第30話 狸老人会への招集
握手会から三日後。
狸狸亭のマスターから、電話がかかってきた。
「清水、今すぐ来てくれ。片桐たちも呼んどる」
その声は、いつもより重かった。
僕は、急いで狸狸亭に向かった。
狸狸亭の二階に着くと、片桐さん、ふたば、理沙の三人が、緊張した面持ちで座っていた。
マスターも、カウンターに立っている。
「……来たな」
マスターが、静かに言った。
「何があったんですか?」
僕が尋ねると、マスターは一枚の紙を取り出した。
「狸老人会から、招集がかかった」
その言葉に、三人の顔が青ざめた。
「招集……?」
「ああ。明日、狸老人会の本部に来いって」
マスターは、紙を見ながら続けた。
「お前ら四人と、俺も一緒に来いってさ」
「……何のために?」
片桐さんが、小さく尋ねた。
「わからん。だが、SNSの件で呼ばれたんやろうな」
マスターの声が、重い。
「覚悟しておけ」
その言葉が、胸に刺さった。
翌日。
狸老人会の本部は、都内の古い日本家屋だった。門をくぐると、静かな庭が広がっている。
「……緊張する」
ふたばが、小さく呟いた。
「大丈夫。一緒だから」
片桐さんが、ふたばの手を握った。
僕たちは、案内されて奥の部屋に入った。
そこには――
古狸たちが、ずらりと並んでいた。
五人の老人。全員、着物を着て、厳しい顔をしている。
「……来たか」
中央に座る老人が、静かに言った。
「狸老人会会長、木村じゃ」
その声には、威厳があった。
「ぽんぽこ♡トリオの片桐、ふたば、理沙。そして、マネージャーの清水、狸狸亭のマスター。お前らを呼んだのは、SNSで拡散されとる『本物たぬき説』についてじゃ」
会長の言葉に、三人が身を縮めた。
「聞いたところによると、お前らは人間社会で耳も尻尾も出しとるそうじゃないか」
「は、はい……」
片桐さんが、小さく答えた。
「アイドルのコンセプトとして……」
「コンセプト?だが、お前らは正真正銘の狸じゃ」
会長の声が、少しだけ厳しくなった。
「狸が人間社会で目立ちすぎることを、わしらは許さん。それが、狸社会のルールじゃ」
その言葉に、三人が俯いた。
「握手会で、子どもに尻尾を掴まれたそうじゃな。その様子がSNSで拡散されて、『本物の狸じゃないか』と騒がれとる」
「……はい」
「このままでは、狸の存在が人間社会に知られてしまう。それは、わしらが最も恐れることじゃ」
会長は、三人を見た。
「よって、ぽんぽこ♡トリオの活動の休止を命ずる」
その言葉が、部屋に響いた。
「……そんな」
片桐さんが、声を震わせた。
「お願いします!JIFまで、あと少しなんです!」
ふたばが、必死に訴える。
「JIFがなんだか知らんが、鎮静化するまで活動はしてはならん」
会長の声は、冷たかった。
「人間社会に溶け込み、狸の居場所を作ることが重要なんじゃ。バレてしまったら狸たちの居場所が無くなる」
「でも……」
理沙も、声を絞り出す。
「私たち、ただアイドルとして頑張ってきただけです」
「でも、世間を騒がしてしまっておる」
会長は、手を振った。
「以上じゃ」
その言葉に、三人が崩れ落ちた。
片桐さんは、涙を流している。
ふたばも、理沙も、うつむいたまま動けない。
僕は――
ただ、立ち尽くしていた。
(……そんな)
ここまで、頑張ってきたのに。
JIFのステージに、立てるはずだったのに。
それが、全部――
狸老人会の本部を出ると、三人はうつむいたまま歩いていた。
「……ごめんね」
片桐さんが、小さく呟いた。
「私が、ちゃんとしてれば……」
「片桐さんのせいじゃないよ」
ふたばも、涙声で言った。
「私が、尻尾を掴まれたから……」
「誰のせいでもない」
理沙が、静かに言った。
「でも……もう、終わりなんだね」
その言葉に、三人が沈黙した。
僕は、その様子を見ながら――
胸の中で、何かが燃え上がるのを感じた。
(……こんなの、おかしい)
片桐さんたちは、何も悪いことをしていない。
ただ、アイドルとして頑張ってきただけだ。
それなのに――
――恋愛企画課「こんな時に何もできないなんて……!」
――妄想課「片桐さんを慰めることもできない……」
――現実主義課「でも、老人会の決定は絶対だ」
――危機管理課「もう、打つ手がない……」
脳内会議が、また始まった。
でも――
今度は、違った。
(お前ら……!)
僕は、心の中で叫んだ。
(これだけざわつくなら、解決するための会議をしたらどうなんだ!)
その瞬間――
脳内会議に、沈黙が流れた。
――恋愛企画課「……」
――妄想課「……」
――現実主義課「……そうだな」
――危機管理課「……ここで一致団結しなかったら、もう俺たちは終わりだ」
――総務課「よし。解決策を考えよう」
脳内会議が、動き出した。
でも――
今度は、恋愛のためじゃない。
片桐さんたちを救うために。
――現実主義課「まず、SNSの『本物たぬき説』を鎮静化させる必要がある」
――危機管理課「どうやって?嘘をつくわけにはいかない」
――総務課「いや、嘘じゃなく……本当のことを言えばいい」
――恋愛企画課「本当のこと?」
――総務課「そうだ。ただし、見せ方を変える」
脳内会議が、熱を帯びてきた。
――現実主義課「トークイベントを開催して、真実を話す」
――危機管理課「でも、それじゃあ余計に――」
――総務課「いや、待て。耳と尻尾を外すんだ」
――恋愛企画課「外す……?」
――総務課「そうだ。本物そっくりの偽物を用意して、みんなの前で外すんだ」
――妄想課「なるほど……!」
――現実主義課「それなら、『コスプレだった』って証明できる」
――危機管理課「でも、狸の中で村八分にされるぞ」
――総務課「いや、大丈夫だ。ちゃんと計算してある」
脳内会議が、まとまってきた。
僕は、立ち止まった。
「……みんな」
三人が、振り返った。
「清水くん……?」
「まだ、諦めないでください」
僕が言うと、三人が目を丸くした。
「方法があります」
その言葉に、三人の目に、小さな光が戻った。
狸狸亭の二階に戻って、僕は三人に説明した。
「トークイベントを開催します。『真実をお話しします。ただし来場者にだけ明かします』って」
「トークイベント……?」
片桐さんが、不安そうに尋ねた。
「はい。でも、その日は……耳と尻尾をつけた状態で出てもらいます」
「え……?」
ふたばが、驚いた。
「そんなことしたら、余計に――」
「まあまあ、最後まで聞いてください」
僕は、続けた。
「イベントが始まったら、まず……その耳と尻尾を、みんなの前で外すんです」
「……外す?」
三人が、顔を見合わせた。
「そうです。その日は、本物そっくりに作られた偽物でイベントに出てもらいます」
僕は、ノートに図を描きながら説明した。
「普段、皆の前に立つときは動いて外れないようにがっしりつけてるんです。だから引っ張られると結構痛くて……って説明してもらいます」
「でも……」
片桐さんが、眉をひそめた。
「そんなことしたら、狸の中でも村八分にされる」
その声は、震えていた。
「待ってください」
僕は、片桐さんを見た。
「最後に、『でも、このことは今日イベントに来た人だけの秘密ですよ。もし、秘密をもらしたら化けてでるかも!』ってふざけて終わってもらいます」
「……それで?」
「本物のファンは安心します。興味本位で来た人は、『なんだ』って鎮静化すると思います」
僕は、スマホを見せた。
「『内緒』って言っても、SNSに流す人は絶対にいます。秘密って言った方が、余計にね」
その言葉に、三人が少しだけ顔を上げた。
「つまり……」
理沙が、静かに言った。
「偽物だって情報が、SNSで拡散される」
「そうです。『本物たぬき説』は、自然に鎮静化します」
僕は、三人を見た。
「これなら、狸老人会も納得してくれるはずです」
片桐さんが、少しだけ考えた。
「……でも、偽物を用意するのは?」
「狸サポーターズに、造形が得意な人がいるはずです。マスターに相談してみます」
マスターが、カウンターから頷いた。
「任せとけ。数日あれば、本物そっくりのやつを作れる。本物の毛なら山ほどあるしな」
その言葉に、三人の顔に、少しだけ希望の色が戻った。
「……やってみる?」
片桐さんが、ふたばと理沙を見た。
「うん。やってみよう」
ふたばが、頷いた。
「私も、賛成」
理沙も、静かに頷いた。
片桐さんは、僕を見た。
「清水くん……ありがとう」
その言葉に、僕の胸が温かくなった。
ぽんぽこぽん。
心臓が、鳴った。
――恋愛企画課「やった!片桐さんに感謝された!」
――妄想課「このまま――」
――現実主義課「黙れ!まだ解決してない!」
――総務課「トークイベントを成功させるのが先だ!」
脳内会議は、まだ騒がしい。
でも――
今は、全員が同じ方向を向いていた。
片桐さんたちを救うために。
僕は、ノートを開いた。
「じゃあ、トークイベントの準備を始めましょう」
その言葉に、三人が頷いた。
まだ、終わりじゃない。
僕たちには、まだ戦う方法がある。
胸の中で、何かが静かに燃え続けていた。
それは、マネージャーとしての覚悟だった。




