第28話 JIF予選ライブ
JIF予選ライブの日が来た。
会場は、都内の中規模ライブハウス。予選の仕組みは、審査員票、当日の観客票、配信視聴者票の三つの合計で競う。1位だけが、JIFへの切符を手にすることができる。
僕は、楽屋で三人の準備を手伝っていた。
「清水くん、これで大丈夫?」
片桐さんが、衣装を確認しながら聞いてくる。
「はい、完璧です」
僕が答えると、片桐さんは少しだけ笑った。
でも――
僕の胸の中では、まだ脳内会議が続いていた。
――恋愛企画課「今日のライブが終わったら、告白しろ!」
――現実主義課「黙れ。今はライブに集中すべきだ」
――危機管理課「アイドルとの恋愛はリスクが高すぎる!」
(……うるさい)
僕は、頭を振った。
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
片桐さんたちが、全力でステージに立てるように。
それだけを考えるべきだ。
「次は、ぽんぽこ♡トリオです!」
MCの声に、三人がステージに向かう。
「頑張ってください」
僕が声をかけると、片桐さんが振り返った。
「見ててね」
その一言に、僕の心臓がぽんと鳴った。
三人が、ステージに上がる。
フロアの最奥には、審査員たちが座っている。厳しい目で、三人を見つめていた。そして、フロアには期待の眼差しで見守っているファンたち。配信カメラも、ステージを捉えている。
イントロが流れ始める。
『明日も笑えるように』
片桐さんが、歌い始めた。
その歌声は、いつもより力強かった。緊張を乗り越えて、前に進もうとする強さがあった。
ふたばが、笑顔で踊る。その動きは、以前より格段に良くなっていた。練習の成果が、しっかりと出ている。
理沙が、しっかりと支える。三人のバランスを取りながら、力強く踊る。
サビで、三人が腹を叩く。
ぽん、ぽん、ぽん。
その音が、会場に響いた。
客席から、拍手が起こる。
審査員たちも、頷いている。ファンの盛り上がりも最高潮に達していた。
(いける……!)
僕は、袖から拳を握った。
曲が終わり、次の曲へ。
『ぽんぽんぺいん』
片桐さんが、優しく歌い始める。
ぽんぽんぽん ぽんぽんぺいん
お腹が痛くなったら
私が さすってあげる
優しく ぽんぽんって
その歌声に、フロアが静まった。
みんな、じっと聞いている。
ふたばと理沙が、優しく踊る。サビで、お腹をさする動き。
その瞬間――
審査員の一人が、メモを取り始めた。フロアの何人かが、涙を拭いている。
曲が終わって、一瞬の沈黙。
そして――
割れるような拍手。
審査員たちも、拍手を送っている。
三人が、深々とお辞儀をする。
その姿を見て、僕の目頭が熱くなった。
楽屋に戻ると、三人は息を切らしながら笑っていた。
「すごかった……!」
ふたばが、興奮した様子で言った。
「審査員の人たち、拍手してくれてたね……!ファンの人たちもみんな笑顔だった!」
「うん。手応えあったと思う」
片桐さんが、少しだけ目を潤ませた。
理沙が、スマホを確認しながら言った。
「配信のコメント欄、すごいことになってる。『ぽんぽこ♡トリオに投票した』ってコメントがたくさん」
その言葉に、三人が嬉しそうに笑った。
僕も、笑顔で頷いた。
「本当に、お疲れ様でした」
片桐さんが、僕を見た。
「清水くん、ありがとう」
その言葉に、僕の胸が温かくなった。
――恋愛企画課「今だ!告白しろ!」
――現実主義課「黙れ!」
(……うるさい。今は黙っててくれ)
僕は、脳内会議を無視した。
今は、三人の成功を喜ぶべきだ。
結果発表は、全グループのライブ終了後に行われた。
審査員票、観客票、配信票の集計が終わり、MCがステージに立つ。
全グループがステージに並ぶ。
ぽんぽこ♡トリオも、緊張した面持ちで立っていた。
「それでは、JIF本選出場グループを発表します。今回は、審査員票、会場観客票、配信視聴者票の合計で上位グループが選ばれます」
MCの声に、会場が静まった。
「三位……」
名前が呼ばれる。
違うグループだった。
「二位……」
また、違うグループ。
片桐さんの手が、少しだけ震えている。
ふたばが、理沙の手を握った。
「一位……」
沈黙。
「――ぽんぽこ♡トリオ!」
その瞬間――
三人が、飛び跳ねた。
「やった……!」
片桐さんが、涙を流しながら笑った。
ふたばも、理沙も、抱き合って喜んでいる。
「審査員票、配信視聴者票では高得点を獲得しました!」
MCの言葉に、客席から歓声が上がった。
僕は、袖から拍手を送った。
胸の中で、ぽんぽこぽんと心臓が鳴り続けていた。
楽屋に戻ると、腹鼓ブラザーズのリーダーが待っていた。
「おめでとう!やったな!ほんまにすごいで!」
「ありがとうございます!」
三人が、声を揃えた。
「これでJIFや。全国のアイドルファンが見る大舞台や」
リーダーは、満足そうに笑った。
「JIFまで、しっかり準備せなあかんな」
その言葉に、三人が頷いた。
僕は、少しだけ考えてから口を開いた。
「……あの、一つ提案があるんですけど」
「なんや?」
「今回、配信で応援してくれた人たちも含めて、ファンの皆さんにお礼がしたいんです。無料の握手会を開催できないでしょうか」
その提案に、三人が顔を上げた。
「握手会……!」
ふたばが、目を輝かせた。
「ファンの人たちと、直接話せるんだよね!」
「いいね。感謝を伝えたい」
理沙も、静かに頷いた。
片桐さんは、少しだけ考えてから言った。
「……やりましょう。応援してくれた皆さんに、ちゃんとお礼を言いたい」
リーダーが、腕を組んだ。
「無料握手会か。場所と日程を調整せなあかんな。狸狸亭の周辺で、何か借りられる場所があるか探してみるわ」
「お願いします!」
僕たちは、声を揃えた。
その夜、狸狸亭のカウンターで、マスターが静かに言った。
「おめでとう。JIF、決まったな」
「はい。ありがとうございます」
僕は、烏龍茶を一口飲んだ。
「握手会もやるんやってな。清水が提案したって聞いたで」
「はい。ファンの皆さんに、お礼を言いたくて」
マスターは、少しだけ真剣な顔をした。
「でもな、清水。ここからが本番や」
マスターは、グラスを拭きながら続けた。
「JIFは、全国から注目される。今まで以上に、狸たちの目も厳しくなる」
「……狸たちの目?」
「ああ。狸の世界には、狸老人会っていう組織がある。狸社会を管理してる古狸たちや」
マスターの声が、少しだけ重くなった。
「あいつらは、狸が保守的で人間社会で目立ちすぎることを嫌う。もし、ぽんぽこ♡トリオが本物の狸だってバレたら……」
マスターは、そこで言葉を切った。
「……どうなるんですか?」
「活動停止を言い渡されるかもしれん」
その言葉が、胸に刺さった。
「でも、今はそんなこと考えるな。まずは、握手会を成功させることや」
マスターは、信楽焼の狸をぽんと叩いた。
「大丈夫や。お前らなら、乗り越えられる」
その言葉に、僕は頷いた。
その夜、帰り道。
月が、静かに光っていた。
JIF本選への切符を手にした。
でも、その先には、まだ見えない壁があるかもしれない。
――恋愛企画課「告白はどうする!?」
――現実主義課「今はそれどころじゃない」
――危機管理課「まずは握手会を成功させるべきだ」
脳内会議は、まだ騒がしい。
でも――
僕は、少しだけ決意を固めた。
(こんな葛藤してる場合じゃない)
片桐さんたちが、JIF本選のステージに立てるように。
それだけを考えよう。
自分の気持ちは、その後だ。
ぽんぽこぽん。
心臓が、軽く鳴った。
胸の中で、何かが静かに燃え続けていた。
それは、マネージャーとしての覚悟だった。




