第26話 JIFへの挑戦
「よし、JIFに応募するぞ」
次の練習日、腹鼓ブラザーズのリーダーが、ちゃぶ台の上にA4の紙を広げた。
「詳しく教えてもらえますか?」
片桐さんが、真剣な顔でその紙に目を落とす。
「毎年春に開催される、地下アイドルの一大フェスティバルや。出場枠は限られてて、向こうからの招待枠、推薦枠、応募枠と色々なルートがある。うちはコネも実績もないから、応募枠で行くしかない。ただ、応募しても出場をかけた予選を通過しないといけない。でも、そこに出られたら知名度が一気に上がる。出場したグループがSNSでバズって、全国区の人気アイドルになったケースも何組もあるんや」
「応募条件は…?」
「ライブ実績が一定数以上、SNSのフォロワー数、あとは審査員への動画審査や。今のお前らのフォロワー数やと、ギリギリかもしれへんな。でも、まだ時間はある。予選のライブまでにファンをしっかり増やそう」
リーダーは、三人を順番に見た。
「どうや?本気で挑戦してみるか?」
片桐さんが、ふたばと理沙を見た。
ふたばが、ぐっと拳を握った。
「やりたい!絶対やりたい!」
理沙が、静かに頷いた。
「やりましょう。やらなかったら後悔する」
片桐さんは、少しだけ息を吸った。
「……挑戦します」
その言葉が、部屋に響いた。
JIFへの挑戦が決まってから、ぽんぽこ♡トリオの活動はさらに熱を帯びた。
「フォロワー数を増やすには、まずSNSの更新頻度を上げることですね」
僕が、ノートパソコンを開きながら言った。
「あと、ショート動画の投稿も効果的だと思います。ぽんぽんぺいんのサビ部分を切り取って投稿したら、もっと広がる可能性があります」
「それ、いいね!」
ふたばが、目を輝かせた。
「私、撮影担当やる!」
「ふたばちゃんに任せたら、ぶれぶれの動画が上がりそう」
理沙が、冷静に言った。
「ひどい!」
ふたばが、膨れる。
片桐さんが、小さく笑った。その笑顔は、自然で、温かかった。
「じゃあ、撮影は清水くんにお願いしようか」
「はい、任せてください」
僕が答えると、片桐さんが頷いた。
「動画審査用の映像も作らないといけないね。今までのライブ映像を編集して、一番良いところを見せたい」
理沙が、手帳を開きながら言った。
「ライブ映像の編集は、サポーターの人たちに頼める?」
「狸サポーターズ・ガイドに映像編集できる人がいたはずや」
リーダーが、すかさず答えた。
「伝手を辿ってみるわ」
「お願いします!」
四人で声を揃えた。
それから、毎日のようにショート動画を撮影した。練習の様子、ぽんぽんぺいんのサビ、狸狸亭でのオフショット。
「ねえ、これどう?」
ふたばが、スマホを向ける。
理沙が、髪を整えながら言った。
「そのアングル、ちょっと下からすぎない?」
「鼻の穴が映ってるよ、ふたばちゃん」
片桐さんが、笑いながら言った。
「えっ!やだ!」
ふたばが、悲鳴を上げる。
「あ、清水くん!それ投稿しないで!」
「これ、絶対バズりますよ」
「えぇ!やめてぇぇ!」
楽屋が、笑い声に包まれた。
結果的に、そのオフショット動画は、投稿から一日で一万再生を超えた。コメント欄には「ふたばちゃん可愛すぎる」「この天然感、たまらん」という声が溢れている。
「なんでよぉ……」
ふたばが、スマホを見て複雑な顔をした。
「ふたばちゃんの天然キャラが刺さったんだよ」
片桐さんが、笑いながら言った。
「複雑……」
理沙が、珍しく笑いを堪えるような表情をしていた。
フォロワー数は、日に日に増えていった。ショート動画がバズるたびに、新しいファンが増える。対バンライブでの評判も広がり、ぽんぽこ♡トリオの名前は少しずつ、地下アイドル界に浸透していった。
そしてある夜、狸狸亭のカウンターで、マスターが静かに言った。
「清水、お前……最近、いい顔してるな」
「そうですか?」
僕は、烏龍茶を一口飲んだ。
「ああ。前は、なんか抱え込んでる顔してたけど。今は、すっきりしてる」
僕は、少しだけ笑った。
「……そうかもしれません」
マスターは、グラスを拭きながら続けた。
「片桐たちも、いい顔してる。お互いの気持ちを知って、それでも前に進んでる。それが一番大事なことや」
その言葉が、胸に染みた。
「JIF、頑張れよ。俺たちサポーターも、全力で支える」
マスターは、カウンターに置いてある小さな信楽焼の狸をぽんと叩いた。乾いた音が、静かな店内に響いた。
「ありがとうございます」
僕は、頭を下げた。
応募締め切りの二週間前。
動画審査用の映像が完成した。ライブ映像、練習風景、ぽんぽんぺいんのフルパフォーマンス。狸サポーターの映像編集担当が、丁寧に仕上げてくれた映像は、プロ顔負けのクオリティだった。
四人で、その映像を見た。
狸狸亭の二階。パソコンに映し出された三人の姿。
片桐さんが、画面を見つめていた。
「……すごい」
小さく呟いた。
「これ、私たちなんだね」
ふたばが、目を潤ませた。
「うん。照明ってこんなに私たちをアイドルにしてくれるんだね」
理沙が、静かに頷いた。
僕は、その映像を見ながら、胸の奥が熱くなった。
(ここまで来たんだ)
最初は、片桐さんが配っていたビラに引き寄せられて、下心全開で狸腹鼓保存会に入った。それがきっかけで、ぽんぽこ♡トリオのマネージャーになって、ここまで来た。
あの春の日から、ずいぶん遠いところまで歩いてきた気がする。
片桐さんが、僕を見た。
「清水くん、ありがとう。一緒にここまで来てくれて」
その言葉が、胸に刺さった。
「……僕こそ、ありがとうございます」
僕は、笑顔で答えた。
「片桐さんたちが頑張ってくれるから、僕もここにいられる」
片桐さんは、少しだけ頬を赤らめた。その仕草を見て、胸の中で心臓がぽんと鳴った。
ふたばが、二人を交互に見て、にやりと笑った。
理沙が、小さくため息をついた。
「……はやく応募書類、仕上げましょう」
その言葉に、四人が笑った。
応募書類と動画を送信したのは、締め切りの三日前だった。
あとは、結果を待つだけ。予選のライブで審査員とファンの前でパフォーマンスをして、そこで合格すればJIF本選への出場が決まる。
その夜、帰り道。月が、静かに光っていた。狸にとっての永遠のステージ照明が、今夜も僕を照らしている。
予選を通過できるかどうか、まだわからない。
でも――
挑戦した。全力で、挑戦した。
それだけで、少しだけ前に進めた気がした。
ぽんぽこぽん。
心臓が、軽く鳴った。
胸の中で、何かが静かに燃え続けていた。
僕の脳内の会議は最近めっきり現れなくなった。
それが、良いことなのか、悪いことなのかは僕にはわからない。
でも、これだけは確信してる。
僕たちは、前に一歩ずつ着実に進んでいる。




