王都陥落(ハルジオン視点)
「師匠.....腕は大丈夫ですか?」
「止血は出来ておりますので、ご心配には及びません」
僕達はあの鬼から逃げて、陥落したであろうパラシアスの王都へと向かっていた。2万の兵がいたというのに、今ではその数が1000にも満たない。
(これ程までとは.....)
全てはあの鬼から始まった。
「師匠、あの鬼と戦ってどうでしたか?」
その問いに師匠は、少しの恐怖と得体の知れないものと退治した時のような険しい表情を見せた。
「正直に申し上げますと、ハルジオン様が助けてくださらなかったら、私は死んでいました」
帝国最強と謳われた師匠ですら、そう思う程の強さ。一対一で確実に負けていた。
「ハルジオン様、あの鬼を放って置くのは危険です」
師匠はすぐにでも討伐隊を編成するべきと考えていたが、僕はそれには反対だった。
「あの鬼の最後....髪が白く染ってからの事を思うと、正直戦いたくない」
あの鬼は能力を使わずとも、師匠に勝つだけの強さを持っていた。
それなのに、能力発動をして髪が白く染まった後、2万の兵をほとんど蹂躙した上に、師匠の利き手を切り落としている。
「それでも、イリア様の能力さえあれば討伐は可能なはず」
確かにあの能力を発動さえさせなければ、人数の多さで倒せるかもしれない....だが。
「もし、お姉様の能力が効かなかったら....」
「そんなはずは...イリア様は能力を消すことが出来るはずです」
果たしてそうだろうか....あの鬼は王族ではなかった。
その証拠に能力を発動させた時にも髪の色は白色で、金色にはならなかった。
そしてお姉様は王族や、皇族相手にしか能力を消した事がない。つまり...
「王族等とは違う能力の場合、お姉様が消せるか分からない。もし消せなかったら....」
「....最悪全滅ですな」
師匠ですら断言するほどに、あの鬼は強かった。だからこそ慎重にならなければならない。
そうして、王都の近くにあるお姉様が居る拠点へとたどり着いた僕は、師匠を医療班に任せて、お姉様の所へ向かった。
「ハル、無事で良かったわ。どうだったの?」
お姉様は結果を知らないから、僕の安全を確認して安堵していた。
「.....ほとんどの兵が戦死...師匠も利き腕を落とされた」
それを聞いた時のお姉様の表情は、信じられないといったもので、僕の肩を掴んできた。
「ハルは大丈夫だったの?!怪我は?」
てっきり、内容を聞かれると思ってた僕だけど、お姉様の優先度は僕らしい。
少し気恥しさを覚えるけれど、嬉しい事だ。
「僕は大丈夫だった.....けど僕の能力を使ってもあの鬼に防がれた」
それを聞いたお姉様は体をガタガタと震わせていた。
「やっぱり...伝説は本当...だとしたらどうすれば..」
お姉様も考えたんだろう。あの鬼がパラシアスを取り戻すために、ここを攻めに来たらと。
「ねぇ、鬼の詳細を教えてくれる?」
対策の為か、お姉様は鬼についての詳細な情報を求めてくるが、これを言ったらさらに不安が募ってしまうのではないだろうか。
「能力を発動させなくても、師匠より強かった。そして能力を発動してからは....正直分からない」
あの鬼の底力が、全くと言っていいほど見えなかった。
なんの能力なのか、何をしたのか全て分からないまま蹂躙された。
「分からないというのは....」
「そのままの意味だよ。何も見えなかった。兵が周りで倒れていくのに鬼の姿を捉えられたのは、止まった時だけだったんだ」
師匠の腕が切り落とされた時、切られた師匠ですら時間差で気づいていた。
多分、あと少しでもあの場にいれば僕は死んでいたと思う。
「そんな...でも能力なら私がいれば消せるわよね。そうすれば」
お姉様は能力への対策を立てるけど、重要な事を知らない。
「でも、あの鬼は皇族でも王族でもなかった。能力を使っても髪の色が金色にはならなかった。もし、お姉様が能力を消せなかったら....」
その後は言わなくても分かるはずだ。その証拠にお姉様は頭を抱えている。
「その鬼についてもっと詳しく知らないと....あの裏切り者に聞いてみないと...残りの逃げた3人はなんだったの」
鬼を含めた4人の逃亡。つまりはあと3人だが....
「2人は僕と同じくらいの少年で、もう1人はお姉様位の女の人後....」
「ハル?」
そこで僕は重要な事を思い出した。
(もしかしたら、鬼と戦う必要がなくなるかもしれない...)
あの鬼は確かに言っていた。
「もう1人はパラシアスの第3王女パラシアス・ルビナ...あの鬼が専属騎士としてついてる王女だ」
「それなら、その王女さえ倒せれば鬼と戦わなくて良くなるかもしれない」
だが、そこでおかしな点が見つかった。
(確か王都にいた王族は....)
「ねぇ、お姉様」
「どうしたの?ハル」
「王都で捕まえた王族って何人?」
もしこれで、王族が5人捕まえられていたとしたら....
「国王と第1王子、第2王子、そして第1王女と第2王女の5....人」
きっとお姉様も気づいたのだろう。
「報告にあったはずの人数とズレているよね」
お姉様はさっきまで、鬼と戦わなくていい可能性を見出して、機嫌を取り戻していたが、謎が深まった事により、困惑している。
「どういう事...もしかしてアイツがこっちに嘘の情報を....」
「いや、それは無いよ。だとしたら嘘の情報が意味が無いとは言わないけど、お互いに利益が無さすぎる」
でも、だとしたらなんで王族が5人なんて...
「おかしい...」
「どうしたの?ハル何か変なことでも」
確か逃亡した中にいたのは、僕と同じくらいの少年、つまり王女では無い。
もう1人は黒い髪...ならもう1人のあの少女になるけど....
「逃亡した者の中に金色の髪は居なかったんだ...」
「それって...」
王族じゃないのに、王女を....いや、あの鬼の嘘か...それも違う。
だとしたら....
「いや、ここで考えるより聞いた方が早いね。王族は捕まえている訳だし、あの裏切り者にも聞くんだから」
「....それもそうね」
そうして僕達は鬼の事、そしてその鬼が仕えている第3王女について聞くため、パラシアスの王族の元へ向かった。
パラシアス地下の牢獄にて
「くそっ、未だに能力も使えない....」
「焦るな、レグルス。いつかこの能力も途絶える。それまで待て」
「そんな事は言うけどよ!」
牢獄の1つにて。
パラシアス第1王子パラシアス・アレイシス。
パラシアス第2王子パラシアス・レグルス。
両名が捕らえられていた。
そこに2人の皇族が護衛を引連れてきた。
「初めましてかしらね。自己紹介はしないわ。聞かれたことに答えなさい」
お姉様はこんな奴らに時間を割きたくないみたいで、すぐに本題に入るように仕向けた。
「なんでてめぇらの言うことなんか...っ!」
言葉遣いの荒い王子は護衛が喉元に槍を突きつけたことで、黙る形になった。
「まず聞きたいのだけど、第3王女について何か知ってるかしら?」
お姉様はまずはこちらを知りたいようだが、王子から出た言葉はさらに僕たちを困惑させるものだった。
「あんな愚妹、第3王女ですらない!ただのゴミだ」
(家族であってもこの態度....パラシアスが英雄の国なんて呼ばれ方してたのは嘘みたいだ)
妹に対してこの態度は普通なら有り得ない。
「ルビナの事なら、捕まっているんだろうし、直接聞けばいいじゃないか」
こちらの王子は多少は話が出来るようで、そんな提案をしてくるが、生憎...
「第3王女は捕まっていないわ。だから情報が欲しいわけ、おわかり?」
その発言に話が出来る方の王子は目を見開いていた。
「まさかあいつ逃げ切ったのか....いや、あの鬼のおかげか」
どうやらこいつは鬼のことを知っているようだった。ちょうどいいと思ったのか、お姉様はその事についても話した。
「その鬼についても教えなさい」
こっちが重要ではあるんだが....
「ルビナが勝手に拾ってきたから僕達は知らないよ。僕的には興味があるんだけどね」
この反応的に本当に知らないみたいだが、これでは謎が深まるばかりだ。
「これ以上話しても無駄ね」
「やっぱりあいつに聞くべきだったね」
僕達はその人物に会いにいくために、その檻を離れた。
そしてその人物と王都で出会った
「どう?自分の都が帝国に落ちた姿を見るのは」
「俺としては父上も姉上も兄上もこの国すら、どうでもいい事だ」
「ふーん、パラシアスの第三王子は自分の国に興味が無いんだね」
今回の戦争に勝てた理由はもちろん、お姉様の能力や、ミクラナ帝国の兵力もあるが、この男のおかげでもある。
パラシアス第三王子パラシアス・ルーカス。
「それより聞きたいことがあるの。第三王女と、その専属騎士の鬼について」
「第三王女はルビナの事だな、あいつは能力がないから王族として認められていない。専属騎士については知らないが、あいつは最初の戦いで死んだはずじゃないのか?」
能力がない...なるほど、通りで金色の髪をした奴がいなかったわけか。だとしたらあの少女が第三王女...
「いいえ、生き残って王都から逃げたわ。それに能力がないって...あと本当に専属騎士について知らないの?」
「知らない、というよりいたとしても興味が無い。鬼とか言ってたが、それならパラシアスの王族が見れる書物になんかあったはずだから見るなりしてくれ」
そうして、その王子は去っていた。
「お姉様、その書物を見に行ってみよう」
「ええ、そうね何か、解決策があるといいのだけど」
だけども僕達はその後目にしてしまった。
この物語がどう進んでいくのかを。




