第23話 爆発
「……もう、やだ」
ふたばの声が、静かな部屋に響いた。
片桐さんが、顔を上げる。理沙も、ふたばの方を見た。
僕は、ノートを握りしめたまま、何も言えなかった。
「もう、やだ!こんなの楽しくない!」
ふたばが、声を張り上げた。その目には、涙が浮かんでいた。
「片桐さんは清水くんのこと好きなんじゃないの?清水くんも片桐さんのこと好きなんでしょ?なんでみんな我慢してるの!?」
その言葉に、片桐さんの顔が強張った。僕の心臓が、ドクンと跳ねた。
「ふたば……」
理沙が、止めようとする。
でも、ふたばは止まらなかった。涙を流しながら、言葉を続けた。
「私だって、清水くんのこと……好きなの!今まで人間と関わること避けてたけど、清水くんは全部理解してくれたうえで、優しくて…でも、こんな空気の中で歌ってても、全然楽しくない!」
ふたばの声が、震えていた。その言葉が、部屋の空気を凍らせた。
片桐さんは、少しだけ息を吸った。そして、静かに口を開いた。
「ふたば、落ち着いて」
その声は、冷静だった。でも、どこか硬く、痛々しかった。
「私たち、アイドルでしょ?清水くんはマネージャー。それ以上でも以下でもない」
その言葉が、僕の胸に刺さった。
ふたばが、片桐さんを見た。
「でも……」
「清水くんもそう言ってたじゃない」
片桐さんは、少しだけ声を震わせた。
「『マネージャーなので、アイドルにそんな感情は抱けません』って」
その瞬間――
片桐さんがハッと口を押さえた。
言ってしまった、という表情。
僕の頭の中が、真っ白になった。
(あの時、学園祭の楽屋で……)
「片桐さん……聞いてたの…?」
僕の声が、震えていた。
片桐さんは、少しだけ俯いた。その目に、涙が浮かんでいた。
「……ごめん。聞くつもりじゃなかった」
沈黙が、部屋を包んだ。
提灯の灯りが、ゆらゆらと揺れている。
「でも、清水くんの気持ちはわかった。だから、私も……アイドルとして、ちゃんとしなくちゃって」
片桐さんの声が、涙声になった。
「清水くんが、アイドルにそんな感情を抱けないって言ったから……私も、マネージャーに私的な感情を抱いちゃいけないって思ったの」
その言葉が、僕の胸を貫いた。
片桐さんが、顔を覆った。
「それに、私たち……狸だから」
片桐さんは、少しだけ顔を上げた。その頬には、涙が流れていた。
「だから、私……最初から、清水くんを好きになっちゃいけなかったんだよ」
理沙が、片桐さんの肩に手を置いた。
「片桐さん……」
「ごめん。私、リーダーなのに……ちゃんとできなくて」
片桐さんが、泣き始めた。その姿を見て、ふたばも泣き出した。
僕は、何も言えなかった。ただ、胸の奥が熱くなって、涙が溢れそうになった。
理沙が、静かに口を開いた。
「……清水くん。本当は、どう思ってるの?」
その問いかけに、僕は少しだけ息を吸った。
「……僕は」
声が、震えた。
「僕は…片桐さんに初めて会った時から好きでした…狸と知ってもそれは変わらなかったです」
その言葉が、部屋に響いた。
片桐さんが、顔を上げた。涙で濡れた目が、僕を見ている。
「でも、僕は……マネージャーで。片桐さんはアイドルで」
僕は、少しだけ俯いた。
「それに、狸と人間の恋が禁忌だって知って……僕なんかが、片桐さんを好きになっちゃいけないって思ったんです」
片桐さんの目から、また涙が溢れた。
「でも、自分の中でぐちゃぐちゃになってる時に、ふたばちゃんから聞かれて、無理やり整理つけるために答えてしまったんだと思う…でも、そんなことで整理なんてつかないんですよね。好きな気持ちを無くすことなんてできないんですよね」
「バカ……」
片桐さんが、小さく呟いた。
「バカだよ、清水くん……」
その声は、優しかった。
ふたばが、涙を拭いながら言った。
「私も……バカだった。清水くんのこと好きって言ったけど……本当は、片桐さんと清水くんが幸せになってほしかったんだよ」
ふたばは、少しだけ笑った。
「二人とも、お似合いだもん」
理沙が、小さく笑った。
「……やっと、本音が出たね。それに、私はアイドルだろうが狸だろうが恋をしちゃいけないなんて馬鹿げてるって思う。だってそうでしょ?好きの感情なんて計算じゃなくて、勝手に走りだしちゃうんだから」
その言葉に、四人が少しだけ笑った。涙を流しながら。
片桐さんが、僕を見た。
「清水くん……私、どうしたらいいのかな」
その問いかけに、僕は答えた。
「……わかりません。でも、これだけは言えます」
僕は、片桐さんの目を見た。
「僕は、片桐さんが好きです。狸でも、人間でも、アイドルでも、関係ない」
片桐さんの目が、大きく開いた。
「清水くん……」
「でも、僕は片桐さんの一番のファンなんです。最初は正直下心全開でした。片桐さんのお近付きになれたらなって…でも、今は片桐さんがアイドルとして活躍する姿を見たいんです。片桐さんが輝いてるところを見たい。片桐さんの邪魔をしたくない。いや、一番近いところで一番応援していたい。サポートしたいんです」
僕は、少しだけ笑った。
「これからも一番近くで見守っててもいいですか?」
その言葉に、片桐さんがゆっくり頷いた。
ふたばも、理沙も、頷いた。
この先どうなるのか、まだわからない。
でも――
少なくとも、僕たちは本音を言えた。
それだけで、少しだけ、前に進めた気がした。
ぽんぽこぽん。
胸の中で、心臓が鳴った。
今度は、重くない温かい音だった。




