初めの一歩(ルビナ視点)
村に着いた私たちはちょうど敵兵と鉢合わせていた。
「私たちはパラシアスの兵です!すぐにここから去りなさい!」
これで引いてくれたら楽なんだけれど現実はそんなに甘くない。
「たった二人でこの数を相手するつもりか?しかも女だけなんて我々も舐められたものだな。」
返ってきたのは嘲笑と敵対の意思。
戦うしかないみたいだ。
震える手を押さえつけるように弓を弾く。
私が弓を取った瞬間、戦が始まった。
相手に弓兵がいないのが救いだが、すぐに距離を詰められる。「ルビナ様!距離を取りながら戦いましょう!」シャーレの言葉に後退する私たちだが、すぐに追いつかれる。
目の前に来た騎馬兵に私は手も足も出ない。向けられた槍をかわすため、私を助けるためシャーレが私ごと馬から落ちる。
転がり落ちて、止まってしまった。
そんなことをすれば槍を突き刺される....はずだが、いきなりその馬の動き....いや、敵兵の動きが止まった。
その視線は私たちではなくその後ろを見ている。私が後ろを振り返った先にいたもの、それは...
「お、鬼......!」
帝国の敵将がその存在を認知するが、すぐに切り替えていた。
「そいつらもろとも、その鬼を殺せぇぇ!!」
その声に止まっていた兵の動きは動き出すはずだった。
「こ、これは....」
目の前にいたはずの騎馬兵はすでに死んでいた。それも頭を正確に短剣で貫かれて...その鬼の仮面をかぶった男はこちらに声をかけてきた。
「忘れ物があったから届けに来た」
そういって、私たちの着ていた服を渡してきた。
「....絶対今じゃないです」
そんな当たり前の疑問をぼやきながらも、シャーレは少し安心したようだった。それは私にも言えることだが。
「助けに来てくれたのですか?」
そういうと彼は私たちの前に出て、敵兵に向かい合う。
「お前らに任せていると、この村に被害が出そうなんでな」
「下がっていろ」と私達に、敵兵に叫んだ。
「俺とやりあいたい奴、相手してやる。まとめてかかってこい!」
その声に敵兵は怯み少し引いたが、敵将が兵を鼓舞したことで開戦することになった。
私たちが少し削ったとはいえ相手は90人以上いる一人ではどうもできないはず...そう思ったのは杞憂だった。
彼は槍を持って敵兵に突撃していく。
リーチを生かした攻撃に歩兵は対応できずやられて、前の敵をさしそのまま振るうことで、馬に乗っている敵兵を落としていく。
どんな修行をすれば、あんな力が出てくるのだろうか。
まるで本物の鬼のようで私は見入っていた。
だけどもここは戦場、敵は彼だけを狙っているわけではない。
「ルビナ様!危ない!」
そんな声を聴いて、横を見れば騎馬兵が目の前に来て槍を構えていた。死ぬ...直感でそう感じた。
けど倒れたのは敵兵だった。よく見れば短剣が心臓を貫いていた。
「それも返しておく!」
そう声が聞こえた先にいるのは、一騎当千の戦力を見せる彼だった。
あんなにあった数の差がもう見る影もなく残りも十数人だった。
その時声が響いたが、それは彼のものではなかった。
「私は100人隊隊長 ルーラン・アルカ。そこの鬼よ私が相手になってやる!」
100人隊隊長、百兵を任せられるほどの将、さっきまで戦っていた兵とは一味違うと私でもわかるほど。
「一騎打ちか...いいだろう」
彼は一騎打ちを受けたようで敵将と向き合っている。
だからだろう後ろから彼を狙っている兵を見ていない。
私は声を出していた。
「後ろです!リーヴァ様!!」
その言葉に反応してか、彼は後ろにいた兵を槍で貫いたが、前からくる将に対応が遅れ攻撃回避のため馬から落馬した。
だが彼も一筋縄ではいかないようで、持っていた槍を将の馬に当てて相手も落馬させていた。
「一体あの人は何者なんでしょうか」
そんな事をつぶやくシャーレに私は思い出したことがある。
あの森が残虐の森と呼ばれた所以。
子供の頃読んだ本の中にあった。
初代パラシアス王の最初の出陣は敗北であの森に逃げ込んだ時、鬼に命を助けてもらった事。
そしてその後.....
「もしかしたら運命かも知れない.....」
その言葉にシャーレはどんな顔をしたのかは分からない、私はあの戦いから目を離せなかった。
(頑張ってリーヴァ様...)
どちらも落馬し、槍ではなく剣を手に取っていた。
立ち位置を少しずつ変えるが、リーヴァ様の姿勢はピンと伸びていて綺麗なものだったが、相手の将は焦りからか前のめりになっている。
次の瞬間、敵の将がリーヴァ様に向かって行って剣のぶつかり合いが起きる。
金切り音と火花が散るけども、一方的にしか見えなかった。
リーヴァ様はすべての攻撃を弾き、確実に相手にダメージを与えている。
そして勝負の時が訪れた。
敵の将が放った突きを綺麗にかわし、背中を取って切りつけた。
「お前らの将は死んだ!まだやるなら相手してやる。選べ!」
そういって、剣を向ければ生き残っていた十人にも満たない兵士は武器を捨てて逃げて行った。
村の人は終わったことを確認してか家から出てきて、リーヴァ様にお礼を言っている。
「私たちも行きましょう」
そういって私に手を差し出してくれたシャーレの手を取って、リーヴァ様の元へ向かうと村の人の声が聞こえてくる。
「すごいんだな、あんた。一人で全部倒してしまうなんて」
「助かったよ。もう少しで何もかもを取られるところだったよ」
「鬼さん、かっこいい~」
など称賛の声がリーヴァ様を囲っている。
私たちが近づくと村の人たちは私たちにも、称賛の声をかけてくれた。
「あ、お嬢さん方。ありがとうな」
「いえいえ、私は何もできませんでしたから」
「それでもだよ、あなたたちがいなければ鬼さんが来る頃には、どうなっていたか分からないもの」
「....ありがとうございます。」
私は少しずつ勇気をもらった。
自分が勇気を出すことで助けられたものがありその勇気は救った人からももらうこともできる。
人のために何かをできたという実感が体を駆け巡り私の活力になる。
そうして私たちはリーヴァ様の元まで来た。
「危ないところを助けていただきありがとうございました。リーヴァ様」
「王女.....それ言ったら...」
そう言いかけた時、村人たちは私たちを見た。
「え?鬼さんってリーヴァお兄ちゃんなの?」
その言葉に私は分かったことがある。
リーヴァ様はきっとここに来るときは仮面を外しているのだと。
仮面に手を当ててため息をつく。
「ごめんなさい。隠していたとは知らず!」
そういうと彼は少しトーンの落ちた声で「いいよ」と言ってくれた。
「まぁ、いつかはバレる」
そういって鬼の仮面を外したリーヴァ様。私はそこで固まってしまった。
(え、同い年くらい?)
そう、仮面を外した彼は十五歳くらいの少年だと思う、私と同い年じゃないだろうか。
違うとしても絶対シャーレよりは年下だ、シャーレは20歳で若いけどそれ以下なはず。
彼の姿は長い髪を後ろで一つにまとめていて、眉毛は細くきれいで、まるで宝石のような赤い目をしていた。
「本当に鬼がリーヴァとは思わなかったなぁ」
そういう村人のおじさんは彼の背中をたたいている。
きっと彼はここでは人がいいのだろう。よく考えれば私たちにしてくれたことも....
「それよりリーヴァ、さっきの王女って」
そんな声に村人の皆さんがこちらを見てくる。それはさっきまでと違い警戒するものだった。彼はこちらを見て申し訳なさそうにしている。
私は大丈夫という意味を込めて首を縦に振り、自己紹介をする。
「皆様、はじめまして私の名前はパラシアス・ルビナ。パラシアスの第三王女です。」
その言葉に周囲は固まるが、これは間違いだった。
「......何が目的だ。金か...作物か...」
「えっ?」
その言葉に私は拍子の抜けた声を出すが、それは直ぐに理解へとつながる。
「あんたら王族が人を助けるんだから見返りを求めているんだろ!」
彼らは怒気を含んだ目でこちらを見てくる。「これなら略奪されるのも変わらない」という人までいた。
私の身分だとこうなってしまう。
これは私たちの一族がしてきたことだから当たり前の仕打ちではあるが、命をかけた身からしたら泣きたい気分で私は下を向いてしまう。
「あなたたち!救ってもらった方にそんなことを言うなんて!」
「うるせぇ!そいつらが今までどんなことしてきたか知らないとは言わせないぞ!」
「それはっ...」
「そらみろ!心当たりがあるんだろ!」
シャーレの弁明もむなしく村人の怒りは収まることを知らない。
そこから逃げ出したくて私は逃げ出そうと走り出すが、すぐに腕を掴まれてしまった。
だけどその掴んだ腕の先にいる人物に目を丸くする。
「リーヴァ....様...」
彼がこちらを見て、その眼で語りかけていた。それでいいのかと。
そうだ、この程度で弱音を吐いていたら夢には届かない。
「私は見返りなど求めていません!あなたたちが平穏に過ごせるようにしたいんです!」
そんな言葉を投げても、すぐには変わらないだろう。
でもせめて意思表示はしたかった。
今の私に唯一出来る事だから。
「だまされるわけないだろ!いくら王族に痛い目見せられてきたか....」
やっぱりこうなってしまう...でもさっきよりも前向きな気持ちだった。
これを称賛にかけるその日まで頑張ろうと思えた。だから....
「皆さん!聞いてください!」
そういって私に腕を引っ張り、近くに寄せた彼は村の人に向かって大声を出した。
「確かに王族は糞ですが、ここにいる王女様だけは違います!彼女は本当にこの村を救いたいと行動をしたのです!この方を見ていてください、きっと彼女は初代パラシアス王のような誰もがうらやむ最高の王になります!王女が信じられないなら王女を信じている俺を信じてください!」
彼は「お願いします」と頭を下げてくれた。
私は嬉しくて涙を流しながら頭を下げた。
シャーレもこっちに来て頭を下げてくれたことにより、村人たちからの怒りを向けられることはなくなった。
「......すまなかった、王女様。少し盲目的になっていたようだ」
きっとこの言葉を聞くことはないと思っていた。だけど彼の...彼とシャーレのおかげで私の目標が近づいていく感じがした。
今までできなかった小さくとも、一番大事な一歩を踏み出すことができた。
「今日は宴だぁー!リーヴァも来るだろ?」
村の元気のいい男の人が宴に誘っている。
それを遠い目で見ていると彼はこちらを見て答える。
「王女も参加していいなら、もちろん参加させていただきます」
「それは、かまわないが....」
少し戸惑いを隠せていない村人さんはこちらを見てくる。
「私も参加してよろしいのですか?」
圧のかからないよう柔らかい言葉をかけたつもりだが、村人さんの気分は晴れない。
(やっぱり私はまだ歓迎される人ではない...)
そう思っていたところに、予想外の言葉が飛び込んでくる。
「.........俺たちは知らなかったとは言え、王女様にひどいことを言っていた。そんな村の中で王女様は大丈夫なのか.....」
そんな気まずそうな声を出す村人さんとその周囲の雰囲気に、私とシャーレは驚いてしまう。
そしてそれは私の望むものではないため、すぐに弁明する。
「私からしたら、言われることは仕方がないことだと思っています。だから大丈夫です。でもいつかは、称賛の声をもらえるように頑張ります」
「私たちも宴に参加したいと思いますが、よろしいですか」
シャーレからこう言ってくれたことで村人たちの雰囲気も良くなっていった。
だけれども一人だけ暗い表情を浮かべていた。




