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ズキズキとこめかみが痛い。
瞼の裏で鈍い光が点滅している。頭の中は霧がかかっているようで思考がまとまらない。自分が何者か?ここはどこか?思い出せない。どうやら「記憶」というものがごっそりと抜け落ちてしまったようだ。
ゆっくりと瞼を開き、あたりを見渡す。視界に入ってきたのは無機質な白い天井。モダンな埋め込み式の照明が均等に並んでいる。
「…は?」
思わず声が漏れた。
年季の入った革張りソファ、アンティークな木の本棚とそこに入っている見慣れない文字の分厚い本、デスクの上には見慣れない書類の束とデスクトップパソコン。まるでどこかの国の要人の仕事場のようだ。
そして、ソファの後ろの壁は巨大な窓になっていた。
窓の外に広がっていたのは見慣れない港湾都市の風景だった。高層ビルが立ち並び眼下には高速道路が複雑に絡み合っている。視線を少し右にずらせば、広大な海上空港が見えた。滑走路が何本も伸びており、駐機場には見慣れた形の旅客機が多数駐機されている。普段ニュース番組でみるような、ごく普通の航空機だ。管制塔は、現代的なデザインだがどこか威圧感があるデザインをしていた。
混乱が頭痛を悪化させる。ここはどこだ?俺は誰で、どうしてここにいる?
その時、デスクの方から感情が乗っていない機械音声が聞こえた。
「覚醒を確認。おはようございます。『先生』。現在時刻:昼刻14です。」
誰に言ってるんだ?声がした方を見るとグレーの髪にグレーのワンピース、色白な肌に金色の双眸のキャラクターのホログラムがデスクの椅子の辺りに投影されていた。
「私は『ラプター』、この都市『エアフォート』の市長代理です。」
ラプター。その単語を聞いた時頭の中の霧が一瞬晴れた気がした。アメリカの「F-22 ラプター」。当時アメリカがソ連のSu-27などの最新鋭戦闘機に対抗するために生まれたステルス戦闘機。だがここで素朴な疑問が生まれる。
「…いま市長はどこだ?エアフォートとは何なんだ?」
自然とその問いが口から出ていた。ラプターは答えた。
「市長は3週間前より行方不明です。そこで私が代理を務めることになりました。」ラプターは続ける。「エアフォートはこの学園都市。かつてはとても平和な学園都市でしたが現在は学園間の衝突が多発しております。」
ラプターの後ろに地図が出てきた。見たこともないマークや文字が表示されている。だが不思議と意味などはわかる。
「特にこちらの『インドラ同盟』と『平和実現連合』の対立は明確です。まずはインドラ同盟。主な所属校は『フリューゲル総合学院』、『飛鳥高等学校』、『ルネッサンス芸術高校』、『ネヴェシュニーフロート化学高校』の4校、ここに先日フリューゲルが傀儡化した『ノエル・シーニュ芸術学院』などの傀儡も含めた勢力が『インドラ同盟』です。」
名前的にフリューゲルはドイツ?飛鳥高等は日本だろうか?ルネッサンスはイタリアでネヴェシュニーフロートはソ連、ノエル・シーニュはフランス?これは…第二次世界大戦の際の枢軸国か?
「そして『平和実現連合』、主な所属校は『ロイアルフォース女学院高校』、『ゼーアリアンツ防衛学院』などとインドラ同盟と比べたら正式参加している学園は少なめです。」
こっちは連合国か?ロイアルフォースはおそらくイギリスだろう。ゼーアリアンツは…多分バルト三国か?
そのとき、右側のドアが勢いよく開かれ3人の少女が入ってきた。
「おいラプター!いつまで市長を探してるんだ!もう3週間だぞ!」
銀髪流しっぱなしのロングの少女が怒る。グレーのベストと黒いブレザー、黒のプリーツスカート、低視認型のバルケンクロイツのような形状のブローチを胸につけている。第一印象は「快活、キレるとめんどくさそう」という感じだ。
1人の少女は何も言わずに本棚に向かい一際難しそうな本を手に取る。白衣の下のTシャツのデザインは某論破代理人を彷彿とさせる風格のゴリマッチョなキャラクターが描かれており「和なんか」「ねえ」と言う文字が前開きの白衣から見え隠れしている。丸眼鏡にボサボサの金髪ナチュラルボブ、前開き白衣と黒のスラックスを履いていて背中には大きな機関銃を背負っている。第一印象は「ヲタク気質そう、話したら止まらなさそう」というものだ。
「まぁまぁエッフェちゃんは落ち着こー。ラプター、マカロンない?」
金髪のサイド三つ編み、後ろ髪は流しっぱなし。ホワイトのシャツにホワイトのミニスカとベルト、ベルトにはリボルバーが収められている。ヘアピンを使い前髪をまとめている。第一印象は「優雅、自由人」だ。
俺は思わず呟いた。
「わけがわからないよ。」
どこかの魂の回収屋のような台詞が出てきた。これに快活そうな子が反応した。
「『訳がわからない』?こちとら市長がいなくて抗争が激化してしっちゃかめっちゃかなんだよ!」
俺は思わずたじろいでしまった。
ラプターは厳しい表情で返した。
「Fw190さん、市長は現在我々『ウジャト』が総力を挙げて捜索中です。そしてそちらの方は客人です。丁重に扱ってください。Il-2さんは許可なく本棚に触れないでください。CR.42さん、マカロンの備蓄はありません。」
何かがつながる音がした。
フォッケウルフ Fw190「ヴュルガー」。ドイツの主力戦闘機。
イリューシン Il-2「シュトルモビク」。ソ連の傑作攻撃機。
フィアット CR.42「ファルコ」。イタリアの複葉戦闘機。
「この解答は3回目だぞ!?ウジャトは何やってんだ…!」
Fw190がつぶやく。
「何故私は本棚に触れる権限がないのですか?私は市長とコネクションがあります。それなのにその対応はですね。…」
Il-2のマシンガントークはしばらく止まりそうにない。
「じゃあ...チェスやる?」
CR.42はイメージ通りマイペースな自由人だろう。
「CR.42さん、私にそのような機能はございませんと申し上げたはずです。1週間と2日、2刻と0.7刻前にです。」
「めっちゃ細かく覚えてんじゃん怖ー」
ふと、俺の目にFw190の背中に背負われた銃器が入ってくる。
H&K MP5K。ドイツの短機関銃。標準のMP5では大きすぎたパイロットや戦車の乗組員、服の下にMP5を隠すのが難しかったSPなどのニーズに応えられ作られた短機関銃だ。
「ヘッケラー&コッホ MP5K…か?」
自然とメーカーの名前と銘柄が口から出た。しかし、Fw190のリアクションは想定外のものだった。
「エムピー…ゴーケー?何のことだ?これは『フォイヤーヴェルク ファウスト』だろ?」
フォイヤーヴェルク ファウスト。メーカーも銘柄も聞いたことがない。この世界では俺の常識は通用しないらしい。
脳が処理に追いついていない中、ラプターが口を開く。
「皆さん、市長捜索関係の資料はオベリスクタワーにあります。そちらの先生にキーは渡しておりますので護衛しながらオベリスクタワーに向かってください。」
どういうことだよ。ンなもん渡されてねぇぞ。
「じゃーオベリスクだねー。先生、オベリスクまでよろしくねー。…と言いたいところだけどその顔じゃ何をすればいいかわかんないよねー?」
的確にCR.42が的に当ててくる。
「先生は私たちに着いてきてくれればオーケーだからぁ、非常時に指示を出してくれるとありがたいなー。という訳で私たちの長所短所は開示しておくから把握お願いねー。」
CR.42の話によるとだいたい忠実の機体に沿っていた。
Fw190:MP5Kのような短機関銃。対人戦闘が特技だがバテやすい。忠実でもスピットファイアのパイロットを悩ませたものの燃費はやっぱり悪い…つまりこっちの世界ではバテやすいらしい。
Il-2:ShKASのような重機関銃。強靭な目標に強力な攻撃を与えることができるがその分動きが鈍重。忠実でも低速で特に後方銃座がないタイプはドイツ機からいいカモにされていたが対地攻撃能力は高かったらしい。
CR.42:マテバ2006Mのようなリボルバー。動きこそ素早いが打たれ弱い。忠実の機体も旋回性能が高くスピットファイアやハリケーン相手に善戦したものの武装が貧弱だった通りだ。
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市庁舎通りは案外閑散としていた。聞こえる音は小鳥の囀りと揺れる木の音、たまに聞こえるジェットエンジンの轟音と車の走行音程度…と思っていたのも束の間だ。
タタタタタタタタタッ!
この音…アサルトライフルの連射音だ。
「あ゛いたたたたたっ!」
Il-2の体に銃弾が撃ち込まれる…が小石を連続して投げつけられているようなリアクションだ。
…いやそうはならんやろ。この世に物理法則はないのか?何はともあれFw190が愛銃を装填している。そういう事だろう。
「先生、指示を!敵戦力は歩兵数名、IS-2が一両だ!」
よぉし、やってやる。
「CR.42は歩兵に奇襲を与え離脱と奇襲を繰り返せ!Fw190はスタミナの限界が近くなったら撤退しそれまでは前線で戦闘、Il-2は敵戦車が視認できるまで待機だ!」
「りょーかーい」
「了解した!」
「ダー。対戦車は任せてくださいね。」
こうして俺の、エアフォートでの日常が始まった。




