修行(リーヴァ視点)
「では、まずは2人がかりで来てください」
翌日の朝、俺は木剣を構えて2人に修行をつけていた。
「行くわよリーヴァ!」
その声をスタートにルビナ王女は俺に対して突撃してくる。
「まずは1度目」
俺はそういい、突撃してくるルビナ王女に痛みが残らないように、ギリギリのラインで首筋に木剣を掠める。
「えっ!?」
ルビナ王女は何が起こったか分からない様子で、そんな声をあげていた。
「ちょっと遅いですよ。シャーレ様」
持ち味のスピードを生かしたシャーレさんは俺の横をとって一閃しようとしていた。俺はそれを見逃してはおらず、その剣の軌道を自分の木剣で滑らせるように変えた。
「まずいっ!」
シャーレさんは動体視力もいいらしく、俺が足を狙って転ばせようとしたのが見えたらしい、そのため自分から転がる事で追撃を避けた。
「お見事!ですが、そっちに避けるのは悪手ですよ」
「何を....はっ」
そうシャーレさんが避けた先にいたのはこちらに再度向かってきたルビナ王女だ。
「えっ!シャーレ!」
気づいた時にはもう遅く、2人はぶつかる形でダメージを受けた。
「っ....シャーレ大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫ですがルビナ様こそお怪我はされていませんか?」
「大丈夫よ」
「それは良かったです」
確かに心配ではあるが、まさかぶつかる度にこんな会話をする訳ではないよな?そんなことしたら、時間がいくらあっても足りなくなってしまう。
「さぁ、早く続きを!次はこちらからもいきます」
いつまで経っても同じようなことが起きないように俺は攻撃を始める。
俺は倒れている2人が、避けやすいように横なぎをすると予想通り、2人は体制を崩すことなく回避してこちらに向かってくる。
俺はルビナ王女の横をとる形でシャーレさんと挟み撃ちにはさせない。
「くらいなさい!」
ルビナ王女はレイピアを使うことを想定してか、突きを数回繰り出してくる。だが、狙う場所が悪すぎる。
どれも少し首を動かすか上半身だけを動かすかで対応出来るため、体制を崩すことは無い。
「だから見えていますよ。シャーレ様」
ルビナ王女に気を取られていると思っているシャーレさんは、俺の右斜め後ろをとっているが、それは想定内、下ろされる斬撃とルビナ王女の突きが合わさる瞬間、突きの軌道をずらしてシャーレさんの剣にぶつけた。
「きゃっ」
ルビナ王女の小さな声が漏れた瞬間、ルビナ王女の持っていた剣はシャーレさんの斬撃によって落とされていた。
「申し訳ありません。ルビナ様....」
「気にしないで。これは修行なんだから」
「攻撃を合わせるのはいい事ですが、ちょっと単調すぎますね。少し呼吸がズレるだけでこうなるので、不利になる可能性もあります」
落としてしまった剣を拾い上げるルビナ王女の表情は険しいものだった。
「難しいわね。これじゃあただ遊ばれているだけな気がするわ」
「それは同感です。同時に相手をしてかなり余裕そうですからね」
ルビナ王女は呼吸を整えるように、シャーレさんは呆れるように息を吐いた。
「とりあえず、ルビナ王女は力が弱いため、突きなどの攻撃は有効ではあります。普通の斬撃となると弾かれる可能性の方が高いですから。レイピアを想定して戦うのであれば、背筋は伸ばしたままにしてください。そしてその状態で動き続けて相手の攻撃が外れた瞬間に攻撃開始です」
俺はレイピアで戦う時の基本的な戦法を教えつつ、ルビナ王女は女性ということもあり、力が弱いため力比べなどは不向きである事を伝えた。
するとルビナ王女はその言葉を飲み込みながら、思考を巡らせ始めた。
「あとはシャーレ様ですね。シャーレ様の動きは良くなっていますが、ずっと私の視界に捉えられています。こういう複数戦なら特に相手の視界から完全に消えてください。一対一でも同じです。貴方のスピードさえあれば、十分に相手の視界から消えることは出来るはずです」
「わかりましたが、かなり難しいものですね。習得にどれだけかかるのでしょうか」
シャーレさんは木剣を見ながら悩みこんでいるが、2日で戦えるようにしろと言われたのでそのつもりだ。
「大丈夫ですよ、シャーレ様。今日中に覚えて貰って明日は実践ですから」
「......今日中に覚えるというのはいささか無理な話かと思いますが、実践というのは?」
「最初に会った時の山賊がまた動き始めましたので、その山賊相手に戦いましょう」
最初に会った時にいたあの山賊がら懲りずに暴れているので、ちょうどいいので練習相手になってもらうのと治安維持ということで、一石二鳥という訳だ。
「ねぇ、リーヴァ?それって今日中にどうにか出来るものなの?」
1度負けたからかルビナ王女の瞳には不安の色が見えるが、危険などあるはずがない。
「どうにか出来るかはルビナ王女とシャーレ様によりますが、実践で怪我をすることはありませんよ。私がいるんですから」
俺がいるのにルビナ王女とシャーレさんに怪我をさせるなどありえない。
専属騎士としての役目であり、たとえ世界中が敵にまわっても守りきってみせる。
「ふふ、あなたがいるならば怪我の心配は無いですね。むしろ山賊の方に同情しますよ」
「そうね、リーヴァと戦うことになる相手が可哀想だわ」
どうやら俺に対する2人の信頼は思っていたよりも高いようだ。
「では、次は一対一です。ルビナ王女はレイピアになれるためにアレを使いましょう」
「え...いいの?」
「使う武器が決まっているのならば、その方が良いと思います」
アレというのはエルフから貰った初代のレイピアだ。
やっとお披露目という事もあり、ルビナ王女は心做しか喜んでいるように見える。そしてレイピアをルビナ王女が構えた瞬間、違和感が俺を襲った。
(何故だ.....こんなにも神々しい)
ルビナ王女は気づいているだろうか。
自分の放つ神々しさ、気迫、一気に雰囲気が変わったような錯覚すら覚えた。
その違和感はシャーレさんも感じているようで目を見開いている。
「行くわよリーヴァ!」
「っ!」
先程の木剣とは違いレイピアが異常な程にしなる。どうにか外せてはいるけれど、気を抜いたら当たる可能性すらある程の変幻自在さ。このままでは不利だと感じた俺は、1度大きく後ろに下がるが間違いだった。
(まずい!)
後ろに下がったはずが目の前にレイピアの突きが飛んできたのだ。俺は体を後ろにそらして、何とか外すことができた。
「えっ?」
俺も困惑はしていたが、それ以上にルビナ王女の動揺は凄まじかった。
実際、俺も同じく剣を持てば負けることは無い。だが、それを抜きにしてもありえないほどの成長スピードに、この場の全員が驚愕している。
「一体、何が.....」
動きが止まったことにより一時的に修行を中止した俺達は、ルビナ王女のもとへ行くとルビナ王女はレイピアを見つめていた。
「ルビナ様....今のは一体」
「分からないわ。何故かレイピアを持った瞬間から身体が別人のように動いたの。私の意識もあったけれど、それ以上にコレが勝手に動くような感覚だったわ」
そう言いながらルビナ王女は剣身を撫でた。
俺はまさかと思い師匠の剣を取りに家に入った。
「少し離れていてください」
ルビナ王女とシャーレさんは頷いて、距離を取った。
そして俺は心を無にしてその剣を抜いた。
剣を構えた瞬間流れ込んでくるのは、1つの剣術。
その一連の動作を無意識下で行って分かったことがある。
「ルビナ王女。多分ですが、この剣にそして、そのレイピアには先代の戦い方が刻まれているようです」
師匠のものと全く同じだった。
その事実にルビナ王女は目を丸くしていた。
「そんな事が....いや、それなら.....あっ」
その次の瞬間、ルビナ王女は地面に倒れてしまった。
「ルビナ様!!」「ルビナ王女!!」
すぐに駆け寄ったシャーレさんと俺はルビナ王女の安全を確かめる。
「どうされたのですか?ルビナ様」
「分からない....ただいきなり身体が痛くなって動かせなくなったの」
「それは一体何故.....っ」
その瞬間、俺の身体にも異変が起きた。ルビナ王女が言った通り身体に痛みが襲ってきたのだ。
しかし俺の身体の痛みは倒れるほどではなく、膝をつけば十分に動ける範囲のものだった。
「リーヴァさんまで......一体何が」
ルビナ王女と俺の全身に痛みが走った理由それはきっと....
「多分ですが....レイピアと剣のせいでしょう」
「それは一体どういう」
シャーレさんもルビナ王女もよく分からないみたいだが、自分に流れてきた剣の使い方、身体の動き、ルビナ王女の異常なまでの成長スピード。
これから察するに....
「自分の出来る以上の動き方をしたため、肉体への反動といったところだと思います」
「ですが、貴方が悪魔と戦った時にはそんな反動はなかったはず」
「それはそうです。あの時は自分の意志での動きです。師匠の動きではないですから」
「.....なるほど、ならこの武器は使わない方がいいですね」
シャーレさんがレイピアを見てそう伝えてきたが、ルビナ王女は寂しそうな、やるせなさそうな表情を浮かべている。
「いえ、これは使えます。先程の通り自分の動きができるのなら問題がありません。それどころか自分の力をさらに引き出せる武器になります」
「....私でもこのレイピアを使いこなせるの?」
ルビナ王女がレイピアを持ちながら、目にやる気を灯していく。
「もちろんです。自分の戦い方を確立させてください。私と同じように自分の型を持っているのであれば、使っても支障はありません」
俺は直ぐに師匠の剣を使い反動がないことを見せる。するとルビナ王女はふらつきながらも、立ち上がった。
「なら、直ぐにやるわ!リーヴァ相手になりなさい!」
「その言葉を待っていました!」
ルビナ王女はその後も反動が無くなるまで、レイピアを使い続けた。
「これ以上やるとルビナ王女の身体に悪影響です」
10回ほど反動を受けているルビナ王女は、立っているのでやっとの状況まで来ている。
(でも、貴方ならきっと)
「まだよ、あと少しで掴める気がするの!」
「知ってましたよ。でも身体のことを考えて、あと1回です。絶対に反動を受けないでくださいね」
「わかっているわ!」
ルビナ王女と向かい合った瞬間、最初の時と同じような圧を感じるが、それも大分弱まってきた。
ルビナ王女がレイピアを構えながらゆっくりと動く、お互いが探り合いの状況。
「こっちから行きます」
俺はあえてルビナ王女に向かっていくと、ルビナ王女は自分の意思での突きを繰り出した。
1回目、2回目。レイピアに刻まれた動きではなく、自分の型を見つけつつあるルビナ王女だが、大事なのはここから。
「っ!」
俺が横にずれた瞬間、あの時のようにレイピアがしなりだした。
俺はそれを確信して止めようと思ったのだが、少し舐めていたようだった。
「これは.....私のよ!」
ルビナ王女が叫んだ瞬間しなるのをやめて、ないと思っていた斬撃が来た。
「お見事!」
不意打ちの形となった斬撃を避けきれず、俺の服をハスった。
「ハァハァ、やったわよ」
反動ではなく、ただ疲れて倒れかけたルビナ王女をシャーレさんが支えた。
「おめでとうございます。ルビナ様」
「ありがとう、シャーレ。それとリーヴァも付き合ってくれてありがとう」
息を切らしているルビナ王女から、そう言われてしまった。
「私は当たり前のことをしただけです。これはルビナ王女の努力のおかげです」
そして、ルビナ王女は満足そうに休憩に入った。
「さて、シャーレ様も課題をクリアしましょうか」
「ええ、ルビナ様が成長されたのです。私が置いてかれるわけには行きません」
俺とシャーレさんは向かい合って、シャーレさんの課題である相手の視界から消えるを成功させる。
「行きます!」
シャーレさんはジグザグに走りながら俺に向かってくる。そこからはいつものように剣のなだれ合いになるが、シャーレさんは予想外を作ってきた。
「実はあなたから貰ったものを今も持っているのです」
後ろに飛んだシャーレさんは、俺に対して短剣を投げてきた。
「危ないっ」
今まで使ってこなかった手だからと油断していた俺は、体を横にそらすように交わしたが、一瞬だけ映っていた。
「見えていましたよ!」
俺の真後ろを取ったシャーレさんは、俺の視界に一瞬入っていた。
「分かってますよ。それくらい!」
俺が距離をとるためにシャーレさんと逆方向に飛んだのだが、これは読まれていたらしい。
「貰いましたよ」
俺が飛んだと同時にシャーレさんが踏み込んで来ていて、俺の首めがけて一閃した。
「残念、ちょっと急ぎすぎです」
俺は体をそらして横なぎを外すと同時に、シャーレさんの首元に剣をかすらせた。
「っ!」
シャーレさんは予測できていなかったため、驚きで踏み込んできた勢いのまま倒れそうになる。
「シャーレ様、危ないですよ」
俺はシャーレさんを倒れないように支えた。
「背後を取る動きは良くなってきています。俺の避ける際の体の向きをしっかりとみていました。これなら大抵の敵は倒せるでしょうが、慢心はいけません。最後まで気を抜かないでください」
シャーレさんを立たせつつ、改善点について話していく、実際問題シャーレさんの飲み込み速度は天賦の才だ。
(あと1回か2回で完全にマスターできるかもしれない)
それでもさっきので俺に勝てなかったのは悔しいようで、すぐに再戦をすることになった。
俺の予想に反して夜まで続いた修行だが、シャーレさんはかなり成長していて、山賊に遅れを足ることはないと思う。
そうして今日の修行は終わった。




