第32話 JIF本番
JIF二日目。
ぽんぽこ♡トリオの出演日が来た。
お台場のマジテレビを中心に、八つのステージが設置されている。三日間で総来場者数八万人を超える、アイドル界最大のフェス。
「……すごい」
ふたばが、会場の外を見て目を丸くした。
人、人、人。
どこを見ても、アイドルファンで溢れている。有名な地上アイドルのステージに向かう人、地下アイドルを応援する人。色とりどりのTシャツやタオルが、お台場を埋め尽くしていた。
「私たち、どのステージなんだっけ?」
片桐さんが、スマホを確認する。
「えっと……ステージE。小さめのステージですね…」
僕が答えると、片桐さんは少しだけ笑った。
「まあ、招待枠じゃないからね。小さいステージでも、ここに立てるだけで奇跡だよ」
「うん!」
ふたばが、元気よく頷いた。
理沙も、静かに頷いている。
「行こう。私たちのステージ、見せてあげよう」
三人が、会場に入っていった。
楽屋は他の地下アイドルグループと相部屋で、みんな緊張した面持ちで準備をしている。
「ぽんぽこ♡トリオさんですよね?」
隣で準備していたグループのリーダーが、声をかけてきた。
「はい」
片桐さんが、答える。
「SNS見てました!お耳可愛いなって!」
「え。ありがとうございます。」
片桐さんが、少しだけ照れた。
「一緒に写真撮りましょう!」
「はい!是非!」
アイドルの世界では、よく見る光景で、アイドル同士のツーショット写真をSNSにあげる。
お互いのファンからもいいねが来るため、トレンドにも乗りやすくなるらしい。
楽屋の外からは、オタク達の歓声が聞こえてくる。他のステージでは、もうライブが始まっているようだ。
「……緊張する」
ふたばが、小さく呟いた。
「大丈夫。今までやってきたことを、ステージで出すだけだよ」
片桐さんが、ふたばの手を握った。
理沙も、二人の肩を叩いた。
「私たち、ここまで来たんだから」
その言葉に、三人がお互いの顔を見合い頷いた。
楽屋の外に出ると、腹鼓ブラザーズのリーダーが待っていた。
「おお、来たか!」
「リーダー!」
三人が、駆け寄る。
「ポコレンジャーズのみんなも来てるで。狸サポーターズも、総出で応援しとる」
リーダーが、ステージの方を指差した。
「お前らの出番まで、あと三十分や。頑張れよ!」
「はい!」
三人が、声を揃えた。
僕は、三人の衣装を最終確認しながら、胸の奥で小さく祈った。
(頑張ってください)
出番の時間が来た。
ステージEは、マジテレビから少し離れた場所にある小さな特設ステージ。でも、すでにたくさんの人が集まっていた。
「次は、ぽんぽこ♡トリオです!」
MCの声に、三人がステージに向かう。
「見ててね」
片桐さんが、振り返って笑った。
「はい。頑張ってください」
僕が答えると、三人がステージに上がった。
客席から、ざわつきが聞こえた。
「あれ、ぽんぽこ♡トリオって……」
「この前、軽く炎上してたよな」
「本物の狸とか言われてたやつ」
その声に、三人が少しだけ緊張した表情を見せた。
でも――
イントロが流れ始めた。
『明日も笑えるように』
片桐さんが、歌い始めた。
その歌声は、力強かった。
ふたばが、笑顔で踊る。理沙が、しっかりと支える。
サビで、三人が腹を叩く。
ぽん、ぽん、ぽん。
その音が、会場に響いた。
客席の空気が、少しだけ変わった。
「……え、かわいくね?」
「曲、ポップでいいな」
「なんか、元気出る」
ざわつきが、歓声に変わっていく。
曲が終わり、次の曲へ。
『ぽんぽんぺいん』
片桐さんが、優しく歌い始める。
ぽんぽんぽん ぽんぽんぺいん
お腹が痛くなったら
私が さすってあげる
優しく ぽんぽんって
その歌声に、客席が静まった。
みんな、じっと聞いている。
ふたばと理沙が、優しく踊る。サビで、お腹をさする動き。
その瞬間――
客席の何人かが、涙を拭いていた。
曲が終わって、一瞬の沈黙。
そして――
割れるような拍手。
「すごい……!」
「いい曲……!」
客席が、盛り上がっていた。
そして、最後の曲。
『あっち向いてポン!』
対バンライブのために用意していた、アップテンポな曲。
イントロが流れると、客席がさらに盛り上がった。
あっち向いて ポン!
こっち向いて ポン!
君の笑顔が見たいから
ぽんぽこ ぽんぽこ 踊るよ
三人が、全力で踊る。
ポンの時は、それぞれ推してくれてる人に向けて、腹を叩く。
所謂、レスと言うやつで、ポンとされたファンは嬉しそうに照れていた。
片桐さんの笑顔が、眩しい。
ふたばの動きが、軽やかだ。
理沙のダンスが、力強い。
三人が、一つになって踊っている。
客席が、手拍子を始めた。
ペンライトが、揺れている。
その光景を見て――
僕の目頭が、熱くなった。
(……ここまで、来たんだ)
片桐さんが配っていたビラを受け取った、あの春の日。
狸腹鼓保存会に入って、ぽんぽこ♡トリオのマネージャーになった日。
初めてのライブ。
学園祭。
対バンライブ。
JIF予選。
握手会のトラブル。
狸老人会との対峙。
全部、乗り越えてきた。
そして――
今、三人は、JIFのステージに立っている。
全国のアイドルファンが見ている、この大舞台で。
堂々と、輝いている。
曲が終わった。
三人が、深々とお辞儀をする。
客席から、割れるような拍手と歓声。
「ぽんぽこ♡トリオ!」
「最高だった!」
「また見たい!」
その声が、三人を包んでいた。
三人が、ステージから降りてくる。
「清水くん……!」
片桐さんが、駆け寄ってきた。
「すごかった……!」
ふたばも、涙を流しながら笑っていた。
「お客さん、すごく盛り上がってた……!」
理沙も、静かに笑っていた。
僕は――
もう、言葉にならなかった。
ただ、涙が溢れてきた。
「清水くん……泣いてるの?」
片桐さんが、驚いた顔で尋ねた。
「……すみません」
僕は、涙を拭いた。
「皆さんが……本当に、頑張ってきたから」
その言葉に、三人も涙を流し始めた。
「清水くんのおかげだよ」
片桐さんが、笑いながら言った。
「清水くんがいなかったら、ここまで来れなかった」
「うん。ありがとう」
ふたばも、頷いた。
「本当に、ありがとう」
理沙も、静かに言った。
四人で、抱き合った。
涙と笑顔が、混ざり合っていた。
その夜、お台場の海を見ながら、僕は一人で立っていた。
海に反射した月が、静かに揺れながら光っていた。
JIFのステージ。
三人の輝く姿。
客席の歓声。
全部、胸に焼き付いている。
ぽんぽこぽん。
心臓が、静かに鳴った。
僕は、狸じゃない。
でも――
片桐さんたちと一緒に、ここまで来ることができた。
マネージャーとして。
そして――
片桐さんのことが好きな、一人の人間として。
「清水くん!」
振り返ると、片桐さんが立っていた。
「片桐さん」
「一人で、何してるの?」
「……少し、考え事を」
僕が答えると、片桐さんは隣に立った。
「今日、ありがとう」
「いえ」
「清水くんがいてくれて、本当に良かった」
片桐さんが、月を見上げた。
「これからも、一緒に頑張ろうね」
「はい」
僕は、笑顔で答えた。
「これからも、よろしくお願いします」
片桐さんが、笑った。
その笑顔が、月明かりに照らされて、とても綺麗だった。
ぽんぽこぽん。
心臓が、鳴った。
胸の中で、何かが静かに燃え続けていた。
それは、片桐さんへの想いだった。
月が、静かに二人を照らしていた。
狸にとっての永遠のステージ照明が、今夜も僕たちを見守っていた。
でも――
僕はまだ知らなかった。
この先に待っている、大きな選択を。
ぽんぽこ♡トリオの、未来を。




