわけだが、君は私に何を望む?」
クリステンは視線を外すと俯いた。
「あなたの正体が知りたいわ」
「ふうん……フフ、確かに君の思うとおり、私はヴァンパイアだ。違うか?」
はっと顔を上げたクリステンが目を見開いた。その目は驚いていたが興味を持つ瞳だ。
「やっぱり……だって、本で読んだとおりだった。青白い肌、美しい容姿に話術。あなたそのものだったわ。どうして隠していたの?」
「ハッ、君は変わった人だな。今でも化け物扱いだよ?合法的に殺人をする連中だと思われている」
「化け物……ね、確かにそうなのかも。私の知る限り化け物は人の心を惑わすのよ」
ディアはゆっくりクリステンに近づいた。目の前に立ち指先を頬から首筋に滑らせる。
「お望みなら君の血を戴こう」
「それはあなたが望んでいるんでしょ?」
クリステンのすみれ色の瞳が揺れた。
「というラブストーリーだ」
ディアは長々語った後、シヴァに笑いかけた。
「フフ、壮大ですね。それで……何か話があったんでは?」
「ああ、察しがいいな。君は」
シヴァが苦笑するとディアは真顔で続けた。
「君はもう分かっているのか?カイルのことを」
「え?ああ、ある程度は」
「ふうん、そうか。君たちはもうベットインを?」
その言葉にシヴァは固まった。小さく笑うと視線を逸らす。
「まあ、答えなくてもいいがね。男女間となると色々あるだろうから。君は人間と付き合っていた頃はどうしていたんだ?子供ができなかったのか?」
「いや、それはちゃんと……」
「なるほど、では今もそうだという事か?」
「まあ、一応は。妊娠しないとはいえ、さすがにエチケットとして……」
そう言ってすぐに、しまった。とシヴァは口元を押さえた。
「ハハ、照れるな、普通のことだ」
ディアは何かを察すると喉の奥で笑い、噴出した。
「ああ、なるほど……あの子は、そうか」
「なんです?」
「いいや、そうだ。ここに来る前にミラーから聞いた。派手に断ったようだな」
「ミラー?」
「ハハ、君を誘惑してみろと言ったんだ。大事な妹の婿だからな。美しいものは揺らぎやすい……簡単にとっかえひっかえする者もいるんでな。ミラーはそれはそれは怒り狂ってはいたが……君は本当にカイルを愛しているようだな」
シヴァは怪訝な顔をして笑った。
「なんてことをするんですか。引きますよ」
「今回は来てくれて嬉しかったよ、カイルにも会いたかったが、君の顔を見たかったんだ」
ディアは両手を広げて肩をすくめた。
「どうせ、ああして連絡しないと君は絶対にここには来ないし、カイルも来ないだろ?」
「…………」
「まあいいさ、君からしたら心象はよくないんだろうしね。けれど私は家族を愛している。カイルをとても大切に思っているんだよ、君以上にね」
「話は終わりそうですね。そろそろ私は失礼しますよ」
シヴァは片手を上げるとディアに背を向け歩き出した。
「君は……美しい上に凶悪な獣だな」
「肝に銘じますよ」
廊下を歩きディアの視界から外れたところでシヴァは立ち止まった。全部お見通しらしい……それにあまり良くは思われていないようだ。
部屋に戻るとカイルがベットで濡れた髪を拭いていた。
「あ、お帰りなさい。探索ですか?」
「ああ……君のご両親の馴れ初めを聞いてきたところだ」
シヴァはカイルの隣に座ると肩によりかかった。
「フフ、疲れちゃったんですか?まあ、父は話が長いですからね」
「まあ、悪い話ではなかったよ。君がどうしてそんなに可愛らしいのかもよくわかったし」
「なんですか、それ?」
「いいや」
居心地が悪いのかいいのか分からなくなってくる。シヴァはカイルの膝に寝転んだ。
「カイル、君は私に言ってない事があるのか?」
「え?なんの話です?」
「うん、さっき……」
シヴァはうん、と黙り込むと言いにくそうに呟く。
「ディアとセックスの話になってね……」
「…………父様……何を」
「いや、そのエチケットとしてどうなのか?ってね」
カイルは首を傾げるとシヴァを覗き込んだ。
「うん?」
シヴァは軽く手を当てて咳払いをする。
「だから、その……ヴァンパイアは妊娠することがないから、だからといって好きにしていいわけじゃない。その……」
言いながらシヴァの顔が赤く染まった。それに続き、カイルの顔も赤くなる。
「そ、そうですね……そのことか」
「な、何?」
「私、妊娠出来るそうです」
「は?」
シヴァが体を起こして驚いた顔でカイルを見た。
「今何て?」
カイルは赤い顔のままで照れくさそうに笑う。
「はい、妊娠できるそうです。……言ってませんでしたっけ?」
「ああ。聞いてない。驚いた」
シヴァは大きく息を吐くと片手で口を覆う。
「……あの、嫌でしたか?」
「いや、違う。そうじゃないんだ……驚いたのもあるが……少し嬉しくて」
「嬉しい?」
シヴァはぽつりと、そうか。と呟く。そしてもう一度深く、そうか。と呟いた。
「どうしたんです?」
「いや、私はもう家族を持てないと思っていたんだ。その……殆ど人間と恋をしていただろ?望まなければ伴侶になる人は先に死んでしまう……それは子供ができたとしても悲しいことだから」
「ああ」
「でも君がそうであるなら……そう思ったら嬉しかった」
カイルはそっとシヴァの背中を撫でた。
「フフ、喜んでもらえて嬉しい」
「だからといって……すぐにどうこうというのはないが……ね?」
シヴァが優しく笑うとカイルは頷いた。
「そうですね。いつか……」
「ああ、いつか」




