第31話 トークイベント
トークイベントの準備が始まった。
狸サポーターの造形師が、本物そっくりの耳と尻尾を作ってくれることになった。
「本物の毛を使えば、質感も完璧や」
造形師のおじさんが、笑いながら言った。
「三日で仕上げるわ」
その三日間、僕たちはトークイベントの台本を作った。
「まず、『今日は真実をお話しします』って言ってください」
僕が、ノートに書きながら説明する。
「それから、耳と尻尾を外す」
片桐さんが、少しだけ不安そうに頷いた。
「普段はがっしりつけてるから、引っ張られると痛いんです、って説明するんだよね」
「はい。そして最後に――」
「『でも、これは今日来た人だけの秘密ですよ。もし秘密をもらしたら、化けて出るかも!』って、ふざけて終わる」
ふたばが、少しだけ笑った。
「なんか、嘘ついてるみたいで……複雑だね」
「でも、これで助かるなら…JIF絶対出たいから」
理沙が、静かに言った。
「やるしかない」
三人が、頷いた。
三日後。
偽物の耳と尻尾が完成した。
「……すごい」
片桐さんが、それを手に取って驚いた。
「私たちのやつそっくり」
「本物の毛を使ってるからな。触り心地も完璧や」
造形師のおじさんが、得意げに笑った。
「これなら、誰も偽物だとは気づかんやろ」
ふたばが、耳を頭につけてみる。
「ちょっと重いけど……大丈夫」
「尻尾も、ちゃんと外れるようになってる」
理沙が、尻尾を確認した。
「よし。これで準備は整った」
僕は、三人を見た。
「あとは、イベント当日頑張りましょう」
三人が、緊張した面持ちで頷いた。
トークイベント当日。
会場は、狸狸亭の近くにある小さなイベントスペース。握手会と同じ場所だ。
「ぽんぽこ♡トリオ 緊急トークイベント~真実をお話しします~」
入口には、看板が立っている。
「すごい……こんなに並んでる」
ふたばが、窓の外を見て驚いた。
会場の外には、長い列ができていた。本物のファンも、興味本位の人も、たくさん集まっている。
「……緊張する」
片桐さんが、偽物の耳と尻尾をつけながら言った。
「大丈夫。計画通りにやれば、うまくいきます」
僕が言うと、片桐さんは少しだけ笑った。
「うん。信じてる」
その言葉に、僕の胸が温かくなった。
イベントが始まった。
三人が、ステージに立つ。
客席には、たくさんのファンが座っている。
「こんにちは。ぽんぽこ♡トリオです」
片桐さんが、マイクを握った。
「今日は、皆さんに真実をお話ししたくて、このイベントを開催しました」
その言葉に、客席がざわついた。
「先日の握手会で、ふたばが尻尾を引っ張られて『痛い』って叫んだこと……SNSで話題になってますよね」
片桐さんの声が、少しだけ震えている。
「『本物の狸じゃないか』って」
客席が、静まった。
「実は……」
片桐さんが、少しだけ間を取った。
「この耳と尻尾……」
そして――
片桐さんが、耳に手をかけた。
ゆっくりと、外す。
客席から、どよめきが起こった。
ふたばも、理沙も、同じように耳と尻尾を外す。
三人が、外した耳と尻尾を手に持って、客席に見せた。
「……もちろん偽物です!」
片桐さんが、笑顔で言った。
「本物そっくりに作ってもらった、コスプレ用の耳と尻尾」
客席が、ざわついた。
「普段、ライブや握手会に出るときは、動いて外れないようにがっしりつけてるんです」
ふたばが、説明する。
「だから、引っ張られると……結構痛くて」
その言葉に、客席から笑いが起こった。
「ごめんなさい。心配かけちゃって…でも、まかさ本物の狸って思われるなんて思わなくて」
理沙が、小さく頭を下げた。
「でも、これが真実です…着ぐるみの中身を見せるみたいで嫌なんですけどね」
片桐さんが、客席を見渡した。
「ぽんぽこ♡トリオは、ただのアイドルです。狸じゃありません。でも、気持ちは狸です!!ぽんぽこと頑張りますので、これからもどうか応援お願いします!」
その言葉に、客席から拍手が起こった。
「よかった……!」
「まぁ、そうだよね!」
「でも、本物みたいだった!」
ファンたちが、安堵の声を上げる。
片桐さんが、少しだけいたずらっぽく笑った。
「でも……このことは、今日来た人だけの秘密ですよ」
「え?」
客席が、少しだけざわついた。
「もし、秘密をもらしたら……」
片桐さんが、外した耳を頭に近づけた。
「化けて出るかも!」
その言葉に、客席が笑いに包まれた。
「これからもコンセプト通り、あっ!コンセプトって言ったらダメか」
ふたばが、お腹を叩きながら、やっちゃったと照れ笑いをすると、会場は笑いに包まれた。
「これからも世界観を守って、続けていきますので、どうかよろしくお願いします」
理沙も、続く。
客席が、温かい拍手に包まれた。
イベントが終わって、楽屋に戻る。
「……うまくいった、よね?」
ふたばが、不安そうに尋ねた。
「はい。完璧でした」
僕が答えると、三人が安堵の表情を浮かべた。
「あとは、SNSの反応を待つだけです」
理沙が、スマホを確認する。
「……もう、投稿されてる」
その画面には、こう書かれていた。
「ぽんぽこ♡トリオのトークイベント行ってきた。耳と尻尾…あれは…おっとこれ以上は言えない!でも、安心した~!」
「『秘密』って言われたけど、書きたい!!!!みんな可愛すぎたな~」
「本物の狸とかないだろって思ってたけど、やっぱちゃうかったわ。つまんな」
「……作戦通りになってるかも。アンチも上手いこと機能してる…清水くんすごいね…」
片桐さんが、小さく呟いた。
「これで、『本物たぬき説』は鎮静化します。作戦通りです」
と僕が無い眼鏡を上げながら言うと、三人が笑いながら頷いた。
「清水くん……本当に、ありがとう」
片桐さんが、涙を浮かべながら笑った。
「僕こそ……皆さんが、頑張ってくれたおかげです」
その言葉に、三人が笑った。
それから数日後。
SNSでは、「本物たぬき説」が完全に鎮静化していた。
「可愛かったらなんでもいい!狸ちゃん達かわいい!」
「本物みたいだったから、びっくりしたけど…よかった」
「ぽんぽこ♡トリオ、JIF頑張ってほしい!」
コメントは、応援の声で溢れていた。
そして――
狸老人会から、再び招集がかかった。
狸老人会の本部。
僕たちは、再び会長の前に座っていた。
「……見事じゃったな。まさかこんなにも早く解決するとは」
会長が、静かに言った。
「SNSの『本物たぬき説』は、完全に鎮静化しとる」
その言葉に、三人が顔を上げた。
「人間社会に、狸の存在を気が付かれずに済んだ」
会長は、少しだけ笑った。
「今回は、見逃そう」
「……本当ですか?」
片桐さんが、信じられないという顔で尋ねた。
「ああ。お前らの活動休止は、解除じゃ」
その言葉に、三人が飛び上がった。
「やった……!!」
ふたばが、涙を流しながら喜ぶ。
「JIF、出られるんだね……!」
理沙も、静かに涙を流していた。
会長が、少しだけ照れくさそうに言った。
「……ただし」
「はい?まだなにか…」
「サイン、くれんかの」
その言葉に、一同が驚いた。
「え……?」
「実は、この期に及んで言いにくいんだが…わしの孫もファンなんじゃ。活動停止を言った後に、孫にこっぴどく怒られての…」
会長が、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「『おじいちゃん、ぽんぽこ♡トリオの活動再開させないと街で暴れる!すぐに活動再開させて、サインもらってきて!!』って、うるさくてな」
その言葉に、三人が笑った。
「もちろんです!」
片桐さんが、嬉しそうに答えた。
「ありがとうございます!」
三人が、深々と頭を下げた。
狸老人会の本部を出ると、三人は笑顔で歩いていた。
「よかった……!」
ふたばが、空を見上げた。
「JIF、出られるんだね!」
「うん。頑張ろう」
片桐さんが、笑顔で答えた。
理沙も、静かに笑っていた。
僕は、その様子を見ながら――
胸の中で、何かが静かに落ち着いていくのを感じた。
――恋愛企画課「……」
――妄想課「……」
――現実主義課「……」
――危機管理課「……」
――総務課「……」
脳内会議が、静まった。
完全に、静まった。
(……あれ?)
僕は、少しだけ驚いた。
脳内の声が、聞こえない。
あんなに騒がしかった僕の中の僕たちが――
今は、静かだった。
「清水くん!」
片桐さんが、僕を呼んだ。
「はい」
「次は、JIFだね」
その言葉に、僕は笑顔で頷いた。
「はい。全力で、頑張りましょう」
片桐さんが、笑った。
その笑顔が、とても眩しかった。
その夜、帰り道。
月が、静かに光っていた。
ぽんぽこぽん。
心臓が、静かに鳴り続けていた。
胸の中で、何かが静かに燃え続けていた。
それは、マネージャーとしての覚悟だった。
そして――
片桐さんへの、変わらない想いだった。




